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41.Fランク昇格試験 前編

 解体と採取の指導を続けていると、すぐに試験の日はやってきた。申請したのが数日前だったので、早いのは当たり前なんだけど。

 たった数日の詰め込み式の指導だったが、二人とも下地がある程度あったため、短い期間であっても合格ラインを超えるくらいの技量はすぐに身に着けてくれた。


 遺憾なく指導の成果を発揮してくれたおかげで、俺たちはもうすぐ試験の三分の二を終えようとしていた。


「――こちらが提示した素材の採取を確認しました。全員二次試験合格です」


「やったぁ!」


「えへへ」


 素材の鑑定を終えたロイドが無邪気にはしゃぐ二人を見てにこやかに書類に判を押す。

 少女たちが喜びあう光景は微笑ましい。俺としても指導した二人が通ってくれたことは素直に嬉しいと感じる。

 同じパーティなのにあそこに加われないのが少し悲しいけど。


「お前ももっと喜べよ、レイド」


「失笑必至だろうが」


 Cランクだった俺があんな風に喜べば、周りから「お前は通って当たり前だろうが」とツッコミと共に笑い者にされることだろう。


「というか、俺だけ試験中別行動させられるってどういうことなのサイラスさんや?」


「普通のパーティみたいにさせたら、全部お前がやっちまうかもしれねぇだろうが。能力を見るための試験なのに、お前がいたら嬢ちゃんたちの実力が測れねぇだろ」


 今回の試験監督として同行してくれたのは、厳つい相貌で有名なギルド職員のサイラスだ。サイラスの言うことも一理あるかもしれないが、本音は別だろう。


「それなら俺が口出ししないように注意するだけで済んだだろう。わざわざ俺だけ十メートル以上離されて行動させられる意味が分からないんだが」


「いつも可愛い子を侍らせてるお前への嫌がらせだが、それがどうした?」


「開き直りやがった!」


 このクソ野郎め。お前のせいで、二人の活躍がちゃんと見られなかったじゃないか。気分は運動会で子供の出番を見逃した親のような状態だ。

 変な嫉妬してんじゃねぇよ、既婚者が。


「しかも、俺に対してだけ細かく難癖つけてきやがって。気が散ってしょうがなかったぞ」


「採点に関しては普通につけたぞ?」


「試験官が妨害してきたって言いつけてやろうか?」


「誰も取り合わんと思うがな」


 法整備も整っているとは言い難いこの世界。冒険者ギルドでもこういうなあなあな部分が見過ごされがちだ。きっと組織が腐敗しているに違いない。

 ああ、くそっ。なんでサイラスが担当なんだよ。


「お前にとっちゃあお遊びみたいなもんだろ? 落ちやしないんだから、茶々入れたくらいでそんな怒んなよ」


「……まあ、そうだけどさぁ」


「最後の戦闘試験だが、今からするか? 休憩取ってからでもいいけどよ」


「俺は今からでも大丈夫だ。二人はどうだ?」


「模擬戦? 今から? やるやる!」


「疲れてないので大丈夫です」


 離れていた二人に声を掛けると、元気そうな返事が返ってきたので問題なさそうだ。ただ、モカは一番体力が少ないので、順番は後回しにした方がいいかもしれない。


「うんじゃ、訓練場に移動するぞ。ついてこい」


「皆さん、頑張って来てくださいね」


 ロイドに見送られて、俺たちはサイラスの後ろについて訓練場まで移動を開始する。訓練場は今回のように試験で使用される以外にも、普段は冒険者の訓練施設として解放されている。新米が戦闘訓練を受けるのに利用されるのもここだ。


 訓練場は二部屋存在し、俺たちが使うのはそのうちの一つだ。

 入室した訓練場には俺たちより先に二人の人物が待ち構えていた。彼らが俺たちの模擬戦の相手を務めてくれるのだ。


「どっちが相手してくれるの? それとも二人が交代でするの?」


「俺も含めてそれぞれ一対一でやるつもりだ」


「三人って、Fランクの昇格試験にしちゃあ豪勢なこった」


 Fランクの試験なら模擬戦を行う試験官は、参加人数にもよるが受験者が三人なら一人が普通は行う。


「お前らを一人で受け持ったら体が持たねぇよ」


 そう言ってサイラスは苦笑いを浮かべる。どうやら受験者の技量によってギルド側も対応を変えるようだ。まあ、そうだろうな。

 採取と解体の試験は終えたので、残すところ後は戦闘試験のみだ。

 彼らを叩きのめせば無事にFランクに昇格できる。叩きのめせなくても、相応の実力を示せれば合格だ。

 この三人なら問題はない。


「紹介しよう。今回のお前らの試験官を務めるモルロとガンツだ。俺を含めた三人が一人ずつお前らの相手をする」


「ガンツだ」


 俺は全員顔見知りだが、ウルシとモカは初めてなのでまずは自己紹介から始まった。しかし、俺のときよりも進行が丁寧なのは気のせいだろうか。Cランクの昇格試験のときもサイラスが受け持ってくれたのだが、もっと適当だった気がする。いや、確実に雑だった。

