49.やるべきこと
遅れてごめんなさい。
モカの暴走に端を発するこの騒動は、スケルトンの異常発生というイレギュラーに見舞われたものの、誰一人欠けることなく終わった。
案の定、遅れて合流してきたウルシは掠り傷一つなく、少々服を汚す程度で白骨の大蛇を下していた。合流が遅れたのは、無事を確認されるとケイトさんにその場のスケルトンの殲滅を言いつけられたからだそうだ。
ボロボロのモカを見て、自分の判断ミスを悟って何度も謝っていた。自分の勝手な行動が原因なのだから自業自得であり、むしろつき合わせてしまったことに対してモカも数えきれないくらい頭を下げていた。
謝罪合戦を適当なところで止めると、俺たちはすぐに森を引き上げることにした。
心配しているアリーシャ様をこれ以上待たせるわけにもかない。それにスケルトンがまた沸いてくるとゆっくり休めないし、眠るのなら野宿ではなく屋敷のベッドがいい。
怪我はあっという間にケイトさんに治療され、夜が明けるまでに全員が無事に屋敷に戻ることができた。
それでめでたし、とはいかなかったけれど。
屋敷にたどり着くと、玄関にアリーシャ様が立っていた。出迎えるためにずっと起きてくれていたらしい。
勝手な行動と監督不行き届きとでモカと俺は厳しく罰せられるのを覚悟していた。
しかし、アリーシャ様は心配をかけたことを叱ったくらいでそれ以上のことは何も口にはしなかった。
首を傾げる俺の隣でモカは深くうなだれていた。
そして、解散して俺は自室へと戻るとそのままベッドに倒れ込むと気絶するように眠りへと誘われた。
目が覚めたのは昼前だった。
疲労はまだ残っていて、今日は冒険者活動を休止することを目覚めて三秒で決定すると、腹の音を止めるために起き上がった。
そして、ドアノブに手をかけたところで、控えめなノック。
部屋の前には、間髪入れずにドアが開いたことに驚く白羊の少女がいた。
「あ……あのっ……」
不意打ちに声を詰まらせるモカ。用意していた言葉がどこかへ行ってしまったのか意味のある言葉が出てこない。……ちょっと間が悪かったかな。
そしてやっと話し始めようとしたところで、ぐうっ、と一際大きな音が鳴る。重ねてゴメン。
「ご、ごめんなさい。……出直してきます」
「まあ待て」
気を遣って回れ右しようとするモカの肩を掴んで止める。せっかく来てくれたのだ。こういう機会は逃すべきじゃあない。
大抵、二度目はないからな。
いい機会は逃すべからず、だ。
「俺に話があるんだろ?」
「は、はい。でも、これからお食事に行かれるんでしょう?」
「そこで提案だ。モカは俺に話がある。俺もある。そして俺はお腹が空いている。ついでにもう少ししたら昼食時だ。だから」
――ここだと、少し話し辛いかな。屋敷の誰が聞いてるかもわからないし。
「二人で食事でもどうだ、外で」
モカとのわだかまりを消す糸口を、俺は探していた。
◇
モカは提案を受け入れてくれたが、外食とは言ったもののどこに行くのか全く決まっていなかった。
飲食店では昼食時ということですぐにお客が溢れかえるのであまり行きたくない。席が取れない可能性もあるし、モカの様子からして静かな場所で話がしたかった。
店が決められないのはあまり俺が飲食店に詳しくないせいである。昼飯は冒険者がよく利用するような喧しい店くらいしかしらないし、そもそもお昼は弁当か携帯食で済ませてしまうからだ。最近は屋敷で昼食が出るので、町の飲食店に詳しくなるはずがない。
そういう事情から、俺たちは今公園のベンチで並んでサンドイッチを食している。他にもチラホラと人は見えるが込み合う店よりはましといえるだろう。
ちなみに、サンドイッチはミリィのパン屋の品である。うん、今日のも絶品だな。
「おいしいですね、これ」
「そうだろう、そうだろう。俺の一押しの店なんだ」
俺が自慢げにうんうんと頷いていると、ひょいっとまたサンドイッチにモカの手が伸びる。どうやらモカも気に入ったようだ。自分の好きなものを他の人が好きになってくれるのは嬉しいものである。
「あれ?」
さてもう一つ、と伸ばした手は空を切る。いつの間にかサンドイッチはすべてなくなっていた。多めに買ってきたはずなのだが、もう影も形もない。
……俺、まだ二つしか食ってなかったんだけど。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「あ、うん……」
そっかー、全部食べちゃったかー。
見かけによらず食いしん坊さんめ……。
いや、ひょっとして、モカも朝食を食い逃してたのか?
