48.殲滅者
まずは手近なところにいたスケルトンに躍りかかる。
こちらの動きに反応して剣を振り上げるが、遅い。そのまま背骨に剣を叩きつけてへし折る。
下半身が倒れたところに上半身と剣が落ちて、バラバラと各部の骨が散らばった。
不死系の魔物は多少の怪我では普通に動く。頭を切り落としても、平然と襲い掛かってくるのだ。動きを止めるには体を半分ほど破壊する必要がある。
上下に真っ二つにしてもしぶとく動き出す個体もいるので、理想は粉々に粉砕してやることだ。しかし、それを剣で実行するのは難しい。
せっかく新調した剣も魔力でコーティングしても刃こぼれするか芯が歪んでしまうのも悩みどころだ。
だったら別の武器を使えばいいじゃない、となる。ざっと見渡すと、スケルトンたちは様々な武器をお持ちのようだから、選びたい放題である。
選り取り見取りの武器の群れから、丁度いいのが向こうからやって来た。
ハルバードが俺の頭を勝ち割ろうとするが、平然と柄を片手で掴んで受け止める。なかなかの威力ではあったけれど、オーガの拳に比べれば軽い。身体強化もしているので、スケルトンの攻撃に脅威などまるで感じない。
思い切り蹴り飛ばしてやったが、上手いことにはいかず、スケルトンはハルバードを掴んだまま胸部から上が引っ付いてきた。
「うわ、いらね」
余計なオプションを近くのスケルトンに叩きつけてはずす。それでも右手がまだ残っていたので、むしり取って適当に放り捨てる。
戦利品を試しに振ってみると、意外と悪くなかった。
ハルバードは斧と槍を掛け合わしたような形をしており、斧頭の反対には突起がついている。長さは二メートル以上でその形状から切る、突く、引っかけるなど選択肢の広い武器だが、重量とその応用性の高さから使い手を選ぶ武器でもある。
「ほいっと」
袈裟懸けに両断されて頽れていくスケルトンを最後まで見届けることなく、次々と近くの敵へ討ちにかかる。
少し扱いづらくはあるけれど、重さとリーチがあるので剣でやるよりかは断然楽だ。
しぶとさと数に怯まされる冒険者は多いが、ギルドが下した危険度がEということからもわかるが実際はたいした魔物ではない。
動きが緩慢で、身体強化をしていなくとも後手でも先に攻撃が届くほどだ。機敏さに欠けるのは筋肉がないからだろうか。いや、それならそもそもなんで動くんだって話だけど。
さらに判断能力も低い。人型なだけあって武器を使ったり、待ち伏せしたり、集団戦法を取ったりとそれなりの知能を示しているが、状況の変化への対応が遅いのだ。攻撃を避けられれば追撃までに時間がかかったりする。頭が空っぽなので思考速度が遅いのかもしれない。
囲まれたり捕まれたりしないように気をつけて立ち回れば怖い敵ではない。
「オラァッ!」
にしても、数が多い。
そろそろ二十は倒したところだが、ぞろぞろと湧いてくる湧いてくる。
百はいるだろう。まださらに出てくるとしたらきりがないな。
よし、仕方がない。
「モカ!」
ハルバートをぶん投げると、命中したか確認する前にくるりと踵を返す。聞こえてくる破砕音からして当たったようだ。
落ちていた杖を拾い、木のもたれ掛かっていたモカを肩に担ぎあげる。
「逃げるぞ!」
「ええっ!?」
最優先事項はモカ達を連れて帰ることだ。スケルトンの殲滅ではない。
というか、ぶっちゃけ無理。なんだよあの数。百体くらいならなんとでもしてやるが、明らかにそれで済みそうにない。
馬鹿正直に相手してたら体力が持たない。モカの前だからって格好つけてみたけど、これはとっとと逃げるが勝ちのやつだ。
