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53.失敗談

 パチッ、と焚火の中から弾ける音が耳朶を叩く。

 すっかり夜の帳は下りた中、煌々とした明かりと熱は体だけでなく心も温めてくれる。

 周囲に獣や魔物の気配はない。

 いたとしても、脅威になるような相手は王都近郊にはいない。誕生祭が近いこともあり、治安のために騎士団によって狩りつくされているのだ。

 先日のスケルトンは……まあ、あれは例外だろう。


 俺は周囲の気配に気を配りながら、懐から取り出したそれをぼんやりと眺める。

 鈍色のコーティングが施された長方形の金属版には、名前や階級などいくつかの情報の羅列が刻まれている。冒険者になった時に最初に支給される身分証にもなる必需品、冒険者カードだ。

 傷などほとんどないまだ真新しいカードのランクを示す項目には『E』の文字があった。


「なんとか間に合ったか……」


 ロイドに掛け合ってこの忙しい時期に昇格試験に協力してくれる商人をなんとか見つけてもらい、なんとか試験までにこぎつけることに成功した。それでも期限はぎりぎりとなってしまったが。


 依頼の内容は馬車で三日ほどの街までの護衛で、特に問題もなく完了した。

 試験の申請から商人の出発までに時間があったため、今回はさきに模擬戦が行われた。試験の順番が前後することは珍しいことではない。今回のように商人などに協力してもらうことがあるので、相手の都合によって臨機応変に試験を行うのだ。

 余談であるが、今回のような場合で模擬戦の試験で落ちてしまった時は受験者の代わりにギルド職員が派遣される。俺たちは勝ったので関係ない話だけどな。


 目的地に到着した時点で依頼は達成され、試験は合格したことになる。協力してもらった商人にサインしてもらった書類を現地の冒険者ギルドに提出すれば王都に戻らずともその場でカードを更新してもらえるので、早速とばかりに新たな冒険者カードを受け取ってきたというわけだ。


 いまはその帰りの道中だった。野営していることからもわかるとおり、行きとは違い馬車ではなく徒歩である。

 街で相乗りさせてもらえる馬車を見つけられなかったというのもあるが、俺たちならばそんなものを探しているよりも最低限の荷物だけ持って走った方が早いという結論からだ。

 馬車では通れない様な道を通ってショートカットを図ったりなどしたおかげで、十分な休憩を取りながらでも行きと大した変わらない時間で戻れそうだ。何事もなければ明日の朝に出発して、昼頃には到着しているだろう。


