51.不穏
コンコン、という控えめな音にふと目が覚める。
どうもいつの間にか眠ってしまっていたらしい。寝ていた時間はそれほど長くなかったみたいだけれど、椅子に腰かけたままの状態というのはあまり睡眠には向かない態勢だったようだ。少し身体が痛い。
夜もかなり更けていて、暗い部屋にランプの赤い光だけがぼんやりと照らしている。
このままベッドに横になってそのまま眠りに落ちてしまいたかったけれど、そのまえに扉の向こうに立っている彼女の話を聞くのが先ね。
「……起こしてしまいましたか?」
「いえ、おかげで助かったわ。こんなところで寝てたら風邪をひいてしまうもの」
「あまり無理をなさらないでください、アリーシャ様。昨日は一睡もしていないのですから、今夜はベッドでゆっくり体を休めてください」
心配そうに眉を垂らすケイトを見て、思わず口元が緩む。
無表情で何を考えているのかよくわからないと周りの者たちはいうけれど、私からすればケイトは感情的で顔に出るわかりやすい子だ。
確かに、とても豊かとはいえない微かな変化だけれど、それに気づけるようになればケイトの感情は眼をつかわなくてもわかる。
「なら、報告を聞いたら寝るわ」
「明日に回したほうがよろしいのでは?」
「せっかくケイトが調べてきてくれたのだもの。今聞くわ」
この子には申し訳ないほど仕事を任せてしまっている。負担が大きすぎるのは分かっているけれど、彼女に頼らざるを得ないのが現状だ。その有能さと優しさに甘えてしまっているのを自覚しているからこそ、私も怠けるわけにはいかない。
ケイトは少し迷ったものの、私が言い分を変えないのは長い付き合いでわかっているので、すっと表情を引き締めた。
たぶん、さっさと報告を済ませて私を寝床に放り込もうと結論を出したのだと思う。
「東の森を改めて調査してみましたが、特に異常はありませんでした」
「異常はなかったのね?」
「はい、昼夜ともにいたって平穏な森でした」
魔物の分布が大きく変容し、スケルトンが大量発生した東の森。
迷宮が生まれたのではと噂された件の森は、昨夜以降から異変はなりを潜め、何の変哲もない『普通の森』となっているらしい。
仮に迷宮ができたというのなら、異常がないというのが異常だ。
「やっぱり、見つからなかった?」
「隅々まであらゆる探知魔術を使いましたが、迷宮の存在は確認できませんでした」
「ということは、あそこで起きていた異変は」
「すべて人為的なものかと」
迷宮が発生すればその周辺の生態に変化が生じ、その性質によってはその地域では確認されていなかった種の魔物が現れることもある。
その変化は迷宮が存在する限り恒久的なものになる。けれど、モカを連れ戻してからあの森ではスケルトンは一体も確認されなくなった。
ケイトが森のスケルトンを絶滅させたところで、迷宮があるのならそこから新たなスケルトンがわいてくるはず。
しかし、スケルトンの発生源であるはずの迷宮は見つからない。あの森が過去に戦場になったという歴史もなく、そんな場所に大量のアンデッドが普通は発生などしないのだ。
自然現象として片付けるには不自然な点が多すぎる。
「人の意思が介在したとして、目的は誕生祭かしらね?」
確認してみたところ、あそこを訪れた冒険者の何人かが行方不明になっている。帰還者もいることから行方不明者たちはアンデッドを目撃したがために口封じされたのだろう。
一月後まで迫った誕生祭を狙って事件を起こそうとしていたが、モカ達のせいでスケルトンの存在が明らかになってしまい、やむなく全て撤収させたというところかしら。
あんな王都から近い森から大量のスケルトンが現れたとなれば、ちょっとした騒ぎになる。
その騒ぎに乗じて何かするつもりだったのではないかと推測する。
「犯人はわかるかしら?」
「『夜会』が動いているという噂を耳にしております」
「あれが、ねぇ……」
これが他国からの工作か反社会組織のテロ活動なのかはわからないけれど、実行犯が『夜会』というのはやっかいね。
夜会はとある犯罪者集団の呼称で、そのメンバーは誰もが残忍で享楽的な性格であり、高い殺人技能を持ち合わせている。
有名な組織ではあるけれど、その実態は謎に包まれており、規模や構成員の数、何を目的として結成されたのかわかっていない。
たった一つ言えるのは、メンバーは殺しを楽しむ狂人ばかりということだ。
彼らが引き起こした凄惨な事件は数知れない。