「で、でも、ウルさんが」
「そっちにも応援が行ってるから心配ない」
ウルシが別れたのは敵を引き付けてモカを先に逃がそうとしたからだろう。あいつの場合、モカがいない方が思いっきり戦えるからな。あいつの能力だと味方を巻き込む可能性があるので一人のほうが戦いやすいだろう。
それに、向かったのがあの人なので確実に連れ帰って来てくれるだろう。
「だからさっさと逃げるぞ。退き際を間違えるようじゃ、すぐに死ぬからな」
「……」
それからモカは閉口し、俺は現れるスケルトンを蹴飛ばしながら森を駆け抜けた。
実際のところ、ウルシよりもこちらの方が状況は深刻だ。
身体強化を使って駆けつけたため、俺の魔力はそれほど残っていない。強化なしでもスケルトンに後れを取ることはないが、あの物量差でモカまで守れるかとなると難しい。
森もいつもと様子が違う。イレギュラーに備えて余裕があるうちにずらかるべきだろう。
そろそろ出口にたどり着く。
しかし、どうやら亡者たちはしつこく、俺たちを無事に帰してくれる気はないらしい。
「っ、右から来ます!」
気配を感じたのと担がれたモカが注意を喚起するのとどちらが先だったか。
咄嗟に取った俺の行動に、悲鳴が上がる。
前に向かってモカを放り投げたのだから。
「きゃああああっ!?」
あとで謝らないとな。たぶん、地面でどこかぶつけただろうし。
だが、モカを気にしている暇はもうない。
ありったけの魔力を籠めて、鞘から剣を抜き放った。
森から砲弾のごとく突っ込んできた白い物体に、横合いから一閃をぶち込む。進路を変えて吹き飛んだそれは近くの木に激しい音を立てて衝突した。
「なんだこいつ、蛇のスケルトン?」
スケルトンの仲間に、ボーンビーストという魔物がいる。狼などの動物や獣型の魔物のスケルトンなのだが、蛇というのは初めて見た。こんな巨大なやつなんて生きてる蛇でも見たことがない。
「そ、その魔物は、ウルさんが戦ってた魔物です!」
「なにっ?」
なるほど。こんなのが出てきたらウルシが足止めに回るしかない。
しかし、ウルシが戦っていたという魔物が俺たちの前に現れたということは――
「ッ! チッ!」
落ちてきた尾に思考を中断された。横っ飛びに躱し、地面を抉るその威力に舌打ちする。
あと少しというところで面倒な奴が出てきやがった。
ゆっくりと持ち上がろうとしている頭を目掛けて疾駆する。
今はウルシのことは後回しだ。あいつがやられるとは考えにくい。きっと別の個体だろう。
そう自分に言い聞かせ、微かな動揺を抑え込むと、骨蛇の頭部へと飛び乗った。
「くっ」
異変に気付いた骨蛇が振り落とそうとするが、眼窩にしがみついて必死に耐える。
ああ、くっそ。こんなの相手にするんだったら、アリーシャ様から魔道具借りてくりゃよかった。
「レイドさん!」
しばらくすると無駄だと悟ったのか、動きが止まる。例え、それが数秒でもその機を逃すつもりはない。
魔力が心もとない以上、短期決戦を狙う。
俺は頭と背骨の継ぎ目に剣を思い切り突き立てた。
「かってぇえなぁあああ、クソがっ!」
一息に首を落としてやるつもりだったが、想定外の硬さに剣が阻まれる。数センチほど食い込みはしたが、どれだけ力を籠めようともそれ以上は微動だにしない。
「危険です! 早くそこから逃げてください!」
「逃げるも何も、仕留めないと逃げられないだろうが!」
飛び出して来た時の俊敏さから考えても、走って逃げきることはできない。距離を取って仕切り直そうにも、俺の魔力は枯渇寸前だ。身体強化なしではこいつに勝つことは不可能だ。
生き残るには、今ここで倒しきるしかない。
