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46.骸の軍勢

「しっかりつかまってて!」


 スケルトンに囲まれてからのウルさんの行動は迅速だった。わたしを抱え直すと、すぐさま元来た方向へと駆けだした。

 しかし、その先にも道を塞ぐように何体ものスケルトンが待ち構えている。腕が剣のような形状をしている個体の他にも、鉄製の剣や槍など普通の武器を装備しているものもいた。

 武器を構えた骸骨の集団をこのまますり抜けていくのは不可能だ。


「ウルさんっ!」


「舌かまないでね!」


 タンッ、と踏み込む音が聞こえたかと思うと、全身にぐっと重圧がかかりいつの間にか視界はスケルトンたちを見下ろしていた。

 宙にいる。

 そのことに気づくと同時に別の方向からまた重圧が襲い掛かって来た。ウルさんが木の幹を蹴ったのだ。


 ウルさんは木々の間を跳んで渡ることでスケルトンたちとの戦闘を回避した。


 そうやって魔物たちの頭上を幹を蹴って渡り、最後尾のスケルトンの頭蓋骨を踏んでから着地すると、その勢いを殺さず疾走。

 わたしの不安を嘲笑うかのように、骸骨の軍勢の包囲網を無傷で潜り抜けた。


「ふふん、どうよ?」


 鮮やかな逃走に得意げに笑うウルさん。けれど、それに返答する余裕はない。


「うっぷ……きもちわるい」


「ちょっ、吐かないでね!?」


 視界が揺れて吐きそう。あのアクロバットに付き合わされたせいだ。

 またあれに付き合わせてはたまらないので、すぐにでも降りて自分の足で歩きたかったけれど、今の状態では立つことさえ難しそうだ。吐き気を堪えながらぼそぼそと詠唱を紡ぐ。


「【リカバー】」


 治癒の魔術を発動させると、気持ち悪さが嘘のように引いていく。

 ウルさんの腕をタップして腕から解放してもらい、彼女の後ろについて走る。

 ちらりと振り返ると、そこには夜闇が続くだけで魔物たちの姿は見えない。すでにウルさんによって置き去りにしたようだ。


「ウルさ」


 気を緩めた瞬間、何かが風を切る音と物が爆ぜる音が連続した。

 わたしの頭部に目掛けて飛来した何かをウルさんの拳が粉砕したようだ。


「な、なんですか!?」


「投石よ。後ろだけじゃないみたい」


 すると、森の横合いから石と矢が次々と飛来する。

 ウルさんがそれらを叩き落している間に呪文を完成させ、障壁を展開してそれらを防ぐ。その間にも足を止めることはせずに、わたしたちは暗い森の中を走り抜ける。


 少し前までの静寂は嵐の前の静けさだったのかもしれない。今では森中が騒がしく、どこからともなく骨と骨がぶつかった乾いた音が聞こえてくる。

 どこに潜んでいたのかと叫びたいほどの数のスケルトンの気配が漂っている。


 そして、前方にまたしても白い骸の軍勢の影が。


「待ち伏せっ!?」


「ほんと、どっから湧いて出てきたんだか」


 呆れながらも多勢の敵を見据える彼女の表情は不敵に笑っている。視界の利かない夜の深い森で敵に囲まれながらも動揺するどころか、この絶望的な状況を楽しんでいるようにも見える。

 さすがは竜人。

 今にもあの中に飛び掛かっていきそうな獰猛な雰囲気を醸している。


 ウルさんの気迫に当てられ、わたしも敵をキッと見据えて杖を構えた。


「時間を稼いでください。わたしの【フレイムブラスト】で一掃します」


「だめ。魔法は使っちゃだめ」


 制止され、思わずわたしは硬直した。少しずつ近づいてくる敵に注意しながらも食ってかかる。


「ど、どうしてですかっ?」


「レイドも言ってたでしょ。森が大変なことになるよ」


 森の中で広範囲の火の魔術を使えば大火災に繋がる。自分たちの命が関わるような状況でもない限り、環境に大きな影響を与えるような魔術を使ってはいけないとレイド師匠だけでなく先生にも言われたことを思い出す。


