44.強さを求めて
朝焼けが辺りを照らす。
車輪と馬蹄、木材の軋む音。そして酷い揺れだけだった世界に色がつく。
夜が終わり、朝が来たのだ。
荷台から去りゆく景色を振り返る。遠く離れたところに見えるのは少女の村だった。
少ししずつ、ゆっくりと、さらに故郷が離れていく。
小さくなっていく村を見つめながら、幼い少女は涙を流していた。
家族との別れを理解した。大好きなあの人には、もう会えない。
夜は終わり、朝が来た。少女の日常は、もう来ない。もう二度と。
幼き日の夢。過去の光景。少女の記憶。
そして彼女は――――
◆
わたしは弱い。今日、改めて思い知らされた。
魔術を覚え、魔法を身につけて、強くなったと思っていたのに、わたしはただ一人無様にも敗北した。
試験官の人やレイド師匠は褒めてくれたけど、少しも心は晴れなかった。
だって、結果が物語っているから。
手も足も出せず完敗してしまうくらい弱いって。
相手の人が強いのはわかっていた。それでもあそこまで完封されるとは思ってもみなかった。格上相手でももう少し戦えると思っていたのに、ふたを開けてみればあのざまだ。
二年間で築いた自信が、脆くも崩れた。
何も考えられなくて、何も考えたくなくて、帰り道の記憶もおぼろげだ。師匠に適当な相槌を打っていたのは覚えているけど、話の内容は耳に入っていなかった。
部屋に戻るとベッドに潜り込み、ふて寝した。
目が覚めると、外は真っ暗だったけどようやく少しだけ冷静になれていた。
今日の敗北を振り返り、歯を食いしばって敗因が何だったのか必死に考えた。
出たのは地力、というどうしようもない答え。
戦術も魔術のどちらにも失敗らしい失敗はなかった。わたしの最高を容易く凌いで見せた相手の試験官を称賛するしかない。
今のわたしの実力では、逆立ちしても勝つことができなかったというだけ。
「モカは弱いです……」
遅めの夕食をとった食堂の帰りに、アリーシャ様と顔を合わせた。
本物の黄金に勝る綺麗な髪に、超然とした容姿。その立ち姿は日常においても美しく、あの時に抱いた憧れを風化させることはない。
わたしの理想であり、尊敬してやまない主人。
そんな彼女と相対するのはいつもなら嬉しくてしかたないけれど、今日は例外だった。あの青い双眸は、今の見るに堪えない心の内を見通してしまう。
『どうしたの、モカ?』
『アリーシャ様……』
『……言いたくないのなら、言わなくてもかまわないわ。けど、困ったのなら彼を頼りなさい。私よりも頼りやすいでしょうし、それも彼の仕事だから』
そういって、アリーシャ様はご自分のお部屋へとお戻りになられた。
ああ、情けない。力になりたいと願った人に心配をかけさせてしまうなんて。
なんて惨めなんだろう。
それもこれも、わたしが弱いからだ。
心配されない強さを。
力になれるだけの強さを。
あの人たちと肩を並べられるだけの強さを。
そして、捨てて逃げるしかなかった愛しき故郷を取り戻せるだけの強さを。
一刻も、一秒でも早く欲しい。手に入れたい。
いつまでも無力に泣いていたくない。弱いままでいいはずがない。
「モカは弱いです……でも、弱いままなのは嫌なんです」
「弱いかなぁ?」
後ろを向きながら前を歩くウルさんが首を傾げた。器用なことに一度も人や物にぶつかっていない。
居ても立ってもいられず衝動のまま屋敷を飛び出してきたら、いつの間にか彼女はついて来ていた。
何しに行くのか尋ねられて咄嗟に「修行」と答えると、喜々として「一緒に行く!」と言われてしまった。あそこでつまらない回答をしていれば上手く追い返せたかもしれない。
それから、「なんで修行しに行くの?」と聞かれたためわたしなりの回答をだしたのだけれど、どういうわけかウルさんの納得は得られなかった。
「レイド達も言ってたけど、実力はあると思うよ」
「それって、年齢の割には、ですよね?」
13歳にしては強い。その強さは実戦でどれほどのものなんだろう。
ここ数日で、わたしでも魔物を倒せるくらいの力があるのはわかっている。でも、その倒した魔物はゴブリンなど弱いものばっかりだった。
ベイルラントがスタンピードにより、その土地の大部分を魔物に占領されてもう四年になる。魔物の多い土地というのは、それだけ生存競争が激しく強くなりやすいと聞いたことがある。アリーシャ様の話でも、ベイルラントには強い魔物が多く見つかっているらしい。
わたしは、そんな魔物たちと渡り合えるほどの強さを身につけているのだろうか。
……わたしには思えない。周りの評価も、子供に対する慰めにしか聞こえないよ。
「モカはまだ、任務に必要な強さに届いていないんです。年齢がどうのなんて、関係ありません」
「じゃあ、モカちゃんはどれくらいの基準を目指してるの?」