「ふわぁ……何見てるの?」


 テントから眠そうに瞼をこすりながら這い出てきたウルシが、のそのそと俺の隣にやって来ると手元を覗き込んだ。


「交代になったら起こすって言っただろ」


「そうだけど、目が覚めちゃったんだもん」


 見張りは俺、ウルシ、モカの順番でやることになっている。交代までにはまだもう少し時間があったのだが、目が覚めてそのまま起きて来たようだ。


「それに、交代って言ってもレイドはずっと起きてるつもりだったでしょ? 寝床もテントじゃなくて毛布だけだし」


「初心者を一人だけ残して寝るわけにはいかないからな。お前らの見張りっぷりを見とかないといけないからテントのことは気にすんな。俺は慣れてるからさ」


 経験者である俺は彼女たちの様子を観察して後で改善点などを指摘しなくてはならないので今夜はずっと起きておく必要がある。だからテントは一つしか用意してきていない。

 寝るにしても彼女たちと同じテントで寝るつもりはそもそもない。間違いなど起こすつもりは毛頭ないが、寝つきが良いはずもないし。

 もやもやするくらいなら最初から一人外で星でも眺めている方がましである。


「見張りくらい一人でできるし……」


 そうは言われても、すぐに寝落ちしそうな状態では説得力はない。

 まあ、本当に危険が迫って来たのなら感覚の鋭い竜人や獣人の彼女たちが気づかないということはないだろうけれど。


「お前らにちゃんとできるようになってもらえないと俺が安心して眠れないだろ?」


「レイドだって見張りの途中で冒険者カード見ながらにやついてたじゃん」


「別ににやついてなんかねえよ」


「ほんとにぃ~?」


 ちょっと腹立たしい顔をしていたので頬をつねってやる。


「いふぁい」


「これで目も覚めただろ? いまさらEランクになったからって喜べるか。アリーシャ様からの期限に間に合ったから安心してたんだよ」


「私は嬉しかったけどなぁ。モカちゃんも貰ってからずっと眺めてたし。さっき見たら胸にカード抱いて寝てたくらい」


 その微笑ましい光景を思い浮かべ、見てみたくなってテントに視線が向く。すぐに良識と理性が働いて目を向けるにとどまった。


「レイドも前に貰った時は嬉しかったんじゃない?」


「そりゃあ……」


 ウルシの問いに反射的に頷きかけた。けれど、当時のことを思い返すと言葉が詰まる。


「どうだったかな? 嬉しかったとは思うんだけど……」


「なにそれ?」


 俺のはっきりしない回答にウルシは首を傾げる。

 当時のことを覚えていないわけではない。だけど、その時の気持ちを明確に口にすることが上手くできなかった。


「……あんまり余裕がなかったからなぁ」


「低ランクの冒険者がその日暮らしなのが普通なんだっけ?」


「金銭的な話じゃなくて精神的な話だよ」


 Eランクになったのは、冒険者ギルドに登録して丁度一年くらいの時期だった。活動自体は順調で、荒事の絶えない毎日だったが頼もしい仲間たちとの充実した時間を送っていた。

 一方で、俺は大きな焦燥を抱えていた時期でもある。


「俺が冒険者になるきっかけって話したっけ?」


 気づけばそう口に出していた。あまり言いたくない類の話なのだが、それを俺はウルシに話そうとしていた。

 アリーシャ様に触れられた時は強い苛立ちを感じたものだったが、自分から話そうとするとそうでもない。それとも、単に俺が話したいだけなのか。


「実家が嫌で飛び出して来たんだよね。私と似たような理由だから覚えてる」


「ウルシほど深刻な悩みではなかったけどな」


 彼女の様に村中から嫌われていたということはなかった。頼られることも多く、どちらかというと村人たちからは好かれていた、と思う。

 原因となった両親も特に悪い人物ではなかった。どこにでもいるような普通の村人で、親だった。それでも彼らを嫌って、俺は家を出た。

 ウルシとはそこが決定的に違う。


「俺は村ではちょっと変わった奴だな、ってよく言われてたんだ。俺も俺で、違和感というか肌に合わないって感じる時があった」


 温厚で大人びたところのある子供だ、と村の大人の誰かがそう評したのを覚えている。

 ずっと育ってきた環境なのに、ふとした時に抱くこれではないという不満。


 いまにして思えば、子供頃から前世の記憶の欠片ともいうようなものが俺の中にはあったのだろう。完全に記憶を取り戻したのは最近だったが、初めてやることを以前にも経験したことがあるようにできるようなことがあった。


