40.試験の予習
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
ボードに張られている中から依頼書をいくつか見繕う。
女性の立つ受付には男の冒険者が行列を作るので、一か所だけ閑古鳥の鳴いているロイドのところにいき依頼書の束を置いた。
「これを頼む」
「ほーい。いち、に…………七枚か。多いですね」
「ダメか?」
「いえ、むしろ助かります」
騎士団が軒並み魔物を狩ってしまうため討伐系の依頼は激減しているが、祭りが近づいているため、採取・護衛・運送・雑用の仕事は増加している。ボードにも埋め尽くすように依頼書が張ってあった。俺が取ってきたのもすべて採取系だ。
「この傾向だと、今日は南の方ですか?」
「ああ。ついでにまだ張り出されてない他の依頼はないか? できれば討伐系がいいんだけど」
「山賊狩りは少し前にソアラさんが持って行ってしまいましたね。採取系なら良さそうな依頼は三つほどありますけど」
「そうか。ならそれも頼む」
同時に大量の依頼を受注するのはあまり褒められた行為ではないが、ロイドは止めようとはしない。
他の冒険者の仕事を奪わないようにとか、多すぎる仕事は手に余ったりするからなのだが、今は仕事が山のようになるし、元Cランクの俺がG、Fランクの仕事でキャパシティを超えることはない。
十の依頼の手続きは速やかに終了した。
「あと、昇格試験を受けたいんだけど、次はいつだ?」
「明日ですね。その次は五日後です」
明日は流石に無理だな。
「五日後で」
「承りました」
冒険者ランクを上げるには定期的に行われる昇格試験に合格しなくてはならない。
上の階級の依頼を模したいくつかの試験を通過すれば晴れて昇格。ランクアップだ。
実に単純。そして、俺は一度合格しているのでとても簡単だ。
Fランクへの昇格試験は解体、採取、模擬戦の三つだ。どれもベリーイージー。
戦闘力に関しては二人とも問題ないので、数日で解体と採取をマスターしてもらえば全員Fランクだ。
一か月以内にEランクに到達すること。
この調子ならお嬢様の言いつけを何とか守れそうだ。
◇
郊外の南にある森にやってきて、「その薬草は根の色を見て」だの「この実は割れやすいからこう取って」と昇格試験で課題にされそうなものを中心にウルシとモカに採取の指導を行う。
モカも不器用なわけではないので少しずつ上達している。しかし、採取に関するウルシの嗅覚は凄まじかった。
毒の有無だけでなく、取ってくるのは一番上質なものばかりだったし、選別は俺よりも上だと言わざるを得ない。
ウルシが楽しそうに採取している隣で、モカが悔しそうにしている光景が午前中はずっと続いた。
しかし、解体になると立場が入れ替わる。
騎士団が大規模に間引きしているからと言って、この地域から魔物が根絶されたわけではない。
数は減っているが森の中や岩場など、探せば見つかるものだ。
獣型の魔物を数体狩ると、二人に解体の仕方を教えた。
「ウル、力入れすぎ」
「えっ?」
魔物の解体は力作業だが、何でもかんでも力を籠めればいいというわけではない。手順や刃の入れ方など最小限の力で綺麗にできる方法はある。
しかし、普通なら硬くて刃が止まってしまうようなところでも、ウルシは竜人の馬鹿力で強引に突破してしまう。そのせいで、ウルシが解体した肉や毛皮はぼろぼろ、というか汚いのだ。
「モカを見習え。めちゃくちゃ綺麗だから」
「えへへ」
モカは慣れた手つきで次々と魔物を解体していく。称賛すると頬がわかりやすくにやけていた。
「小さい頃に村で教えてもらったんです」
子供に結構な重労働させるなぁ、と思ったがモカは獣人だ。子供でも人族の大人に負けない力を発揮できるので、解体なんて力仕事のうちに入らないのだろう。
しかし、本当にうまい。力だけでなく技術も併用しているので、俺がやるよりも早いかもしれない。
あれ、もしかしてこの中で素の力が一番弱いのって俺か?
