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55.樽

 見渡す限り人、人、人、人、人。

 平素から人の多い王都ではあるが、誕生祭に合わせて城下では大規模な市が催されており、今日は一段と人の数が多い。

 王族の成人を祝う誕生祭。祭りは一週間もの間続くらしい。

 驚くべきはこれだけの人間が溢れかえっているにもかかわらず、今日が誕生祭の前日ということだろう。

 明日からはさらに人が増え、今以上の賑わいを見せることは間違いない。


「なんか懐かしいなぁ……」


 これほどの数の人間が街を行きかう光景などこの世界では滅多に見られない。人の多さにウルシなどは呆気に取られていたが、前世の記憶がある俺にとってはこの人口密度は日本の都会の風景を思い出させ懐かしい気分になる。

 都会っ子ではなく地方育ちだったため慣れたものでもないが。


 正直どちらかと言えば、人ごみはあまり好きではない。人の多さに酔いそうになる。

 懐かしいとは思うが、好ましいとは思うはない。いや、賑やかなのが嫌いとかではないのだが、あまりに人が多すぎるのが苦手なのだ。

 連休中にテーマパークへ遊びに行ったのに、人が多すぎて時間の大半が待ち時間に費やされ、結局ほとんど遊べなかったという経験のせいだろうか。

 とにかく、多すぎる人ごみというのは好きではない。身動きが取れなくなり、やりたいことができなくなってしまう。


 そして今日、さらに嫌いになった。

 人が多いと、いつの間にか連れが迷子になるからだ。

 前世を思い出して懐かしい、とか言って現実逃避をしている場合ではない。


「ウル~、モカ~、どこだー!?」


 通行人の何人かがこちらを振り返るが、すぐに前を向いてどこかへ消えていく。

 返事はなく、俺の声に反応してどちらかがやってくることもなかった。

 耳の良い彼女たちが来ないということは、俺の声の聞こえない範囲にいるのだろう。もしくは夢中になっていて俺の声が耳に届いていないかだ。


 現在、王都には色んな人間が集まってきている。言祝ぎに来た貴族から、商機を見た商人、振る舞われるただ酒や催しが目当てに訪れる近隣都市の住民たち。大勢の人間がやってくると言うことは、中には性質の悪い人間も必ずいる。

 そんな連中に絡まれでもしていたら……うん、大丈夫だなあの二人なら。

 先日の昇格試験でCランク冒険者を叩きのめしていた彼女たちだ。心配するとしたら返り討ちに会う奴らの方だろう。


「……ああでも、面倒事起こすこともあるから放っても置けないか」


 可愛い顔したトラブルメーカーたちが、何のイベントも発生させずに帰って来るなどというのは甘い期待だろう。

 モカはまだいいが、ウルシは未だ世間知らずな部分も多い。

 目の届く場所にいないのはやはり不安だ。


「何か……あんまり骨休め感じがしないぞ……」


 結局また二人の御守り役だ。

 俺は疲れたため息を漏らしながら、トボトボと人ごみをかき分けて迷子の二人を探す。


 ――結論から言うと、その日、いつまで経っても俺は彼女たちと再会することはなかった。



   ◇



 数日前のこと。


「仕事? ないわよ?」


「……え?」


 期限までに俺、ウルシ、モカの冒険者ランクをEランクに到達させるというミッションをやり遂げた俺は、屋敷に着くとすぐにアリーシャ様のいる執務室へ報告に赴いた。

 任務は達成したが、その内容は決して出来の良いものではない。

 途中でモカの独断行動を許し、命を落とす寸前までいくという事件があった。アリーシャ様には大いに心配をかけ、怖い先輩であるケイトさんに尻を拭ってもらった大失態だ。


 トラブルに対して周りがフォローするのは当然だとアリーシャ様は言っていたが、失態は失態である。俺がモカにきちんと向き合っていれば防げたかもしれない。


 いや、たらればを語ったところで意味はないか。

 俺は失敗した。ならばそれを補う分の働きをしなければならない。俺が言いたいのはそういうことだ。


 立ち直った俺はそう意気込んで「次はどんな仕事をすればいいのでしょう!?」と尋ねた。

 そして冒頭のやり取りへとつながる。


 仕事、ないんだってさ。


「…………え?」


「仕事を言い渡してからほぼ一か月の間、レイドは休みなく二人のために動いてくれていたでしょ。もう誕生祭まで一週間を切ったことだし、貴方達は早めの休暇に入ってくれていいわよ」


