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39.子羊の願い

 もっと、もっと。まだ、足りない。



 魔力を杖に流し込み、魔術を発動しないまま外に放出する。魔術としてきちんとした形を与えられなかった魔力は光の粒子となって宙を漂う。

 夜闇に舞う光の粒は、いつ見ても綺麗だ。


 淡い光を放つ魔力の小さな塊は不安定で、しばらくすると空に溶けるようにすっと消えてしまう。

 何もしなければ十秒ほどでこの光はすべて消えてなくなってしまう。術になれなかった魔力が集まって、何かになろうとしている状態であり、そのままだと自然と綻びて辺りの空気中の魔力に混ざってしまうからだ。


 しかし、元々はわたしの魔力だ。

 わたしから離れていて、なおかつ不安定な状態であっても干渉はできる。


 意識を生み出した光に集中させて、虚空に消えてしまわないようにその状態を維持させる。光の数は数十にも上るため制御は大変だ。どれかの制御に意識を回しているうちに、見ていなかった魔力が光を失う。

 全てを制御下に置き終えた時点で、すでに十以上の光がなくなっていた。


 先生ならば一つも取りこぼさないし、一瞬で全ての粒子の手綱を握って見せる。

 始めたころに比べれば大分マシにはなったけど、目標まではまだまだ遠い。


 自分の未熟さに落ち込んでいると、また一つ光が消えた。

 いけない。今はこっちに集中しないと。


 宙を舞っている光の動きを支配して、自分の周りをぐるぐると回るように動かしてみる。全部に同じ命令をしているのでこれは比較的簡単だ。ただ、意識が散漫になると速度の違う物が出てくるので注意しないといけない。不安定な状態なので光同士がぶつかると消えてしまうことがあるからだ。


 慣れてきたら次は方向を逆転させる。それも慣れてきたら、上下の動きを加えたり、少し距離を離したり、地面のすれすれで飛ばしてみたりする。

 それが終われば最後は群を二つに分けて、別々に動かしてみる。すると途端に難易度が跳ね上がる。両手で別の絵を描かされているみたいだ。


 先生の場合、粒子を個々に同時に動かして次々に光の絵を作って見せたりする。最初はすごいと素直に興奮できたが、実際にやってみると鼻歌交じりにやって見せた先生が正直気持ち悪いと感じるほどの技量を要求される。


 別々に単調な動きをさせ続けるだけでも、制御に失敗し消える光が続出する。

 指示か混乱して動きが乱れる。光同士がぶつかって、暗闇の中に溶けるように消えた。

 集中力が限界に来ているのを感じて、すべてを上に放り投げるようにして制御を手放した。舞い落ちてくる光は季節外れの雪のようだ。


 魔力が全て空中に混ざって消えて、残ったのは満ちるまではもう数日かかりそうな中途半端な月の光だけになった。


「……そんなところに突っ立ってないで、こっちにきたらどうですか?」


 声をかけるなら今だろうと、少し前から訪れていた見学者に声をかける。

 すると、ばつの悪そうな顔をしながら彼はこちらに近づいてきた。わたしの邪魔をしたのではないかと心配しているのだろう。


「気づかれてたか」


「はい。でも邪魔には感じてませんでしたので安心してください」


「そうか」


 すると、レイド師匠はほっと安堵の息をついた。

 そんなに心配しなくてもいいのに。妨害があるほうが練習になるので、あったほうがむしろ助かるくらいだ。


「しかし、隠れてはなかったけど、邪魔にならないよう気配は消してたんだけどなぁ。それでも気づかれてたか」


「これでもモカは獣人ですからね。師匠が五分くらい前からそこにいるのは気づいてましたよ」


「……ごめん、もう少し前からいた」


「……」


 自分でも顔が熱くなったのがわかった。

 褒められて少し調子に乗ってしまったのが失敗だった。

 変なところで得意げになると恥をかく。よく覚えておこう。


「そこで見学し始めたのが三十分くらい前で、最初に窓から見つけたのが一時間くらい前かな」


「そ、そんなに前から」


「俺の部屋あそこなんだよ」


 師匠が差した部屋の窓は中庭に面していて、この位置はとてもよく見えそうだ。

 隠れて秘密の特訓のつもりだったので、ほとんど最初から見られていた事実がまたわたしの顔を熱くさせる。

 師匠の微笑ましいもの見るような生暖かい視線が、とても居心地が悪い。


「あれって魔法の特訓?」


「はい。制御の訓練です」


 師匠は冒険者の師匠なので師匠と呼んでいる。完全竜化したウルさんを倒すほどの人なので畏敬の念も込めてだ。こんな風に話しているとそんな感じは全くしないけど。

 魔法と魔術の区別もついていないようだし、年もあまり離れていないからだろうか。


「師匠はこんな時間まで何を?」


「うーん、ちょっと読み物を、な。あと、教え子が夜更かししないように様子見にきた」


「……もう少しだけ続けたいんですが」


「ダメだ。万全な状態を保つためにも食事と睡眠はしっかりと取れ。訓練がしたいなら、明日からはこんなに遅くから隠れてやらずにしろ」


 ……これくらいなら今までもやって来たし大丈夫なのに。


「今、別に大丈夫なのに、とか思っただろ?」


 的確に胸の内を言い当てられどきりとした。不満が表情に出ていたのだろうか。


「俺はモカのこれまでの生活を知らないけど、今日からはそうはいかない。パーティでの活動では、誰か一人のミスが全員の命に係わる時がある。その原因が寝不足だったから、なんて周囲も本人も嫌だろ?」