 生まれ故郷だというのに、俺は村での生活にはどうもうまく馴染めなかった。

 無意識に現代日本の発達した社会で生きて来た感覚があったのではそれも当然だろう。技術や生活の質に差がありすぎる。都会から田舎に引っ越して四苦八苦するようなものだ。

 しかし、自分の意思で生活を変えたのなら、不便を感じようと納得はできるしいつかは馴染めるだろう。

 俺の場合は生きる環境が変化したという認識がなかった。感覚は残っていても記憶は戻っていなかったのだから当然だ。だから心の折り合いをつけることができないままだった。


 たまに体を拭くくらいで、風呂などない不衛生な環境。日本であれば目を顰めるような、罵倒乱暴は日常茶飯事。非科学的で不合理な古い風習。


 価値観が違う。倫理観が違う。世界が違う。


 村にいた時の俺は違和感の正体に気づくことはできなかった。気づけるはずがなかった。

 時折感じるそれを、俺は気持ち悪く思いながら、胸の中に押し込めて暮らしていた。

 だって、それ以外の生き方を知らなかったから。それでもまだ、肉親を嫌うほどのことではなかったし、村を出ようとまでは思えなかった。

 それでも、知らず知らずストレスは積み重なっていたのだろう。


 ある日を切っ掛けにそれは爆発した。


「村の人たちと俺とでは同じものを見たり、体験したりしても感じ方が違った。同じように受け取ることができなかったんだ」


「人同士なんだからそれは当たり前じゃないの?」


「そう。価値観なんて人それぞれだ。でも、それを理解も納得も共感もできなければ、一緒に暮らすことは難しい」


 相手の認めているものを認めることができなければ、共に生きることは難しい。それが多ければ多いほど共生は遠のいて、互いに離れていくか酷ければ争いになる。


「俺は寛容な人間じゃなかったんだ。どうしても認められなかったり、許せなかったものもあった」


「親に単なる労働力として見られていることが?」


 俺はゆっくりと首を横に振った。

 それも原因の一つだけど、一番の原因ではない。


「人をものとして見ていること。自分たちが生きるために娘を、俺の妹を売ってお金に変えたことがだよ」


 四男坊が畑を耕す労働力として扱われること珍しいことではない。それはどこにでもあるような、普通のことだ。

 収穫が少なく、冬を越すために口減らしに子供を売ることも、この世界ではありふれたできごとだ。

 当たり前で、常識で、普通のこと。


「俺はそれがどうしても認められなかった。自分たちが生きるために、家族を売るなんてことをする両親が理解できなくて、気持ち悪かった」


 前世の俺は平凡ながらも、恵まれた人生を送っていた。

 優しい家族に囲まれていたし、気の合う友人たちと一緒に愉快な時間を過ごせた。恋人はいたことはなかったけど…………これは置いておくとしよう。


「妹は病弱だった。よく熱を出すし、力もなくて満足に家の手伝いなんてできなかった。迷惑ばかりかけるお荷物。家族はあの子をずっと白い目で見てた」


「レイドは違う、よね?」


「まあ、言っちゃなんだけど、優しくて可愛い妹だったからな」


 そういった妹に対する感情の違いも、家族との亀裂の要因だったのだろう。


「というか、妹なんていたんだ」


「言わなかったからな。あまり話したいと思ってなかったことだし」


 可愛がっていた妹を、両親は平然と売ってしまった。

 生きるために食い扶持を減らし、糧を得る。両親が行ったのは厳しい冬に備えるための、ごく当たり前の行動だ。

 だが、前世の感覚を自覚のないまま引き摺っていた俺とではその価値観は致命的に食い違っていた。


 家族は大切にするもので、けしてもののように売るような存在ではない。


 そこで暮らしていくには、どうしようもなく相容れない考えだ。

 だって、家族は妹を売り払わなくては生きていけなかった。余裕はなく、貧しかった。一人の犠牲を出さないまま暮らしていけるほど裕福ではなかったのだ。


 妹が売られたのだと知ったのは一週間ほど経ってからだった。それまで、遠縁の医者に診てもらいに、村に来ていた行商に街まで連れて行ってもらっている、なんていう話を俺は信じていたのだ。

