38.迷宮はあるか
「そりゃあ、ありえないだろ」
あまりにも突飛な内容に鼻で笑ってやる。どういうプロセスからそんな結論に至ったのか知らないが、とても夢のある御話としか言えない。
しかし、こちらの小馬鹿にした態度にもソアラの余裕の表情は崩れない。
こちらの反応をある程度想定していたからだろう。
あの森に迷宮があるなどと荒唐無稽な話をするからには、彼女にもそれを肯定するだけの判断材料があるということなのか。
「どこでそんな与太話を聞きつけたんだ?」
「出所は私さ。私の推測」
……どうしよう。さらに胡散臭くなったぞ。
周りを警戒していたから、それなりに信用の置ける出所の話なのかと思ったら、こいつのただの妄想だったらしい。こうやっていつまでも声を潜めているのもアホ臭い。
「で? なんで森に迷宮があるって思ったんだ?」
「ちょっ、声が大きいよ」
「大丈夫だ。他の冒険者も酔っぱらいのゴリラの妄言くらいにしか思わねぇよ」
「誰がゴリラだ」
そうやって指鳴らしてすぐに手を出そうとするやつをゴリラと呼んで何が悪い。
実際、ゴリラは温厚な性格らしいし、森の賢者とも呼ばれているからゴリラ呼ばわりは失礼なんだけどな。ゴリラに。
「まあ、私も確証はないけどね」
握っていた拳を開いてひらひらと振る。ソアラも「もしかしたら」くらいの可能性としてしか考えていないのだろう。
「周辺の魔物は騎士団に狩りつくされちまったからねぇ。面白い依頼が全くないんだよ。祭りも近いから、遠出するような依頼も受けたくない。だから、暇つぶしがてらお宝探しのつもりでやってるのさ」
「それであんな適当な報告なのか。迷宮があるかもしれないから森の奥まで行ってました、なんてロイドには言えんわな」
「あんたみたいに鼻で笑われて、腕良い治癒術師を紹介されるね。頭を診てもらって来いって」
知り合いから突然、「私最近徳川の埋蔵金を探してるの!」と告白されるものだろうか。返答に困るし、少し心配になる。
ソアラたちにとっては暇つぶし、誕生祭までの遊びなんだろうけど。
「迷宮って、あれだよね。ダンジョン。十二大迷宮とかの」
「そうさ。それ」
迷宮という単語に一番反応したのはやはりウルシだった。興奮気味に話しに乗ってくれてソアラも若干嬉しそうだ。
こいつら、こういうの好きだもんなぁ。冒険とか。迷宮とか。決闘とか。
「あの森に迷宮があるの?」
「かもしれない、くらいだね」
「というか、なんでそんな結論が出るんだ?」
「おおっ、聞かせてやるよ!」
話したくて仕方なかったのかソアラの顔が生き生きとし始め、「また始まる……」と隣のハルがげんなりとして再び本を開き始めた。何度も付き合わされたのだろう。ノノも食事に集中していて、二人はスルーを決め込む気が満々であった。
こいつ、好きな分野の話は何回もするタイプだからな。
今回は俺たちのパーティーが聞かされる番のようだ。まだ一度目なので、全員多少興味があるからいいけど。
「その前に、あんた達どのくらい迷宮のことを知ってるんだい?」
「魔物が湧いてくるところ!」
「国が管理している狩場」
「精霊に近い魔法生物だと聞いたことがあります。特殊な空間を作り出して、そこに入ってきた獲物からエネルギーを搾取しているとか。本体は鉱物のような核で、生物なのか無機物なのか不明で、他にも解明されていない部分が多い未知の存在、ですよね」
俺たちの中で一番知識が多かったのは最年少のモカだった。ゴーシュさんのところで学んだだけあって、魔法以外のことにも精通しているようだ。
「モカって言ったっけ。すごいね、あんた。……それに比べてレイドは酷い。元Cランクのくせに素人とさして変わらないじゃないか」
「迷宮なんて片手で足りるくらいしか潜ったことないんだよ。迷宮探索なんて興味もなかったし」
俺は一か所に留まらず、資金が溜まると別の土地へと移動を繰り返し、国中を放浪していた。仕事で迷宮に訪れたことはあったが、迷宮探索を主としている他の冒険者のように、腰を据えることはしなかった。
なので迷宮に関する知識は冒険者にしては乏しく、彼女の言う通りウルシと差はない。
しかし、それでもウルシよりはましであることをここでアピールしておこう。言われっ放しは癪だしな。
