42.Fランク昇格試験 後編
「オラァ!」
「ハッ!」
木製の剣同士がぶつかり合い、乾いた音が絶え間なく続く。
モルロが医務室に連れていかれると、程なくして俺とサイラスの試合が始まった。
規定上仕方なく試験を受け直しているが、俺がCランクの実力を持っているのはサイラスも知っているため、当初はお互いに軽く流すということで合意していた。
そう、当初は。
「死ねぇっ! レイド!」
「お前が死ね!」
現在は互いに罵り合いながら木剣に闘気ではなく殺意を乗せて、全力で相手をねじ伏せにかかっていた。
というの、糞サイラスが全部悪い。
いつもの調子で軽口を言いながら木剣を振り回していると、汗が滲みだしてきた辺りでそろそろ切り上げようということとなった。
模擬戦のルールでは、真剣の戦いであった場合に致命傷またはそれに準ずる傷を負った方が負け、というものが設定されている。
ダメージの具合は審判か担当の試験官が判断する。軽い一撃でも、試験官が判定を下せばそこで試合は終了だ。
なので、俺は言った。
「「試合終わらせるために一発当たってくれよ」」
腹の立つことに、一字一句違わずサイラスも同じタイミングで言ったのだ。
そこから戦いは苛烈さを増していった。
「軽く殴られるだけの簡単な仕事だろ? 早く殴られて試合を終わらせようぜ?」
「嫌だね。なんで俺が殴られる側なんだよ。殴られて終わりなんて腹立つだろが」
「俺もお前に殴られて終わりなんて嫌だね。それに、職員が冒険者に花持たせてくれてもいいんじゃないのか? たまには年上らしい懐の深さを見せてくれよ」
「俺の仕事には冒険者の慢心を諫める役割もあるんだぜ? 生意気な冒険者を叩き伏せるのも仕事のうちさ」
「は?」
「あ?」
さっさとぶん殴られればいいものを、下らない意地を張ったサイラスのせいで試合が長引くこととなった。互いに相手に一撃を加えようと、鬼気迫る攻防を繰り広げている。
一方で舌戦も継続中だ。
「この前飯奢ってやっただろうが! その借りを今返せ!」
「ふざけんな! それよりも前に何度か博打で擦ったから金貸してくれって泣きついてきただろうが! お前に借りなんてねぇんだよ、寧ろお前が即刻利子つけて全部返せ不良職員!」
「う、うるせぇ! 最近、可愛い女の子を連れまわしていい気になってんじゃねぇぞ! ギルド内の男たちの嫉妬と怨念の分だけ殴られとけ!」
「知るかボケ! 大体、テメェ既婚者だろうが! 奥さんに文句あるなら伝えといてやるぞ! また浮気がばれた時みたいに家から叩き出されても知らねぇけどなっ!」
「ぐ、ぐぬぅ!?」
「……押されっ放しだぞ、サイラス」
「こんな時だけ喋んじゃねぇよガンツ!」
サイラスの弱みはかなり握っているので口では俺の方が断然有利だ。しかし、言い合いで負かしていても、戦況は拮抗した状態が続いていた。
互いに武器は木剣が一振りで、俺もサイラスも本来のスタイルではない。それが膠着の原因でもある。俺は片手武器と盾が慣れた装備であり、サイラスは本来は槍を得意としている。
いつもの装備であれば、すぐにサイラスから一本取れていた。
「クソ、槍なら速攻で負かしてやれるんだがなっ!」
「それはこっちのセリフだ!」
剣だけでなく、拳や蹴りなども混ざりはじめ、徐々に泥仕合の兆しが見え始めてきた。しかし、それでもこちらからやめるつもりなど毛頭ない。
長期戦になりそうだ、と舌打ち混じりに額を狙って木剣を振るうが、防がれローキックが飛んでくる。こちらも蹴りで応戦し、密着しそうなこの距離を仕切り直すため、牽制に剣を振るう。
サイラスが防御姿勢を取った隙を見逃さず、素早く後退する。
「この野郎っ、腕を上げやがって」
忌々し気にこちらを睨むサイラスも、早く勝負をつけたかったのだろう。あろうことかズルに走った。右の腕輪に淡い光が灯る。
「だが、こいつで終いだぁっ」
「てめっ、Fランクの昇格試験で魔道具使う奴があるか!」
「うっせぇ! さっさと負けねぇテメェが悪いんだろうが!」
「審判! 反則反則!」
「……いや、別に反則では、ない」
ガンツは呆れながらも違反ではないというジャッジを下した。
あの腕輪は身体強化の腕輪だ。俺がアリーシャ様から借りた物よりも数段劣る市販品で、強化率は悪く、使用限界時間も短く、劣化も早い。しかし、冒険者が切り札として使うには申し分ない代物でもある。
そんなものをFランクの昇格試験で使う試験官はいない。身体強化した相手と対等に戦えるやつの実力がFランクではないからだ。俺だと思って嵌め外してやがるぞこのオッサン!