疲労は俺以上のものだった。部屋に訪ねてきた時間帯も昼前なんて少し中途半端だ。
起きたのは俺よりも少し早いくらいで、身支度を整えたら朝食を取るよりも先に俺のところに来たのかもしれない。
やっぱり、ちょっと気を張りすぎている気がする。様子もいつもより落ち着きがないし、自分がサンドイッチをいくつ食べたのかも気づかないくらい余裕がない。
少しでもリラックスしてもらえればと思ったんだが、あまりうまくいかなかったようだ。よく考えれば、わだかまりのある相手と一緒に食事して落ち着く方が難しいか。仕事で大きなミスして怒られた翌日にその上司と食事。
うん、ダメだわ。
こういう時のフォローってどうするべきなんだろう。
俺は長く組んでいたパーティーではずっと下っ端だったし、そこを抜けてからはずっとソロだった。依頼によってはパーティーを組んだがそれは臨時であり、こういう上下関係はなかったし、リーダくらいはあったが俺はなったことがない。
そして、残念なことに前世でもそういう経験は薄い。
だけど、こんな俺でも力になれるのならなってやりたいと思う。
モカがずっとひたむきに努力しているのはこの短い付き合いでもよく知っている。昨日の一件はその勤勉さが空回ったからではないだろうか。
確かに、大事になりかけたものの、終わってみれば何かを失うでもなく全員が帰ってこれたのだ。
十分に反省もしているようだし、これ以上落ち込む必要はないはずだ。
しかし、何と切り出したものか……。
そういえば、訪ねてきた理由をまだ聞いてなかったな。間違いなく昨日のことについてだろうが、その辺から振ってみるか。
「それで、話ってのは何だったんだ?」
「……そうでしたね」
唇を引き締めると立ち上がりモカは深々と頭を下げた。
「昨日は大変ご迷惑をお掛けしました。それに加え、危ないところを助けてくれました。今生きていられるのはレイドさんのおかげです。ありがとうございました」
「あまり気にしなくていいぞ。そういわれるほどのことじゃあない。俺がやったのは当たり前のことだしな」
「そうでしょうか?」
「隊員を助けるのは隊長の役目だろう」
まだちゃんとできてすらいない調査隊ではあるけれど、それでも俺は隊長でモカは隊員なんだ。何度も礼を言われることじゃあないだろう。
「ありがとうございます……でもモカはもうすぐ隊員じゃあなくなっちゃうかもしれませんよ」
「は?」
「だって、今回のことで勝手な行動をした挙句に皆さんに沢山の御迷惑をかけたんですよ。今のところアリーシャ様は何も言っていませんが、普通に考えればこんな自分勝手なモカが作戦から外されるのは当然ではないですか?」
うーん、どうなんだろうか。
そう言われればそうなのだろうが、アリーシャ様のようすを思い返すとモカに重い処罰を考えているようには見えなかった気がする。考えすぎではないだろうか。アリーシャ様が何年もかけて教育してきたモカをたった一度のミスで切り捨てるようなことはしないと思う。
「……モカはどうすれば良かったんでしょうか? 他の皆さんと比べて、モカは力不足です。もうすぐベイルラントに戻るというのに、ちょっとやそっとの努力では追いつけない差があります」
「それを埋めたくて森に行ったのか?」
「はい。もっと魔物との戦闘経験を積めばましになるかと思ったんです。……けど、結果は惨敗でした」
そういえば、俺の指導は戦闘系のものは少なく、むしろ戦いを回避する方法を教えてきた。戦闘能力を追い求めているモカにとっては不満だったろうし、日が経つにつれて焦っただろう。