 唯一妹を可愛がっていた俺への配慮のつもりだったのだろうが、ふざけるなと罵ったものだ。

 前世の感覚は残っていても知識はなく、小さな村で生まれ育った俺にそんな作り話を見抜けるような学があるはずない。

 妹がどうなったのかを村人の内緒話を偶然耳にして、ようやく知った。


「妹が売られていたことを知って、俺は愕然としたよ。他の家でも普通にあることだとは知っていたけど、まさか自分の家で起きるとは微塵にも考えていなかったからさ」


 普通なら考え付きそうな可能性だ。けれど、家族を売るはずがない、などと楽観していたのだ。前世の残滓である価値観という当てにならないものを根拠に。


「俺はすぐに家を出たよ。あそこで暮らしていくのはもう無理だと思ったからな」


 もう不満や違和感を押し殺したまま家族と接することができない。だから、何も言わず最低限の荷物だけ持って家から飛び出した。


「それからレイドは冒険者になって妹ちゃんを探す旅に出たんだね?」


「失敗の連続だったけどな」


 計画性のない突発的な行動だ。成人したばかりの田舎産まれ田舎育ちの世間知らずが上手く世渡りできるはずもなく、冒険者になりたてのころはかなり苦労したものだった。

 それでも、家を出た俺は妹を探し始めた。家族を救わなくてはいけない、という感情に従って。


「なんの伝手もない俺には売られた人間を追うことは難しくてな、行き当たりばったりの旅だったよ。途中でパーティに入って活動してたけど、妹の捜索はずっと続けてた。そうして、ようやく確かな情報を手に入れた時には……全部遅かった」


 薪が崩れ一際大きな音が鳴った。


「妹は性質の悪い奴隷商に売られていてな。体の弱かった妹は衰弱して死にかけだったっていうのに、そこの奴隷商は外へと放り出したそうだ。どうせ売れることはないだろうし、生かしておくなんて金の無駄、死体の処理も面倒だからって理由でだ。奴隷から解放されたっていうのにまったく喜べない話だったな」


「ひどい……」


「街中を血眼になって探したけど、結局妹を見つけることはできなかったよ。死体すらな」


 もしかしたら、どこかでまだ生きているかもしれない。なんて希望を抱けるほどのおめでたさはその時の俺にはなかった。

 弱った少女が着の身のままで生きていけるほど、この世界は優しくない。

 そのことを、冒険者となった俺はよく知っていた。


「それが俺の旅の一つの区切りだった。探していた妹とは二度と出会えなかったけど、死んでいるとわかった以上は旅の目的もなくなったんだ。それからちょっと自暴自棄になってな、荒れてた時期があったんだ」


「うーん、荒れてるレイドってあんまり想像できない」


「そうか?」


 自分ではそんな穏やかなタイプではないと思うんだが。


「妹がなかなか見つからなくって苛立ってることも多かったし、嬉しいことや楽しいことがあっても妹が苦しい思いをしてるんじゃないかなんて考えたら罪悪感でいっぱいになってさ。今思うと結構棘のあるやつだったね」


「自分で言っちゃうんだ」


「自分のことだからな。あの頃は俺も若かった、的な?」


「今は?」


「少しは落ち着いたんじゃないか?」


 俺がもっとしっかりしていれば妹を助けられたんじゃないだろうか、と自責の念に駆られていたけれど、今ではどうしようもないことだったと受け入れつつある。

 他にも効率のいい捜索の仕方もあっただろう。何かが違えば、例えばもっと他者の力を素直に借りていれば生きた妹とも再会できたかもしれないけれど、所詮それはイフの話だ。妄想でしかない。


 それでも他人からは掘り返されたくない黒歴史だ。

 失敗続きの上、最後にも失敗し、終わった後にも俺は失敗した。

 パーティメンバーには酷く迷惑をかけたものだった。


 妹の居場所を突き止めると、俺は依頼も仲間も差し置いて件の街へ向かうほど俺は愚かだった。それでも追いかけてきてくれて落ち込んでいた俺を慰めてくれた。

 妹が亡くなっているのを知ってからも俺は冒険者を続けていたが、仕事では失態を続けるようになった。パーティメンバーは気にするなと言ってくれていたが、俺は自分が情けなくて仕方なかった。

