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34.竜殺しの噂

 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)

 その名の通り、竜を討伐した者に与えられる英雄の称号。


 竜と言っても、そんじょそこらの竜を倒してもこの称号は得られない。

 一口に竜と言っても、実際にはその種類は多い。

 火竜、水竜、地竜、飛竜、竜人、古竜などなど。

 まだまだ沢山いるが、人類はわかりやすく竜の種類を大別しており、一般的な認識もその分類に沿ったものだ。


 亜竜、竜人、竜、邪竜、古竜。だいたいこんな具合だ。


 亜竜。ワイバーンやリザードマンなど、言葉を解せず襲い掛かってくる怪物で、すべてが魔物として認定されている。竜人からすると、言葉も理解できない下等生物とのこと。竜未満の爬虫類たちだ。


 竜人。ウルシのような種族のことだ。竜の血と力を継ぐ人間であり、中には本物の竜へと至る者もいる。ウルシが完全な竜へと変身したことからもわかる通り、眉唾ではない。


 竜。つまりはドラゴン。人語を理解することができ、人類と敵対していないものを指す。人類と友好的な者もいるが、人には関心を持たず気ままに世界を放浪する竜もいるそうだ。


 邪竜。闇落ちした竜のこと。もっと明け透けに言うと、竜の犯罪者。禁忌を破ったり、無暗に人間を襲う人類の敵対する存在を邪竜と言う。種族と言うよりは蔑称だ。


 古竜。またの名を龍。とても古くから生きている竜や、別格の力を持つ竜のことらしい。俺も詳しいことは知らないが、竜の上位種という認識で問題ない。


 正式なドラゴンスレイヤーの称号を手に入れる方法は、先の中の邪竜を討伐した時のみである。


 亜竜は竜としては認められておらず、ただの大きな爬虫類だ。強力な個体を討伐すれば相応の名誉は得られるが、ドラゴンスレイヤーと呼ばれることはない。ドラゴンを殺してもいないのにドラゴンスレイヤーはおかしいからね。

