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47.救援

 始まりは憧れだったんだと思う。


 魔物に村を奪われ、なんとか近隣の町へと避難できたけど、心に大きな穴が開いたような気がしていた。

 その虚しさを埋めてくれたのは、町での忙しい仮初の平穏な日々ではなく、再び襲来した魔物たちとの戦いの日に繰り広げられた勇ましい光景だった。


 千を超える魔物たちの侵攻に恐怖し、慌てふためく住民たちを一声で納めて見せたアリーシャ様。

 彼女の傍に就き、周囲に的確な指示を飛ばすケイトさん。

 皆の先頭に立ち、迫りくる魔物の軍勢に真っ先に切りかかったヨハンさん。


 町全体で戦に備える最中や町の高台からみた凛然とした彼女たちの姿に、空いた隙間を埋めるかのように何かがカチリと当てはまった。


 逃げることと守られることしか知らなかったわたしの前に提示されたのは、戦うという選択肢だった。


 あんな風に、わたしもなりたい。

 故郷を取り戻すために戦う。

 それがずっとやりたかったことなのだ。


 故郷を離れる時の情景は今でも鮮明に思い出せる。そして、愛しき故郷を魔物たちに奪われた屈辱と悲しみも。

 その感情を原動力に、二年の時を過ごした。


 アリーシャ様に勧められ、魔術を習ってみるとこれが思いのほかしっくりときたので、重点的に魔術の腕を磨くことに時間を使うことにした。他の分野に時間を割くよりも、集中させた方が早く戦場に出られると思ったからだ。


 その考えは間違っていなかったと思う。

 ゴーシュ先生の元で研鑽を積み、基本的な指導が一通り終わったころに、アリーシャ様に呼び戻された。


 時期的に、そろそろベイルラントで魔物の掃討作戦が行われるはずだ。

 ぎりぎり間に合った。そう安堵して、しばらくして困惑へと変わった。


 調査隊? わたしが?


 討伐隊に入れてもらえると思っていたので、その命令はまさに寝耳に水だった。

 調査隊とは、未開拓地に先行して入り、地形や魔物の分布を調べるという、要は斥候役である。多少の不満を抱いたものの、指揮を執るのが今密かに噂されている「竜殺し」ということで、割り切ることができた。


 だけど、その「竜殺し」に対面して正直拍子抜けした。

 体格こそがっしりとしているけれど、顔つきは穏当そうで鋭さがない。強者に通じる気迫も感じられず、彼が「竜殺し」だなんて嘘としか思えなかった。


 アリーシャ様の言葉を疑ってしまったけれど、探りを入れてみれば竜を倒したことは本当のようで、誰もそれを否定しなかった。実力は確からしい。

 第一印象に惑わされず、わたしは彼をきちんと仰ぐことにした。強者というのは、それだけで尊敬に値するのだから。


 後に、彼が倒した竜人がディーさんであることを知り、さらに尊敬の念を強めた。

 一度だけ、彼女の戦いぶりを見たことがあった。かの竜人の実力がどれほどのものか知っていたので、それを打ち破った彼の強さはそれ以上ということになる。

 そんな彼に師事できるわたしはなんて幸運なのだろうか。


 もっと強くなれる。当初、そう信じて疑わなかった。


 だけど、彼の指導はわたしの想像していたものとは酷く乖離していた。

 一日目に教えられたのは戦闘に全く関係のないことだった。採取や剥ぎ取り、野営の準備などこれからの任務を考えれば必要な知識だったし、興味深く面白かったのは本当だ。


 でも、数日経ってから行われた戦闘の指導は違った。


 まず最初に教えてくれたのが、いかに魔物との遭遇を避けるかというもので、その次が、逃走の仕方だった。


 これに不満を抱いたウルさんが文句をいい、表情にこそ出さなかったけどわたしも彼女の意見に内心同意していた。

 そんな消極的な姿勢はどうなんだ。効率的な敵の倒し方なんかの方が重要ではないか、と。


「だって、生き残ることが一番重要だろ?」


 集団による戦い方なんかを教えてくれるようになったのは、もう少ししてからだ。それまでは、戦闘の避け方や撤退の仕方ばかりだった。


 今だからこそ、苦笑交じり言っていた彼の言葉が正しかったことがわかる。

 その時は、敵を倒せば生き残れるでしょ、と思っていたけれど。

 現実ではそうはいかなかった。


「……うう」


 頭が割れるように痛い。

 魔力欠乏の症状だ。魔術を使い過ぎた。


 だというのに、迫りくる魔物の数はそれほど減ったようには見えない。


 火球で何体ものスケルトンたちを葬ったけれど、全体から見れば微々たるものだ。それを証明するのが目の前のこの光景だった。


 木々の間を通って、白骨の魔物たちはゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 そして、わたしは逃げ出すことができない。