 やはり女子がいると態度が違うぞ、このオッサン。


 スケベ心が透けて見えるオッサンとは逆に、渋い巌のようなまさに頼れる漢といった風体のガンツが手短に名乗る。ガンツはもうちょい喋ってもいいと思う。自己紹介があまりにも寂しい。

 盛り上げ役は次のモルロに期待しよう。


 しかし、ガンツが名乗り終わっても隣のモルロの声が一向に聞こえてこない。


「……」


「おい、モルロ! お前の番だぞ!」


「お、おうっ!?」


 サイラスに怒鳴られてようやく反応を示したモルロのだったが、その声は若干上擦っていた。

 いつも陽気なモルロにしては珍しい光景だ。顔もなんだか赤い気がするし、体調がすぐれないのかもしれない。


「大丈夫か、モルロ?」


「おうっ! まかせとけ!」


 体の調子を尋ねたはずなのに、どこかすれ違った回答が返ってきた。まあ、元気ならいいんだけど。

 そんな風に安心したのも束の間。


「オレの名はモルロと言います! どうかオレと付き合ってください!」


「……はい?」


『…………は?』


 なぜかいきなりウルシに交際を申し込みやがった。



   ◇



 唐突な告白に誰もついていけなかった。そんな中、いち早く我に返ったのはサイラスだった。


「一目見て貴女のことが好きになりました! どうかオレと結婚して下さい!」


「おい待て馬鹿。俺は自己紹介白って言ったんだよ! 誰が告白しろなんて言った!」


「好きです!」


「聞け!」


 暴走を続けるモルロの頬に、サイラスの怒りの拳が直撃した。壁際まで吹っ飛んでいく馬鹿を見届けたところで全員が正気に返った。


「え、なにあれ?」


 やはりというか、一番困惑したのはウルシだった。開口一番にプロポーズされればそりゃあ驚くだろう。モカはちょっと引いていた。

 俺も虚を突かれたが、さっきの行動がやつの病気であることに思い至り頭が痛くなった。


「なにって……愛の告白だよ」


「えっ、それって初めて会った人に言うものなの?」


「言わねぇよ、普通」


 人間社会に疎いウルシでさえ非常識だとわかるくらいだ。一目惚れくらいならあり得るだろうが、ナンパだとしても初対面でいきなり告白をかますやつはいないだろう。


「あいつはな、馬鹿なんだよ。お嬢ちゃん」


「ああ、馬鹿だな」


「馬鹿だ」


「えぇっ……」


 男たち三人の見解は見事に一致。理由は簡単。モルロは馬鹿だからだ。

 まあ、馬鹿は馬鹿だが、あの言動にもある原因がある。


「モルロはな、可哀想な奴なんだ」


 ひと昔前のことだ。彼は故郷を飛び出し、冒険者として各地を旅していた。そしてモルロはある日王都にやってきた。


 そして彼女に出会った。


 彼女は花屋の娘であった。娘を一目見て恋に落ちたモルロは、すぐさま彼女の元に駆け寄りその想いの丈を口にした。


「今と変わらないじゃん」


「しかも失恋の話ですよね、それ」


「まあ待て。話はこれからだ」


 モルロの告白を受けた娘は困った表情を浮かべ、こう言った。


『貴方は冒険者ですよね。安定した職業ではないのでちょっと……』


『わかった、安定した職だな!』


 それからモルロは奮起した。当時、Eランクの冒険者でしかなかった彼は安定した職業を手に入れるために奔走する。

 しかし、なんの伝手もないモルロには王都で職を見つけることは困難を極めた。諦めず仕事を探し続けたモルロは、ついに冒険者ギルド職員という光明を見出した。


「冒険者なら最初に気づきませんか、それ?」


「言ってやるな」


 そこからのモルロはすごかった。瞬く間にランクをCまで上げ、ギルド職員の採用試験にも見事に合格を果たす。その期間なんと一年。

 そうして、一年前とはまるで違う立場を手に入れたモルロは再び彼女の元に訪れた。

 そう、変わらぬ愛を伝えるために。


 しかし、彼を待ち受けていたのは非情な現実だった。


『ごめんなさい。私、結婚したんです。……半年前に』


 なんと娘はすでに別の男と結ばれていたのだ。そして夫の職業は、騎士。

 しかも、その騎士は彼女の幼馴染であり、自身の騎士になるという夢を叶えるとすぐに娘を迎えに来たらしい。昔から二人は両思いだったのだ!


