37.報告と自己紹介
「おや、レイド君。それにソアラさんも」
「久しぶり、ロイド」
街に戻り俺たちは冒険者ギルドに直行した。ソアラ以外を待たせて、二人で報告のためにカウンターに向かうと、昼間の新人の娘ではなく、顔見知りの職員が出迎えてくれた。
軽く手を上げて挨拶すると、ロイドも気さくに手を上げる。まるで委員長でもしていそうな堅物そうな眼鏡だが、案外ノリがいいところがあるため話してみると付き合いやすい。
「奴隷落ちしたと聞いていましたが、元気そうですね。今日はどうしたんですか? 何か依頼ですか?」
「うん? 依頼の報告に来たんだけど」
「私もね」
「報告? ちょっと待ってください。レイド君、貴方また冒険者になったんですか? 登録するときに止められませんでした?」
「いや、別に……手続きをしてくれたのは新人っぽい女の子だったけど」
「……ああ、おそらくあの子ですね。犯罪奴隷は冒険者登録できないと知らなかったのでしょうか」
頭痛を堪えるように頭に手をやるロイドに焦燥を覚える。まずい。勘違いを正さないと新人ちゃんが無意味に叱られて、俺の登録も取り消される。
「ロイド。俺もう犯罪奴隷じゃない。奴隷から解放されてるんだ」
「はい? レイド君が奴隷になったのって半月くらい前ですよね? この短期間でもう解放されたんですか?」
信じられないと目を見開く彼に、俺の言葉を証明するため首元を見せる。犯罪奴隷であればそれを示す奴隷紋が刻まれているが、先日取り外されたためにすでにない。
「本当、ですね」
俺が短期間で奴隷から解放されたことに大層驚いているようだが、それでも一応は信じてくれたみたいだ。
しかし、そんなに驚くことかな。
「なんでそんなに驚いてるのさ? 買われてすぐに解放される奴隷なんてたまにいるじゃない」
ソアラも同様の感想を抱いたようだ。
というか、こいつとしては俺が犯罪奴隷になったことは特に思うところはないらしい。以前と態度変わんないし。
まあ、ありがたいからいいんだけど。
「犯罪奴隷は重い罪を犯した人がなるんです。解放の手続きも普通の奴隷よりも複雑ですし、そう簡単に解放されることなんてありえませんよ。というか、レイド君は貴族に手を上げて捕まったんですよね? なんで貴族を敵に回したのにこんなに早く解放されてるんですか? 解放には貴族の承認がいるんですよ?」
そこはうちのご主人様がかなり特殊な人だからとしか言いようがない。
「まあいいじゃないの。冒険者の個人情報を無暗に探るもんじゃないよ」
「……それもそうですね」
ロイドの質問詰めに答えを窮していると、ソアラが割って入って制する。ロイドもこの界隈の暗黙のルールを思い出したのか浮きかけていた腰を下ろし椅子に座り直す。
俺としては別に話してもよかったのだが、気をつかってもらったのでこの場では口に出さないでおこう。
「犯罪奴隷から解放されているなら問題ないでしょう。資格は剝奪されましたが、再登録は禁止されていませんし」
「そういえば、問題を起こして資格を剝奪されたら再登録できなくなるんだよな。今更だけど問題ないのか?」
「はい。再登録の可不可は国ではなくギルド側が決めるのですが、犯罪奴隷になったらまず解放されることはないので、そもそも規則に書かれていません」
ああ、ほとんど死刑みたいな扱いだったっけ。死刑を受けたものは再登録できませんなんてわざわざ規則に書くわけない。前提として登録しに来れないって考えられてるのか
「レイドがそんな細かい規則を知ってるなんて。少し驚いたよ」
「うるさい、ソアラ」
「二人とも騒がないでください。仕事の報告があるんじゃなかったんですか?」
そうだった。
俺は採取してきた薬草と討伐証明部位を渡して代わりに金を受け取る。ゴブリンに関してはウルシが単独で討伐したので、ほとんどが俺たちの手柄となっている。彼女たちのは途中で自分たちで倒したのと剥ぎ取りの手伝い分だ。
「近郊にこんなにゴブリンがいたんですか?」
「そこら辺は私が説明するよ」
俺たちが持ってきたゴブリンの耳の数に目を見開くロイドと俺に対して森であったことを語り始めた。
