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57.騒動の種

遅くなりました。

「こっちこそ、ぶつかって悪かったな。立てるか?」


「……」


 転んでしまったメイドの少女に手を差し出す。しかし、呆然とこちらを見つめていつまでも手を取る様子がない。

 もしかして、どこか怪我でもしたのだろうか。


「もしもし?」


「……あ、すみません」


 声を掛けられて我に返ると差し出した手を取り立ち上がった。

 服についた汚れを手早く払うと、少女は再び頭を下げる。


「失礼しました。あの、お怪我などは……?」


「女の子にぶつかられたくらいで怪我するほど軟じゃないさ。むしろ心配なのはこっち。急いでたみたいだけど、こんな人の多い場所で走ったら危ないよ?」


「うっ…………じ、実は怖い上司に買い出しを頼まれておりまして、早く帰らないと怒られてしまうのです」


「そうなのか。メイドさんってのも大変なんだな」


 うちのメイドは涼しい顔で何でもこなす人とさぼって怒られている人というイメージだ。屋敷では他のメイドはいるし、仕事をしている姿も見かけるが、あの二人の印象が強すぎるせいで俺の中のメイド像がどうもおかしい。


「こんなに小さいのに偉いもんだ」


「い、いえ、仕事ですから」


 そう言って謙遜するが、少女の目がせわしなく泳ぐ。ああ、そっかお使いで急いでるんだっけ。


「忙しいみたいだけど、今は人が多いから気をつけるんだよ。ガラの悪い奴もいるからね」


「はい。本当にすみませんでした」


 最後にもう一度頭を下げると、少女は速足で通って行った。また誰かとぶつかったりしないといいけど。


「うん?」


 少女のことを心配しながら歩いだした途端、何か硬い感触のものを踏みつけた。足をどけて拾い上げてみると、硬貨の入った可愛らしい柄の小袋だった。

 状況からしてさっきのメイドの子のものだろう。どうも、転んだ拍子に落としてしまったようだ。


「買い出しに行くって言ってたよな……」


 であるならば、これがなければ困るだろう。お金を落とし、買い物ができなかったあの子は帰って怖い上司とやらに怒られることになる。

 今から追いかければすぐに見つけられるだろう。

 俺は踵を返し、少女の後を追った。


 迷子の二人? 知らんよ。


 幸いにも少女の背中はすぐに捕らえられた。人が多いとはいえ、メイド服というのは目立つ。

 物珍しそうにあたりを見回していた少女がとある露店の前で足を止める。商品を注文し代金を払おうとしたところで、ようやく財布を落としたことに気づいたらしい。

 狼狽し、手当たり次第にポケットを弄る少女の元にたどり着いた俺は、眉をしかめてその様子を見ていた店主に銀貨を放った。


「オヤジさん、それで足りるか?」


「その子の連れかい。釣りが来るくらいだよ」


 店主から釣りの銅貨を受け取っていると、口を半開きにして少女がこちらを見上げていた。


「はい、これ。落とし物」


「え、あ、ありがとうございます!」


 財布を差し出すと、どうして俺が追ってきたのか理解したらしい。

 今度は落とさないようにとすぐに大事そうにポケットにしまう。


「ほいよ」


 店主が怪しげな箱から取り出した棒状のものを少女に渡す。

 あれ、これって。


「お兄さんもうちの氷菓子食ってくかい?」


「氷菓子、ですか?」


「アイスキャンディー、っていうんだが、氷菓子の方が分かり易いだろ?」


 どことなく見覚えのある食べ物だと思ったら、やはりアイスキャンディーだった。

 前世のようにピンクや水色と言った鮮やかな色ではない、果汁水に串を刺して凍らせた程度のものだ。

 それでもアイスなんて久しぶりで、自然と財布の口に手が伸びていた。


「それじゃあ、もう一本お願いします」


 しかし、俺が出すよりも先に少女が代金を支払い、注文を済ませてしまう。


「買い出し用のお金じゃなかったのか?」


「私の分はお兄さんが出してくれたんですから、これでお相子ですよ」


 この子の買い物とはいえ人様の財布から勝手に金を取り出すのは躊躇われたので、自分の懐から支払ったのだ。


「俺が言いたいのは、買い出し用のお金でつまみ食いしてていいのかってことなんだけど?」


 頼まれた品がアイスキャンディーということはないだろう。

 物珍しさからこの子が欲望に負けたと俺は見たね。

 愛想笑いを浮かべた少女は「小腹が空いてしまいまして」と言って、店主から新たに受け取ったアイスキャンディーを俺に差し出す。


「お金を拾って頂いたお礼に一緒にお茶でもしませんか? 今なら口止め料としてあそこの骨付き肉もお付けしますよ」


「それ人の金だろ?」


「まあ、大丈夫ですよ」


 大丈夫じゃないと思うんだけどなぁ……。

 真面目なメイドという印象はとうに消え去り、少女は強引に俺の腕を引っ張っていく。

 普通のメイドに会ってみたいと思う今日この頃であった。




   ◇




 微妙。


「あ、冷たくて美味しい」


 俺は口には出さなかったものの少女との氷菓子に対する感想は綺麗に分かれてしまった。

 現代日本のアイスのクオリティを知っているため、ダメとはわかりつつもあちらと比べてしまうのだ。

 薄っすらと味のついた氷が勝てるはずもない。

 しかし、この世界を基準にすればこの氷菓子は十二分に衝撃的な甘味だ。

 前世の記憶のせいで俺って損してないか?


