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58.妖精と同じ穴の貉たち

妖精視点。胸くそ注意。

 大通りから外れた王都の片隅。

 誕生祭が目前に迫り輝かしいばかりに活気あふれる表側とは異なり、ここにいる者たちは下を向き薄暗い雰囲気を纏っている。

 人通りから少し外れただけで空気がガラリと変わるのだから、人の営みというのは面白い。

 我関せず、という風体を装いながら表の賑やかさに羨望と嫉妬の感情を向けている住民たちの姿は滑稽だ。


「……何もしなければ、何も変わらないというのに」


「何か言ったか、『ピクシー』?」


「いいえ」


 わたしは貧民街の住人たちから目を逸らし、時間通りに現れた『夜狐』に向き直る。

 今日の声は成熟した艶やかな女性の声だ。場所が場所だけに声を聴いた者は娼婦と勘違いしそうだ。

 あら、それなら一緒にいるわたしも同じ売女とでも思われるのでしょうか。

 そんなことはどうでもいいのだけれど。


「『天狗』はうまく城内に潜入できたようだ。しかし、どうも我々の情報が洩れているらしい。警備が強化されている」


「そういわれると、巡回の兵士たちが多かった気がしますね」


 誕生祭の前日ということであまり気にしていなかったが、指摘されてみれば街で見かける兵士や騎士たちは誰もが張り詰めた様子だった。


「この前の『コフィン』さんの一件が原因でしょうか?」


「いや、あれだけでは夜会にまでたどり着かないはずだ。国の上層部は夜会が動いていると断定して指示を出しているらしい。情報源は裏側の人間だろう」


「わたしたちの中に裏切者が……いえ、ないですね」


 言葉の途中で切って捨てる。この計画の参加者に裏切者が出るはずがないからだ。

 誰もが身の安全のために情報を売るなどというつまらない(・・・・・)ことをするはずがない、という信頼がある。

 そもそも、そんなことをする輩は最初から今回の催しに参加しない。


「夜会とて動けば多少の情報は洩れる。王国側は随分と深い者から情報を仕入れてきたのだろう」


「そうでなければ、夜会の動きを知れるはずありませんものね」


 話を聞く限りでは王国も「どうやら夜会が何か企んでいるらしい」くらいしか掴んでいないそうだ。

 計画の詳細は知られてはいないだろう。

 なにせ、漏洩することはありえない(・・・・・)のだから。


「剣聖や大魔導のやつらと遭遇することも考慮しておけ」


「王国の兵力の中でも彼らは特に手強いですからね」


 一通り『夜狐』から報告を聞き終えると、わたしは今日の本題に入った。


「『ドランク』と『リップ』ならそこの廃屋に潜伏中ですよ」


「すまんな。あの二人を捕捉するのは片手間では難しくてな」


「彼らは逃げ隠れがお上手ですからね。それに『夜狐』さんには他の仕事で走り回って貰ってますし、これくらいはわたしもお手伝いしますよ」


「助かる」


 今回の仕事には癖の強い人ばかりが集まったせいで、細かい調整を行えるのは『夜狐』のみという状態だ。一人でいくつもの仕事を抱え込んでしまっているため、潜伏能力の高い二人を見失ってからもう一度見つけ出すのは流石に難しいらしい。

