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50.前へ

お久しぶりです。なんとか書き上がりました。

「モカは、ケイトさんやヨハンのようにはなれないよ」


 ひゅっ、と息を詰まらせる音がした。

 モカの顔は蒼白となり、身体を小さく震えている。


 受け入れたくない現実を容赦なく突きつけ、俺はさらに言葉を募らせる。


「才能はある。それに胡坐をかかない努力もしている。でなきゃ、たった二年足らずであれだけの魔法を修めるなんてできないだろうしね」


「だから、モカがもっと頑張れば」


「いずれ届くって? 俺にはそう思えない」


「そんなことっ」


「あの二人がいつまでも同じ場所に留まっているはずがないだろう?」


 努力を重ねれば、いずれは天才に届く。

 秀才が天才に勝り、努力が才能を超えることは難しくはあっても珍しいことではない。


 ウサギとカメの寓話がいい例だ。


 だが、世の天才が皆ウサギのように怠け者であったりするのだろうか。

 凡才が一歩二歩と進んでいる間に、天才は十歩も距離を開けたりする。ウサギはその開いた差に安心して居眠りしたが、あの二人は後ろを振り返るようなタイプではないだろう。むしろ、お嬢様のために設定されたゴールよりもさらに先まで進んでいきそうだ。


 不断の努力は凡人の専売特許ではない。あの二人だって、モカと同じかそれ以上に進み続けているはずだ。


 走り続ける天才に少なくとも俺は追いつけるとは思えない。


「正直、俺にはあの二人とモカがどんな努力をしてるかなんて知らない。けど、アリーシャ様至上主義の二人が努力を欠かしているとは思えないな」


 才能だけの人間があの若さで竜人のウルシが尻込みするほどの強さを手に出来るとは考え難い。昨夜見せられたあれ程の魔法を、大した努力もなしに行使したと言うのならふざけるなと叫ぶところだ。


「……わかってますよ、そんなこと」


 何とか絞り出された声は、一層力のないものだった。


「あの二人に追いつけないことくらい気づいてます。どれだけ頑張って差を縮めようとしても、その途方もなさを実感するだけ。近づくどころかむしろ離されていくくらいです」


 どれだけ頑張ったところで勝てない相手というのはいる。

 勝てないのを努力不足という言葉で片付けてしまうのは残酷ではないだろうか。


「今回のことでよくわかりましたよ。モカは弱いままで、役立たずのままなんです! わたしのどこが強いっていうんですか!」


 モカの叫びは悲痛だった。

 足掻いて、もがいて、必死に手を伸ばしても、届かない。掠りもしない。

 焦燥と苛立ち。悔しくて、苦しくて、不甲斐なくて。


 ただひたすらに目標を見据え。至らない自分を嫌悪する。


 だから分からないし、気づかない。


 抱えてため込んで、ぐちゃぐちゃになっているから。

 ゆがんで、ずれて、掛け間違えたことに気づけない。


「一般的な目線から言えば、お前は十分に強いと思う。欠点と言えば経験が少ないことくらい。でもその欠点を埋めてしまうくらいの才能と努力がある」


「だから、ケイトさんたちに比べたらっ」


「なんでそこでケイトさんたちが出てくるんだ?」


「……え?」


「お前の目的は故郷を取り戻すことだろう? それも、他人任せじゃなく自分の手で。どうして、ケイトさんと自分を比較する必要がある?」


「それ、は……」


 逡巡するモカは、頷くことができなかった。

 それはそうだろう。

 モカの目的に、ケイトさんたちに並ぶ力など必要ない。


「戦う力は必要だ。お前自身が強くなるのも大切だ。でも、ケイトさんと同じくらいの強さが必要なのか?」


 話を聞いた限り、ベイルラントはケイトさんが何十人もいるくらいの人外魔境ではない。そんなものA級以上の迷宮並みの危険地域だ。一領主が対応するレベルではない。

 ベイルラントは魔物の蔓延る危険地域ではあっても、国が動くほどではない。緊急性は低く、常識的な範囲の魔窟だ。俺たちが戦力として数えられているのだから、魔物の強さもCランク冒険者が討伐できる程度。


 ケイトさん、ヨハン、ウルシ。

 恐らく大陸最高クラスの戦力を三人も投入する地域ではない。明らかに、過剰戦力。というか、これだけの戦力を用意したアリーシャ様の手腕も異常だよな。


「ケイトさんは俺たちとは比べ物にならないくらい強い。けど、一人で領地全体の魔物を狩りつくすなんて出来るわけがない。そこに、ヨハンやウルが加わっても焼け石に水だ。必要なのは質よりも量なんじゃないか?」