 そして、その騎士の男は騎士団に入るために武者修行として冒険者をしており、騎士になる前まではBランク冒険者として名を馳せていた。

 外見も整っていて、年はモルロより一つ下であった。あらゆる面でモルロは敗北していた。勝てる要素が一つもなかった。


 こうして、モルロの恋は終わった。


「しばらくして、モルロは気がついた。彼女には自分より先に男がいた。ならば、手遅れになる前に、自分が誰よりも先に気持ちを伝えればいい、と」


「……そういう問題ですか?」


「違うな」


「言っても聞きやしないんだよ、あいつ。しかも、あいつが好きになる女ってのが、大抵他に好きな男がいるんだよ」


「うわぁ……」


「ある意味見る目がないというのか。まあ、可哀想な奴なんだよ」


「ないのは女性との縁なのでは?」


「モカちゃん、それは言ってはいけないよ」


 取りあえず、モルロが惚れた相手にすぐさまプロポーズする迷惑な男ということさえ覚えておいてくれたらいい。そのことさえ目をつぶればいい奴なんだけど……。


「で、どうすればいいの、私?」


「逆にどうしたい? オッケーしちゃう?」


「ないかな、弱そうだし」


 哀れ、モルロ。


「私は、私より強い人が好みなの」


「とても竜人らしい好みだと思います」


 ウルシより強いのって、身近なところだとヨハンとかか?

 うーん、ウルシとヨハンの組み合わせってなんかしっくりこないなぁ。


「返事が『ノー』なら、それを伝えて徹底的に叩きのめしたらいいと思うぞ」


 何せ、やつはしつこい。

 遠回しに断っても一年後には職を引っ提げて戻ってくるくらいにしつこい。

 やるならわかりやすく、一撃で決めるが吉だ。



   ◇



「ほほほほほんとうにいいんですか!?」


「うん。私に勝ったら付き合ってあげる」


「ひぃやああああああああああっふぅうううううううううあっ!」


 ウルシの返事に奇声を上げて喜ぶモルロ。もう勝った気でいるのか?


「……条件付きでも『イエス』が返ってきたことが一度もねぇんだよ、あいつ」


 ……モルロぉ。


 数分ほどでモルロが目を覚ますと、対戦カードはすぐに決まった。


 ウルシ対モルロ。

 俺対サイラス。

 モカ対ガンツ。


 サイラスとガンツはウルシの対戦相手を快くモルロに譲った。俺たちの中で一番やり合いたくないのはウルシであると彼らは正常に判断していた。

 浮かれたモルロだけが、彼女の実力を測り損ねていた。


「悪いな、レイドっ! 横取りしたみたいになっちまって!」


「お、おう。そうか」


 何言ってんだあいつ。

 ウルシとは仲がいいつもりだが、別に俺たちは恋人でも何でもない。

 なんというか、手のかかる妹みたいな感じだ。

 それで横取りもクソもないんだけど、今のやつは面倒くさいから放置でいいだろう。


「…………はあ」


「ウルさんは強い男が好みなんだよね? こう見えて、オレって結構強いんだよ。一応、Cランクまで行ってたけど、冒険者続けてたら今頃Aランクにはなってたかな!」


「…………そうなんだー」


「まあ、レイドよりは強いのは確実だね!」


「…………」


 どうしよう。

 戦いを前にしているというのに、いつになくウルシさんのテンションが低い。

 でもやる気がないようには見えなくて、それが逆に怖いっていうか……。


「も、もう始めちゃってください」


 獣人の勘が働いたのか、モカもウルシの様子に悪寒を感じているようだ。

 いや、よく見るとサイラスとガンツの顔色も悪い。つまり、モルロ以外の全員がこのプレッシャーに気づいている。


「よーし、やるぞー!」


「……」


 気合十分なモルロに対してウルシは、無言。


「し、試合開始!」


 サイラスの少し詰まった開始の声が合図だった。


 電光石火で接近したウルシの拳が腹部を捉え、モルロの身体が宙に浮く。浮くというよりは飛ばされたというべきか。なにせ地面から二メートルほど離されたのだからそちらのほうが表現としては適切だと思う。

 さらにウルシは彼の足を掴み、何度も回転して遠心力で勢いを乗せた上で放り投げた。


『うわぁ……』


 何度かバウンドし、ズザザザザッと音を立てて地面を滑りながら訓練場の端の壁に激突したモルロの姿を見て、思わず一同からまったく同じ声が漏れた。

 どれだけ鬱憤が溜まってたんだっていう戦いぶりだった。容赦の欠片もない。


「口ほどにもないね。全然弱い」


 自業自得とはいえ、無残な敗北をモルロに突きつけたウルシ。

 開始から十秒と経たず、彼女は最後の試験に見事合格したのだった。


ウルシの相手はすぐに終わって短くなりそう、と思って膨らませていった結果。

どうしてこうなった……

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