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59.要請

「逃げて来た、てのは穏やかじゃなさそうだな」


「実際に穏やかではありませんからね」


 きな臭さがぷんぷんしだした。お使いのメイド少女に落とした財布を渡しただけだというのに、どうも面倒事に巻き込まれそうに思えてならない。

 今日はもう樽に嵌った自称邪教徒ですでにお腹いっぱいなんだけど。


「どれくらいかというと、王族の命が狙われてるレベルです」


 聞いて頬が引き攣る。

 滅茶苦茶やばい案件じゃねぇか、それ。


「あと、誕生祭で大量の死者がでるかもしれないくらい物騒な話です」


「……おい、それ、どういうことだよ」


 政争だなんだなので王族や貴族の命が狙われることは珍しいことではない。権力を巡って血が流れるなんてよくある話だ。

 しかし、どうもそういう類の話ではなさそうだ。祭りの日に死人が出るって言われれば、権力者同士勝手にやっててくれと無関心でいるわけにもいかない。


「クーデターでも起きるのか?」


「そうなのかもしれません」


「はっきりとしないな」


「わたしも詳しくは聞かされていないんです。ただ伝え聞いた話によると、『夜会』が動いているそうなのです」


「はあ!?」


 凶悪犯罪組織『夜会』。俺ですら噂を耳にしたことがある犯罪者集団だ。

 各地で残忍な事件を起こし、しかしその目的は全くの不明。不気味ではあるが、金さえ積めば殺し屋や傭兵のような仕事も請け負うことから、各国の有力者たちとも密かにつながっているという。


 構成員は総じて高い戦闘力を有しており、素性の割れている者に関しては各国から懸賞金がかけられており指名手配されている。ギルドでも一度手配書を見たことがあるが、最低でも脅威度がAランクというどいつも頭も実力もおかしな連中ばかりだった。


「その様子ですと、『夜会』についての説明は不要のようですね」


「手の付けられない手練れの狂人集団、ってくらいの認識だけどな」


「十分です。つい先日、その狂人たちが王都で暗躍しているという情報が齎されました。調査したところ、確かに彼らが活動した痕跡が見つかり、時期的に誕生祭が目的だと予測した上層部は対策に動き始めたのです。ですが、すでに後手に回った後でした」


 目を伏せたアンは悔しそうに唇を噛みしめる。


「調査によって判明したことですが、ここ数か月の間に王都や近郊の都市で多くの人間が行方不明になっていたのです。一般市民だけでなく、冒険者や兵士の死亡率が最近だけ平均を上回っていました。恐らく、『夜会』が関係しているのでしょう」


「ただの偶然、とは言い切れねぇな」


 恐ろしいのは、情報が齎されるまで誰もその異常に気付くことができなかったということだ。

 世間にまるで不安な空気が流れなかったのも、徹底した証拠の隠蔽や情報の操作が行われていたからだろう。

 誰にも悟られることなく多くの殺人が身近に行われていたのかと思うと、体が急に寒くなった。


「城下だけではありません。城内にも『夜会』の手は伸びていました。悪意を持った者が近くに潜んでいる、と精霊が告げられたのです」


「なるほど、精霊がねぇ……」


 魔法にはあまり詳しくない。自分は使えないからと、戦闘での魔術師との連携で必要な最低限の知識だけ身につけたら後は全く関心を持たなかった。

 この世界には精霊の力を借りた精霊魔法というものがあるのだが、アンが言っているのもその内の一つなのだろう。

 なんとなく辺りをつけてみたものの、曖昧な返答にアンが眉を寄せて詰め寄って来た。


「……王家に大精霊フェニックスの加護があることはご存知ですよね?」


「へえ、そうなのか。あ、それでフェニキシアか!」


「……貴方、フェニキシアの人間ですよね?」


「辺鄙な農村の出でね。学のある冒険者なんてごく一部だよ」


 農民や冒険者なんてその日生きるので精一杯だ。家の仕事や魔物の倒し方は覚えても、国の歴史や王家の事情なんてのは役に立たない知識など興味がない限り知ろうともしない。自分たちの生活に関係がないからと、関心が薄いのだ。

 前世の記憶を取り戻してからは知識の重要性は理解できるようになったが、以前の俺も関心の薄いものにはまるで興味を示さなかった。勿体ない。


 この国では精霊を信仰する者が多いが、実際に直接関わることができるのは貴族くらいだ。豊作を精霊様の御恵みだという農民は多いが、精霊を見た者や言葉を交えたものなどほとんどいないだろう。

 精霊と契約を交わし、その恩恵で土地を富ませる者が貴族だ。精霊に関する詳しい知識を必要となるのは貴族か貴族に近しい人間だけ。貴族と関わりのない平民は俗説や怪しい伝承くらいしか知らないのだ。


「そうなのですか……先ほども言った通り、フェニキシア王家は大精霊フェニックスと契約を結んでいてその恩恵によって国を栄えさせてきました。王族はフェニックスに認められると眷属の精霊と個人で契約を結ぶことになるのですが、これを守護精霊といい王城への侵入者を察知したのも守護精霊の力です」