「け、けど、そんなこと言っている場合ですか!?」


 今はまさにその命が関わる状況ではないだろうか。

 しかし、ウルさんは首を横に振った。


「こんな木の多い場所でそんなことしたら、こんどは魔物じゃなくて炎に囲まれちゃう。そっちのほうが余計に厳しいよ」


 指摘され、「あっ」と声が漏れた。

 そうだ。

 どうしてそんな簡単なことに気づかなかったのだろう。


「せめて開けたところに出てからじゃないと」


 どうやら、ウルさんは最初から環境への影響など考えていなかったみたいだ。それでも、現状を打破するのにわたしの提案を愚策だと棄却した。

 自分の愚かしさに口を引き結ぶわたしと周囲に視線をやると、「こっち」とウルさんが手を引いて敵のいない方へと駆けだした。


「取りあえず、戦闘は避けて街まで戻ろう」


「戦わないんですか?」


 彼女らしくない作戦に目を瞬く。敵陣に突っ込んで活路を開く、なんて普段なら言いそうなのに。


「あの数を肉弾戦で相手にするのはちょっと手間だからね。一気に殲滅できたらいいんだけど、私の能力とは相性が悪そうだし」


 振り返って後ろの敵を見つめるその顔は苦々しい。

 ウルさんの竜魔法が司るのは『毒』。生物相手なら無類の威力を誇るけど、すでに命無き敵には効果は期待できない。


 それからわたしたちはスケルトンたちを回避しながら森の中を走り抜ける。時折、石と矢が飛んでくるが今のところけがはない。

 しかし、真っすぐ森を抜けることは叶わなかった。

 待ち伏せでもしているかのように現れるスケルトンの集団を避けるのに転進を繰り返したため随分と大回りをすることになったのだ。


「何となく、見覚えがあるところまで来ましたよ」


 焼け焦げた地面と何かの燃え残りが落ちているのを発見した。ゴブリンたちを倒したところまで戻ってこれたらしい。

 けれど、わたしはまだ気を緩めなかった。

 隣に立つ彼女の表情が険しかったのもあるけれど、近くに潜む大きな気配を捉えていたからだ。


 木々の間から突進して来たそれを、わたしたちは事前に察知していたため容易に飛び退いて回避する。

 ズガンッ、と大地を砕くような衝撃が轟く。実際、それがぶつかった場所は大きく陥没していた。

 松明に照らされたその白い巨体に瞠目する。


「骨の、大蛇……?」


 そうとしか言いようのない、白骨の大蛇。

 くねる背骨は近くに生えている大木と同じくらいの厚みがあり、左右にいくつも伸びる骨はまるでムカデを思わせる。全長は一部が森に隠れているためわからないが、少なくとも十メートルは優に超えているだろう。


 大蛇は割れた地面から顔を上げると、鋭い牙が並ぶ大顎を開いてウルさんへと襲い掛かった。挙動はその姿からは想像できないほど機敏で、虚を突かれたのかウルさんは大蛇の口にくわえられ宙へと持ち上げられた。


「ウルさん!」


「大丈夫!」


 血相を変えたわたしに返って来たのは、相も変わらず余裕のある彼女の声だった。凛と響く声音に冷静さを取り戻す。


 取り乱している場合じゃない。

 なにか、わたしにできることをっ。


「モカちゃん、手出し無用だよ」


「で、でも!」


「大丈夫大丈夫。竜が蛇公ごときに負けるわけないでしょ?」


 すると、閉じられていた大蛇の口に徐々に隙間が生まれ始めた。夜目を凝らすと、力任せに大顎をこじ開けている少女の影があった。


「私は負けたりしないから、モカちゃんは早く戻って報告をお願い。できれば、応援を連れてきてくれると嬉しいかな」


「っ、わ、わかりました!」


 後ろ髪を引かれつつも、その場から駆けだした。言われた通り、街へと戻って森の現状を伝え応援を呼ぶためだ。


 わたしの足ならばあと数分で森を抜けられるだろう。街にたどり着くにはもう少しかかる。街に戻り、兵士たちに報告して、応援を連れて戻ってくるのにかかるのは、およそ一時間くらいだろうか。


