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56.占い

「迷える子羊よ、善行とは何かわかるか? 読んで字のごとく善き行いのことだ。しかし、時に善行が善行でない場合がある。自らは善き行いと思っていても、他者からすれば善きことでも何でもなく、害悪ですらあるということもありえる。ようは、善き行いをした、という自己満足でしかない行動だ。他者を幸福にできていないのであれば、それは善行とは言えぬ。だが、他者を幸福にするだけでは善行ではない。自らの行動が意図せずに相手の幸福につながるということがあるが、それは良い結果であり、善行ではない。そこに善意がないからだ。他者を助けるという意志を持ち、他者を幸福にする行動こそ真の善行というもの。実に尊いことだが、それ故に実際に行うことは難しい。他者を幸福にするためには、他者のことを真剣に考えねばならぬ。それが相手のためになるのか、本当に善きことなのか思慮が必要なのだ。善きことと考え実行したことが、善き結果となる。どうだ、善行とは難業であろう? しかし、難しく考えることはない。他者を想い動く。ようはそれだけなのだ。さすれば、お主がやるべき行うことはわかるはずだ。さあ、善行を為すがよい」


「要約すると、『ヘルプミー』?」


「うむ」


 少女は鷹揚に頷いた。

 回りくどいし長いわ。


「なんで神に仕えるシスター様がこんな愉快な格好してるんだ?」


 俺は冷めた目で、長ったらしい語りの意味が通じたことに満足気な少女を見下ろした。

 お尻から突っ込むような形で樽に嵌っていて、上部は肩から下は膝の先が辛うじて外に出ているが、脱出しようにもまともに力が入らない態勢だ。

 全体的に白っぽいせいか、つい籠に乱雑に突っ込まれた洗濯物を連想してしまった。


「……ふっ、しいて言うならこれは神の試練なのかもしれんな」


「ほう」


 とんだ間抜けな試練もあったものだ。


「休憩に腰を下ろしたら、蓋が脆くなっていてそのままドボンっとかではなく?」


「………………………………ふっ、面白いことをいいおる」


 えっ、なんでわかったの!? みたいなびっくりした顔でこっちを見た後、慌てて目を逸らして取り繕う。なんとも分かり易い。


「我がそんな間の抜けたやつに見えるか?」


「見えます」


 今の貴女を見て間抜けではないと思わない人はいないと思うよ。


「なんだとっ? 我のどこが間抜けだとうひゃっ!?」


 返答が気に食わなかったのか眉を寄せ、口調とは裏腹に子供の癇癪のように手足をばたつかせて抗議する少女だったが、その拍子に樽が揺れて僅かに傾き短い悲鳴を上げる。

 徐々に憐れみすら覚えつつあった俺は、少女を樽から救い出すべく動き始めた。


「いたっ」


「普通に引っ張るだけじゃ無理か。身体が引っかかってる」


「それは我が太っていると言いたいのか! デブだから蓋が壊れたと言いたいのか!」


「そんなこと一言も言ってねぇよ。肉付きは薄いくらいだし、ちゃんと飯食ってるのか?」


「誰が貧乳じゃコラァ!」


「だからそんなことは一言も言ってねぇよ!」


 勝手にこちらの言葉を誤変換する被害妄想少女に辟易しつつ、彼女を引っ張り出す方法を考える。

 結構深く嵌っているようで、単に引っ張るだけでは上手くいかない。

 樽を壊そうにも、底の方にはまだ何かが入っているようだし、すでに蓋が破損しているとはいえ人様の物を完全に壊すわけにもいかない。


「もうこのままでもいいんじゃないか? オブジェとしては面白いし」


「面倒くさくなったな貴様! このまま我を放置したらどうなると思う? 邪な考えを持つ輩に見つかり、身動きの取れない我はそのまま……言ってて冗談じゃ済まなそうなんで助けてくださいお願いします」


「そ、そうだな、うん」


 事態の深刻さに気付いた少女は顔色を悪くして、目に潤ませながら殊勝な態度で助けを乞うてきた。実際、今は色んな人間が王都に集まってきているため、そういった行為に及ぼうとする輩もいないとはいえない。

 俺としてもこのまま見捨てていくのは忍びないし、この愉快なシスターを放置していくという選択肢はなかった。


「……こう、なんとか樽と体の間に手を突っ込んで抱き上げる感じで引っ張りだせないだろうか」


「やってみるか」


 やってみた。

 すると今までの苦労は何だったのかというほどあっさりと少女の身体は樽から解き放たれた。もしかしたらカタツムリのように樽も彼女の一部なのではと疑っていたのだが、流石にそこまで愉快な存在ではなかったらしい。