「私たちも採取依頼を受けてあの森に行ったんだ。この時期なら騎士団のおかげで魔物も少ないから、ついでに他の素材も採っておこうってことで奥まで入ったのさ。そうしたら、どういうわけか大規模なゴブリンの群れに見つかっちまってね。女三人だったせいか一斉に襲い掛かってきやがったんだ」
「大規模な群れ、ですか……」
中にはホブゴブリンなどの上位種が数多くいたと聞いたロイドはますます眉を寄せる。
「ふむ、騎士団の打ち漏らし……にしては数が多い気がしますし、繁殖するにしても早すぎますね。先日にも騎士団が間引きしたばかり。そうなると、どこからか移動してきたのか、群れが合併したのかもしれませんね」
「浅いところにはまだ進出してきてなかったけど、森の奥はもう少し狩っておいたほうが安全じゃないのかい?」
「そうですね。私からも上に報告しておきましょう。最近、あの森から戻ってこない冒険者がいましたから、他にも強い魔物が住み着いているのかもしれません。お二人も気をつけてくださいね」
「ああ」
「またな、ロイド」
用事を済ませた俺たちはカウンターを後にすると、併設されている食堂へと向かう。
扉をくぐると冒険者らしい粗野な喧騒に歓迎される。騒がしさに眉をしかめるが、以前と変わらない賑わいに懐かしさを感じてしまう。
ぐるりとあたりを見渡せば、待たせていたメンバーが座っているテーブルはすぐに見つかった。
ウルシは強そうなやつはいないかうきうきした目で周りを眺めている。隣にいるモカは慣れない空気に少し居心地が悪そうだ。
ハルは周囲の騒音などまるで気にせず本を開いて文字を追っている。このマイペースぶりはいつもどおりだ。ノノと呼ばれていた少女は一人だけ料理を注文して先に食べ始めていた。
「なんであんたはもう食ってるんだよ……」
「ふぐ?」
呆れた様子のソアラに、ノノはゴクリと口の中の物を嚥下したあとにぱっと笑って元気よく答えた。
「お腹がペコペコだったからなのです!」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。……はあ、まったく」
諦めるようにため息をついたソアラは開いていたハルの隣の席へと座る。
俺もウルシの隣に座ろうとした途端、ゾッと悪寒が背筋を舐める。
「っ!?」
「どうしたの?」
「いや、さっ……視線を感じた気がしただけだ」
殺気、と言いかけて面倒になるのはわかっているので咄嗟に言い換える。ウルシは小首を傾げつつも周囲を見回し、「誰も見てないよ? 私も感じなかったし」と教えてくれる。
「じゃあ、気のせいだな。お前らもなんか頼んでいいぞ。金はあるからな」
「ふふふん、何にしよっかなぁ~」
「モカもいいですか?」
「いいに決まってるだろ」
「なんだ、レイドの驕りか」
「それなら私も食べる。タダ飯」
「おかわりお願いするです!」
「お前らは別に決まってるだろうが。すいません、会計は別々でお願いします」
なに厚かましく相伴しようとしてんだこいつら。
油断も隙も無い。
「まあ、冗談はさておき。どうしたんだいその子らは?」
「仕事だよ」
「……ふうん?」
「そっちもさっきの件もう少し詳しく教えろよ」
「何のことだろうね?」
白を切ろうとしてるが、ロイドに話したこと以上のことがあるのはなんとなくわかる。
「さっきの件って、森でゴブリンで追われてたやつ?」
「こいつがいうには、依頼の採取のついでに奥までに行ってそこでゴブリンの群れに襲われたらしい」
「なにかおかしいの?」
「ああ、おかしいね。ソアラとハルがいてゴブリンに見つかるなんてケアレスミスをするはずがない」
「うっ!」
彼女たちとの付き合いは他の冒険者に比べれば深い方で、パーティーを組んで依頼をこなした回数も少なくない。実力を知っている者としては、あまりにもらしくない失態に見えるのだ。
まあ、失敗の原因はなんとなくわかってるけど。
視界の端でむせている少女を捉えていると、思わぬ方向から厳しい声が飛んできた。
「師匠」
「なんだ、モカ?」
「師匠はそちらの方々とお知り合いのようですけど、どうしてあのとき見捨てようとしたんですか?」