 俺のここ最近の仕事ぶりを知ってくれていて、その上それを労ってくれるのは素直に嬉しい。胸にじんっと来る。

 もっと仕事がんばろうとか思ってしまう。

 けれど、仕事はないらしい。

 このやる気はどうすればいいでしょうか。


「……仕事中毒の相が見えるわね」


「アリーシャ様の眼の前で隠し事ができませんか」


「魔眼は関係ないわ。全部表情に出てるもの」


 どうやら仕事がないと言われて、分かり易いくらいがっかりした顔をしていたそうだ。


「やる気があるのは嬉しいのだけどねぇ……」


「全然人手が足りてないくらい仕事が忙しいって前に言ってませんでしたっけ?」


「仕事はあるのだけれど……正確には貴方達に回せるような仕事がないの」


「…………?」


「ベイルラントに戻るまでに資金繰りや物資の購入、そのための人脈作りと動いているわけだけど、貴族や商人との話し合いでレイドは上手くやる自信はある? 必要な書類を作ったり、会合で相手より優位に立ち回るために情報を秘密裏に探ることは? 貴族の前に立てるだけの礼儀作法は知っているかしら? 前世の記憶があるとはいえ、ただの冒険者でしかなかった貴方はこの世界の貴族や商人たちに交渉事で上回ることができる?」


「……いいえ」


 俺は力なく首を振る。

 アリーシャ様があげた内容はどれも俺には手に余るものばかりだ。Cランクだったとはいえ、冒険者というのは世間的な地位は高くない。貴族と接する機会のある依頼もCランク以上であればあったが、俺は面倒事を避けるために受けたことがなかった。そのため、貴族の前に出られるだけの礼儀作法など身に着けていない。

 簡単な挨拶くらいならできるが……英会話で例えると「こんにちは、私の名前はレイドです。お会いできて光栄です」ぐらいの超初歩レベルのものだ。たぶん、絶対に無理だろう。


 曰く、残っている仕事というのはアリーシャ様自身が出張らなくてはならない交渉事や、高度な知識のいる領地経営に関する書類の作成や処理、その管理がほとんどらしい。屋敷の雑務やある程度の読み書きや計算のできる者である書類の対処は、他の部下や買って来た奴隷たちにすべて任せていて俺の入る隙間はないそうだ。


「仕事を任せられるだけの教養というものが必要なのですよ」


「ぐっ」


 ケイトさんの的確かつ辛辣な言葉が胸を貫く。前世でも俺は優秀と言えるような人間ではなかった。ここでの世間一般レベルならまだしも、上流階級を相手に知識を活用して上手く立ち回れるような自身は俺にはない。


「……はあ」


 迷惑をかけた分、アリーシャ様の役に立とうと気合を入れてきたというのに、待っていたのは俺は役立たずである現実。ちょっと、どころか結構へこむ。


「落ち込まないで、レイド。私が見込んだのは冒険者として培ってきた戦闘技能や探索能力よ。交渉や書類仕事なんて完全に畑違いじゃない。貴方がやるべき仕事はベイルラントの未開地を探索し、生還して情報を持ち帰ること。そこを勘違いしてはいけないわ」


「でも……」


「手伝おうとしてくれる気持ちは嬉しいわ。けれど、貴方がやるべきことは慣れないことをするのではなく、レイドしかできない仕事に向けて準備を整えることよ。今の場合、体を十分に休めて英気を養うことかしら」


 すると、アリーシャ様は真剣な面持ちから表情を緩め柔らかく微笑む。


「実際のところ、レイドはよくやってくれているわ。期限を決めたが言うのもあれだけど、Eランクに到達するのは誕生祭よりも後というのが見立てだったの。それが予想を超えて十分な余裕をもって仕事を為した。そんな貴方を労って早めに休暇を言い渡すのは当然のことではないかしら」


「それは、元々二人に実力と素養があったからです。俺の実力じゃない」


「でも、結果としては私の予想を上回って早く仕事を終えたということに変わりはないわ。お小遣いも渡すからご褒美だと思って市でも見てきたらどうかしら。最初から誕生祭の間は最低限の人員を残して自由に過ごさせるつもりだったから、それがちょっと前倒しになっただけのことよ」


「いいんですか、ほんとに?」


「ええ、誕生祭が終わるまで好きに過ごしてちょうだい」



   ◇



 主にあそこまで言われてしまえば引き下がるしかなく、俺は日に日に賑やかになっていく王都を見て回ったり、冒険者ギルドで日帰りできそうな依頼をこなして時間を過ごした。

 今日はウルシとモカに誘われて三人で遊びに来ていたのだが、一時間も経たず自由奔放なあの二人はどこかに消えてしまった、

 一方でアリーシャ様は社交で忙しいらしく、毎日のようにどこかへと出かけている。度々手伝いを申し出ているが、任されるのは簡単な雑用ばかりで護衛に連れて行ってもらうことなどはない。

