28.借りたものはきちんと返そう
「この金額がマジで俺のものだってのか?」
念願の奴隷解放に特に感動がないまま、話題は次の物へと移っていった。
まあ、喜んでいられたのは一瞬だった。
渡された書類で最も目を引くのは七桁の数字。
2000000ゼスと言う大金の請求書だった。
正直、一発殴られた今でもまだ現実に思考が追い付いていない。
「それはレイドが破壊した物の弁償を求める書類よ」
壊したって、なにを?
身に覚えがなく首を傾げていると、ケイトさんが動いた。隣の部屋に一旦消えると、すぐにある物を持って戻ってきた。
抱えられた拉げたメイスを見たとたん、血の気が引いていく音がした。
――――忘れてた!
闘技場での戦いの際に借りていたメイス。しかし、竜化したウルシの攻撃を防いだためにあんな無残な姿へと変わり果ててしまっていた。
「武具を貸し出すにあたって、多少の欠損は認めるけれどちゃんと返すように言ったわよね?」
「……はい」
覚えている。きちんと証明書みたいなものにサインした記憶がある。
完全に折れ曲がり、もう完全に武具としての体裁を失っている。それどこかあとちょっとでちぎれそうだ。
「ここまでいくと一から作り直す方が安いわね」
つまり契約上、俺はアリーシャ様に壊したメイスの代金を弁償しなければならない。そして、書類に記されていた金額に意識が遠のく。
2000000ゼス。
にひゃくまん、という金額を目にした途端強烈な立ちくらみに襲われ、その場に膝をついてしまう。
「このメイスはアダマンタイト合金製でね。材料も高価で、加工するのにとても手間がかかるの。その分、大抵のことでは傷一つつかないんだけど、激怒した竜の攻撃には耐えられなかったみたいね」
つまり、それを一緒に受けて粉々にならなかった俺はアダマンタイトよりも頑丈ってことですね。俺ってすごいなぁ!
……あぁ、今すぐ現実から逃げ出したい。
「これでも安くしているのよ? それに壊れているとはいえ、武器自体は持ち帰ってきたから修理費用だけの値段にしてあるわ。材料費から合わせると少なくともあと二桁は変わってくるから」
「ご厚意感謝します」
億単位の金額など返済できる気がしない。絨毯に額をこすりつけるようにしてひたすら平伏する。
しかし、それでも二百万と言うのが大金であるのは変わらないし、何より今の俺には一切の返済能力がない。
犯罪奴隷となったため、俺の財産はすべて国に没収されている。武具や衣服などはアリーシャ様が買い戻してくれたが、現金やいざという時の貴金属や宝石は戻ってこず金になりそうな物はゼロ。
アリーシャ様に買い取られてからも、衣食住は用意してくれていたし、欲しいものがあれば用意してくれた。外出も一回きりだったし、お小遣いを請求したりもしていない。
そして、未だ仕事を与えられていないため給金も出ていない。闘技場の件は俺の解放が対価なので金銭はもらえないのだ。
つまり、完全な無一文。
「さて、借金を背負ったレイド君はどうすればいいでしょうか?」
「か、身体で返します……」
「間違ってはいませんが、言い方を改めなさい」
お道化た口調で問われとっさに答えたが、青鬼さんに睨まれてしまった。……これぐらいで、ちょっと過敏すぎるんじゃないですかね?
「働いて返します」
これ以外に選択権はない。
ここを出て行ってすぐに2000000ゼスも稼ぐあてなどないし、あってもバナーや迷惑メール並みの怪しい仕事だ。
堅実に稼ぐと言っても、仕事先を探すよりもここで働いた方が苦労もなく給金も良い。冒険者に戻るにしても、登録が消されているためGランクからのスタートだ。そこから2000000ゼスも貯めようとすればいったいどれだけ時間がかかることやら。
「さて、前振りはここまでにしましょう。新しい仕事を頼みたいの」
「酷い前振り」
君、私に大きな借金ができたんだ。ところで、ちょっと頼みたいことがあるんだけど。
断らせる気ゼロじゃねーか、この流れ。
「悪い話を先にしてから良い話を聞いた方が後の気分が違うでしょ? どっちにしろ伝えることなんだし、こちらも配慮した結果なのだけど」
……そういうことにしておこう。
思惑はどうあれ、どんな仕事でも断る気は元からなかったんだし。
「……それで、仕事の内容は?」
「一言でいえば人材の育成よ。調査隊に志願している者に、冒険者としての技術を仕込んでほしいの」
「冒険者の?」
「基本的にはサバイバル技術ね。戦闘での連携や素材をダメにしない魔物の倒し方とかも教えてあげてほしいの。できる?」
「できますよ。経験もありますし」
ギルドからの指名依頼で新人冒険者の指導と言うものがある。新人冒険者の指導はギルド職員の仕事なのだが、地域によってはギルド側で手が回らないことも多い。そこでギルドが信頼できる冒険者を選定し、指名依頼を出すのだ。報酬も貢献度も高く割もいい。
何度か指導を頼まれたことがあったので、新人冒険者の教育には慣れている。
「よかった。それじゃあ、顔合わせは午後からね。それまでは自由にしていて頂戴」
「今からじゃダメなんですか?」
「修行からまだ戻って来てないのよ」
修行って。
ストイックな侍みたいな人なのだろうか。
そういう勤勉な人ならこっちとしても教えやすいので安心だ。教わる側なのに口と態度がでかいクソガキなどは二度と御免被りたい。
なんにせよ、その人が帰ってくるまでは自由時間だ。午後からなら短くても三時間ほど時間がある。
いつもならまだ庭で稽古をしているが、慣れない身体強化をしたせいで全身が重い。無理に動いてもあまり効果がみられるとは思えない。それに訓練の気配をかぎつけてウルシが乱入してきても面倒だ。
訓練が終わると読書と字の練習だ。識字率はあまり高くないこの世界だが、俺は読むことは一通りできた。しかし、書くのは苦手だった。記憶が蘇ってからは勉強したのである程度書けるようにはなったが、まだまだ拙い。
時間ができたのなら勉強するべきだろうが、残念ながら俺は前世から勉強をしたくない人間だ。読み書きの練習は必要だからしているが、今は勉強をする気分ではない。
することはすでに決まっている。
解放されたら最初に行きたい場所があった。
「それなら、外出してもいいですか?」
「もちろん。もう犯罪奴隷ではないし、これからは屋敷の誰かに一言言っておいてくれれば好きに出かけてかまわないわよ」
見張りという名の同伴者がいなければ外を出歩くともできず、それで誰かの手を煩わせるのが嫌で外出を控えるようになったが、そんな面倒な制約はもうない。
逸る気持ちを宥めつつ、一礼して退出をするとすぐに出かける準備を始めた。
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「そういえば、あのことは伝えたのですか?」
「あ、忘れてた」




