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52.妖精は悪戯を企む

お久しぶりです。

初出の悪人視点です。

「ひっぐ……えっぐ……」


「……うぜぇ」


 明朝。王都の一角にあるとある屋敷にやって来たわたしが部屋に入ると同時に映ったのは、嗚咽する少女をソファーの上で胡坐をかいた男が侮蔑の目向けているという光景だった。

 ボトルから直にワインを仰ぐと男はやっとこちらの存在に気がついたらしい。頬に大きな三本の傷跡のある凶相がじろりと睨んでくる。


「気配消して入ってくんな、『ピクシー』。気味が悪くて酒が不味くなる」


「あら、この程度で気づかないだなんて……お酒を控えた方がよろしいのでは?」


「うっせぇ」


 ひゅんっとボトルが飛んできた。割れてゴミが散らばるのも面倒なので空中で掴み取る。飲み干されていて中身が零れなかったのは幸い。と思ったら、空でした。酒好きである彼の性分を考えれば、まだ酒の残ったものを投げつけるはずもないでしょうか。


「それに、年端もいかない少女を泣かすだなんて最低です、鬼畜です、下種の極みです」


「待て待て待て、なんで俺がこいつを泣かしたことになってんだっ」


「やーい、げすのきわみー」


「黙れクソガキ」


 泣きじゃくっていた少女がいつの間にか男を指さしてけらけらと笑っていた。

 額に青筋を浮かべる彼をわたしは「まあまあ」と宥める。


「『鉤爪』さん、貴方は大人なのですから子供の悪戯くらい多めにみてあげましょうよ」


「そうだぞ、たんさいぼー」


「『コフィン』さんもあまりからかってはいけません。彼は凶悪な人相をしていますが純情なので冗談が通じないのです。わかりましたか?」


「わかった!」


「よし、てめぇら俺を馬鹿にしてるな? 表に出ろやコラ!」


 この通り彼には冗談が通じない。

 歯をむき出しにして唸る『鉤爪』の前を通り過ぎ、わたしは『コフィン』の隣に腰掛けた。

 すると灰色の髪の少女は甘えるようにわたしに飛びついて膝を枕に寝転がる。


「むふふ、感触、香り、眺め、すべてが極上なり!」


「お褒めいただきありがとうございます。それで、さきほどはなんで泣いていたのですか?」


 膝枕を堪能している少女の髪を梳きながら問いかけると、「そうだった」と彼女は顔を歪ませた。


「あのね、なんかね、東に隠してたお人形さんたちが誰かに壊されちゃったの。それも全部!」


「あらあら、それは大変ですね」


 記憶によれば五百体ほどの骸人形と特別製を数体置いてあると言っていたはずだ。

 それが全滅というのは穏やかな話ではない。しかも、たった一晩の出来事だと言う。

 短時間にそれだけの数の人形を失っては彼女が傷心してしまうのも無理はない。


「それは辛かったでしょうに。『鉤爪』さんは慰めてはくれなかったのですか?」


「こいつにそんな器用なことできるわけないじゃん」


「そうでした」


「やかましい」


 不貞腐れて新しいボトルを開けてグビグビと飲み始める。朝からよくそんなに飲むものだ。結構な高級品なのでもう少し味わって飲めばいいのに、勿体ない。


「やられたのはどうせ分散してるうちの一つの話だろうが。まだわんさかあの気色悪いのは残ってるのは知ってんだぜ?」


「そういう問題じゃないんですー。丹精込めて作った『お友達』がいっぱい死んじゃったから悲しいんでしょう!」


「あれはもともと死んでるだろ……」


 彼の言う通り、『コフィン』のいうお友達――アンデッドに死んだという表現が適切かはわたしも疑問だけれど、損耗が出ているのは問題だ。


「被害は全体のどれほどなのですか?」


「えっと…………五パーセントくらいかな」


 指を折って計算する少女から出てきた数字に少々驚いた。

 その数字が正しいのであれば、王都付近に一万ものアンデッドを巧妙に隠していたということだ。


「そんくらいなら別にいいじゃねぇか。減ったならまた作ればいいんだしよ」


「そんくらいってなによ! あの子たちを一人作るのにどれだけ心を籠めてるか知らないからそんな風に言えるんだわ!」


 無神経な言い草に『コフィン』が腹を立てるが、また口論を始められてはたまらない。わたしは強引に話を進める。


「それでは貴女の演し物に支障はないんですね?」


「うーん、まあ。主役級の子たちは全員無事だし。魔術が使えるようになれば、応援も連れてこられるよ」


「鬱陶しい結界がなけりゃ、俺ももう少し羽を伸ばせるんだがなぁ」


 フェニキシア王国の一定規模の街には結界が張られている。魔物を遠ざけ、外部からの攻撃を防ぎ、内部の異常を探知したりといくつもの効果を持ち、規模が大きくなればその能力も比例して高くなる。

 つまりは、この国最大の都市である王都に張られている結界は、この国の最高強度の結界というわけだ。


 王都の結界は二重になっていて、一つは城壁を囲うように張られ、もう二つ目は一つ目を覆ったうえ王都近郊五キロにまでわたって展開されている。

 その二つ目の結界の中では大規模な魔術の運用を妨害するという効果があり、中級までの魔術なら何の支障もなく行使できるが、それ以上となると途端に制御が効かなくなるのだ。強力な魔術ほど制御が難しく、結界内で無理やり発動すれば暴発して自滅することになる。


「転移も座標が狂ってしまいますから使えないのが不便ですね」


「空中に放り出されるならまだマシ。壁や地中に埋められるなんて御免だけどな」


「――――そのために私が走り回っているのだろう」


 いつの間にか窓に黒装束が腰かけていた。狐の仮面を被り、ゆったりとした黒服が体の線を隠していて、素顔どころか性別も判然としない。声は若い男性のように聞こえるけれど、以前は老婆のような声だったので参考にならない。