 まあ、必ずケイトさんかヨハンがついているので戦力的にも俺なんていらないのだけど。


 モカの一件についてはアリーシャ様からは気に病みすぎるなというお言葉を頂いた。あそこに大量のスケルトンがいたことは不測の事態であり、モカが死にかけたのは不幸の事故である。独断専行と言っても普段の森であれば、多少の怪我は負っても帰って来れる場所であったことから特に処罰するつもりはないそうだ。


 モカは今度から報告は疎かにせず、俺は部下の状態に気を配るようにとお叱りを受けるだけで終わった。モカの行動で何らかの罰が下るなら取りなすつもりであったが肩透かしを食らった気分だ。


(それでも世話になりっぱなしだしなぁ)


 犯罪奴隷から解放だけでなく、それからの衣食住の保障と仕事の提供までしてもらっている。それが善意からのものではなく、彼女の打算によるものであるとはわかっているが、それでも俺は確かに恩を感じている。

 なのに、俺はアリーシャ様に何も返せていない。

 何もしていないことはないが、失敗もあって結局は差し引きゼロに終わることばかりだ。

 ベイルラントについてからの働きに期待しているとは言われているが、現状で何も報いることができていないことに引っかかり覚えていた。


 二人の捜索を諦めた俺は横道に入って人の流れから抜け出す。一旦休憩だ。人ごみを歩くのは普通に歩くよりも何倍も疲れを感じる。


 入った路地には木箱や樽などが大量に置かれていて、ただでさえ狭いのにかなり通り辛そうだ。近く露店の商人達が一時的に置いているのかもしれないが、かなり邪魔くさい。路地を通っていくよりも、また大通りに戻った方が移動は楽そうだ。

 取りあえず今は休憩だ。せっかくなので木箱を椅子代わりにして一息。


「あいつら本当にどこ行ったんだか……」


 ウルシとモカの捜索だが、もうほとんど諦め気味だ。あの二人も小さな子供ではないのだし、遅くなる前に屋敷に返ってくるだろう。何か面倒事を起こしても、警備の騎士たちがなんとかしてくれるだろう。決して、気疲れから投げやりになっているわけではない。俺が出張るまでもなく自力で解決してくれるはずという信頼だ。

 三人で遊びに行くことに楽しみにしていたのに、勝手にどこかに行ってしまって怒っているとかでもない。決してない。


「……最近はままならんことばっかりだ」


 人生で思う通りになったことなどほとんどないけどな。でもここ最近は失敗ばかりが目立つ。

 体を休め、英気を養う。

 アリーシャ様はああ言っていたけれど、今の俺にできることは他にないのだろうか。

 自分には足りないものが多すぎると感じているが、どれも一朝一夕でものではない。わかっているが、主や先輩方が忙しく働いているのだ。俺も何かできることをしたい。


「うーん、もどかしい」


「迷える子羊よ」


「うおっ!?」


 独り言をぶつぶつ言っている時に声を掛けられるとものすごくびっくりする。

 跳び上がった俺は辺りを見渡すが、おかしなことに声を掛けてきたらしき人物が見当たらない。確かに女の子の声だったのだが。


「悩みがあるのだな。話してみるがよい。聞くだけ聞いてやろう」


 随分と偉そうな物言いだ。どうやらこの積み上げられた木箱の山の後ろにいるらしい。

 回り込むと、そこには声の主らしい少女がいた。


 美しい銀髪に同色の瞳。肌は透き通るほど白く、人形のように整った端正な顔立ち。その右半分を不思議な模様の眼帯が隠しているが、少女の容姿を損なう要素にはなっていない。純白の法衣を纏っており、どこかの神官なのだろう。独特な雰囲気を持つ少女だ。


 少女の姿を見た俺は、息を呑んだ。何も言えないまま、彼女のことを凝視する。目を逸らすことができなかった。




 ――――そう、樽にお尻から突っ込んで身動きの取れない少女に。


 とても美しい少女だ。独特の雰囲気の美少女だ。

 そしてそれらすべてを台無しにする残念な女の子が目の前にいた。


「さあ、己のすべてを曝け出し、主に祈りを捧げよ! そして善行を為せ! さすれば救われるであろう、迷える子羊よ!」


 そう言って、キレのある動きでポーズを取る。樽に入ったまま。

 なんだこいつ。




お読みいただきありがとうございます。

気持ち的には早めに次を上げたい。気持ち的には。

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