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36.冒険者講座 G級討伐編

 そのゴブリンたちはとても災難だった。

 茂みをかき分けて飛び出してきた彼らのすぐ近くにいたのは、子鬼ごときでは手に負えない獰猛な竜人だったのだから。


「ははっ」


 ようやっと見つけた獲物を前に彼女は笑う。普段の年相応の少女のものではなく、戦いを至上とする猛獣の笑みだ。

 地面を蹴る音が鳴ると、すでに彼女は子鬼の目の前に躍り出ていた。


 総数は五匹。

 戦闘のゴブリンの頭を蹴り砕かれて四匹になる。


「魔法用意!」


「は、はい!」


 ウルシが飛び掛かるとすぐさまモカに指示を飛ばす。

 魔法による援護?

 そんなもの必要ない。


「ウル、一匹残せ! モカの魔法の威力を見たい!」


「えー!」


 釘を刺しておかないとあの戦闘狂にすべて刈りつくされてしまう。練習台が現れた折角の好機を逃してなるものか。

 不満げに声を上げるが、目に見えてウルシの闘志が弱まる。

 ゴブリンを蹴り上げて、その首を掴む。ボキッと枝がへし折れるような音がすると、ゴブリンは不自然に頭を垂れたまま動かなくなる。

 やり方がむごい。


「……お前、それ怖い」


「なんで!?」


 女の子が笑顔で子鬼の首をへし折る絵はどう見てもホラーだろう。

 そいっ。


「頭切り飛ばすのと、首折るのとどう違うのよ!」


 それもそうか。

 首から上が切り離された胴体が倒れるのと、ウルシの拳がゴブリンの顔面を陥没させるのはほとんど同時だった。

 そして、残った一匹は可哀想なくらい怯えていた。

 まあ、ゴブリンに掛ける慈悲なんて持ち合わせていないがね。


「【放つは紅蓮の炎――――ファイアボール】」


 モカが掲げる杖の先に人間の頭くらいの火球が生成される。生み出された火球は真っすぐにゴブリンへと向かっていく。


「グギャッ!」


 そこでやられっ放しだったゴブリンが意地を見せた。横に跳んで火球の射線上から逃れたのだ。

 ゴブリンの顔が嫌らしく歪む。ここから目にもの見せてやる、そう思っていたのかもしれない。


「せいっ」


「ゴブゥッ!?」


 しかし、モカが杖を振ると火球はその進路を曲げて逃げたゴブリンに直撃した。まさか追って来るとは思っていなかったゴブリンはあっけなく火達磨になった。


「途中で魔法の方向を曲げるのって難しいんじゃなかったけ?」


「そうですよ。いっぱい練習しました」


 自慢気に胸を張るモカ。その子供っぽさに思わず頬が緩む。

 しかし、見た目や言動はともかく、確認できた彼女の技量はたしかなものだった。

 魔法の威力、発動速度ともに申し分ない。事前に聞いたところ、使える魔法も四つとこの都市では多く、魔術師としては間違いなく優秀だ。俺の指示にもすぐさま反応できていた。