 他の仕事の手をいったん止めればできなくはないらしいが、『夜狐』が本気で掛からなければ追跡できないほど、二人の雲隠れの技量は卓越している。

 計画の遅延を嫌ったわたしが今回ばかりはお手伝いを申し出たという形だ。


「わたしもやることがあるので他のお仕事は手伝いませんが、こういったことなら多少は頼って貰っても大丈夫ですよ。人探しは得意なので」


「私の役目は裏方だ。そう釘を刺さなくともお主の邪魔はせぬ」


 言いたいことがきちんと伝わったらしい『夜狐』は疲れたように息を吐く。

 満足したわたしは件の廃屋へと案内する。元は宿だったらしく、内装にはその名残が色濃く残っている。


「……こういった潜伏に適した場所を見つけるあいつらの嗅覚は本当に凄まじいな」


 ざっと中を見回した『夜狐』は呆れ半分称賛半分に声を漏らす。本職だけあって、ここがただの宿屋の跡地ではないことを見ぬいたようだ。

 すでに放棄されているけれど、前まではわたしたちのような良からぬ連中が使用していた場所だ。

 そのため、面白い仕掛けが各所に施されている。

 入り口から一番近くにあった部屋に入り、奥隅の壁を蹴る。すると腰から下あたりの壁板がくるりと回るように開き薄暗い階段の口が露わになった。


「地下への隠し通路か。構造からすると、一階の部屋にはどれも同じものがありそうだな」


「一見するとただのオンボロ宿。けれど、部屋には地下の隠し部屋が。さてはて、ここではいったいどのようなことが行われていたのでしょうか?」


「悪いことだろうな」


 わたしたちは軽口を叩きながら隠し扉を潜り、かなり急な階段を下っていく。最後の段差から足を離すと待っていたのは重厚な金属の扉だ。

 防音を目的としてつけられたのだろう。これならば上に音が漏れることはなさそうだ。

 けれど、分厚い扉の向こうからは分かり易いほどの殺気が滲んでいる。

 部屋の中の人物は階段を下りて来る存在に向けて語りかけているのだ。『どこのどなたですか?』と。

 誰何に応えるようわたしも殺気を返し、軽快なリズムで扉を叩いた。


「こんにちは。妖精と狐が遊びに来ました」


「まあ! よくここがわかったわね! どうぞお入りになって!」


 すると勢いよく扉が開く。出迎えてくれたのは青髪の若い女性だ。十代後半から二十代前半くらいだが、溌溂とした表情はどこか幼さを感じる。


「お茶とお菓子を用意するわ。少しだけ待ってくれる?」


「それは構わないのだけど、手はきちんと洗ってね。口に入るものが不衛生なのは嫌よ、わたし」


「あら」


 今気づいたように自分のべっとりと赤く汚れた手に目を落とす。

 そんな手で用意されたものを口に入れたいとは思えなかった。

 むせ返るような匂いの充満する部屋の中に入る。地下室は地上の部屋よりも間取りが広く、ここにたどり着くまでの通路とはことなり狭苦しさは感じられない。

 しかし、持ち込まれたと思しき道具類がいくつも置かれているため雑然としている。部屋の隅に置かれた大きなベッドに見覚えのある金髪の青年が腰掛けていた。


「やあやあ、『ピクシー』に『夜狐』。久しぶりだね。今日は何しに来たのかな?」


「依頼人からの荷を届けに来たのだ。それよりも、お前たちこそ何をしているのだ」


「何って?」


 苛立たし気な『夜狐』の問いに、『ドランク』は小首を傾げる。優男の彼の仕草は芝居じみているが、整った容姿や自然な動作から滑稽さは感じられない。

 一言でいえば様になっている。それがまた『夜狐』には腹立たしかったらしい。声がまた一段と冷たくなる。


「勝手な行動はするなと言ってあっただろう」


「ああ、書置きもせずにあちこちに移動したのは悪かったよ。けどね、それは君なら見つけてくれるだろうという信頼の裏返しでもあってだね」


「その事ではない。私が言っているのはそいつら(・・・・)のことだ」


 わたしたちが訪れるより前に、この部屋には四人の人間がいた。『夜狐』が指しているのはそのうちの二人。


 一人は『ドランク』の座るベッドの上に鎖で繋がれ悶え苦しむ女。

 一人は天井から伸びた鎖に拘束された全身傷だらけの男。


 下手な行動は控えるように言われているのに、王都でも構わず遊んでいたらしい。

 噂に違わぬ快楽殺人鬼ぶりである。

 仕事に真面目な『夜狐』には彼らの勝手な行動に御怒りらしい。けれど、当人は向けられた殺気に陽気な笑みを返した。


「おっと、勘違いはよしてもらいたい。何もいつものように街で気に入った玩具を攫ってきたわけではないんだ。なにせ今回はこちらの彼女の方から誘ってきたのだよ。裏通りを歩いていたら楽しい遊びはいかが、ってね。ところが彼女で楽しんでいたところに、この男が入って来たんだ。僕一人に対して二人を相手にするというのはバランスが悪い。そこでレジィも呼んで四人で遊ぼうということになったというわけさ。どう見たって堅気のひとじゃあないだろう? ここら辺にはいっぱいいるような子悪党たちさ。だから君が心配しているような、表が騒がしくなるようなことはない」


 饒舌に語る内容をかみ砕く限り、どうも女の方は美人局、男は恐喝役の協力者なのだろう。『ドランク』の見た目は育ちの良さそうなひ弱な優男だ。このゴロツキたちはスラムを鴨が歩いているとでも思って仕掛けたのだろうが、その成れの果てがこれである。


 女は目を血走らせ、悲鳴を上げながら全身を掻きむしっていた。掻き過ぎて皮膚は破れ、血が噴き出しているというのに女は手を休めようとはしない。血塗れで女の転がるシーツの大部分は真っ赤に滲んでいる。痛みは感じているようだが、それでもボロボロになった爪での自傷行為を止める様子はない。