 足をこれ以上引っ張りたくなくて、仲間たちの元からこっそりと立ち去ったのだが、あの時の自分はどうかしていたのだと思う。

 何も言わず行方をくらませるなんてことの方が、よほど迷惑だったろうに。


 正直合わせる顔がない。顔を合わせた瞬間、ぶん殴られても文句は言わない。


「モカはさ、少し前までの俺に似てたんだよ。目標のために焦って周りが見えなくなってるとことか、失敗を引きずって他人のことを考えられなくなるとことか」


 アリーシャ様からの重圧が苦しかったのは確かだ。けれど、それ以上にモカは少し前の自分を見ているようで、正直なところ目を背けたくなることが多かった。

 実際に彼女の暴走を未然に防げなかったのは、そうやって正面から向き合うことから逃げようとしたツケだったのだと思う。


「でもあいつは、俺とは違っていつまでもうじうじとしてないで前に進もうとするんだ。心の底からすげぇと思うよ」


「頑張り屋さんだからね、モカちゃん」


「それに比べてどうよ。いつまでも進歩のない。本当に俺なんかがリーダーでいいのかねぇ……」


 前世の記憶が蘇ってからというもの、不安定だった感情に折り合いがつき落ち着いてきたものだと自分では思う。

 それでも目を覆いたくなる過去の失敗や今回の失態を照らし合わせると、自分がまるで変っていないのだと現実を突きつけられる。

 前世の記憶が戻ろうとも、自身が成長したわけではない。俺は俺のままであると身に染みた一件だった。


「ちょっとはマシになったと思ったんだけどなぁ……俺ってやっぱダメなやつだったんだ」


「……そんなことで悩んでたの?」


 そんなこと、と言われついウルシのことを睨んでしまう。


「悪いかよ?」


「ううん、嬉しい」


「は?」


「悩んでることを話してくれて。私を頼ってくれて、嬉しい」


 二の句を告げないでいる俺をよそにウルシは「レイドには借りばっかり増えちゃってるからさ」と微笑む。


「レイドはさ、アリーシャ様から調査隊のリーダーを任されたのにいきなり失敗しちゃったのを気にしてるみたいだけど、気にする必要なんてないよ」


「いや、気にしないとダメだろ」


「そう? アリーシャ様は失敗して落ち込んでる暇があるなら、その時間を使って功績を出せっていう人だと思うんだけど」


「……うん、まあ、確かに」


「アリーシャ様が言ってたんだけど、人は失敗する生き物なんだって。完璧じゃないから、失敗することは仕方ないし、本人が反省しているのなら、それ以上責めるのは無駄。失敗を叱責で補填することはできないのだから、行動することとそれを助けることが一番効率的だとかなんとか」


 うろ覚えなのか、ウルシの言葉尻が徐々にあやふやになっていくが、それでもアリーシャ様の言葉は何となくわかった。

 失敗に寛容というのとは少し違う。失敗は元々考慮のうちであり、すぐに穴を埋めて軌道を修正することが最善である。

 失敗を許容したうえでの最高効率。


「それに、レイドは凄くないんだから失敗するのは仕方ないことなんだよ」


「いきなり貶さないでくれる?」


「貶してないよ。レイドにも凄いところはあるのは知ってるけど、ケイトさんみたいな超人ってわけじゃない。何でもはできない。失敗だってする。そういうことだよ」


「そりゃあ、そうだけど」


「失敗は成功の基、っていうじゃない? 今回はみんな失敗して、ケイトさんたちに尻拭いして貰っちゃうことになったけど、それを帳消しにするくらいの成功をやり遂げればいいんだよ。反省は次に生かすためにするもんなんだから」