「お前もいきなり現れんなよ」


「『夜狐』さんは声を変えられたり、気配を消して出てきたりと暗殺者みたいですよね」


「……みたいではなく、私はプロの暗殺者だ」


「そうでしたっけ?」


「それに、貴様らとて似たようなものだろう」


 ここにいる全員の共通項――夜会。

 殺し屋、邪教徒、殺人鬼等々。

 違いはあるが皆が夜会のメンバーである。


「俺はあんたと違ってプロ意識なんて持ち合わせちゃいないけどな」


「そんな物、最初から期待していない。それより仕事の件だ」


 仕事に真面目な『夜狐』は軽口を叩き返すとすぐに本題に入った。


「依頼人からの届け物だ。受け取れ」


 投げ渡されたのは鳥の絵が彫られた小さな銀の記章。

 それを見て思わず口元が緩む。なくさないようにすぐに懐に仕舞った。


「当日まで使えぬそうだ。その点は気をつけろ……ではな」


「え、もう行っちゃうの? お茶でも飲んでけばいいのに」


 つい先ほど来たばかりなのにもう出ていこうとする『夜狐』を『コフィン』が引き留める。


「……この場に来るように通達しておいたのに来なかった馬鹿者どもにも届けねばならぬのでな」


 淡々としていた口調に若干の苛立ちが混じる。通達を受けてちゃんと来たのがたったの三人では、暗殺者さまが怒るのも仕方ないでしょう。

 彼は荷物を届けに来ただけのようで、来た時同様に音も立てずに窓から姿を消した『夜狐』を見送ると、『コフィン』がぽつりとこぼした。


「あの有名な『夜狐』がパシリ……」


「ダメですよ、そんな風に言っちゃ。真面目ゆえの貧乏くじとか他に言い方があるでしょう」


「フォローになってねぇ」


 そうは言うものの、『鉤爪』も否定はしない。

 彼が細やかに動いてくれるおかげでわたしたちがこうしてのんびりできているのだからあまりいたくはないのだけれど、『夜狐』はもっと力を抜いたほうがいいと思ってしまう。


「しっかし、あいつも大変だなぁ。当日までは王都では騒ぎを起こすなってんで、変態バカップルとかは隣町で遊んでくるとか言ってたぞ」


「時間にルーズな方は本当にギリギリまでやってこなかったりもしますしね」


 今回の依頼でかけた招集に応じたのは十人くらいだったはずだが、今王都にいるのはその半分くらいだろうか。

 この適当さは実に夜会らしいけれど、連絡役の『夜狐』からすれば堪ったものではない状態である。


「にしても、ぶっ飛んだ依頼だよね~」


 未だわたしの膝枕で仰向けにくつろいでいる『コフィン』は、指で記章を弄びながらケラケラと笑う。


「王子様の誕生祭をあたしたちで盛り上げてくれって、正気を疑っちゃうよね」


 夜会宛に届いたとある依頼。

 ある者はその壮大さに危険を感じて身を引き、ある者は面白半分に参加を表明した。

 王族の誕生祭は王都が一体となって賑わいを見せる。そんなお祭りの中にわたしたちという爆弾を進んで放り込もうというのだ。


 提示された報酬も内容に見合うだけの莫大なものだったが、参加者の大半は金額よりもこの馬鹿騒ぎに惹きつけられた者たちが大半だ。

 その結果、今回の依頼に従事することとなったメンバーはかなり過激な者たちばかりとなった。