「これならもうちょっと奥まで行ってもいいか?」


 魔物というのは例外はあるが、大抵は奥地に引きこもっているものほど手強い。騎士団に間引かれているとはいえ、森の奥に行けばもう少し強い魔物が見つかるだろう。


「まだ戦うんですか?」


「ああ。薄々予想できていたけど、浅いところの魔物だと練習相手にならない」


 原因はウルシだ。あいつの戦闘力が高すぎて、この辺りの魔物だと一瞬でケリがついてしまう。

 訓練の相手なので自分たちより弱い方がいいのだけど、如何せんゴブリンたちでは弱すぎる。


「もしかして、疲れたか?」


「いえ、まったく。物足りないくらいです」


 魔法は体力と精神を消耗すると聞いているのだけど、モカはまだまだ元気そうで杖をブンブン振っている。結構勢いがあって当たると痛そうだ。


「近接戦もできたりする?」


「先生から習ったのは魔法だけです。杖で殴るくらいはできると思いますけど」


 つまり、期待しないほうがいいということか。

 モカは獣人なので近接戦をこなせるスペックはあると思う。

 魔術師とはいえ、いざという時のために多少は近接戦もできた方がいいだろう。


「帰ったらそこら辺の練習もしようか」


「はい、師匠!」


 打てば響くような返事が心地いい。特に、師匠という部分がグッドだ。


「ねーねー、ゴブリンの剥ぎ取りってどうやるの?」


 ゴブリンの死骸を一か所にまとめたウルシがナイフを片手にしゃがみ込んでいた。

 初心者には剥ぎ取りを嫌がるものもいるのだが、ウルシにはその様子がまるでない。過去にサバイバルな生活を送っていたと言っていたので慣れているのかもしれない。

 一方で、モカの方は若干顔色が悪くなった。

 まあ、これが普通の反応だろう。


「楽しみにしているところ悪いけど、ゴブリンに剥ぎ取るところなんてないぞ」


「そうなの?」


「討伐証明に耳を切り取るくらいだな。取引されてるゴブリンの角も、あれってホブゴブリンとか上位種の角だし」


 素材としてもゴブリンは魅力はまったくない。骨とか皮とか使えないものはないのだろうけど、他の生き物のほうが優れているためわざわざ使用される方が稀だ。肉も不味いし。

しかし、どこであっても討伐すれば一応少額でも金銭になるというのがせめてもの救いか。


「指で耳を持って、足で頭を固定するのがコツかな。……こんな感じで」


「なるほど」


 一度実践して見せてから、二人にもやらせる。こういうのはやらないとできるようにならないからな。

 しかし、前世の記憶が戻っても普通だったな。前世では生き物の死骸なんて見たら吐くまではしないでも、こんな風にじっくり見ることに抵抗を感じたはずだ。耳を切り落とすなんてとんでもない。

 前世の人格が強い気がするけど、今世の感覚も普通に残っている。

 全くの別人のはずなのに、綺麗に一つの意識として纏まっているのはなんとも不思議な感覚だった。


「剥ぎ取りの終わった死体は邪魔なので燃やします。モカ、やっちゃって」


「はい」


「燃やす手段がないときはどうするの?」


「その時は放置でいい。他の魔物の食料になるからできる時は処理した方がいいんだけどな。あっ、引火しないように注意してくれ」


 モカの放った炎がゴブリンの死骸を燃やし尽くす。

 処理が終わったら移動だ。

 さて、戦力は十分とは言えどのくらいまで潜ろうか。

 二人もゴブリン相手じゃあまだまだ物足りないみたいだし。


「そういえば、なんか変だったな」


「何がですか?」


「ゴブリンって、得物を襲う時は待ち伏せか奇襲を選ぶんだけど、さっきのは奇襲にしてはお粗末な感じがしてな」


「知能が低いからでは?」


「あれで狩りの能力は高い。じゃなきゃ、この世にゴブリンの被害に遭う人なんていないだろうし、そもそもとっくに絶滅してるさ」


 繁殖能力が高かろうが、食料を取れなければ生きてはいけない。

 魔物中には空気中の魔力を食べるだけで生きていけるというやつもいるが、ゴブリンはそうではない。


「さっきのは奇襲っていうか、飛び出してきたら俺たちがいた、みたいな?」


「そういえば、なんか私たち見てびっくりしてた気がする」


「それはウルさんがあり得ない速度で接近してきたからじゃあ……ん?」


 揃って首を傾げていると、モカの耳がピンッと立った。


「どうした?」


「なにか音が……こっちに近づいて来てます」


「……本当だ。声と足音、かな。でもこれ」


「数がすごいです」


 モカが顔色を青くする一方で、ウルシはどこか楽し気に唇を歪めている。


「どっちだ?」


「向こう、森の奥からよ」


 ということは、冒険者か。たぶん、魔物の群れに追われているのだろう。


「こっちに向かってきてるんだよな? じゃあ、迎え撃って追われてるやつらに恩を売ろう」


 恩と貸しはどれだけ作っておいてもいい。上手くいけば、モカたちに繋がりができて人脈が増える。人脈を増やしておくと、いざという時に頼りになるからな。


「モカ、魔法を頼む」


「わかりました。燃やし尽くしてやります」


 今回はモカがいるので殲滅は簡単だ。広範囲魔法も覚えているそうなので、いくら数が多くても問題にならない。彼女のなら相手を骨まで灰に変えてくれ、


「えっ、もしかして火属性魔法?」


「はい。私が使えるのは攻撃魔法の【ファイアボール】、【フレイムブラスト】。防御魔法の【ガードウォール】。補助魔法は【リカバー】。この四つです。攻撃魔法は火属性魔法しかありません」


 マジで?

