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33.顔合わせ

 ウルシの料理の一件が終わった翌日。午後から改めて同僚との顔合わせを行うこととなった。

 昨日のやらかした自覚があるのかウルシは朝からしょんぼりとしていて、いつもよりも大人しかった。ついてくと思っていた顔合わせも辞退するくらいに。


「あの様子だと、二度と料理は持ってこないと思いますよ」


「あれだけ被害が出るとなぁ。誤魔化すのも限界だったし……なによりあいつの料理は危険すぎる」


「アリーシャ様からも禁止令がでましたからね。――――ここです」


 時間になり、ケイトさんに案内されて連れてこられたのは屋敷にある客間だ。昨日流れた顔合わせをここでするらしい。


「失礼します。レイドを連れてまいりました」


「ありがとう。もう少しだけ待ってて」


 部屋に入ると、アリーシャ様の対面には見覚えのある人物が座っていた。

 礼服を纏った壮年の男。貴族らしい気品を持ちながら、近寄りがたさを感じさせない。名前は確か、ゴーシュだったか。後ろには彼の付き人が緊張した面持ちで立っていた。


「むぅ……」


 二人はテーブルを挟んでカードに興じていた。またなんか勝負してるし。今度はポーカーか?


「これだ! ……あ」


「ありがとうございます」


 ゴーシュさんがアリーシャ様の手からカードを引き抜くと、その絵柄を見て固まった。一方でアリーシャ様の方は、してやったりと可愛らしい笑みを浮かべている。


 ババ抜きかよ。


 その後、アリーシャ様の言う通り決着はあっさりついた。二人でやっているのでジョーカーを引かなければすぐに終わる。

 あれから一度も移動しなかったジョーカーを手にゴーシュさんはうなだれている。


「なんでここにゴーシュさんがいるんです? 彼が俺の同僚ですか?」


「まさか。彼は昨日、私のところを訪ねてきたのだけど、日頃の疲れが出たのか急に倒れてしまったのよ」


「ううむ、体調管理は怠っていなかったと思うのだが、こんなことになるとは。日常生活を見直さねばならぬよ」


 ああ、この人も犠牲者だったのね。


「しかし、また負けてしまった。珍しく君の方から誘ってくれたというのに」


「ただの暇つぶしですよ」


「いつもは何か賭けているし、今回は本当に何もなくていいのかい? 私としては嬉しいのだが」


「労いの意味もありますから。しいていうなら、昨日のことを気に掛けず今までのように接していただけると嬉しいですわ」


「私の方が迷惑をかけたというのに、珍しく優しいじゃないか」


「いえ、いつも無茶なお願いを聞いてもらっていますから」


 こうして、さりげなく昨日の一件を水に流す言質を取ったアリーシャ様は、前置きはここまでと本題に取り掛かった。

 アリーシャ様に呼ばれ、彼女の座る後ろに立つ。


「あらためて紹介しますね。彼が例の部隊の長を担うレイドです。実力はゴーシュ様もよく知っての通りでしょう。人格も私の目が保証します」


「ああ。君はよくもまあ面白い人間を拾ってくる」


 クツクツと笑いながらケイトさんの出した紅茶に口をつける。


「私からも彼なら異論はない。では、今度はこちらだね」


 ゴーシュさんは後ろを見やる。


「君は初対面だろう? さあ、挨拶をなさい」


「は、はい!」


 顔合わせというのに、彼ら以外にそれらしい人影が見当たらないとは思ったが、やはりなのか。

 ゴーシュさんに促され、緊張した面持ちの彼女は一歩だけ前へ進み出た。


「は、初めましてレイドさん。も、モカといいます。よ、よよよろしくお願いします」


 モカと名乗ったのは成人も迎えていないだろうまだ幼い少女だった。

 人見知りなのかどうも激しく緊張していて翡翠の瞳があちらこちらに泳いでいる。

 しかし、そんな彼女の様子よりも目を引くのはふわふわとした癖のある白髪からのぞき、精神状態を表すかのようにピコピコと揺れる耳だ。


 獣人。

 羊人族だろうか。


 彼女の種族にあたりをつけるが、少し気になることがあった。


「よろしくね、モカちゃん。俺自身は上下関係とかあまり気にしないから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


「は、はい!」


 ……だめだ。また硬くなりおった。

 貴族同士の顔を合わせているので緊張しているのかと思いきや、よく観察するとそうではないことに気づく。

 アリーシャ様やゴーシュ様というより、俺に対して緊張しているようなのだ。


「モカが可愛いからっていじめちゃだめよ? この年でも十分優秀なんだから」


「いじめてませんよ。というか、彼女のことよく知ってるんですか?」


「知ってるも何も、モカは元々うちの子よ」


「うちの子?」


 ゴーシュさんの後ろについていたので、てっきり向こう側の人間かと思っていたのだが、アリーシャ様はそうではないと首を振った。


「モカは私の配下よ。魔術の素養があったから一年ほどゴーシュ様のところで修業をつけてもらってたの」


「なんでわざわざ?」


「ゴーシュ様は優秀な魔術師なのよ。モカに魔術を教えるよう私が頼んでいたっていうわけ」


「さすがに一年では短すぎた。まだまだ半人前だよ」


 そういえば、ゴーシュさんが魔術師であるとヨハンから聞いた覚えがある。

 魔術を使えるのは基本的に貴族階級者だ。在野の魔術師は出奔した跡を継げない貴族の子弟や魔術師に弟子入りした者たちである。貴族以外の者が魔術を身につけようとすれば、弟子入りするのが普通だ。