 依頼主がどういう思惑でこんな依頼を持ってきたのかはわからない。ただ、わたしたちの拠点に屋敷を一つ簡単に貸し与えたりできるような輩だ。相応の野心やらなんやら疚しいところが多々あるのだろう。まあ、別に理由はなんかは別に政治とか私怨とかでもどうだっていい。


 こんな面白そうなことに乗らないなんてありえない。

 たったそれだけ。

 わたしの動機もそんなものだ。他のみんなも似たようなものである。


「お祭りだからいっぱい人があつまるんだよね~。他国からも偉い人たちが来たりして。王子様をお祝いするんだよね。――――でもー、そんなおめでたい日に人がたくさん死んじゃったらどうなるんだろ?」


 歌うように少女が怪しい声を紡ぐ。

 見た目通りの子供らしい声音だが、無邪気という表現は甚だ不適切な声。そこに籠められているのは命の価値を知りながらも、花を毟り、虫を潰し、動物を弄ぶような純真無垢な邪気に違いない。

 瞳を潤ませて白馬の王子が迎えに来てくれることを夢見るかのような表情は、その実彼女は口にした惨劇に塗れた王都の未来を思い馳せている。


「みんな、楽しみにしてるんだろうな~。たくさんの人が苦労して準備してきたんだろうな~。それがぜんぶ台無しになったら――――うふふふふ」


「趣味が悪いよなぁ、ほんとに」


 恍惚と笑う『コフィン』に対してげんなりと『鉤爪』は息を吐く。


「あら、『鉤爪』さんは楽しみではないんですか?」


「一般人なんて殺してなにが面白いんだよ。相手取るなら、警備に回ってる騎士だろうが」


 そう言って口端を吊り上げた彼はバキバキと指を鳴らす。無差別な『コフィン』とは対照的に『鉤爪』は標的を騎士に絞るようだ。彼の嗜好や技能からそういった判断に落ち着くのは当然の帰結だろう。


 国を挙げた催しであるため、誕生祭では厳重な警備が敷かれる。その中には彼の御眼鏡に適う様な強者がいる可能性は高く、そういった実力者とぶつかれる機会は滅多にない。『鉤爪』はそのチャンスを逃さないつもりのようだ。


 動員される騎士団の他にも当日には傭兵や冒険者も集う。騒ぎを起こせばそういった者たちとも相対することになるだろうが、夜会の者たちにとってはそれは障害ではなく仕事を盛り上げる絶好のスパイスだ。


 それに、『コフィン』の骸人形を殲滅した存在もいる。

 彼女の話からでは正体はつかめないものの、かなりの実力者であろうことは間違いないだろう。


「わたしも、楽しみで仕方ありません」


 時期になれば他のメンバーたちも動き出す。

 彼らと王都の守護者たちの衝突は避けられないだろう。


 ――――そうなれば自然とわたしの目的も果たしやすくなる。


 フェニキシア王国の第三王子の成人を祝う誕生祭。


 わたしたちは混乱と恐怖と絶望を送りましょう。

 祭りで賑わう城下を鮮やかな赤い花を添えて彩りましょう。

 無辜の民の温かな血と冷たい屍を魅せましょう


 フェニキシア王国(あなたたち)にはこの『悪戯妖精(ピクシー)』が祝福します。そして、わたしの存在をしかと刻むがいい。


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字、指摘があればお願いします。

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