「いくぞ!」
先ほどまでより数段速い踏み込み。そこから繰り出される連撃。生半の冒険者では捌くのは難しいだろう。
一撃一撃が重い。本来の得物ではないとはいえ、サイラスはBランクにまで届くと言われていた実力者だ。下手な冒険者よりも熟達した剣裁きだ。だが、
「あぁんっ!?」
俺はさらに上の剣を知っている。毎朝、その剣を受けている。赤髪の騎士の剣はもっと速く、重く、冴えていた。
ヨハンの剣術を知っている俺からすれば、サイラスの剣は温過ぎる。
凌ぐくらいは簡単だ。
「レイド、テメェ……」
「そっちがその気なら、俺も本気でやってやる」
身体強化。つい先日習得したばかりの武技を使い、魔力で満ちた俺の身体はサイラス以上の能力を発揮する。
攻撃を防いだサイラスの木剣は砕け、そのまま左肩を打った。
「それまで!」
ガンツが試合終了を告げる。
結果は俺が勝ち、これで俺はFランクへの昇格が決まった。
「いってぇなぁ……負けちまうしよぉ……」
「ちゃんと勢いは殺したぞ」
木剣を粉砕したことで、俺の剣の速度は削がれていたし、当たる直前で力も抜いた。じゃなきゃ、今頃サイラスの肩が砕けていたはずだ。
「というかサイラス、魔道具なんて使うなよ。ずりぃだろ」
「それでも負けちまったけどな。お前もいつの間に身体強化をマスターしたんだよ?」
「ついこの間」
身体強化を習得してからも鍛錬を続けていて、剛剣も同時に使えるようになった。武技の同時使用は結構難しいのだが、練習の成果かやってみると何とか上手くいった。
「はあ、少し見ねぇうちに強くなりやがって。……今のお前ならBランクまで行けるんじゃねぇか?」
「サイラス……」
「前よりいい顔つきになったと思うぜ、お前」
俺の肩を叩き、サイラスは審判を交代するためにガンツの方へと歩いていく。俺は彼の背に声を掛ける。
「そんな意味深なこと言っても、先に魔道具使ったこと誤魔化されたりしねーからな!」
サイラスは「ぐぬっ」とうめき声をあげ、こちらを忌々しそうに睨んでいた。知るか、大人気ない大人め。
◇
「師匠、カッコよかったです!」
それだけ言うと、俺と入れ替わるように修練場の中央へと走っていくモカ。やはりなかなか可愛げのある弟子である。あまり師匠らしいことはしてやれていないけど。
「お疲れさま。楽しそうだったね」
「そうか?」
「私には二人がじゃれ合ってるみたいに見えたよ?」
じゃれ合い、ねぇ。
ウルシの見立ては間違ってはいない。久しぶりの友人との再会に浮かれて、どちらも遊び心が出ていた。サイラスの魔道具はやり過ぎだけど。
少しはっちゃけすぎたな。
試験なのだから真面目にやれというやつもいるかもしれないが、Fランクの試験なんて簡単すぎて退屈なのだ。模擬戦くらい楽しませてほしい。
「さて、次で最後か」
「モカちゃん勝てるかな?」
「どうだろう」
実力的に言えばモカはFランクなんて超えている。ただ、この模擬戦で勝てるかどうかは別だ。サイラスが言っていたが、模擬戦では試験官が負かしに来るからだ。勝たせて天狗にさせるより、負かしたほうが成長につながる、という理屈なんだと。
魔術師が一対一で勝つのは難しいだろう。何より、相手はあのガンツだ。
「試合開始ッ!」
準備はすぐにできたのか、開始の合図は思いのほか早く告げられた。
モカは魔法の準備に取り掛かりながら、後方へと走り出した。獣人らしいなかなかの健脚ぶりだ。
しかし、それを追うガンツの速度はそれ以上だ。
「【ファイアボール】」
モカが突き付けた杖の先から火球が射出される。しかし、ガンツはそれを難無く回避して見せた。
「やっぱり、あの人が一番強いね」
「ああ」
モルロとサイラスの最終ランクはC。三人の中でガンツだけ唯一のBだ。
モカが何度もファイアボールを放つが、ガンツはそれをすべて回避して、じりじりと彼女との距離を詰める。
そして、ガンツが間合いに捉えた。
「【ガードウォール】!」
二人の間にガラスのような半透明の魔力壁が形成される。ガンツの木剣が弾かれ、バリンッと音を立てて魔力の壁が砕け散る。
わずかに生じた隙を、彼女は見逃さなかった。
「くらえ!」
杖を振り下ろすと、その動作に連動するように落下してくるいくつも火球。遠目にもこれにはガンツも驚いているように見えた。
モカは回避された火球を消すことなく、天井付近で待機させていたのだろう。放った魔法を維持しておくのが高度な技術であることくらい、素人の俺でもわかる。
上方より迫る連続攻撃。
相手がモルロやサイラスならば、これで決まっていただろう。
「ハアッ!」
一声と共にガンツは木剣を火球へと叩きつける。普通の木剣なら燃えてしまうだろうが、彼の木剣は火球を切ったところで焦げ一つついていなかった。
武技【剛剣】。剣を頑丈にするだけの技だが、修練を積めば魔法にすら耐えうる。
次々と火球を切り伏せるガンツに、今度はモカが驚かされることとなった。彼女はこれで決めきれると思っていたのだろう。しかし、切り抜けられるのはすぐだ。
「やあっ!」
後退してもすぐに追いつかれると踏んだのか、モカは逆に近接戦を挑んだ。火球を対処しているガンツを別方向から攻めるのは間違ってはいない。
しかし、それでも彼には届かない。
最後の火球を叩ききったガンツは、そのまま迫ってきた杖を弾き返す。
モカには簡単な杖術を教えはしたが、本職の戦士には児戯に等しい。
「【ファイアボ】」
「見事だ」
近距離で魔法を行使しようとしたモカだったが、ガンツにより彼女の手から杖は吹き飛ばされた。
剣先が少女の喉に据えられたところで試合は終了した。