骨蛇が再び動き始めた。次の行動を決めたらしい。頭を高く、上へ上へと伸ばしていく。俺を頭上に乗せたまま。
「わたしが! 囮になります!」
「はあ!?」
地上から叫ぶモカに、俺は怒鳴るようにして聞き返した。いや、本当に怒気が混じっていた。
なに馬鹿なこと言ってんだ、あの馬鹿は。
「だって、全部わたしのせいで!」
「だから自分が犠牲になるってか? 思いあがるな」
俺の目的はモカを連れ帰ることだ。モカを囮にして逃げてどうするというのか。
「お前が犠牲になったところで十秒も足止めなんてできやしないんだよ。そこで黙って見てろ」
「そんな!」
「モカ、お前なあっ!」
周囲の木よりも高くなり、それでも地上に届く様に声を張り上げる。
「俺の心配しようだなんて十年早いんだよ!」
次の瞬間、骨蛇は頭部から地上へと一直線に突っ込む。
頭上の俺を頭ごと地面なり樹木にぶつけるつもりのようだ。けれど、俺はしがみついたまま剣を突き立て続ける。
落下による強い重圧が俺を襲うがそれでもかまわない。
重圧の次は衝撃だった。樹木に叩きつけられ、木々を薙ぎ倒しながら蛇は直進する。
何本目かの木に叩きつけられたところでようやく蛇の突進は止まった。
普通の人間なら潰されて挽肉にされていただろう。
けど残念。
「圧死じゃ俺は殺せねーよ!」
加護による恩恵で、どんな強い衝撃でも俺を殺すことはできない。無茶苦茶痛いけどな。
頭を持ち上げ始めた時点でこいつの攻撃は予測できた。そして、こいつがこうして止まってくれるのを待っていた。
突き立てられていた剣はへし折られてどこぞに消えてしまったが、刻んだ亀裂は残ったままだ。よく見れば楔のように、折れた剣先が残っている。亀裂は木々に突進した衝撃で大きくなっていた。
俺は残った魔力をすべて肉体の強化に注ぎ込んだ。足が地についているおかげで力も入りやすい。俺を木に押し付けてくれている骨蛇の頭部を抱き着く様に掴む。
「死ね」
亀裂を広げるように頭蓋を捻じり、バキバキと音を立てて首からへし折った。
◇
「あー、疲れたー」
落ちていた枝を杖にしてモカのいるところまで歩いていた。
日中に昇格試験があった上、スケルトンの大群やBランク以上の魔物であろう骨蛇と戦って俺はもうへとへとだった。
魔力は空っぽで頭痛いし。買ったばかりの剣は折れるし。加護があったとはいえ、空中からのダイブアタックは死ぬかと思ったし。
なんかもう、散々である。
それもこれも、全部モカのせいである。
当の本人が、向こうの方から駆け寄ってきた。生きていたことへの安堵や喜び、無事とは言い難い俺の格好に泣きそうになったりと、色んな感情がごちゃ混ぜになった顔をしている。
「レイドさんっ」
「おーし、そんじゃ帰るぞ」
零れそうなほど瞳に涙を湛えたモカに軽い調子で返事をする。
ここでしんどそうな顔をすれば泣きそうだからな。それにほんと、早く帰りたい。疲れた。会話に割く体力なんてない。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
わかったから、泣くなよな。
俺にだって言いたいことは沢山ある。けど、今は疲れた。泣いて謝る女の子に追い打ちをかける趣味もない。
何も言わず、ポンポンと頭を叩いて、少女の手を引いた。
帰ろう。
ぼんやりとしたまま、モカの手を引いたまま森の出口に向かう。手から伝わる小さな感触が、とても懐かしかった。
昔にもあったな、こんなこと。
モカじゃあない。手も、もっと小さかった気がする。
懐かしい、けど悲しい。
いつのことだったけ?