 こんな森の中で広範囲の火属性魔法なんて使ったらどうなるか子供でも分かる。

 大火災だ。


「ストップ! 魔法ストップ!」


「は、はい?」


 ここは国が管理している土地なので森を炎上させるのは非常にまずい。魔法による迎撃策は捨てるしかない。

 次の手を考えないと。けど、他に広範囲攻撃なって持ってないぞ。


「あ、来た」


 現実は無慈悲だった。次の策を思いつく前に、足音は俺の耳にも届くようになり、こちらに走ってくる人影を捉えた。

 先頭を走るのは三人の冒険者たち。そして、その後ろに続く魔物の群れ。それがまた厄介だった。


「げっ!」


「あれって、全部ゴブリンですか!?」


「あはは、いっぱいいる。あっ、あそこに大きいのがいる!」


 見渡す限り、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリン――――。

 五十を超えるゴブリンの群れが、波のように迫ってきた。

 しかも、その中にホブゴブリンや上位種の姿も散見していて、とても三人で対応できる規模ではない。


「追われているの、全員女の人みたいです!」


「なに!?」


 ゴブリンに捕まった女は悲惨だ。巣穴に持ち帰られて、苗床にされてしまうのだ。ここで見捨てれば、彼女たちのそんな結末を迎えてしまうだろう。

 けど、俺たちだけで、彼女たちを合わせてたった六人であの群れを倒すことができるだろうか。逃げるにしても、彼女たちを助けないと。


「おい、あんたら! 私たちのことはいいから、さっさと逃げな!」


「ええっ! ソアラさん、ここは助けてもらうのですよ!」


 冒険者たちを助けると意志を固めていた俺たちに、冒険者の方から撤退を促す声が上がる。反対意見も上がっているみたいだが、リーダーらしい彼女は自分たちの失態に赤の他人を巻き込めないとそれを封殺している。