 遅い。

 それでは、あまりにも遅い。

 そんなにかかってはとっくに戦闘は終わっているだろう。


 大体、どうしてわたしは一人で走っているんだ。

 ウルさんに言われたとはいえ、これじゃあ仲間を置いて逃げたのと変わらない。いや、実際そうなのだ。

 わたしは、ウルさんを置いて逃げ出したんだ。彼女が行けと言ったから、というのを言い訳にして。


 何をやっているんだ、わたしは。

 また、あの時みたいに逃げたくないから魔術を覚えたんじゃないの?

 戦うために、力を手に入れようとしたんじゃないの?


 どうして、強くなりたかったの?


 そんなの、決まっている。


「……ここで、逃げてどうするのっ」


 自分の弱さを否定し、喝を入れる。


 街に戻れば、応援は来るだろう。

 だけど、時間的にウルさんを助けられるかは怪しい。あの人の強さなら持ちこたえるのもあり得るかもしれないけれど、多勢に無勢だ。骨の大蛇やスケルトンの大群以外にも魔物が現れるかもしれない。

 現状、ウルさんを助けられるのはわたししかいない。


 なら、逃げてる場合じゃない。


 向きを180度変えるため、速度を落とした。

 そして、ウルさんの元へと駆けつけようとして、


 ガッ、と何かに躓いた。


「えっ」


 何が起こったのか理解する間もなく派手に転ぶ。両手をついて顔をぶつけるのは回避したけど、こんな時に躓くだなんてついていない。

 そして、足元を見た瞬間、血の気が凍った。


「ひっ」


 地面から伸びた白骨の手が、わたしの足を掴んでいた。


 それが何なのか、わからないはずがない。けれど、一瞬だけ脳が理解するのを拒否した。


 どうして、こんなところから?


 そんな疑問が解けるよりも先に、白い指先に力がこもりはじめた。冷たく、硬い感触が、足に食い込む。


「い、イヤッ! 放して!」


 杖で殴りつけるが、手はわたしの足を放そうとしない。

 それどころか放すまいと力が強くなり、痛みが走る。


「痛い! 痛い! 放して、放してってば!」


 叫び、何度も杖で殴りつける。数回、狙いを違って自分の足を殴ってしまう。けれど、ついにはバキッと破砕音が鳴り、手首のあたりから切り離すことに成功する。

 本体から離れたためか、掴む力はなくなったけれど、白骨の指はわたしの足に未だ絡みついていた。

 悍ましく、すぐさま取り外し放り投げる。


 足の痛みを我慢して、すぐさま走り出した。

 地面が隆起し、白い頭蓋がいくつか見え始めたからだ。

 敵を振り切ったというのは勘違いだった。

 未だ、わたしは敵の渦中にいる。


 ここはまだ安全ではない。

 顔のすぐ隣を、矢が掠めた。


「きゃっ!?」


 背後に弓兵がいる。

 木に隠れるように、遮二無二に走り回った。松明は転んだ時に落としてしまい、真っ暗な森林を五感を頼りに駆ける。

 茂みにぶつかったり、根に引っかかったりするもわたしは逃げ続けた。


 しかし、わたしは足を止めるしかなくなる。立ち竦んだ。


 気づけば、四方八方を塞ぐようにスケルトンたちに囲まれていた。

 逃げ場はない。

 味方もいない。

 光もない。


 敵に囲まれ、暗い闇の中で非力なわたしは独りだった。


「わあああああああああああっ!?」


 怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖いこわいこわいこわい――――。


 精神の均衡が崩れる。


 涙がこぼれ、身体が震えた。

 紛れもない不安。誤魔化せない恐怖。


 このままでは魔物に襲われて、死ぬ。

 嫌だ、嫌だ! 死にたくない!


「【放つは紅蓮の炎】」


 狂乱に陥りながらも、わたしの口は滑らかに呪文を唱えた。

 死にたくない。

 生き残るために、ありったけの魔力を杖に籠めた。


「【ファイアボール】」


 わたしは、特大の火球を放った。


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