「あ」
懐古の記憶は少女の声で途切れる。
鮮明さを取り戻した意識がその音を拾う。木の枝を折り、地面を這いずりながら何かが背後から近づいてくる。
ああ、もう、しつこい。
振り返るとやはりというか、巨大な蛇の白骨が追ってきていた。しかし、頭部はどこにも見当たらない。背骨と肋骨だけとなった状態でも、蛇は俺たちを追いかけてきていた。
スケルトンは、上半身だけとなっても動く個体がいる。頭部を失っても向かってくる個体もいる。
その性質はまさに不死の名に相応しい。目の前の光景もアンデッドらしい、悍ましく忌々しいものだった。
抜かったな。スケルトンの性質は知っていたのに疲労からきちんと後始末を行うのを怠った。これは俺の不始末だ。
「下がってろ」
モカを背後にやり、杖にしていた枝を構えて前へ出た。
頼りない武器。疲労困憊。魔力はすっからかん。
こういうのを他人は絶体絶命というのだろう。けど、こんなこと別に初めてでも何でもない。冒険者の頃はもっと無茶な状況に陥ったこともあった。
それに希望もある。
俺は眼前の敵を見据える。勝算は低い。けど、逃げることも難しい。モカを守るためにも戦うしかない。
守るんだ。今度こそ。
「守ってやるからな、絶対に」
構える。
今度こそ殺しきる。
「いくぞ」
「待ちなさい」
一歩踏み出したところで、頭上からふわりと人影が落ちる。
揺れる青い頭髪。身にまとうフリルのついた可愛らしい意匠のメイド服が酷く場違いだ。しかし、彼女の発する氷刃のような雰囲気が違和感を切り裂き、一瞬にして場を支配する。
「気概は評価しますが、死にに行くようなものですよ」
「……ケイトさん」
振り向く精巧な人形のような無感情な美貌。しかし、声は呆れを含んでいた。
森に向かったモカとウルシを連れ戻すために俺と共に派遣された人員は彼女だった。彼女は探知魔法を使い、二人が別行動していることが判明すると離れた位置にいるウルシを迎いに行ったのだ。
「【アースランサー】」
彼女のつけている指輪が淡く輝く。一言唱えた瞬間、地中から鋭く尖った石柱が骨蛇の身体を抉った。白い巨体が仰け反り、さらに石柱が飛び出して追い打ちをかける。
俺が苦戦した魔物は、ケイトさんによって五秒と経たずに粉砕された。
今、俺の顔は見事に引きつっているだろう。
「助けに入るなら、もう少し早く来てくださいよ」
「本当に危険な状態に陥るまで手を出さないように、とお嬢様に言いつけられていますので」
タイミングの良すぎる登場につい憎まれ口を叩いてしまったが、本当に彼女は出待ちしていたらしい。
「不満そうな顔ですね」
「そりゃあ、そうでしょうよ」
「貴方の気持ちもわかります。ですが、今はモカの試験期間であると同時に貴方の実力を試す期間でもあるのですよ」
修行から戻って来たモカの実力を把握するのと並行して、俺が調査隊の長として人を率いられるのか見られていたらしい。
「もう少し部下に対して気を配れるようになったほうがよろしいかと」
今回のモカの暴走は、事前に俺がしっかり彼女の相談に乗れていれば防げたかもしれない。試験の合格や指導を意識するあまり、モカの不満に気づくことができなかった。突発的な行動に思えても、その兆候はどこかにあって俺は見落としていたのだという。
「落第ですか?」
「そうですねぇ……」
ケイトさんがちらと視線をやると、また森の奥からスケルトンたちが追いかけてきているのが見えた。いい加減にしてほしい。
「貴方は危機的状況の中で負傷しながらも、毅然と前に出られる人のようですし。ギリギリ及第点です。これからに期待するとしましょう」
そう言って微かに笑った、様な気がした。
手を掲げ、再び彼女の指輪に光が灯る。足元にサークルが浮かんだかと思うと、幾何学模様や見知らぬ文字が瞬く間に書き加えられていく。
背後で息を呑む音がした。
「これくらいなら結界にも引っかからないでしょう。二人ともその場から動かないでくださいね。巻き込まれますので」
彼女の足元にあっと言う間に複雑な魔法陣が形成され、光り輝き魔力の奔流が溢れだす。
「【サウザンドグレイブ】」
大地が爆裂した。
砂煙が舞い視界を蹂躙する。鼓膜が破れそうな轟音に耐える。
視界が晴れると、俺とモカは揃って声を失った。
その光景は石柱の森だ。
大地から突き出た石柱が木々の間を縫うようにして林立していた。生い茂る緑の森が、大地から現れた石木に浸食されているように見える。
石柱はスケルトンを穿ち、余さずその骸を破壊されていた。視界を埋め尽くす石柱は、まさに墓標のようだ。
ケイトさんが指を鳴らすと、石柱は土へと還った。積もった土山は瞬く間に押し固まり、元の状態へと戻った。飲み込まれたのか、骨の欠片も残っていなかった。あれだけの魔法が蹂躙したというのに、樹木が一本も折れていないことに気づき慄然とした。広域に及ぶ魔法を発動させながら、その全てが木々を回避していたのだ。
超人的な技を見せつけた彼女は平然としたまま、いつもの感情の欠ける顔でこちらにやって来た。
「おいしいところ、全部持ってかれた……」
「何を言っているのですか、治療しますので、怪我を見せてください」
四月は厳しいかもしれません。