「え?」
何のことかと首をもたげると、そういえばそのようなことを口にしたような気がする。
「あそこは立ち止まったまま迎え討つべきだったのではないでしょうか」
俺を睨む彼女の目には非難の色が見えた。雰囲気もどこか刺々しい。
どうやらモカには俺が知り合いを見捨てて逃げた卑劣漢だと思われているらしい。
「いや、あれは冗談だからな?」
「冒険者の間ではあんな罵り合いは挨拶の範疇なんだけどねぇ」
擁護されている側のソアラも冗談を真に受けられて少し苦笑い気味だ。そして、あれを冗談だと両社から言い切られたモカはポカンとしていた。
ごめん、身内ノリは通じないよね。
「本音を言えば、俺が助けに入らなくてもこいつらなら街まで逃げられると思ってる」
「正直、こいつを囮に差し出してもゴブリン相手に死ぬところなんて想像できない」
「私が思うに、あそこで立ち止まってる方が邪魔だったんじゃない? 一緒に走りながら作戦考えてたし、この二人って結構仲いいんだと思うよ」
俺たちだけでなく、ウルシにまで追撃を入れられて、一人だけわかっていなかったモカは真っ赤になった顔を伏せた。
「その通りだな。別に仲は良くないが」
「囲まれる可能性があったからね。止まられたら私らも留まっただろうし。別に仲は良くないけど」
まあ、俺たちの関係は親しいというか、悪友だろうか。たぶん、初めて俺たちのやり取りを見たら勘違いするのも無理はないと思う。
いろいろ聞きたいことはあるが、先に相互理解に努めるべきか。
「初めての顔を合わせるやつもいるから、取りあえず自己紹介しないか。お前らもウル達と接する機会は増えるだろうからな」
「そうだねぇ。しばらく行方をくらませてたあんたが女連れまわしてんのか気になってたとこだよ」
両パーティー全員から賛成の声があがる。
そして一番手は俺となった。
言い出しっぺだからな。
「レイドだ。ついこの間、奴隷から解放されて今はこの二人の教育係だ。一緒にランクを上げてるところだ。そんで、ソアラとハルは冒険者時代からの知り合いだ」
「同じパーティーだったんですか?」
「組んだことはあったけど固定じゃなかった」
「こいつは固定のパーティー組まないタイプだったからね」
……俺のことはいいんだよ。次いけ次。
「私はウル。竜人だよ。よろしくね」
「へえ、あんた竜人なのか? 初めて見たよ」
「……なら、あれが竜魔法なの?」
「そうだよ。私は毒の竜人なの」
ウルに関心を示したのはハルだった。こいつはマイペースで基本省エネモードだが、好奇心は強いからな。面倒くさがりのくせに冒険者やっているのもそこら辺の性格からだ。
「モカです。魔術師で、今はレイド師匠の元で冒険者として修業中です」
「なんか硬いよ」
「真面目なんだろう? 白羊族って生真面目なやつが多いって聞いたことあるけど」
「モカも新人なんですよね。あたしもなんです。よろしくです」
「あ、はい」
冒険者の空気に馴染めるだろうかとちょっとモカが不安になっていると、ノノが身を乗り出してモカに握手を求めていた。モカもびっくりしながらその手を握っていた。
この様子なら、大丈夫かな?
「席順だとあたしですね。あたしはノノです。ソアラさんとハルさんのところでお世話になってます。――――先日は、レイドさんにもご迷惑をかけましたです」
自己紹介のあと、そういってノノは頭を下げた。
「レイドとノノちゃんって知り合いだったの?」
「ああ。というか、お前も顔見たことあるはずなんだけど」
「ええ?」
覚えてないんですね。はい。
たぶん、本当に少ししか顔を合わせていなかったのだろうからしかたはないだろう。ノノの方もウルシのことを気づいていないみたいだし問題はないだろうけどな。
ノノはこの前ヨハンと歩いていた時に、新人狩りに追い回されていた女の子だ。あの時に書いた紹介状はソアラたちに届けられ、頼み通りきちんと面倒を見てくれているようだ。
「いきなり男前がこの子とあんたの紹介状持ってきた時はさすがに驚いたよ」
「突然悪かったな」
「……謝るなよ、気持ち悪い」
ええっ……気持ち悪いはさすがにひどくないか?