「それはもちろん、ケイトさんやヨハンさんくらいです!」
「おおう……」
二人の名前を挙げると、ウルさんは変な声を漏らした。
「無理だと思いますか?」
「あの二人はちょっとおかしいからねー……」
遠い目をして失礼なことを言うウルさん。だけど、その気持ちはちょっとだけわかる。
「あのレベルに達するのは不可能だとは言わないけど、ちょっとやそっとじゃあたどり着けないよ」
「わかってます。でも、あの人たちがモカの目標なんです」
アリーシャ様達に出会ったのは二年前のことだ。村を追いやられて避難してきた街での生活に馴染み始めたころ、またしても魔物たちの侵攻に遭った。
その時の防衛の指揮を執ったのが、偶然にも街を訪れていたアリーシャ様であり、彼女の私兵であるケイトさんとヨハンさんの参戦でほとんど被害を出すことなく魔物の軍勢を殲滅してしまったのだ。
わたしの瞳の奥には当時の光景が今でも焼き付いている。
鮮烈だった。
故郷を失い、漫然とした生活を送っていたわたしに、あの時激しい熱が生まれた。
あんな風に戦いたい。
あの時はなにもできなかった。何をすればいいのかわからず、大人に言われるまま逃げるしかなかった。
わたしも、最後まで村に残った人たちのように、最後まで戦いたかったのだと、ようやく自分の気持ちに気がつけた。
気づいた時には、すでにわたしはアリーシャ様に話しかけていて、いつの間にかアリーシャ様の元でお世話になることになっていた。なつかしい。
それから、ずっとあの人たちのようになれるように努力してきた。
けど、その努力は未だに実っていない。
「目標にたどり着くためにも、もっともっと頑張って強くならないといけないんです」
そうだ、わたしはまだまだ強くならないといけない。
もっと努力を重ねないと、追いつくどころか置いて行かれてしまう。
今のままではいけない。今以上の何かが、わたしには必要。
「なんか、大変そうだね。でも、それって……あ、門のとこまで来ちゃった。どうするの?」
後ろ歩きをやめて、城門を眺めるウルさんは首を傾げる。
街の城門は夜になると閉まってしまい、許可証を持たない者は出入りすることができない。
「修行っていうから街の外に行くのかと思ってたんだけど、これじゃあ行けなくない?」
「いえ、大丈夫です」
わたしは首から下げていた記章を取り出して門番に見せる。最初は訝しんでいたけど、記章を確認した途端、目を見開いてすぐさま準備に取り掛かってくれた。
そんな泡を食った門番たちの様子を見てウルさんはぽかんとしていた。
「え、いいの? なんで?」
「リオネス家の威光です」
「リオネスってアリーシャちゃんの家名だよね? 有名なの?」
「有名も何も、この国の公爵家ですよ」
「それってすごいの?」
「……もういいです。少なくとも、ゴーシュ先生の家よりも偉いです」
「へー」
こういうところで、ウルさんが人間社会に疎いのだと実感する。
そもそも、王都に来てまだ一年も経っていないんだっけ。
ベイルラントにいた頃は、そういえば貴族の名前なんてわたしも碌に知らなかった気がする。
「ウルさんも、貴族関係の勉強をしないといけなくなるかもしれませんよ」
「うへっ」
立ち話をしているうちに、門番に案内されて衛士用の出入り口に通って街の外に出る。理由も聞かず、目立たない出入り口を利用させてくれるのは、公爵家の人間だから気を利かせてくれたのだろう。
アリーシャ様が利用できるときは好きなだけ利用しろと言うわけだ。公爵家様様である。
「で、外に出れたけど、どこにいくつもり?」
「言ってませんでしたっけ?」
わたしに何が足りないのか考えた末、すぐにでも手が届きそうなものが二つあった。
まずは、実戦経験。
これは今日模擬戦をやってみて実感したことだ。
今までの戦闘訓練は先生に手加減されるか、一方的にやられるか。レイド師匠との杖術の訓練。三人でやった魔物の討伐くらいしかない。
ガンツさんとの模擬戦で固まってしまった場面もあったし、圧倒的に戦闘経験が不足している。誰かの指示の下で戦うことが多かったので、咄嗟に自分で判断できないところがわたしにはある。そこを何とか矯正したい。
もう一つは、ズバリ攻撃手段。
わたしの使える攻撃魔法は二つだけど、【フレイムブラスト】は広域魔法だし、詠唱も長い。実質、普段の戦闘で使えるのは【ファイアボール】だけということになる。これは流石に手札が少なすぎる。
杖術も、習い始めたばかりでまだ実戦で通用するものではない。こればっかりは一朝一夕で身につくものではないので努力を続ける以外どうしようもないことだ。
なので、取りあえずわたしは手持ちの魔法を増やそうと思う。
「ソアラさんたちが言っていた迷宮を探しに行こうかと」