 この世界の魔術は呪文を唱えたらポンポン発動するようなものではなく、習得するには才能だけでなく勉強や道具がいるのだ。当然、農民だった俺はできない。


 魔術師は貴重だ。それが半人前であっても、パーティに一人いるだけでとても心強いし頼りになる。


 見た目からして不安だったが、モカに対する評価がぐんっと上がる。アリーシャ様が選んでくる時点で、生半なやつが来るわけがなかったな。


「基礎ができてるならあとはこっちで教えるわ。探索の技術も教えないといけないし」


「教えるのは構いませんけど、期限はどれくらいですか?」


 ベイルラントにいつ頃戻るのか聞いていないので、そこだけははっきりさせて欲しかった。

 仕事の内容を聞いてからいくつかカリキュラムのようなものを考えたが、問題は時間だ。恐らく、領地に帰ったら早い段階で未開地に送り込まれるだろうから、それまでに何とか使えるようにしたい。


「そうねぇ。誕生祭が終わったらすぐに王都を発つつもりだから、十分な時間が取れるのは一月ね」


 思ったより短いな。アリーシャ様が王都に滞在しているのは誕生祭が理由なので、その後だろうとは予想していたけど、終わったらすぐに戻る気のようだ。

 それでは全く時間が足りない。


「一か月じゃあ満足な実力がつくのは難しいですよ。できても新人に毛が生えたくらいが精々ですね」


「それはわかってるんだけど、時間がないのよ。一月で可能な限り教えてあげて。最低でもEランクくらいまでの実力がつけば大丈夫だから」


 Eランクて。

 やっぱりこのお嬢様は無茶を言いやがる。


「つまり、冒険者登録をしてモカちゃんをEランクにしろということですか?」


「ええ。相応の実力だけじゃなく、正式なランクを取得してもらえると助かるわ」


 マジか。

 冒険者はGランクからスタートだ。それを一か月でランクを二つまであげるのはかなり難しい。新人がFランクになるまでに普通は二、三か月かかる。Eランクだと半年以上だ。


「あと、レイド自身のランクも上げてもらうから」


「……わかりました」


 一か月でEランクまでたどり着け、か。

 俺はともかく、モカにはかなり厳しい一か月になるだろう。

 しかし、勝算がないわけではない。魔術が使えるというだけで、ギルド側の評価も高くなるし、魔術師は火力が高い。

 ランクアップに詰まる原因は戦闘能力がほとんどなので、それがクリアできている時点で実現不可能な数字ではない。

 採取や剥ぎ取りに必要な技術を詰め込めればギリギリなんとかなると思う。


 この人は実現不可能一歩手前の頼み事ばかりしてくるな、ほんと。ドSかよ。


「話が纏まったのなら、私はそろそろお暇させてもらうよ」


「これからお仕事でしたね。頑張ってください。ケイト、御見送をお願い」


「…………はい」


 立ち上がりモカに少し声をかけると、ゴーシュさんは部屋を後にした。


「はあ、働きたくないなぁ……」


 扉が閉まる寸前、なんだか聞いてはいけない声を聴いてしまった気がする。


「あの、ゴーシュさんって本当に優秀な魔術師なんですか?」


「本当よ。ただ、勝負事が大好きで仕事より趣味を優先させるような人だけど」


 優秀なダメ人間ということですね。

 ケイトさんがなぜ彼に冷たい視線を浴びせ続けているのか少しだけわかった。

 彼の教育を受けたモカの実力が少し心配になってきたが、アリーシャ様が任せたのだからそこは大丈夫だと信じたい。


「さて、ゴーシュ様も帰ったことだし、貴方達も座りなさい。あとモカは緊張し過ぎよ。レイドに聞きたいことがあるんでしょ?」


「そ、そうでした」


 促されモカがぴょこぴょことした動作でさっきまでゴーシュさんがいたソファーに座る。

 その表情は依然として固いが、少し興奮しているのか顔が赤く、姿勢も前のめりになっている。


「俺に聞きたいこと?」


 もしかして怖がられているのでは、と考えていたので、そうではなかったことに安堵する。

 一緒に仕事をする相手とは仲良くしたいからな。


「貴方が、あの(・・)レイドさんなんですよね?」


「……あの?」


 人生初の部下からの質問に快く答えてやろうとしていたのだが、質問の意図が理解できずについ首を傾げて言葉を繰り返してしまった。

 あの、と言われても、俺は有名人などではない。もしかして、同じ名前の別人と勘違いされているのではないだろうか。


「はい。貴方が今噂の『ドラゴンスレイヤー』さんなんですよね!」


「…………は?」


 俺は全く身に覚えのない噂にポカンと間抜けな顔を晒してしまう。

 隣では、アリーシャ様が俯いて肩を揺らしていた。

 まるで笑いをこらえるかのように。


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