 どうもあのリーダーは随分と雄々しいようだ。


 ――――というか、その声と名前に聞き覚えがあった。


「って、ん!? お前、レイドじゃないかっ!」


 どうやら向こうも俺だということに気がついたようだ。リーダーの女、ソアラはにやりと口端を吊り上げた。

 瞬間、俺は二人の手を取って走り出した。


「逃げるぞ!」


「えっ!?」


「助けるんじゃないんですか!?」


 突如の方針転換に困惑を露わにする二人。

 構わん。

 あいつらなら例え、薄い本みたいなことになったとしても問題ないし、胸は痛まない。


「それよりも、面倒事を押し付けられないようにする方が先だ」


「待ちやがれ、クソレイド!」


 背後からソアラの怒声が響く。こら、女がクソとか言うな。


「知り合いなんですか? なら、余計に助けないと」


「あいつらにはそんな良心はいらん」


 モカが優しいことを言っているが、俺たちの間柄にはそんな良心や優しさは必要ない。


「レイドォっ! 大人しく私たちの代わりに囮になれ!」


「ほらな?」


「えぇっ……?」


 先ほどと二人の主張が変わっているせいでモカが非常に困った顔をしてる。

 ここにいたのが俺出なかったら、ソアラは助けを求めず自分たちで何とかしようとしたはずだ。俺もソアラたちでなければあのまま迎え撃って助けただろう。

 だけど、俺だったから彼女は俺を囮にする気だし、ソアラだったので俺は迷うことなく撤退を選択した。

 そういう間柄なのだ、俺たちは。


「ちょっと、ソアラさん! そんなこというから逃げられちゃうのです!」


「……仕方ない。ソアラとレイドだから。諦める」


「何なのですかそれ!?」


「ハル、ノノ! 喋る暇があるなら足動かせ!」


 追走する二人を叱咤し、ソアラは足を止めることなく詠唱を開始した。詠唱は瞬く間に完成し、魔法が行使される。


「【アクセラレート】」


 淡い光が三人を包む。すると、彼女たちの速度が瞬く間に上がり、俺たちに並ぶ。


「フハハハハ、どうだ見たかっ! これが私の付与魔法だ!」


「なんでこのタイミングで使うのですかぁっ!」


「文句があるならお前のだけ切るぞ?」


「あ、ごめんなさいです」


 ノノと呼ばれていた少女がリーダーの脅しに屈して口を閉ざした。

 相変わらず身内に厳しいな。


「で、どうしてこうなった?」


「わからん。経緯はギルドで話す。そっちの仲間に広範囲魔法の持ち主は?」


「いるけど、火の魔法だ」


「それはダメだな」


 並走しながらソアラと策を模索していく。付き合いはそれなりに深いので短い言葉でも通じるので、こういう切羽詰まった状態では助かる。

 けれど、二人そろっても案はすぐに生まれない。


「広範囲の攻撃なら、私できるよ?」


「本当か!?」


 すると、横合いにいたウルシの発言にソアラが喜色ばんだ。

 あれ、ウルシに広範囲攻撃なんてあったけ?


「私のブレスなら一気に戦闘不能にできるよ」


「ブレス?」


 ああ、ブレスか。

 確かに毒のブレスなら森を燃やすことはないし、相手の動きを鈍らせることができるだろう。


「頼む!」


「任せて!」


 ウルシは得意げにその薄い胸を叩くと、大きく息を吸い込んだ。そして、くるりと後ろに振り返り足を止める。

 全員が彼女の横を通り抜けた瞬間、ゴブリンの軍勢は紫の奔流に飲み込まれた。毒々しい霧状の竜の吐息は瞬く間に敵を覆いつくす。

 毒霧の中から無数の悲鳴が上がる。耳を塞ぎたくなるような、苦痛に喘ぐゴブリンたちの声。足音は途絶え、代わりにバタバタと倒れ伏す音が連続する。


「すげぇっ!」


「というか怖っ!」


 先ほどまで自分たちを追いかけてきていたゴブリンたちが一瞬で無力化されている光景にソアラは感嘆しているが、俺はそのブレスのあまりの威力に冷や汗を垂らしていた。

 加護や魔道具なしでウルシに挑んでいたらと思うとゾッとする。


「奴らが痺れているうちに逃げるぞ!」


「これ、痺れ毒じゃないよ?」


「え?」


 ゴブリンたちが一瞬で足を止めたことから強力な痺れ毒だと思ったのだろうが、彼女が毒竜だと知っている俺はそんな生易しいものではないと察していた。


「この毒は吸わなくても肌からも侵入する即効性の毒なの。症状は肌が爛れたり、眩暈が起きたり、呼吸困難になったりするの。すぐに解毒しないと一時間もしない内に死んじゃうようなやつだよ」


 そんな強力な毒をすぐに大量に用意出来るとか、本当に恐ろしい能力である。毒の対策をしてなかったらまずこいつには勝てないだろう。

 ソアラたちもぽかんとしている。


「……静かになっちゃいましたけど」


「あ、じゃあ消すね」


 言うと、その場に滞留し続けていた毒霧が薄まっていき十秒足らずで消え去った。その場に残っていたのは、皮膚が爛れ苦悶の表情を浮かべてさらに醜くなったゴブリンたちだった。うめき声は聞こえるのでまだ生きてはいるのだろう。


「……見事な全滅っぷり。処理が大変」


 倒れ伏しているゴブリンたちを眺めていたハルが嘆息した。確かに、これだけの数のゴブリンを放っておくわけにはいかない。

 俺たちは手分けして、ゴブリンたちにとどめをさしていき、死骸を一か所に集める。そして、魔術師であるモカとハルが火を放った。

 剥ぎ取りもあったので、一時間近くかかった。


「取りあえず、ギルドに報告だな」


「私たちも驚いた。間引きしてるはずの森にこんだけのゴブリンの群れがいるとは思わなかったよ」


 この異常事態に、全員一致で戻ることになった。

 誰もが疲労をのぞかせる中、ウルシだけが上機嫌だった。


「ああ、やっぱり新人冒険者と言えばゴブリン退治よね」


 さっきのを普通のゴブリン退治だとは思ってほしくないんだけど……。

 まあ、ウルシが満足しているなら良しとしよう。


 こうして、二人の冒険者稼業一日目は終了した。


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