 魔物の蔓延る広大な土地で、人が暮らせるくらい安全な場所を確保するなら、作戦上必要となるのは突出した戦力の一つの駒よりも一定以上の戦力を持った複数の駒だ。


 そして、戦力を揃えるのは俺たち兵士の役目ではない。作戦通り、与えられた役割を全うすること。それさえできればいい。


「じゃあ、モカのやって来たことは無駄、だったんでしょうか……」


「そんなことはねぇよ。でもさ、モカのやりたいことっていうのは、お前ひとりが頑張ってもできないことなんだよ」


「……」


「お前は故郷を取り戻したいんだろう? それは建前で、故郷を奪った魔物どもを根絶やしにしたいのか? それとも、それを一人でなせるくらい凄い自分になりたいのか?」


「モカ、は……」


「お前は、何がしたいんだ?」




「モカは、故郷に……みんなが暮らしていたあの場所に、帰りたいです。わたしは絶対、お家に帰るんです」




 そこにはもう、項垂れていた少女はいなかった。

 自分の願いのために、小さな体を震わせ、瞳に力強い光を宿すモカ。今の彼女を見て、誰が弱いなどと評することができるだろうか。


「モカ。俺たちが与えられた任務は、先行して魔物たちの領域に入って状態を探ることだ。その情報を元に作戦が練られて本体が動く。調査隊が重要な役割なのはわかるだろう。身軽な少数で魔窟に足を踏み入れる以上、戦闘での連携が命綱になる」


「……モカが今やるべきことは連携を深めること、ですか?」


「そうだ。けど、俺が言いたいこととちょっと違うな」


「?」


「お前ひとりが全部やることはないってこと。もっと俺らを頼れ。迷惑だなんて思わねぇからさ」


 口にしてみたものの、照れくさくなって誤魔化すようにモカの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる。


「できないことを焦るな。自分の目的を見失うな。ちゃんと周りを見ろ。お前を助けてくれるやつらがそこにいる。一人で抱え込んだり、意地を張らず助けてもらえ」


「レイドさん……」


「それがパーティってやつだ」




   ◇




 少し自分でも考えてみます、と頭を下げて去っていく白髪の少女の背中を見送る。

 最後に映った表情は晴れやかで、焦燥や後悔という感情は見取れない。憑き物が落ちたよう、とでもいうのだろうか。

 こんな俺でも少しはモカの力になれたようで良かった。


「それにしても、どの口が言うんだか」


 できないことを焦るな。自分の目的を見失うな。ちゃんと周りを見ろ。お前を助けてくれるやつらがそこにいる。一人で抱え込んだり、意地を張らず助けてもらえ。


 あれは、本当はモカに向けた言葉ではなかった。

 苦悩し、迷走するモカにある愚者の姿を重ねていた。

 同じ失敗を辿ろうとしている白羊の少女に、過去の自分に言い聞かせるように口からでた言葉。


 目的のためにすべてを捧げ、その途中で自分を見失い、あまつさえ過程と目的が入れ替わっているのにも気づかない。

 モカが故郷を取り戻すために強くなろうとしていたのが、いつの間にか強くなること自体が目的となっていたように。

 自分一人の力で解決しようとして空回り、目的を達することではなく、自分の力で成し遂げることに固執する。


 そっくりだった。


 そして、他人の言葉を素直に聞き入れるところが自分とは違う。彼女に比べ、過去の自分がどれほど愚かだったことか


 間違えて、失って、切り捨てて、後悔して、自棄になった過去の自分。


 取り戻したかったはずなのに、自分の力だけで解決しようとして、他人の手を振り払った馬鹿な自分。


 大事なものを切り捨てたくせに、大切だったものも取り戻せなかった大間抜け。


「モカはやっぱり強いよ」


 もうすぐ一年が経とうというのに未だに過去の失敗を引きずっている。

 失敗してもなお、また前を向いて歩きだした少女に俺は称賛を送る。当時の俺なら、自分の弱さを認められず、他人の忠告も聞き入れないでより頑固になっていただろう。


「……俺も負けてられないわな」


 後悔は消えていない。心に爪痕は刻まれたまま。


 それでも、彼女の背を押した自分がいつまでも停滞したままでは格好がつかない。


 俺がパーティについて語ろうなんて片腹痛いことこの上ないが。彼女たちのためにも、顔を厚くしてパーティの連携について教えよう。


 俺も、また歩き始めなくては。


お読みいただきありがとうございます。

前回から随分と間を開けてしまいました。

理由としては、リアルが忙しかったり、書き直したり、寄り道したりと、まあ、色々です。

月一くらいのペースで頑張りたいと思います。

ブックマーク感謝します。


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