 一本の矢がローブと背後の木とを深々と縫い付けていた。

 ローブを引きちぎり、拘束から抜け出したとしてもすでに逃げることは不可能だった。前方だけでなく、辺りを完全に囲まれている。


 それよりもまず、矢が身体を掠めた時に腰が抜けてしまったのだ。

 恐怖に、心と体が屈してしまった。


 隣に誰かがいれば乗り越えられた恐怖に、一人になると耐えることができなかった。


 怖い。そう、とても怖い。


 魔術という力を身に着け、努力に裏打ちされた自信があった。

 けど、こうして暗い森の中で魔物に囲まれてしまえば、もうなんの役にも立ちはしない。

 わたしは無力で、身を竦ませて怯えているだけだ。


「いやぁ……」


 死にたくない。

 わたしにはやらなくちゃいけないことがあるんだから。


 矢を引き抜こうとしたけどうまくいかず、ローブを力任せに引き裂こうとして四苦八苦しているうちにも彼我の距離は少しずつ消えていく。


「来ないでよっ……来ないでっ!」


 追い払おうと杖を振り回す。

 目を瞑って滅多矢鱈に振り回していると、硬いものを殴った感触と同時に手から杖がすっぽ抜けた。


「あ……」


 ローブを引きちぎれなかったのと一緒だ。恐怖で手に力が入らない。だから、簡単に杖が離れた。

 そして、わたしはもう武器すら失った。


 杖がなければ魔術も使えない。戦うすべはない。身動きも取れない。


 死を待つだけだった。


 白骨の軍勢は、触れられるところまで来ている。

 皮も肉もない真っ白な腕がわたしに向かって伸びる。

 まるで、死者の世界に引きずり込むように。


「ひっ」


 下半身に生暖かいものが広がる。それに構わず体を抱き寄せた。だけど、そんなことをしたって無駄だ。


「やぁ、いやぁ……」


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 勝手なことをしてごめんなさい。

 どうか許して下さい。


 一人でも魔物と戦えると思いあがっていてごめんなさい。

 自分ではまだまだ弱いと言いながら、弱さを認めることができなくて。

 そのくせ、一人じゃ何もできないのに。

 粋がって、強がって、忠告を軽んじる愚か者。


 これは自業自得。必然的な結果なんだ。


 だけど、ごめんなさい。


 死にたくないんです。死ねないんです。

 あの場所を取り戻すまで。


 反省しています。謝ります。

 相応の罰を受けます。


 だから、どうか。

 わたしに生きる機会をください。


「――けて」


 スケルトンたちの白い腕が四肢を掴む。もう、身じろぎ一つできない。

 刃こぼれした、明らかに切れ味のなさそうな長剣が振り上げられた。


 痛そうだな。あれでは簡単に死ねそうにない。

 長く苦しむことになりそうだ。


 やだ、こわい、死にたくなんかない。


「たすけて」


 無慈悲にも鈍い刃は振り下ろされた。

 咄嗟に目を閉じる。音も消える。


 一瞬が永遠のように感じる。


 痛みはまだ訪れない。

 まだ。

 まだ。

 まだ。

 まだ、来ない。


「え……」


 恐る恐る、目を開く。視覚が戻ると、音も同時に戻って来た。


 盛大な破砕音。

 砕かれた白い欠片が宙を舞う。


 目の前には、新たな人影。骸ではない、正真正銘生きた人間。


「大丈夫か?」


 その声はとても優しく。


 だけど、彼の放った一撃は苛烈だった。

 わたしを拘束していた魔物たちを容赦なく一掃した。



   ◆



 街中を走り回り情報を集め、モカ達が向かった場所を特定するのに時間がかかってしまった。そして、行き先が東の森であるとわかると頭を抱えた。

 あそこは夜になると木々が邪魔してほとんど月明かりも満足に届かず非常に視界が悪い。さらに深さもあるため人探しは非常に困難だ。