 男の方はすでに心が折れており只管に許しの言葉を呟いていた。男の皮膚は首から下の上半身が野菜や果物のように薄く剥かれていた。荒事に向いた鍛えられた体もこうなると無残だ。身動きが取れない状態で自分の皮を削がれた男は強面の顔は涙と鼻水によりグチャグチャで、ズボンの股も濡れていた。


「お待たせ、お茶が入ったわ」


「ありがとう。―――うん、やっぱりレジィの入れてくれるお茶は最高だ」


「うふふ、ファルスったら、もうっ」


 この場面だけ切り取れば、美男美女の恋人たちの仲睦まじいやり取りなのだけれど。

 こんな血生臭い空間でイチャコラできる彼らの頭はお花畑を通り越して、大迷宮の未到達層でも広がっているのかもしれない。あそこは常識の通じない理解不能の腐れ外道空間である。

 比較的常識人である『夜狐』は痛みを堪えるように頭を押さえていた。


「頼むから大人しくしていてくれないか。尻拭いをするのは私なのだぞ?」


「そんなことまでしていたのですか?」


「近隣の街でも似たようなことをしていてな。噂の火消しが終わる前に他の場所でまたやらかすせいで、王都にも失踪者の話が届いてしまっている」


 本当にご苦労様です。

 とはいえ、バカップルに反省の色は見えない。


「何を言うんだ『夜狐』殿。祭りは準備期間が一番楽しいものさ。ならばこの時期を退屈に過ごしては逆に祭りに失礼というものだろう。それに僕たちだって皆に迷惑が掛からないように配慮しているし、これでも控えめにしているのだよ? ディナーの前に子供が料理をつまみ食いするようなものだと思って多めに見てくおくれ」


「そうそう。それにこの人たちはファルスを陥れようとした悪い人なの。悪い人を懲らしめているのだから、文句を言われる筋合いはないわ。むしろ褒めてほしいくらい」


「そうだね、レジィは良いことを言う」


「……私は会話の通じない人種が嫌いだ」


 ついに『夜狐』が匙を投げてしまった。

 この頭のおかしい二人と意思疎通を図ろうとするのがまず間違いだと思う。狂人に協調性を望むもがな。こういうのは好き勝手にやらせておくのが一番である。


「まあでも、最低限の取り決めくらいは守ってくださいね。今はわたしたちしかいないのでいいですけれど、本名ではなく通り名で呼び合うってこと覚えてますよね?」


 思いっきり名前で呼び合っていた二人にわたしも釘を刺す。


「もちろんさ」


「そもそも、ファルス以外の方の名前なんて知らないわ」


「そうそう」


 裏の業界では基本的に偽名や通り名を使って活動するのが基本だ。たまに本当の名を明かしている者もいるが少数派で、正しいかどうかもわからない。『夜狐』のように複数の名前を使い分ける場合もある。わたしもこのタイプだ。


「そうですか、なら本番を前に騒ぎを起こさない、という取り決めもしっかり守ってくださいね?」


「ああ、当然のことだとも」


「『ピクシー』も心配性ね」


 その軽い受け答えに不安を拭えないが、これ以上言っても無駄だろう。

 悪い意味で、やるときはやるタイプの人種だ。

 せめて失敗する時はわたしに迷惑の掛からないようにしてほしい。


「―――……そうか、わかった」


「どうかしました?」


「『天狗』から報告が入った。少し出てくる」


 そういうと、わたしたちの時と同様にバカップルたちに記章を投げつけると、『夜狐』はあっというまに地下室から姿を消した。若干、殺意の籠った頭部目掛けて投げつけられた記章を平然と受け止めた二人は、しげしげとそれを眺める。