俺はモカの実力を高く評価している。現状でも十分に通用する実力を備えていると判断したからこそ他の技術を教えていた。そこで、俺とモカの間に齟齬が生じたのだろう。
ちょっと話をして、自分の主張を伝えていれば解決していた程度のことだったのに。昨夜の一件も起こらなかったかもしれない。
伝えようとするばかりで、モカの気持ちを知ろうとすることをしなかった、俺の怠慢だ。
「モカは故郷を取り戻さないといけないんです。そのために魔術を手に入れたのに、このままじゃあ役立たずで終わってしまいます。森に行ったのは、あそこに迷宮があるかもしれないという噂に縋ったからです。新しい力を手に入れれば、モカだってケイトさんたちと並び立てるかもしれないって」
「……そっか。そのためにずっと頑張ってたんだもんな。実力不足でなにもさせてもらえないかもって考えたら焦っちまうか」
領土奪還の任務に参加させてもらえないというのは、モカにとってこれまでの努力が水の泡になるのと同意だ。そのために学び、鍛錬に励み、僅かな間に魔法という力を手に入れるまでになった。
魔法を身に着けるのは並大抵の努力ではいかないと聞く。たった二年で習得して見せたのだから、才能だけでなく血が滲むような努力を重ねたのだろう。
「モカは焦っていたんでしょうか?」
「独断で夜の森に魔物狩りなんて危険なことするのは短慮ってもんだろう?」
最初は一人で行こうとしていたらしいし。魔法使いが前衛も連れずに魔物狩りなんて自殺同然だ。
「……だって強くなったって、一人前に戦えるって思ってたんです。だけどモカは、モカは一人だけ負けてしまいました」
「負けたって、ガンツにか?」
まさかとは思っていたが、発端はやはり模擬戦での敗北だったようだ。落ち込んでいるのはわかっていたが、それほどまでに思い詰めているとは考えもしなかった。
「あの人がモカよりも強い方なのはわかっていました。それでも、手加減された上であんなにすぐに抑え込まれるだなんて……」
俺からすればかなり善戦していたのだが、当人には手も足も出ないまま完封された戦いだったようだ。
確かに、ガンツは表情一つ変えずにモカの魔法をすべて対処して見せた。自分の磨き続けてきた技があっさりと跳ねのけられては自信を失ってしまうのも無理はない。
しかし、そうか。モカにはあれが手加減されているように見えたのか。
「モカ、実はあれでガンツの奴、凄い焦ってたんだぜ?」
「え?」
ロイドから聞いた話だが、昇格試験の模擬戦では試験官は可能なら圧倒的な力の差を見せつけることを求められているらしい。特に低ランクは、そこで新人冒険者の慢心をへし折ってやるのとギルド職員との上下関係を叩き込んでやるそうだ。
「試験官って役柄から平然とした顔してたけど、お前の魔法を見た瞬間から余裕がなくなってたからな。ほとんど最初から全力だったぞ」
厳めしい顔つきでわかりづらいけど、ある程度の付き合いのあるやつには焦りと緊張が見て取れただろう。
「ガンツも褒めてただろう。俺も断言してやるよ。モカ、お前は十分な強さを持ってるよ」
「でも、昨日はずっと足手纏いで」
「あんなもん、多勢に無勢だ。地形と相性も悪かったしな」
自由に火力を振るえる場所であれば、モカもあそこまで苦しめられることはなかったはずだ。あの数では広域魔法が使えなければ、誰だって苦戦する。
「それと、ちょっと勘違いしてるぞ」
「勘違い?」
執筆時間があまり取れないので、不定期更新になります。
ちょっとずつでも頑張りたいと思います。