「こ、これはっ!?」


 腕の中の少女が驚きの声を上げる。

 彼女は今俺に横抱き、俗にいうお姫様抱っこの状態で、目と鼻の先には頬を赤く染めた整った少女の顔がそこにはあった。


「窮地から救ってくれた逞しい腕、布越しに伝わる確かな熱、そして高鳴る心臓。これはもしかして――――恋っ!?」


「いいえ、それは吊り橋効果です」


 また馬鹿なことを言いだした彼女に、俺は吊り橋理論というものを懇切丁寧に説明するのであった。




   ◇




 俺は迷子になったウルシとモカを探していたはずなのに、気づけば助けたシスターの少女と仲良く団欒にふけっていた。

 どうしてこうなった?


「礼を言うぞ、迷える子羊よ。汝のおかげで我はまた自由の身になれた」


「そいつはどーも」


 口調は偉そうだが、頭を下げて礼をいうあたり悪い奴ではないのだろう。言動に芝居じみたものを感じるので、彼女の素のものではないような気がする。


「そういえば、まだ名前を聞いておらなんだな。我が御名はウィル。恩人よ、名は何という?」


「レイドだ。ウィルはシスターみたいだけどエスト教の人か?」


 服装から俺は当てずっぽうで有名な宗教の名前を挙げてみた。

 フェニキシア王国は精霊信仰を国教とした国で、国民が信仰しているのは神ではなく精霊だ。とはいえ、他の宗教が弾圧されているのかといえばそうではなく、問題さえ起こさなければどこの宗教であろうと布教を許しているくらい他宗教に寛容な姿勢を示している。


 この国は他国と比べても精霊との結びつきが強く、それ故に精霊から受けている恩恵は非常に多い。

 一例として、フェニキシア王国の貴族の大半は精霊と契約しており、精霊魔法を行使できる。特別な血筋や道具を使わなくては魔法を行使できないこの世界において、魔法を与えてくれる精霊の存在がいかに大きいかわかるというもの。

 いるかいないかもわからないどこぞの神よりも、目に見えた実利を与えてくれる良き隣人である精霊に対して信仰が向くのは当然である。


 国民性から精霊への信仰が揺るがないからこそ、他宗教をいくらでも受け入れているらしい。そもそも精霊信仰には他の教えを否定するものがない。この国の精霊信仰の成り立ちからして、光の精霊や水の精霊、地の精霊、果てには闇の精霊などいくつも存在する各種の精霊信仰のごった煮なのだ。他者を害さなければ大抵のことは受け入れるという、とても懐の広い宗教なのである。


 ……というのがヨハンの受け売りである。


 下手に排除するよりも認めたほうが問題も少ないだろう、と数代前の国王が元々緩かった規制をさらに緩和したこともあって、各地から色んな宗教が流入しているのが現状だ。

 エスト教もその一つであり、いくつもの国で国教にされているような特にメジャーな宗教である。


「ふっ、我をそこらのミーハーと一緒にしてもらっては困るぞ」


 ミーハーって。取りあえず有名どころを上げてみたのだが外してしまったようだ。


「我は夜天の御神ヴォルザナークの信徒なり」


「……ヴォルザナーク、だと?」


 ――――夜天の御神ヴォルザナーク。


 慎ましい胸を張り、得意げな笑みを浮かべるウィル。彼女が信仰している神の名を聞いて、俺は少なからず衝撃を受けた。


「……全く聞いたことない。どこのカルトだ?」


「誰がカルトじゃぁ!」


 べしべしと全然腰の入っていない拳が飛んでくるが、痛くもかゆくもない。

 しかし、カルトは言い過ぎたかもしれない。反応が面白いからといって言って良いことと悪いことはある。俺が知らないだけでどこかの土地で信仰されているマイナーな神様なのかもしれないし。


「ヴォルザナーク様はなぁ、ヴォルザナーク様はなぁ、凄い神様なんだぞっ。月と星を統べる力を持った、夜を司る暗黒神。それがヴォルザナーク様だぁ!」


「邪教じゃねぇか」


 下手なカルトよりたちが悪かった。俺の罪悪感は何だったんだ。


 様々な宗教を許しているだけあって、時たまこういったおかしなものが入って来ることは珍しくないらしい。まあ、大体は確固たる地位を築いている精霊信仰や他の大手に信者を取られて、大した影響を及ぼさないまま消えていくそうだ。