「その成功ってのは具体的にはどんなのだよ?」


「…………さあ?」


 おい。そこで首を傾げるなよ。

 答えはウルシに求めるようなものではないんだろうけどさ。


「ま、次はみんな頑張りましょう、ってことだよ」


「お気楽というか能天気というか。なんか気の抜けるような結論になってるし」


 それにしても「みんな」ねぇ。


「やっぱり、お前がモカについて行ってたのは偶然じゃなかったのか」


「うん。モカのこと気にかけておいてね、って言われてたから。屋敷から出ようとしてるのに気づいて慌てて追いかけたんだ」


 アリーシャ様は俺よりも先にウルシのほうに根回しを済ませていたらしい。感覚の鋭さやフットワークの軽さ、あとは同性ということからして彼女を先に頼ったのだろう。

 でなければ、モカは一人であの森に行き、二度と返ってくることはなかった。


「任されてたのに、私は最後までモカちゃんを守り切れなかった。結果的には無事だったけど、かなり際どかったみたいだし。私も失敗した一人なんだよね」


 つまりは三人共が失敗していた。

 モカは独断行動で危険に陥った。

 ウルシはアリーシャ様からの頼みを全うできなかった。

 そして俺はリーダーとしての責務を果たすことができず。


 先が思いやられるほどの惨憺たる結果だ。


「ダメダメじゃん、俺たち」


「そうだねー」


 肯定するウルシの顔に暗いものは一切含まれていなかった。

 現状は酷いありさまだというのに、何も心配事はないとでもいった感じだ。


「ウルはなんか余裕そうだな」


「だって私たちみんな失敗して、反省して、次こそは! って思ってるでしょ? だったら次は上手くできるよ」


「そんなものか」


「次の次にまた失敗するかもしれないけどね」


「そうかもな」


 上手くいったりいかなかったり。同じ失敗をすることもあれば、何事もなく成功することもあるだろう。

 ウルシの言葉にはまるで根拠などなかったけれど、でもなぜか心は納得していた。


「それに、期限までにはEランクに成れたんだし、結果的には成功なんだよ」


「……確かに」


 失敗は多かったけれど、よくよく考えてみたら与えられた課題はクリアできたのだ。百点満点ではなかったが及第点には届いている。

 パーティを組んでまだ一月も経っていないのだ。一つの瑕疵もなくすべてを上手く運ぼうなど土台無理な話。

 命の危険や間違いはあったけれど、俺たちはこうして生きている。そして、今回の成果である篝火に照らされたこのカードだ。

 失敗もあったけれど、成功もあった。その結果が今なのだ。


「俺も、俺たちなら次はもっと上手くやれると思うよ」


「失敗してもいいんだよ? 今度は私が助けるからさ」


 嬉しいことを言ってくれる。

 けどまあ、どうしてもウルシがやらかして俺がそれを尻拭いする姿しか思い浮かばないんだが。それは胸の内に秘めておこう。


「全部が完璧じゃなくてもいいなら、ちっとは気が楽だな」


 心のどこかにあった全てを上手くやろうという気負いが、ウルシの顔を見ているうちに溶けて消えていく。

 頼りになる彼女たちの存在を強く噛みしめる。


 俺は静かに空を見上げた。そこに広がる満天の星。前世では写真でしか見たことのないような絶景だが、こちらではいつもの夜空でしかない。しかし、心なしか今夜の星はいつもより輝いているような気がした。


 遠い昔、死んだ人間は星となって生きている者たちを見守っているなんて話を聞いたものだ。あの星の中に妹もいるのだろうかと、なんだか感傷的なことを思い浮かべてしまった。

 救えなかったことをずっと悔いてきたが、兄として情けない姿を妹に晒し続けるのはいかがなものか。ずっとあの醜態を見ていたのだとしたら、愛想を尽かされてしまっていることだろう。

 以前のパーティメンバーも相も変わらず情けないままだと殴ってももらえないかもしれない。

 それは惨めにすぎる。


「……今度の仕事は誕生祭絡みのことになるだろうな」


「楽しみだね」


 帰ればまたアリーシャ様から新しい仕事を言いつけられることだろう。

 気合だけは十分にある。

 今ならば、どんなことでもできそうな気がした。


 ――――波乱の誕生祭はもうすぐそこまで迫っていた。




お読みいただきありがとうございました。

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