「……師匠の言い分はわかります。でも、明日はそんなことが起こるような場所には行きませんよね」


「そうだな。まあ、休める時に休む習慣を作れっていうのと、万が一があるかもしれない、と俺は言いたいわけよ」


 師匠の言葉は正論だ。けど、それでもわたしは納得できなかった。

 休める暇があるなら、その時間を使って強くなりたい。

 休む時間が無駄とは言わないけれど、どうも落ち着かないから。


「あと、これが一番大事なんだけど」


「?」


「成長期にきちんと睡眠を取らないと大きくなれないぞ?」


 背は寝ている間に伸びるらしいし、と師匠は付け加えた。


「寝ます」


「よろしい」


 わかりやすいわたしの態度にくつくつと師匠が笑う。うぅっ、さっきから頬は熱くなりっぱなしだ。


「別に訓練するなと言ってるわけじゃないからな。ただ時間の管理をして、休む時間もちゃんと取りなさいってこと」


「でも、モカはもっと強くなりたいんです」


「え、十分強いと思うけど?」


 驚いた声音から師匠がお世辞ではなく本音から言ってくれたのだとわかる。それは嬉しかったけれど、わたしは首を横に振った。


「先生のもとで学んだ身として同年代には負けないという自信はあります。ですが、自分の腕がまだ未熟だということもわかってるんです。今日もあまり役に立ちませんでしたし」


「そんなことはないって。ゴブリンだって倒してたし」


「一匹だけですけどね。ほとんどはウルさんが倒してしまいました」


「あー、あれは存在自体が反則みたいなやつだしなぁ。比較対象には相応しくないと思うぞ?」


「そうかもしれません。ですが、現実にはモカは死体処理係としてしか役に立っていませんでした」


 調査隊にはウルさんも参加するとのことで、このままではベイルラントに戻ってからもわたしは死体の焼却くらいしか役に立てないかもしれない。

 それは嫌だ。

 それでは何のために強くなったというのか。それで強くなったなどと言えるだろうか。


「強くなりたいっていうなら、止める理由はないけど……」


 師匠は何か言いかけて、言葉を探すようにじっとわたしを見つめる。その目はどうして強くなりたいのか、問うているように感じた。

 そういえば、まだこの人には話していなかった気がする。


「モカの故郷はベイルラントにある小さな村なんです。六年前のスタンピードでもうなくなってしまいましたけどね」


「……そうか」


 この話をすると大抵は同情した反応が返ってくるけれど、師匠は少し眉を寄せて短く呟いただけでした。表情も哀れみより、なるほどと納得しているようでした。


「思った反応と違って、ちょっとびっくりです」


「いまさら慰めの言葉なんていらないだろ? 冒険者にも似た境遇のやつはいたし、そいつが言うには心の整理がついてるのに同情とかされても今更って感じらしい」


「そうですね。悪意がないのはわかるんですけど鬱陶しいんですよね」


 師匠はそこら辺を察して、いままで生まれなどを聞いてこなかったのだろうか。言い分は冷めているし、普段は粗野な言動をしているけど、性根はとても優しい方なんだろう。


「モカが強くなりたいのは、自分の力で故郷を取り戻したいからか?」


「はい。一日でも早くベイルラントが元の姿を取り戻したくて、モカはアリーシャ様のところへ来たのです」


「故郷のためか……」


 まだ幼かったわたしは逃げること以外に何もできなかった。

 平和と幸せの象徴だった家が魔物に砕かれるのを遠くから眺めることしかできず、建物や畑が荒らされて、村が蹂躙されていく様にわたしは泣いた。


「努力してモカは魔法を手に入れました。でも、まだ足らないんです。モカはみんなのためにももっと強くならないといけないんです」


 わたしは言葉を切ると、再び杖に魔力を籠めた。魔力の粒子が舞い、視界に淡い光が満ちる。


「そうか、頑張れよ……って、なにしれっと再開してんだ!」


「あうっ!」


 この雰囲気なら勢いでいけるかと思ったけど、すぐに師匠からデコピンを食らって中断させられました。おでこが痛い。


「えっ、なに、もしかしてさっきの話って作り話だったりとかする? そうだったら怒るよ?」


「う、嘘じゃないです!」


「モカって真面目そうに見えて意外と強かだよな」


 誤解を解こうと必死に訴えると、呆れたようにため息をつかれた。


「立ち話も終わり。早く戻って寝ろ。じゃないとずっとちんちくりんのままだぞ」


 ち、ちんちくりん!?

 それはかなり、嫌だ。


「睡眠時間が足りてるようなら、明日は杖術も教えてやるからさっさと寝てこい」


「師匠大好きです! おやすみなさい!」


「安い大好きだなぁ……」


 師匠の苦笑いに見送られて、急いで寝るために自室まで走った。

 やっぱり師匠はいい人だ。


 わたしは強さが欲しい。もっと、もっと強くなりたい。

 あの場所を取り戻すために、早く。


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