 竜人も人間という認識なので、これも竜としては認められない。


 ややこしいのは竜と邪竜だ。さっきも言った通り、両者には種族的な違いはなく、有害か無害かというだけだ。

 竜は理性のある怪物であり、その力は人類を守ることもあれば、災厄ともなって襲い掛かってくることもある。

 邪竜と言う災厄を討ち滅ぼせば、そいつは紛れもない英雄だ。


 一方で、普通の竜を倒してもドラゴンスレイヤーと呼ばれることはない。

 それはなぜか。

 そんなもの、無害な竜の討伐が害悪でしかないからだ。


 竜はその強大な力を持ちながらも、人間以上の知性も持ち合わせている。性格に個体差はあるが、魔物と違って話ができる相手なのだ。

 人類の生活圏に竜が住み着いても、交渉次第では融通を利かせてくれるし、時には共存関係だって築ける。

 余計なことを仕出かさなければ、災害のごとき力が牙を剥いてくることはないのだ。


 なので、無害な竜を相手に攻撃を仕掛けて機嫌を損ねたり、それこそ逆鱗に触れてしまえば甚大な被害がでる。討伐できたとしても、生態系が崩れて魔物が増えることもある。

 地域の住民からすれば堪ったものではない。邪竜以外の竜退治など迷惑行為でしないのだ。

 偶に、腕試しに竜へ挑む馬鹿がいるが、そんなことを口にすれば出発前でも生還後でも例外なく人々からは絶対零度の視線を浴びせられることになる。


 そういう馬鹿が出るのも、たどり着けさすれば竜と戦うこと自体は簡単だからだ。

 竜というのは竜人と同じく血の気の多く矜持の高い連中なので、手合わせを願い出れば喜んで受けてくれる。

 勘違いしないように言うと、竜たちは闘争は好きだが、虐殺は嫌う。彼らが望むのは腕と誇りを賭けた決闘なのだ。


 なので、戦士でもない相手を襲い、力に溺れて弱者を相手に威張り散らす同族というのは竜たちにとっても嫌悪の対象なのだ。

 ここら辺が、人類が邪竜を討伐しても恨まれたりされず、逆に竜たちからも称賛される理由でもある。


 さて、少し長くなってしまったが、何を言いたいかというと。


 俺はドラゴンスレイヤーじゃねえ。


「えっ、違うんですか?」


「違うよ、絶対に違うよ」


 きょとん、としている白少女に勘違いを正すため力強く『ノー』を突きつける。

 嫌だよ、やってもないのに竜殺しなんて呼ばれるの。


「闘技場に現れた本物の竜を一撃で消し飛ばしたと聞いたんですけど?」


「それどこ情報?」


 どんな化物だよ。

 いや、待てよ。俺が逆鱗を攻撃したために魔力の制御を失ったウルシは竜の姿を失った。その時毒煙が発生していて、観客席側からは視界が悪くなっていたはずだ。その後もウルシは攻撃してきたが、煙が晴れる前に決着がついていたはずだから、周囲からはそのように見えたのかもしれない。


 試合が終わってからわざわざ選手の生死報告なんてしないだろうし、あれから一度も闘技場に現れなければ観客達には、あの選手は死んだからもう出場しないんだろうな、と思われてもおかしくない。


「貴族や富裕層ではかなり噂になってるみたいですよ」


 金持ちは利益や権力、保身のために情報に敏感である。ようは噂が大好きだ。

 一週間程度で俺はいつの間にか有名人と化していた。

 しかも、噂の方がかなり真実とは異なって伝わっている気がする。


「じゃあ、竜殺しというのは嘘なんですか?」


 モカが目に見えてがっかりするが、ここで虚勢を張って嘘をつけるほど俺の心臓は強くない。誠実云々ではなく、身の丈に合わない名声は身を亡ぼすだけだ。期待を裏切るようで申し訳ないが、はっきりと否定させてもらおう。


「ああ。あれは竜化しただけの竜人だったし、本人は今もまだ生きている」


 殺してもないのに竜殺しって、『ドラゴンスレイヤー(笑)』じゃないか。


「そうね。確かに竜を倒したのは本当だけど、殺してはいないわね」


「噂なんてものはどれも大なり小なり脚色されているもんなんだ。あまり真に受けるもんじゃない」


 人から伝え聞いた話なんてものはどこかしら真実とは異なるのだよ、と純粋な少女に人生の先輩として背伸びして説いてやる。

 ……あれ、俺って立場は上司だけど家臣としては後輩になるのか?


「では、竜を倒したのは本当なんですね?」


「ん? ああ」


 気づかなければよかった事実を頭の隅に追いやっていると、話の真偽を訪ねてきたモカにとっさに言葉を返す。

 アリーシャ様やウルシの話では薬の効果による中途半端な状態の竜形態だったそうだが、一応は竜だ。真か偽か問われれば、真だろう。


「へえぇっ!」


 あれ、なんかモカちゃんの瞳がキラキラ輝き始めたぞ。尊敬する人を見た時のような光が宿っているような?


「レイドはね、大した装備もなしにブルーオーガも打ち破ったこともあるのよ」


「そうなんですか!?」


「オーガ種相手に肉弾戦を挑み、最後には頭を叩き潰していたわ」


「レイドさんすごいです!」


 ……うん。間違ってはいない。

 でもね、アリーシャ様の言い方だと色々な情報が抜けてて、まったく苦戦しなかったように聞こえるんだよね。


 というか、話を補足してくれているのかと思ったら、面白がって話を煽ってるよこのお嬢様!