「お兄さんの口には合いませんか? やはりあそこの骨付き肉の方が……」


「だから他人の金で賄賂はやめろって」


 芳ばしい匂いが食欲をくすぐるが、毅然と硬い意志をもって断る。

 こんなところで共犯者に仕立てられて堪るものか。


「……そうですか。ところでお兄さん、お名前は?」


「レイドだけど?」


「レイド。なるほど、レイドさんですね。しっかりと覚えましたレイドさん」


「ちょっと、俺の名前を何に利用するつもり?」


「私のことはアンとお呼びください」


「ねえ、聞いてる?」


 アンと名乗った少女は俺の質問に取り合おうとはせず、幸せそうな顔で氷菓子を舐める。

 お兄さん、問題ごとに巻き込まれるのは御免なんだけど。

「自分は休みながら、こちらの仕事を増やすなんて何様ですか?」と絶対零度の瞳を向けるケイトさんの姿が脳裏に浮かぶ。

 頭が痛くなってきたのは氷菓子のせいではないはずだ。

 杞憂だといいんだけど。


「悪用するのはやめてくれよ、ほんと」


「恩人に対してそんなことするわけないでしょう。私、そんな性格が悪く見えますか?」


「小賢しい感じはするな」


「ほう、言ってくれますねぇ」


 見た目は御淑やかだが、自由気ままな猫のような印象を受ける。表向きは優等生を演じながら、その実はかなりの自由人タイプな気がする。


「生真面目なやつは買い出し用の金でおやつを買ったり、目撃者の口止め料にしようとはしないと思うぞ」


「世の中には困った人もいるのですね」


「君のことだよ」


 うん、見た目よりも強かだわ、この子。


「まあ、そんなことはどうでもいいのです。ところでお兄さんはもしかして冒険者だったりしますか?」


「どうでもよくはないと思うけど、確かに俺は冒険者だ。それが?」


「お暇なら荷物持ちを頼もうかと」


「初対面相手に図々しいね」


「冒険者なら力もあるでしょうし、お金を払えばどんな仕事もしてくれるのでしょう?」


 まあ、そうなんだけど。

 今は暇だし、報酬が貰えるのなら荷物持ちくらいやってもいい。


「けど、そのお金って……」


「与えられた金額内で指定されたものを揃えればいいんです。その過程で人を雇おうとも終わり良ければ総て良し。何も問題はありません」


「いや、でもなぁ」


 俺の反応が芳しくないからかアンは眉間に皺を寄せる。


「可愛い女の子からの頼み事に何の不満があるというのですか?」


「自分で可愛いって言っちゃうんだね」


 まあ、実際のところ可愛いのは認めよう。

 いつもなら断る理由がないなら頼みごとの一つや二つは引き受けているだろう。

 けど、アンの依頼は正直言ってあまり受けたくない。


「不満っていうか、嘘をついてるだろ、君」


「嘘、ですか?」


 言っている意味がわからない、という風に小首を傾げるが、指摘されて表情が一瞬固まったのを俺は見逃さなかった。


「まず、上司に買い出しを頼まれたっていうのが嘘だろ?」


 俺にぶつかるまで急いでたのに、追いついてからはのんびりと道草を食っているのだ。明らかに言動が矛盾している。

 それに、メイドなら仕えているのは貴族や商人などの上流階級の人間だ。そんな相手から預かった費用を仕事をサボった上で使い込むなんて、発覚すれば首が飛ぶだろう。


「買い出し云々は俺の前から早く去るための方便だったんじゃないか?」


 ああでも言えば誰も長く引き留めることはしないだろう。

 俺もそう考えたし、アンの思惑通りに事は進んだ。

 あれから分かれたままであったのなら、何事もなく終わったのだろう。


「けど、落とした財布を俺が届けに来て咄嗟についた嘘を続けなくちゃいけなくなった。違う?」


「……よくお気づきになりましたね」


「こっちを騙そうとする性質の悪い商人やら同業者のおかげで嘘には敏感なんだよね」


 冒険者になりたての頃はそれはもう騙されまくっていた俺である。

 話の矛盾なんかを見抜ける頭はなかったが、相手の声音や表情からこちらを騙そうとする空気のようなものはいつの間にか感じ取れるようになっていた。

 まあ、貴族相手にはまるで通用しないけどな。


「そうですか。嘘はいけませんでしたね……」


「そういうこと。そんじゃ」


「なら、本当のことを言えば助けて貰えますか?」


 立ち去ろうとした俺の言葉を遮り、アンは潤んだ瞳で懇願する。

 先ほどまでの飄々とした態度とは打って変わり、端正な顔には焦りが滲んでいた。


「実は私――――お城から逃げて来たんです」




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