 こいつのもその類だ。


「なんだよ、文句があるなら言ってみろ!」


「文句も何も、なんでそんな神様を信仰してんだ?」


「カッコいいからに決まってるだろう!!」


「…………」


 言い切られた。いっそ清々しいまでに。

 薄々わかっていたけど、やっぱりこいつアレだわ。


「そうだね。信仰の自由ってあるしね。……いや、この世界にあるのか?」


「お、ヴォルザナーク様を認める気になったか? 信徒になるか?」


「なるか」


 俺が信じてる神はよっしーだけだから。


「……もしかして、その口調や服装って戒律だったりする?」


「いや、これは我の趣味だ。カッコいいであろう?」


 そうかー。

 そうだったかー。


「カルトなんて言ってごめんな」


 カルトなんてそんなチャチなもんじゃあない。厨二病ってやつだ。


「ふっ、わかってくれたか。なぁに、我は心が広い故に気にしておらぬよ。心が広い故にな」


「うんうん、よく似合ってるよ。特にその眼帯がカッコいいね」


「おおっ、わかるか! 我が魔眼を戒める、龍の刻まれたこの封印の良さが! 我ながら渾身の一作なのだ!」


 ……龍?

 黒地に縫われた赤いうねうねとしたやつのことか?

 なんかの模様か文字だと思ってたけど、龍だったのか……。

 今はミミズにしか見えないけど、口にはすまい。


「迷える子羊、いやレイドよ。汝は恩人にして良き理解者だ」


 とても嬉しそうな顔で肩をぱしぱしと叩いてくる。分かり易いくらい上機嫌だ。


「我は占術が大の得意でな、さっきの礼もあるし親交の祝いに特別に無償で占ってやろう!」


「いや、別にいいけど」


「えっ」


 条件反射で断ると、目に見えて落ち込むウィル。分かり易いくらい意気消沈としている。

 占いって益々胡散臭さが増したんだけど。幸運のアイテムとか売りつけてくる流れだろこれ。

 だから即座に断った。断ったんだけど……。


 断っただけで涙目になるのはやめてほしい。

 美人ってずるいわ。


「……やっぱり、せっかくなので占ってもらえるか?」


「う? そ、そうかそうか! 英断だぞレイド! ついでにお手製のタリスマンもやるぞ!」


「それは別に……」


「……そうかぁ」


「ごめん、嘘! やっぱりください!」


 幸運のお守りを貰った。無料だったのでセーフだ。セーフ。

 ちなみにお守りは黒い髑髏のブレスレットだった。

 もう何も言うまい。


「さて、我の占術だが、これはヴォルザナーク様の力を少しだけお借りして行使する技なのだ。先も説明した通り、ヴォルザナーク様は月と星を統べる夜を司る神。星の位置や運行によって運命を占う術、つまりは占星術だ。これで占って」


「真昼間なのに?」


「――――占ってやることは残念ながら出来ぬので、今回は人相から占ってやるぞ!」


 前提から躓いた少女は、冷や汗をかきながらも強引に軌道を修正して話を進める。

 星占いから人相占いって脈絡がなさすぎないか?

 まぁ、ウィルだしなぁ……。


「むむむ」


 早速とばかりに俺の顔を覗き込むウィル。すぐ目の前には端正な彼女の顔。銀色の瞳が真っすぐにこちらを見据えていた。


「こうして見つめ合ってると……照れる」


「早くしろや」


 それはこっちもだから。お願いだから口に出すな。


「うーむ、女難の相が見える」


「……当たってるな」


 現在進行形で。


「他は……願事、思う通りにならず。待人、遅れる。失物、忘れた頃に出る。学問、励むべし。争事、まま負ける」


「……それ何なんだ?」


「これか? これは我の考えたやり方でな。斬新かつ明快であろう?」


 ふふん、と鼻高々なウィルには悪いけど、俺にはおみくじに書かれてるやつにしか聞こえない。

 この世界では確かに斬新だし明快だとは思うけど。

 軽い頭痛を感じる一方で、ウィルのおみくじ風人相占いは続く。


「商売、控えよ。病気、敵無し。転居、先に難あり……まあ、こんなところかの」


「……なんか散々じゃないか?」


「うむ。この一年は厄難が続くらしい。レイドには凶兆の相が出ておる」


「マジか」


 思い返せば、犯罪奴隷に落とされてあり、ドラゴンと戦うことになったり、アンデッドに囲まれて死にかけたり、碌な目にあってない。

 ……おいおい、結構当たってんじゃん。

 病気、敵無しとかなんだよとか思ったけど、実際にそうだし。


「……ウィルって本当に凄い占い師だったんだな」


「むっふっふっふ」


 あれ、でもそうなると他のも当てはまるわけで……つまり今年は災難ばっかりってことか?