「まあ、正直ノノには手を焼かされっぱなしだからね」
「そ、そんなことないのです!」
「バカでかいくしゃみでゴブリン共に見つかるはめになったやつがよく言うよ」
「ぐっ……」
言葉に詰まったノノは反論できないまま明後日の方向へと視線を逸らした。
「というか、あの喋り方なんなの?」
「本人は敬語のつもりみたいだよ。どうも、田舎のドワーフの集落から出てきたらしいからね」
へえ、ドワーフねぇ。男のドワーフは髭モジャの樽みたいな体形やつらだが、女性はそうではないらしい。小柄で体形も細身だ。特徴に当てはまりそうなのは長い鈍色の髪くらいだろうか。
「私はハル」
…………。
「おい待て。それで終わるな。短すぎる」
「……ハルデリータ。ハルでいい。魔術師をしてる」
渋々と改めて名乗り直したハルだったが、すぐに目が「もういいでしょ?」と訴え始めた。もうちょっと頑張れと言いたいが、こいつには無駄だろう。
「魔術師なんですか?」
「そうだ。モカと同じな。怠け癖は酷いしマイペースで、やることは最低限に済ませて楽したくて、あとは自分のやりたいことに時間を費やしたいと思っているやつだが優秀な魔術師だ」
「優秀?」
うん、優秀なんだよね。一応は。
協調性は低いけど、どうもソアラとは合うのか彼女たちはずっとパーティーを組み続けている。
翡翠の髪をサイドテールにしており、普通にしていれば物静かで真面目そうなタイプに見えるのだけど、これが完全に外見詐欺なのだ。
「最後は私だな。私の名前はソアラ。ハルとノノたちのパーティーリーダーをしてる。レイドになんかされたら、私のとこに来な。とっちめてやるからさ」
「なんだよそれ」
俺がウルシやモカに手を出すとか言いたいのかこいつは?
ありえないね。
モカは年齢的にアウトだし、ウルシの場合返り討ちだ。というか、未遂でもそんなことしたら青いメイドさんが出てきて抹殺されそうだ。あの人女の子相手には滅茶苦茶甘いからな。
「ソアラさんも魔術師なんですか?」
「いや、私は魔法剣士さ。こうして剣下げてるだろ」
「魔法剣士っ!」
モカのキラキラ視線にさらされて、居心地が悪そうに赤い短髪の頭をかく。
剣で接近戦をこなしながら、魔法で中・遠距離からも攻撃できるオールラウンダー。魔法剣士というのは剣士からも魔術師からも羨望を向けられる存在である。
しかし、ソアラは世間一般から認知されている魔法剣士とは少しタイプが異なる。
「そんな憧れるようなもんじゃないよ。私は補助魔法を中心とした、支援型の魔法剣士だからね」
ソアラが使えるのは補助魔法である付与術だけだ。攻撃魔法と防御魔法はハルの担当だ。魔術師として補助魔法しか習得できず、仕方ないので剣術を覚えたという話だ。その辺りにコンプレックスを感じているようで、謙遜というか魔法剣士であることを自慢することはない。
「そう卑下するほどでもないと思うけどな」
補助魔法しかできないというが、その補助魔法の精度は高く、効果も折り紙付きだ。剣術も普通の剣士とも引けを取らないし、そこに付与術が組み合わさるとBランクの冒険者とも渡り合えるだろう。
「うん? らしくないこというじゃないか」
「本心だよ」
「……なんか、雰囲気変わったね、レイド」
そうだろうか?
普通に接しているつもりなのだけど、犯罪奴隷になったり、前世を思い出したりしたせいだろうか。自分ではよくわからん。
一通り自己紹介が終わったところで、タイミングよく注文した料理が届き始める。空腹がスパイスになっているのか、芳ばしい香りが食欲を刺激する。
ああ、でも屋敷の食事のほうがおいしそうだったな。
屋敷でも夕食を取るつもりなので、頼んだ料理は少ない。一般人には一食分に相当するが俺にとっては軽食だ。
「それで、なんであの森に行ったんだ?」
「ちっ、覚えてたか」
話題がそれてあわよくばそのまま忘れてくれればと思っていたのだろう。苦々しそうにしているが追及を止めるつもりはない。
「依頼で行ったにしてはなんか引っかかるんだよな」
これはほとんど勘に近い経験則だ。
彼女の失敗や不自然にリスクを負って奥まで進んだのには相応の理由があるはずだ。
彼女の言い分ではあまりにも「らしく」ないのだ。だから、「らしい」理由を黙っているのだと俺は踏んでいる。
そして、それは正解だった。
「……はあ、わかったよ」
追及を躱せないと悟ったのか、それとも話しても問題ないと思ってくれたのか、ソアラは嘆息すると耳を寄せるように手招きする。
身を乗り出して耳を貸すと、ソアラは周囲に漏れないように注意しながら、彼女たちの本当の目的を打ち明けてくれた。
「あの森にある迷宮を探してたのさ」