「十二大迷宮だっけ。あれが他の迷宮の大元ってくらいは知ってるよ」
この世には『大迷宮』と呼ばれる、他の迷宮とは一線を画するダンジョンが存在する。
大迷宮以外の迷宮はすべて大迷宮から派生したモノであり、大迷宮の子供なのだとか。
こう聞くと、迷宮は確かに生物のようである。
「実際には十二箇所も確認されていないんだけどね」
「そうなのか?」
「せいぜい七つくらいらしいよ。十二っていう数字は古代遺跡の壁画や碑文なんかからの情報みたいだよ」
そういえば、七大迷宮とかって聞いたことあるな。
大迷宮の適正ランクはSなので自分には関係のないものと、特に気にも留めていなかった気がする。
依頼や魔物のように迷宮にも国やギルドが定めたランクが存在する。
大迷宮をSランクとし、その下にAからGまで規模や構造、生息する魔物強さによってランクが定められる。
ランクに応じて、国やギルドが認めた者以外迷宮に入ることは許されていない。冒険者なら依頼と同じく自身のランクより一つ上の迷宮にしか入れないなど、それだけ危険ということだ。
「それで迷宮っていうのは、別に大迷宮だけから生まれるわけじゃない。大迷宮の孫っていうのか、普通の迷宮からも派生するらしいんだ」
そもそも、本当に迷宮から迷宮が生まれるのか?
尋ねると、なんでも大迷宮の周囲には迷宮が多く、他の大きい迷宮の近くにも小規模な迷宮が確認されることが多いためそう考えれているらしい。
「王都の近くにもBランクの迷宮があるな」
このフェニキシア王国の首都近郊にある衛星都市の一つに迷宮都市と呼ばれる場所がある。その名の通り、そこは迷宮から手に入る素材などを特産品として扱っていて、王都にも負けない活気を誇っているらしい。
俺は行ったことはないけど。
「その迷宮の子迷宮があそこの森に出来たんじゃあないかと私は睨んでいるのさ」
「待て。話がいきなり飛躍しすぎだ」
迷宮から新しい迷宮ができる。それはわかった。
けど、なんであの森に迷宮ができたことにつながるんだよ。
「新しく迷宮ができると、その土地の環境が変化するんだ。動植物や気候がじわじわと迷宮の影響を受けるそうで、一番顕著なのは魔物なのさ。魔物の数が増えたり、活動域が大きく移動したりっていうのは実際に確認されていることなんだよ。見かけないはずの魔物が急に現れるようになったりだとかね」
「ほう」
「というのも、これは迷宮の魔物を生み出すという性質のせいで、迷宮から生まれた魔物が地上に出てそこの生態系を一変させちまうからなのさ。迷宮には次元魔法のように空間に作用する力を持っていて、本来よりも広く深く、そして歪な構造でもその形を保つことができるんだけど、その空間内で水脈がないはずなのに水が湧き出ていたり、その土地にはないはずの鉱物が発掘されたり、果てには地上では見かけない植物なんかもいるのよ。そのことからも、迷宮は己の空間の中でなら生命や物質を生み出すことができて、規模が大きければ大きいほど自由度が広がると考えられているわ。事実、Aランクに認定される迷宮なんかは洞窟だったはずなのに階層をくぐったら密林地帯が広がっているところがあるらしくて、どういうわけか空があるらしいの。空といっても疑似的なものみたいだけど、滅茶苦茶だと思わない? それに迷宮産の魔道具っていうのは、迷宮内の魔物が使っていた武器の他にも昔の探索者の遺物が特殊な魔力を秘めるようになった物なんかもあるの。迷宮の魔物の素材で作った武具や薬には普通のものよりも優れた効果を発揮するものもたくさんあって、迷宮は神秘と宝の山と言っても過言じゃあ」
「ソアラ、ちょいタンマ。話が逸れてる。一回止まれ。口調が崩れてる」
段々とヒートアップしていき、蘊蓄を垂れ流しはじめてマシンガンのように喋り続けるソアラにいい加減耐え切れなくなった俺は強制的にストップをかける。
熱中すると止まらなくなるのは知っていたけど、これをずっと聞かされる方はたまったものではない。ハルたちのこの態度も納得である。
「なんで止めるのよ。ここからって時に」
「だから話が逸れてるって言ってるだろうが。あと言葉遣い直せって」
「おっと」