「しかし褒めてもらったところで悪いが、占いなんぞ当たるも八卦当たらぬも八卦。気にし過ぎてはいかんぞ」


「そ、そうだよな」


「それに、汝の場合は厄難を超えた先に吉兆の光が見える。悪いことばかりではないということだ」


 そう言われるとちょっと気持ちが楽になった気がする。


「礼も済んだことだし、我もそろそろ行くとするか」


「何か用事があって王都に来たのか?」


「うむ。ここには昔馴染みに顔を合わせに来たのだ」


 ウィルはきょろきょろと当たりを見回して、樽に嵌った時に落としたらしい自分の荷物を拾い集める。


「随分と大荷物なんだな」


 大きめのバックパックを背負い、さらには古びた布でぐるぐる巻きにされた棒状の物を担いでいる。

 人ごみの中ちゃんと移動できるのか少し心配だ。


「これくらいどうということはないわ。短くはあったが汝との語らい楽しかったぞ」


「俺もだよ……また樽に嵌ったりするなよ?」


「う、うるさいっ」


 頬を膨らませたウィルがぷんすかと怒りながら大通りに向かって行く。


 面白い奴だったな、とその背中を見送っていると、雑踏へと交わる寸前で白銀の少女は振り返った。


「これはサービスだ。行くのならこの通りを左に進むとよい。さすれば汝の探し人に出会えるであろう」


「え?」


「ではな」


 急な具体的過ぎる彼女の助言に面食らっているうちに、ウィルは人ごみへと姿を消した。

 ……そして遠くからぶつかられたことに対する怒声と謝罪する少女の声が聞こえてきて、それも次第に届かなくなった。


「なんだったんだ?」


 路地で出くわしたシスター、ウィル。

 人形のように美しく、しかしその言動は残念極まりなく、けれどどこか不思議な少女。

 結局彼女は何者だったのだろうか。


「ああ、厨二病の邪教徒だっけ」


 口にしてみて、つい笑いが零れた。

 あれは暗黒神などの信徒らしいが、きっと悪人などではないだろう。

 そう思った。




    ◇




 大通りへと再び足を踏み入れた俺は、ウィルの言う通り左へと進んだ。

 ウルシたちを探す当てなど他にないので、従ってみることにした。存外彼女の占いは当たるようだし、悪い結果にはならないだろう。


「しかし、占いかぁ」


 占いと聞くと次に詐欺を連想してしまうのは元現代人の悪い癖だろうか。

 何かの番組でインチキ占い師がよく使う詐欺の技法を紹介していたのを思い出す。

 コールドリーディングやホットリーディングといったか。

 確か、会話の中で聞き出した情報や事前に調べていた情報を占いで言い当てたかのように言う技法だったか。どっちがどっちだったか。


 あとは、バーナム効果なんてものもあった気がする。

 誰にでも当てはまるようなごく一般的なことを質問して、自分に当てはまることだと認識させて信用を得る、だったっけ?


「……うーん、どれも違う、よなぁ?」


 引っ張り出して来た技法をウィルの占いに当てはめてみたが、どれも使われていたようには思えない。

 というか、彼女の言動が全て演技だったのだとしたらちょっと人間不信になるぞ。


 俺の知らない様な技法が使われていたのか、それとも正真正銘の占術だったのか。

 占いも前世では当たるところは本当に当たるものだと聞いたことがあるし、この世界には魔法なんてものが実在する。なら、詐欺ではない本物の占術もあるのかもしれない。

 まあ、本物の占術ってなんだという話だが。


 百パーセント当たるものが本物の占術というのなら、それは占いではなく予知というべきだろう。


「当たるも八卦当たらぬも八卦。それが占いってもんだよな」


 当たれば儲けもの、くらいに思っておくのが丁度いいのだこういうのは。あんまり考えすぎるとドツボに嵌る。


「黒髪と白髪の二人組は目立つと思うんだけどなぁ」


 残念ながら道中にそれらしき人影はなかった。

 てっきり二人で一緒に行動していると思ってさがしていたが、もしかしたら二人とも単独行動している可能性も浮かび、つい重い息を吐く。


 探すのやめようか。

 何度目ともしれない思考が頭を掠めたとき、正面から誰かとぶつかった。


「わ、悪い。大丈夫だったか」


 相手が子供だったためぶつかるまで気づかなかった。

 嫌気がさし始めて、注意が散漫になっていたこともあるが、相手の子も急いでいたようだ。お互いに前方不注意で正面衝突してしまった。

 だが被害が大きかったのは体格で劣る相手の方だ。衝撃でぶつかった子供だけが転んでしまい、俺は慌てて駆け寄る。


「怪我はないか?」


「こちらこそ申し訳ございません。心配をおかけしました」


 ぶつかって転んだ子供――――侍女服に身を包んだ茶髪の女の子は、そう言って申し訳なさそうに頭を下げた。




明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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