「えっと、王家の精霊の契約についてとか俺なんかに話していいのか? 重要な機密とかじゃないの?」


「大丈夫です。一般常識ですから」


「……そっか、一般常識か」


 そもそも、一介のメイドが王族の機密なんて知ってるはずがない。気づけよ俺。

 しかし、一回りも年下の女の子から一般常識を説かれるって。

 これからはちゃんと真面目に勉強しよ……。

 深く落ち込んでいると、無知蒙昧の無頼な輩に有り難い説法を語るシスターのように優し気に説明を続けた。


「守護精霊は契約当初は非力な存在です。契約者と共に成長していき、いずれは強力な精霊へと成るのですが、それには相応の年月がかかります。今の王族は全員が守護精霊と契約していますが、まだ契約して数年しか経っていない第三王子殿下と第二王女殿下の守護精霊は未だに非力な存在です。隙を突かれれば暗殺される可能性もあるでしょう」


「騎士や宮廷魔術師がいれば安全なんじゃないのか?」


「平時であれば。今は誕生祭があります。各国からの貴賓や有力な地方貴族、城下を含めればあまりも多くの人間が王都には集まっています。警備を堅くするには相応の人数が必要です。『夜会』がどこで騒ぎを起こすつもりなのか検討すらついていない現状では、広範囲を警戒するあまりに一瞬の隙を突かれるということもありえるでしょう。特に第二王女殿下の周囲が一番警備が脆い」


「……すると、君は敵の目を盗んで増援を呼び掛けに出てきた、王女様の使いってところか?」


「常識はないのに察しは悪くないんですね」


「ほっとけ」


 ……これはアリーシャ様に報告しないと行けねぇよな。


 面倒事の予感はあったが、蓋を開けてみれば大事も大事。こんなものただの雑兵にすぎない俺には手に余る案件だ。

 貴族であるアリーシャ様に報告してすぐに動いてもらうべきだろう。いや、あの人ならすでに情報を掴んでいてもう動いているかもしれない。

 なんにせよ、呑気に祭りを楽しんでいる場合ではなくなってしまった。今から屋敷に戻ってアリーシャ様の指示を仰ぐ。

 しかし、その前にこの子を安全なところに送り届けなければ。


「で、俺への頼み事ってのは? こっちとしては君をさっさと安全なところに連れて行きたいんだが?」


「私の頼みごとがまさにそれです。レイドさんには目的地までの護衛をお願いしたいのです」


 どうやら彼女も同じことを懸念しているらしい。秘密裏に城から抜け出して来たとは言っていたが、相手はあの『夜会』だ。気づかれている可能性は高い。

 もし仮に王女の救援要請を嫌って妨害しようとするなら、間違いなくアンの命が狙われる。


「そんな話を聞いて受ける奴は馬鹿だぞ。なにせ『夜会』の連中を相手取ることになるかもしれないんだからな」


「私としては狙われる可能性は低いと思っていますよ。情報が洩れていることは向こうにも伝わっているでしょう。なら、どうあっても当初よりも警備は強化されるのですから、わざわざ私を妨害する意味はないと思うのです」


「……なるほど」


 言われてみれば、確かにそうだ。増援の要請を一つ潰したところで焼け石に水。それをわかっているからこそ、買い食いするくらいの余裕があったのか。

 まあ、ここで話を聞くだけ聞いてはいさようなら、なんてする気はさらさらないが。


「いわば保険ってことだな。それに厄介ごとは『夜会』だけじゃないだろうし」


「ええ、こんなか弱いメイドが一人で歩いていたら、道中で何度粗野な輩に絡まれるかわかりませんから」


「それ、自分でいうか?」


 やっぱり中身はなかなか強かな子だと思う。


「いいぜ。その仕事、受けるよ」


「……『夜会』と剣を交える可能性が低いと聞いてやる気になったんですか?」


「違う違う」


 胡乱気な目を向けてくるが、本当に違うからな?


「いざとなったら殺し屋やら殺人鬼とでも戦ってやるさ。ただ、そんな重大な情報を教えてもらったからな。何もしないわけにはいかないだろ?」


「……今更ですが、荒唐無稽な子供の戯言だとか、少しは私の話を疑ったりしないんですか?」


 確かに、ついさっき会った相手から街でテロが起こるかもしれない、なんて言われても信じる奴は少ないだろう。

 でも、俺は彼女の話を聞いて納得してしまったのだ。あの森で感じた悪意の出所が、やつらならば十分にありえると。


「俺にその話を信じる材料があっただけさ」


「……そうですか」


 アンは小首を傾げる。

 気にしないでくれ。なにせ、つい先日出来た借り、それを返す相手が見つかったっていう話なのだから。


 それから俺はアンの護衛として後ろを付いて行った。

 護衛を引き受けたが、正直なところ『夜会』が一介の侍女を襲うとは考えていなかった。

 彼女を目的である貴族の元へと送り届け、俺はすぐさま屋敷へと戻るつもりでいた。


 ――――黒い凶刃が身体に突き立てられるまでは。




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