夜会が動いているとなれば、来月に迫った誕生祭はかなり血生臭いものになる。
「一応、陛下には報告しておきましょうか」
夜会が動いているとなれば騎士団が動く。警備が厳重になれば、無辜の民が被害に遭うことを減らせるだろう。
王族が狙われているとか、人が集まるのを機に快楽大量殺人を行おうとしているとか言えば証拠がなくても動いてくれると思う。それくらい夜会の悪名は高い。
「……」
「アリーシャ様?」
「夜会が何者かの依頼を受けて動いていたとして、その黒幕の狙いは何だと思う?」
「王国の権威の失墜、でしょうか。王子の誕生祭で大規模な事件を許したとなれば、国民の信頼は揺るぎ、他国からも侮られることになります」
「模範解答ね。本音は別にあるでしょ? たぶん、私と同じね」
証拠はなにもない。
これはただの勘。
けれど、恐らく正しい答え。
「とりあえず、夜会の連中は潰しましょう」
「……この国のために動くのですか?」
まさか。
「森の件の犯人が夜会なら、やつらがモカを傷つけた。私の大切な部下に手を出したのだから相応の報いを受けてもらわないとね。私の部下を殺そうとした罪は重いわ」
私の部下を傷つけるということは、私の敵に回るということだ。
だったら、こちらもそれ相応の対処をするだけ。
「わかりました。それでは、すぐに探し出して」
「ああ、別にそこまでしなくてもいいわ。どうせ当日に動くでしょうから、それまでは放って置きなさい」
「ですが……」
「それじゃあ、ケイトの仕事が増えちゃうじゃない。探さなくても、分かり易く出てきたところを潰すほうが楽でしょ?」
ああいった連中は隠れ潜むのが得意で、ケイトをしても見つけるのには時間がかかる。誕生祭までに片付けなければならないことが山ほどあるというのに、夜会相手にケイトの手を割くわけにはいかない。
ならば動くとわかっている誕生祭の当日に叩くのが一番効率的だ。
「お気遣い痛み入ります。ですが、これ以上仕事が増えても私は大丈夫ですよ?」
「私が嫌なの。そう言いながらついつい甘えちゃうんだけどね……」
「そういうアリーシャ様もお忙しいではないですか」
そうなのよね。
やっぱり人手が足りないのが原因だ。
でも、仕事を任せられるような能力と信用の置ける人材なんて滅多にいないのだから悩ましい。
あまり高望みをすべきではないのだけど、条件を満たさないと任せられない仕事も多い。特に今はそういう仕事が全部ケイトやヨハンに向かうので、二人には申し訳ない思いでいっぱいだ。
誕生祭までが山場なのでそれまで凌ぐしかない。ベイルラントに戻ったら二人には休暇を上げなくては。
「もうおやすみになってください。でないと、体が持ちませんよ?」
「それはこっちのセリフよ」
私が眠りについてからもケイトは自分の仕事を続けるだろう。それだけでなく、楽をさせようと私の分まで手を付けるのはいつものことだ。
あまり無理をしてほしくはないのだけど、これに関してはケイトはあまり言うことを聞いてくれない。本人曰く『無理』はしていないとか、屁理屈を言ってくる始末だ。
ケイトと私では肉体のスペックはまるで違うのは確かだけど、たまには彼女にもゆっくり休んでほしい。
「そうだ、いいことを思いついたわ。――――ケイト、一緒に寝ましょう」
「え?」
「目を離したらケイトは仕事に戻っちゃうでしょ? そんなのダメよ、貴女も休まないと」
「……それは私を監視するために一緒に寝るということですか?」
「そういうこと。昔はよく一緒に寝たじゃない」
「いくつの時の話ですか……」
ほんの五、六年前の話じゃないかしら?
「私と一緒に寝るのは……嫌?」
「嫌わけがありません」
そう言い切ったケイトの顔が赤いのはランプの光のせいではないと思う。
ケイトを言いくるめることに成功した私は、ベッドの上で横になり隣の親友の手を握る。私の手も優しく包み込むように握り返された。
あの頃はよくこうしてケイトと眠ることは珍しくはなかった。
あの時の自分には想像できないくらい色んなことが変わってしまった。
考えなくてはならないこと、やらなくてはならないこと。
問題はまだまだ山のようにある。
けれど、悲願の時は近い。
「誕生祭は騒がしくなりそうね」
「祭りとはそういうものですよ」
「それもそうね……」
やはり、疲れていたのだろう。
温もりを感じながら、私は静かに眠りについた。