冒険者の大半は男であり、つまりは男性社会だ。そんな中で女性冒険者が男に負けないようにするにはいろいろな苦労が伴う。舐められないように荒っぽい言動をとったりだとかするやつもいる。
「素人相手にいきなり情報詰め込むなよ。見ろ、このウルの呆けた顔を」
「ほ、呆けてないし。ちゃんとついてけてたしっ」
「悪かったね。語っているうちについ熱くなっちまったよ」
「理解できてたよ? 本当だよ?」
「わかった、わかった。……ええっと、つまり森の生態系が変化したのは新しい迷宮ができたからだって言いたいんだな?」
「そうだよ」
「後半のくだり全くいらねえじゃん」
途中から説明じゃなくて話したいこと話してただけだ、こいつ。
「ですけど、原因は迷宮ができたからなんですか?」
「モカもそう思うか。ロイドの言う通り、どこからか移動してきたとかじゃないのか?」
「だから暇つぶしだって言っただろう。十中八九そうだろうね。ただ、迷宮ができたからって考えたほうが夢があると思わないかい?」
「ロマンチストだなぁ、ほんと」
なんか周りに男っぽいロマンを追いかける女が多い気がする。こいつとか、ウルシとか。
「冒険者がロマンを追い求めなくてどうするのさ」
「お前と違って冒険者始めたのは現実的な理由だったからな、俺は」
家を飛び出した俺が金を稼ぐのに一番手っ取り早かったのは冒険者だった。理由は他にもあるけど、最たるのはこれだろう。
「まっ、お前の言うロマンも理解できないわけじゃないけどな」
「迷宮の核はそれ自体が魔道具でもあるんだ。オーブと同じ効果があって、触れると魔法を使えるようになるんだ。国に抑えられていない迷宮を攻略して、強力な魔法を手に入れる。どうだい、これ?」
「夢はあるな。けどそれって他の迷宮じゃあダメなのか?」
「魔道具として使うには迷宮として殺す必要がある。使用回数が決まってるから、国としては誰かが魔法を覚えるより、保護して管理するほうが利益が出るのさ」
「魔法を手に入れるには国の手が及ぶ前に攻略しないといけないわけか。……付き合わされるやつらは大変そうだな」
無くてもともと、実在すれば魔法を手に入れられる。祭りまでの一月を過ごす退屈しのぎには、彼女好みの内容だ。
ソアラの趣味に付き合わされる二人は辟易としているのではないか、と思いきや。
「別に、私も嫌いじゃないし、そういうの」
「仕事のついでにやってるだけですし、あたしもいろいろと教えてもらえるので特に不満はないのです」
「ついでにノノの教育もできるから丁度いい」
「あれ? あたしの方がついでなのですか?」
二人ともソアラの趣味に理解を示し、その上結構乗り気のようだ。
「なに、そんなに暇なの?」
「私たち好みの依頼は、ない」
「さっき、ちらっと依頼ボード見たけど護衛依頼とかならいっぱいあったぞ?」
「趣味じゃない」
「さいですか」
こいつらは討伐系や探索系の依頼を中心にこなしていて、商人の護衛依頼だとかは全くと受けようとしない。
彼女たちの好きな系統の依頼が減るこの時期に、新人の教育と並行してする娯楽には確かに丁度いいのかもしれない。
「けど、あそこに行くのはしばらく控えるつもりだよ。今回のゴブリン以外でも、森の奥に生息している魔物が浅いところでも目撃されてるからね。次は危ないかもしれない」
冒険好きではあるが、自分たちでは対処できない危険を感じ取るとすぐさま方針を転換するのはさすがCランクである。実際に肌で感じてヤバいと思ったのだろう。
「あんたらも気をつけたほうがいいよ。命は一つしかないんだからね」
「そうだなぁ。騎士団が駆り出されるまでは、あそこに行くのは控えるか」
明日からの活動は別のところを考えないといけないな。
こういった情報が手に入るので、冒険者通りのつながりは疎かに出来ない。ウル達とソアラ達の顔つなぎもできたし、アクシデントはあったが依頼も達成できた。今日はなかなかの成果だ。
そのあとも、食事をしながら交流を深めた。久しぶりの再会だったので俺とソアラは大いに盛り上がったので、ウル達も上手くそれに引き込んでやった。
その場の会計は情報料のつもりでこちらが支払った。俺のお金ではないのだが、必要経費としておこう。
給料がもらえるまで、なにか金策を考えた方がいいかもしれない。奢るのなら自分のお金で奢りたいしね。