「これが『許可証』ですか」


「そうです。明日まで効果は発揮されないそうですので、そこだけ注意してください」


「わたしたちは今のままでも十分ですけど、明日からはもっと大きなことができそうですね」


「はい。ですから、今日のところは大人しくしていてくださいね」


「ええ」


 そう『リップ』は頷くが、なんとも不安だ。本当にわたしに迷惑が掛かるのだけはやめてほしい。


「遊ぶのならこの人たちだけで満足しておいてほしいのですけれど……」


「そうしたいのは山々なのだけどね、もうすぐ壊れてしまいそうなんだ」


 やれやれ、と首を竦める『ドランク』。彼の隣で悶える女は未だに己の身体を引っ掻き続けていた。


「ところでこの人はどうしていつまでも自傷行為を止めないのです? 頭でもおかしくしたんですか?」


「ああ、彼女には新しい薬を試してみたんだ。狂ったわけではなく、狂いたくなるくらい体が痒いだけさ。だから体を掻いているんだ。痒くて痒くて仕方がないようだよ。どうにも彼女は顔と体に自信があったらしくてね。実際にまあ、そこそこのものだったよ。その自慢の代物を、自分で滅茶苦茶にすることになったら面白いかなと思ったんだ。最初の方は確かにとても愉快だったんだけど、血がなくなってきたせいか動きが鈍くなってきてね。反応も単調で飽きてきてしまったよ。もっと楽しめるかと思ったんだけど、もうすぐにでも壊れてしまいそうなんだ。いやはや、残念残念」


 全身を酷い痒みに襲われているらしい女を見下ろす『ドランク』。その目には弱者を甚振ることへの喜悦などは見られない。言葉の通り、壊れかけの玩具からすでに興味を失っているのだろう。


「……貴方と『リップ』は恋人同士なのですよね?」


「うん、そうだとも。レジィはこれよりもずっと綺麗だし、情熱的で、何十倍も素敵な女性だけどね」


「もう、ファルスったら!」


 さっきのこの男の発言、いや行動を知っていながらもこうして砂糖菓子のような空気を出せるのか。

 どうも倫理観だけでなく、男女関係の感性もわたしの理解の外のようだ。


「こっちの男の人は私が担当したのよ。最初は凄い怒鳴り声を上げたし、拘束してからもすごく暴れていたのだけれど、剥いていくごとにどんどん静かになっていったわ」


 こう、果物ナイフを使ってリンゴを向いていくみたいにね、とリップは楽しそうに調理風景を語るように自身の男への仕打ちを説明してくれる。


 血が出ないほど薄く皮を剥がされるよりも、鞭で殴られたりするほうが何倍も痛いだろう。けれど、助かる見込みのない状態で、少しずつ少しずつ、文字通り己の身を削がれていく恐怖。

 屈託のない少女のような笑みを浮べ、削がれた皮を捨て場がないからと口に押し込められ無理やり飲み込まされる。目の前の拷問者の狂気に触れ、男の心は早々に折れたに違いない。


 上半身の皮を剥かれれば、空気に触れるだけでも染みるような痛みがあるだろうに、そこに塩を刷り込んだり熱した油を垂らしたりしていたらしい。

 横柄で逞しい肉体を持つ男が無様な悲鳴を上げる姿が大好きなのだと彼女は語る。


 納得だ。この二人は似た者同士で、理解者同士であり共犯者。

 つまりはお似合いのカップル。

 他者を汚辱することを至上とする凶人たち。


 その狂いっぷりにわたしは苦笑いしか出ない。


「わたしももう行きますが、後片付けは念入りにお願いしますね」


 正直、二人の話にわたしの感性はついていけないので、案内という役目を終えた以上長居する理由はない。『夜狐』が去った時に一緒に出て行けばよかったと遅ればせながら気がついた。


「証拠の隠滅は得意だよ。まあ、とは言っても、溶かして排水溝に捨てる程度なんだけどね!」


「そこら辺の裁量は個人に任せます。私が口出しするようなことではないですしね」


 あの『夜狐』が捜索を苦戦するほどなのだ。隠蔽工作について心配する必要ないだろうし、被害者の方も探されるような者たちではなさそうだ。


 結局出された紅茶には口をつけずに、わたしはさっさと彼らの拠点から脱出する。様々な汚臭の漂う空間で飲み食いなんてしたくないし、狂人が淹れたお茶なんて何が入っているかわかったものではない。


 このすえた匂いのするスラム街の空気が美味しいと感じるほど、あの地下室の匂いは酷い物であったと外に出て実感する。


「あまり関わりたくはないですし、一緒に仕事をするにも向かない二人ですが、大きな騒ぎは期待できそうですかね」


 唯一評価できるとすればその点くらいだろうか。

 せめて、最低限の仕事はこなしてほしいものである。


「仕事と言えば……『夜狐』さん、今度はどんな仕事が入ったんでしょうか?」


 暗殺達成率百パーセントを誇る暗殺者。

 裏の世界ではその名を知らぬほど有名な狐は、今日も今日とて調整役から雑用まで様々な仕事を一手に引き受けてくれている。


 なんとなく興味を覚えたわたしは、暇つぶしも兼ねて後で調べてみることにした。

 その結果、わたしは思いもよらないものを見つけることになる。




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