 アリーシャ様に頼み込んで人手と馬を借りて、ようやく森までやってくると、今度は森中から不気味な雰囲気が漂っていて明らかにただ事ではなかった。

 木々を躱して軽やかに森を駆け抜ける馬術など持ち合わせていなかったので、馬を置いて自らの足で捜索するしかない。


 森に踏み入ってみれば、どういうわけかスケルトンがうじゃうじゃと湧いているし。彼女が言うには、二人が離れ離れになっているときたもんだ。

 そして、俺が近くにいる方に駆けつけてみれば、モカはスケルトンに拘束され殺される間際だった。


 肝が冷えた。


 身体強化でなんとか間に合ったものの、あと一瞬でも遅れていればモカは大怪我を負っていただろう。

 紙一重で助けることができた。

 だが、まだ窮地を脱したわけではない。むしろ、俺も死地に飛び込んだところなのだから。


 ざっと見渡す限り、五十を超える数のスケルトンが俺たちを囲んでいる。今は、急にやってきて仲間を瞬時に撃破した俺を警戒しているが、直に一斉に襲い掛かってくるだろう。


「モカ、怪我はないか?」


 僅かな時間を使い、モカの安否を確認する。

 怪我の有無を尋ねたが、一目見る限り彼女はボロボロだった。土にまみれ、衣服も所々破けているし、暗くてわかり辛いが何か所か血が滲んでいる。

 矢が彼女のローブと木を縫い止めていて身動きも封じられている。愛用の杖も少し離れたところに転がっていた。


 満身創痍。正に九死に一生を得た姿だ。


「れ、いど、さん……」


 呆然とした様子で俺の名を呼ぶ声に力はない。瞳からはぼろぼろと涙が溢れていて、泥だらけの顔をさらに汚す。頬には赤い線が走っている。表情は陰っていて、死相が浮かんでいるようだ。

 酷い顔だ。だが、生きている。そのことにほっとした。


「ごめんなさい……」


 土と血に塗れた少女は瞼を伏せた。その小さな体は怯えた子羊のように震えている。


「わたしが、勝手なことをしたせいで」


「まあ、そうだなぁ」


 その点については否定しない。

 確かに、この森の状態は異常だ。それに巻き込まれたのは運が悪かったと言える。

 けど、夜の森に来たということは危険を覚悟していたはずだ。それで危ない目に合ったのならモカの責任だ。

 モカが勝手にこんなところに来なければ、こうして俺がスケルトンに囲まれることもなかっただろう。


「帰ったら説教だかんな」


 と言いつつも、帰ったら監督不行き届きで俺も怒られるだろう。それは仕方がない。

 ちゃっちゃと終わらせて、問題児たちを連れ帰るとしよう。


「帰っ、たら……?」


「そうだ。帰るぞ、不良娘」


 モカの瞳が不安気に揺れている。

 あれ、もしかして信用されてない?

 地味にへこむぞ……。


「そう心配するなって。俺があいつらを鎧袖一触するさまをよく見てろよ」


 突き刺さっていた矢を引き抜いて、安心させるように頭をワシワシと乱暴に撫でてやる。

 敵の軍勢に向き直り、打ち倒すべき有象無象を睥睨する。


 武器を持っていたり、腕自体が剣のようになっている個体もいるが、その全てはスケルトンだ。

 単体の脅威度はE。これだけ数がいればCぐらいにはなるだろうか。

 完全に包囲されていて、こっちには護衛対象が一名。


 まあ、なんとかなるだろう。

 数の暴力とはいうけれど、こいつらがいくら並んだところで竜を相手にするよりはマシだ。

 モカの存在も、足枷にはなっても致命的ではない。


「さて、やるか」


 部下の尻拭いをするのも上司の仕事だ。

 それに、可愛い部下を泣かせたこいつらには怒り心頭なのだ。


 全力で地獄に叩き返してやるとしよう。


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