「いや、そんな一筋縄にいく相手じゃなかったからな。どっちも辛勝だったんだぞ」


「その驕り高ぶらない姿勢。カッコいいです、師匠!」


 違うから。謙遜じゃないから。事実だから。

 そしてこの状況で、年下の女の子にカッコいいとか師匠とか言われてちょっと嬉しくなってる自分が嫌だ。


「アリーシャ様、面白がってないでちゃんと説明してあげてください」


「説明?」


 誤解が生じて、部下から幻想を抱かれつつある状況を隣で、非っ情に楽しそうに眺めていたアリーシャ様に助けを求めるも、彼女はそんなものいるかしらと、首を傾げるだけだ。


「上司が部下から尊敬されることになにか問題があるの? 期待されていると思って、仕事に励めばいいじゃない。モチベーションに繋がるでしょう?」


「その期待がすごく重そうなんですけど!?」


 そりゃあ、部下からは尊敬されたいだろうし、カッコいいところも見せたいだろう。

 けど、それでオーガや竜を一捻りにできると思われるのは違うと思う。


「それに、間違いなんて一つもないでしょう?」


「それは、そうですけど……」


「貴方のその(・・)気持ちは、騙している罪悪感じゃないわ」


 内心を言い当てられて、どきりとした。


「これからは人の上に立つ機会が多くなるのよ。そういった類のプレッシャーにも慣れておきなさい」


「……はい」


 正直、期待されるのは苦手だ。

 戦闘の最中に感じるすぐ後ろに死が迫ってくるようなプレッシャーと、誰かに期待されてのしかかってくるプレシャーは違う。

 前者は慣れているし、戦いに身を投じて熱くなれば、それは楽しさに変わる。

 反対に後者は苦手だ。前世を含めて、人の上に立ったことなどほとんどないし、期待を裏切れないという思いが心を重くする。


 今も羨望の眼差しを向けるモカ。

 俺は君が思っているほど大層な人間じゃないんだ。


「心配しなくても大丈夫よ」


「アリーシャ様……」


「レイドは私が見出したんだから。貴方が、貴方らしく、貴方が信じたとおりにやれば私の期待を裏切るような結果にはならないわ」


 じんわりと温かいものが胸の奥から湧き上がってくる。

 そっか、息苦しくもあるけれど。人から期待されるのってやっぱり嬉しいことなんだな。


 曇りのない色違いの青い双眸が、真っすぐに俺の瞳を捉え続ける。どこか及び腰だった心が、すっと前を向き始めた。


「それに、若い子には期待を裏切るとは考えずに、現実を教えると思えばいいのよ」


「……笑みが黒いです、お嬢様」


 確かに、この年頃は夢見がちな部分が多く、どうしようもない実情を伝える時は自分のせいでもないのに申し訳なくなる。

 冒険者も凶悪な魔物を退治して大金と栄誉を得る、というイメージが強いためそれに惹かれて冒険者になった若者は多い。

 そういう子たちに、戦い方だけでなく、安全な採取の方法やいざという時の逃げ方、冒険者としてのルールや雑用依頼の大切さ、軋轢の避け方など現実的な部分も教えなくてはならない。


 眉をしかめ、嫌がられようともそれは彼らが受け入れなくてはならないことだからだ。

 それと同じように、モカの夢を壊さないようにするのではなく、現実を教えていく方が彼女のためではないだろうか。

 ……うん。なんかうまく正当化できた気がする。


「というか、最初にモカが俺へ期待を抱かせたのってアリーシャ様ですよね?」


「あらいやだ。二人のためにやったことよ。ほら、もう話しも済んだのだし冒険者登録にでも行って来たら?」


 半分本当で半分は面白がってやってたな。

 じとりと彼女のことを見つめながら、俺はモカを連れて席を立った。

 教育期間は一か月と時間がない。行動は早い方がいい。引っかかりは覚えるが、ここはアリーシャ様の言う通り今から冒険者登録に向かうとしよう。


「行くよ、モカちゃん」


「登録に行くんですね。楽しみです、師匠!」


「師匠はゴーシュさんじゃないの?」


「ゴーシュさんは先生って呼んでます。なんか師匠っぽくはないので」


 師匠っぽさってなんだ。


「あと、『ちゃん』は不要です。モカは呼びやすさが売りなのです」


「そう?」


 本人がいいなら構わず呼び捨てにさせてもらおう。本人も言うとおりそっちのほうが呼びやすいし。


「いってきますね」


「いってらっしゃい。資金は準備してあるから玄関で受け取って頂戴」


 あ、お金貰えるんだ。

 借金をしている身の上なので、自分で資金調達をしなければいけないと勝手に思い込んでいた。

 アリーシャ様の目的がお金稼ぎではなくモカへの教育なので、そのための軍資金を用意するのはよく考えれば当然か。


「ありがとうございます」


「できる限りサポートはするから、何かあれば相談してね」


「はい」


 使える主の頼もしさを感じていると、廊下の方からドタドタと騒がしい音が響いてきた。

 直感で、目前であった扉から距離を取る。

 足音が次第に大きくなり、バタンッと勢いよく扉が開いた。


「レイド、聞いて! この街にドラゴンスレイヤーがいるんだって! 決闘してみたいから探すの手伝ってよ!」


「その話はもういいから」


 スレイされたことになっている当の竜人が鼻息を荒くして部屋に飛び込んできた。


 ……こいつも連れていくか。でないと後が面倒そうだ。


 振り返ってアリーシャ様に指示を仰ぐと、俺の言いたいことは伝わったようで了承するように頷いた。



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