26.待ち望んでいたもの
不可抗力ということで俺の謝罪はすんなり通った。
その代わり、やはり恥ずかしかったのかウルシは目を合わせてくれなくなったし、視線から逃げるようにヨハンの影に隠れるようになってしまった。
「身体強化についてはもうマスターしたようだね」
「いや、そうでもない」
さっきの戦いぶりをヨハンは太鼓判を押してくれるみたいだが、今の状態ではまだ本番で使えるような出来ではない。
「使い終わった後の虚脱感が酷い。こんな風に立ち話するのもやっとだ。連戦もあり得る未開地の調査だと使い物にならない」
探索で必要とされるのは爆発的な攻撃力ではなく、長く安定した継戦能力だ。一回の戦闘ごとに長時間の休憩が必要になるような技は使い勝手が悪い。
「それはたぶん、身体が慣れていないだけだよ。レイドは長時間身体強化を発動していたことがあまりないだろう?」
「つまり、武技が身体に馴染んでないってことか。能力が急激に上下するわけだし、負担も大きいんだろうな」
調査に向けて身体強化をものにするためにレクチャーをヨハンから受ける。
感覚派の俺にもわかりやすく理路整然と教えてくれる姿を見て、ぜってぇこいつモテるよなぁ、と僻んでいた。
「あ、ケイトちゃん」
身体強化のイメージトレーニングに勤しんでいると、屋敷の方からケイトが姿を現した。この時間は彼女はアリーシャの執務の手伝いをしているので、ここにやってくるのは珍しい。
恐らく、誰かを呼びに来たのだろう。
「レイド、アリーシャ様が御呼びです」
「来たか、ついに」
俺が呼ばれるであろうことは予想がついていた。
なんせ、今日は待ちに待った念願の日。
「今日で犯罪奴隷の身分からもおさらばだ」
無意識に首の二重の茨の刺青に手が伸びていた。
闘技場の件が終わり、早速俺の奴隷解放の申請をしてくれたアリーシャ様から今日には承認証が届くと聞いていたが、まさか午前中に届くとは。
「よかったね、レイド。ずっと楽しみにしてたよね」
「ああ」
街に出れば視線にさらされ肩身の狭い思いをするし、一人では自由に行動することもできない。ほとんど屋敷の敷地から出ない生活は、楽ではないが刺激が少なすぎる。
知り合いとの交流もできなくなっていたし、なによりあそこに行けないことにずっと気を揉んでいた。
そんな生活も今日でお終い!
俺は自由だ。フリーダムだ。
今なら重力からも解放されそうな気分だ。
「私も後で行きますので、先に向かって下さい」
「あれ? 他になんか用事があんの?」
当然ついてくるものだと思っていたので、ケイトさんの発言に目を瞬く。
視線を俺からウルシに向けると、怖い笑みを浮かべた。
「ええ、まだ運動は禁止しているのに訓練に参加した馬鹿者を連れ戻さないといけませんから」
「ひっ!」
どうやら主治医からの許可は下りていなかったらしい。勝手に模擬戦に参加したことがばれたウルシが一気に青くなる。
「ほとんど完治しているとはいえ、ここでまた体を壊されたら堪りません。なぜあと一日二日大人しくできないのでしょうかね、貴女は?」
「ご、ごめんなさいいいいいいっ!」
謝りながら逃走を開始するウルシ。あれは激しい運動には入らないのだろうか。
「だから動くなと言っているでしょう! 待ちなさい!」
ケイトさんも砂煙を立てながら走っていくウルシをすぐに追いかけ始める。
「なんかさぁ、俺とウルで態度違わないか?」
厳しいは厳しいが、ウルシには配慮があるというか甘さと言うか優しさのようなものが時折垣間見える。今だって心配そうに声を荒げていたし。俺だとずっと淡々としたやり取りしかした覚えがない。
「ウルさんの立場は配下と言うより、客将に近いからね。それに女性っていうのもあるかな」
仕事がないとはいえ、今のところ食っちゃ寝してるだけだから居候と言う方が正しい気がする。まあ、俺同様にウルシにもそのうち仕事が回されてくるだろう。
やはり同性の方が仲良くなりやすいのかな、と益体のないことを考えつつ、まだ疲れの取れきっていない体を引きずりながら俺は執務室へと向かった。
◇
「お待ちかねの物が届いているわ」
「おお!」
執務室にやってくると、手元で書類を見せびらかすようにひらひらとさせるアリーシャ様。
手渡された書類に目を通すと、小難しい言い回しで書かれて文章が並んでいるが、内容は俺と言う犯罪奴隷の解放を許可するというもので間違いなかった。
「じゃあ、さっそくこの首輪を外してください」
「まあ、待ってちょうだい。解除するのは宮廷魔術師の仕事なのだけど、うちの場合ケイトが外せるから呼んでいないのよ。だから、ケイトが来るまで少し待って」
……あの人、本当に何でもできるな。
一度だけ訓練の相手をしてもらった時があるが、剣でも素手でもコテンパンに伸されてしまった。魔法も堪能だし、メイドとして家事も熟せるし、執務だって手伝っている。完璧超人とは彼女のような存在をいうのだろう。
「それまでは少しお話しをしましょう? 前からレイドとは話したいことがあったの」
「話したいこと、ですか?」
そう言われて最初に思い浮かんだのは、俺の魂のことだ。
別の世界から転生した俺にはこの世界の人間とは異なった魂が宿っている。彼女が俺へ一番に興味を抱いたのはそこだったはずだ。
「前世のことについて聞きたいんですか?」
「興味はあるけど、無理に聞こうとはしないわ。別の世界の技術がこちらでも再現できるかはわからないし、貴方にも話したくないことがあるでしょう。何か役立ちそうだったり、儲かりそうなものの情報は教えてほしいものだけどね」
その申し出はとてもありがたかった。
よくある現代の農業や料理の知識を利用して成功するというのが異世界転生のパターンだが、残念ながら俺の場合は上手くいきそうにない。
定番のじゃがいもや米なんかもこの国では普通に作られているし、交易も盛んなため手に入らない食材はほとんどない。料理に関する水準も高く、カレーもあるしケーキやプリンなどのデザート類も充実している。
大昔に俺のような転生者や転移者がいてとっくに現代知識を広めていたのだと思う。
電化製品も魔道具で代用されているし。
さらに言えば、俺が最初の現代知識持ちだったとしても上手くいかなかったと思う。前世の俺って、野菜と言えばスーパーで買ってくるもので何が旬だとかどうやって作られているのかに興味などなかった。
料理も母親に任せきりで大したレパートリーもない。正直、今の俺の方が作れる品数は多い。
そんな感じで、現代知識を全く生かせていないのが今の悩みだったりする。なので、役立つ知識を寄越せと迫られなくてほっとする。
「私が聞きたいのは別のことよ。貴方、自分の体質、というか体については自覚はあるかしら?」
「ええ、まあ……」
毒キノコ食っても後遺症もなく復活したり、強化していたとはいえドラゴンに殴られても五体満足で立ち上がるくらいに丈夫な体。
ちょっとサービスしてくれるとは言っていたが、これがちょっとで済むのかは疑問ですぜ、よっしー。
「貴方には神の加護がついています。それがどれだけ稀有なことかレイドはわかっているかしら?」
ごめんなさい、アリーシャ様。
全然わかっていません。