「冒険者ってこんな面倒なことしないといけないの?」
「基本技能だな。たいていの場合はギルド傘下の解体屋に頼んでやってもらうけど」
「じゃあ、やらなくてもいいんじゃない!?」
「座れ馬鹿。ナイフを放り投げるな阿呆」
自分だけが上手くできず苛立っていたようだが、強めに叱るとしゅんっとなってナイフを拾ってきてもう一度座り込んだ。
「確かに専門家に頼んだ方が綺麗に解体してくれるし、買い取った素材を売りに出しているギルドも持ち込みを推奨している。けど、持って帰れない巨体の魔物だっているし、野営の際の食料調達には覚えておいた方がいい技能だ。なにより自分でやった方が手数料がかからない分、上達すれば稼ぎが増える」
「なるほど」
冒険者の起源は傭兵と狩人と探索者が入り混じったものと言われていて、それらの基礎技能くらいは身につけないといけない。寄せられる依頼の多様さからわかる通り、冒険者には様々な技能が求められるのだ。
「一番の理由は『試験にでるから』だけどな」
一月以内にEランクになってもらわないと俺が困る。
「採取・解体・戦闘の三つですよね」
「冒険者なんだし模擬戦だけでいいのにね」
試験という言葉を聞いて、モカの顔は若干強張り、ウルシは憂鬱そうに溜息を吐いた。
「戦闘だけが冒険者の仕事じゃないからな。まあ、二人とも難しい顔してるけど、所詮Fランクの昇格試験だから心配するようなことはないと思うぞ」
「そうなんですか?」
「採取と解体は基本ができてれば問題ない。一番手こずる戦闘試験もお前らの力量なら余裕だろう」
Gランクは冒険者として半人前どころか見習いと呼ばれるが、それは冒険者としての基礎技能を身に着けていないが故だ。末端とはいえ、冒険者として扱われるのはFランクからで、Gランクは言ってしまえば研修期間だ。
普通なら、冒険者登録したGランクの新人はギルド職員や彼らに紹介された先輩冒険者から指導を受ける。街の雑用依頼をこなしつつ冒険者としての技術を学び、だいたい二,三か月くらいでFランクになる。
そして、どの昇格試験でも鬼門となるのが戦闘能力試験だ。これだけはどのランクでも共通して行われ、ここで落とされる者は多い。しかし、Fランクの試験など求められるのは素人が数か月の訓練で身につけられる程度のものでしかない。
このパーティで一番心配のいらない分野だ。
「つまり、他の二つをさっさとできるようになればすぐにFランクになれる」
彼女たちの場合、環境も恵まれている。
普通なら生活費を稼ぐために雑用依頼を日にいくつかこなさないといけないので、練習に割ける時間がなかなか取れない。また指導者がずっとついていてくれるケースも稀だ。生活が保障され指導者が付きっきりなんてお忍びの貴族と同等の厚遇である。イージーすぎる。
「問題はEランクなんだよなぁ……」
「そんなに難しいの?」
「ある意味」
この世界の冒険者制度はよくある依頼を規定数受ければ上がるというものではなく、試験制度が取られていて受験に自体に制約はない。受付で申請するだけでいい。
だが、新人が強力な魔物を倒したからAランクね、なんてことはない。仕事を仲介するギルドからすれば、武力だけで依頼主に最低限の礼儀も払えないやつを紹介すると、それはギルドの信用を傷つけてしまう。高ランクの依頼はだいたい領主など貴族階級がほとんどなので、戦闘能力がいくら高くても問題を起こすようなやつは高ランクにさせられないのだ。
それを見極め、篩いにかけるための試験制度である。
Eランクの昇格試験は模擬戦、そして護衛だ。
護衛依頼は最低でもDランクであり、弱い者には務まらないし、逆に依頼主と諍いになって問題を起こすやつなどもってのほかだ。
「Eランクの昇格試験では商人の馬車を護衛するんだけど」
「わ、私、別に問題起こしたりしないよ?」
「お前らに問題があるなんて思ってないよ。悪いのは時期だ」
「時期ですか?」
「今は誕生祭前とあって王都にやってくる商人の数が増えてるだろ。もちろん、商人以外の人間もやってくるし交通量は増える。だから馬車の行き来が激しくなってる。そんな忙しい時期に、不慣れな護衛を雇いたい商人がいると思うか?」
Eランクの昇格試験は商人の協力があって行われている。商人側の都合がつかなければ試験を行うことはできない。
事態の厳しさを認識した二人の頬に冷や汗が伝う。
「い、忙しいのなら、働き手は欲しいんじゃないですか?」
「新しく雇うなら普通の冒険者を雇うだろうな。Fランクの冒険者じゃあ、経験も少なくて逆にトラブルのもとになるかもしれない、って避けるだろうし」
「そんなぁ……」
冒険者ランクは言ってみれば、ギルドが保障する冒険者の信頼度だ。ランクが高いということは実績がありギルドの信頼が厚いことを示す。低ければその逆だ。
「まあ、引き受けてくれる商人もゼロじゃないはずだ。けど、Eランクの試験がすぐに受けられないかもしれない、っていうのだけは覚えておいてくれ」
護衛は別の町までするので往復で数日かかる。目的地によっては一週間以上かかる可能性もある。祭りの当日には王都にいなければならないので、スムーズにやらないと期限内に終わらないこともあり得るのだ。
そのためFランクの試験はさっさと一発で合格してほしいのだ。Eランクに関しては、簡単な礼儀作法さえできれば問題ないので、二人ならFランクより時間をかけずに挑めるだろう。
「Eランクになれば、Dランクの探索系の依頼も受けられるようになるんですよね」
「未開地探索のための布石だろうな」
アリーシャ様が領地に戻るまでにEランクになれと言ったのはそのためだろう。
同系統の依頼でも難易度はピンキリだが、探索系の依頼は最低でもDランクからしかない。俺はCランクの技量だが、資格は剥奪され今はGランク冒険者だ。アリーシャ様は探索隊のまとめ役をやらせようとしているみたいだが、今の状態では周りがついてこない可能性が高い。
ようは箔付けだ。
たぶん、ベイルラントに行ったら次はCランクになれと言われるのだろう。
「ベイルラントの未開地って、強い魔物がいっぱいいるんだよね? ちょっと楽しみだなぁ」
「未開地と呼ばれてはいますけど、スタンピードで魔物に占領されている土地なので不謹慎ですよ」
「ああ、モカちゃんの故郷だったけ。ごめんね」
「まあ、モカもあの魔物たちを一掃できるのはすごく楽しみにしていますが」
「魔物の群れの殲滅って、気分がスカッとするんだよ」
お前ら、女子としてその会話はどうなんだ……。
以前から顔見知りとあって仲がいいのはわかるのだけど、血の気が多すぎるだろう。モカに至ってはお前は草食系じゃないのかと言いたい。
「なんにせよ、まずはFランクの昇格試験に合格してくれ。手が止まってるぞ、二人とも」
「「はーい」」
声を揃えて返事をすると、ウルシたちはまた剥ぎ取り用のナイフを魔物の死骸に突き立てた。その時、血が飛んで彼女たちの頬を汚す。
とてもワイルドだ。やはり男子の持つ女子像とは幻想なのだろう。
俺は現実を再認識し、二人の指導を続けた。




