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24.朝練

前話の話数を間違えていたので訂正しました。

「うそ、だろ……?」


 手渡された書面に目を通し、そこに記された内容と数字をもう一度読み直す。

 しかし、目を通し終えると読み間違えたわけではなかったという事実が判明するのみ。


 次に浮上するのはこれが夢である可能性。


「ケイトさん、一発殴ってもらっていいですか?」


「はい」


 全くもって容赦のないビンタが頬に炸裂する。


「あうちっ!?」


 ビンタのはずがハンマーでぶん殴られたような衝撃だった。ウルシの拳よりも重かった気がする。


「手加減っ!」


「殴れと言ったのは貴方でしょう?」


「だからって容赦なさすぎじゃありませんかね!?」


 頬がジンジンする。鮮やかなモミジが出来上がっていることだろう。

 それを作った本人は居たってすまし顔だけど。


「ウルさんに殴られてあんなに嬉しそうにしていたではないですか」


「主人の前で誤解を招く言い方はやめてくれないかな!?」


 あれはちょっと戦いを楽しんでただけだ。

 決して俺に女の子に殴られて喜ぶような性癖はない。

 ないったらない。


「貴方の性癖などどうでもいいので、さっさと現実を受け止めてください」


「どうでもよくないよ……」


 俺たちの茶番を見てアリーシャ様はクスクス笑ってるけど、まさか真に受けてはいないよね。……あとで絶対に誤解を解いておかなければ。


 しかし、それよりも先にやることがある。

 手元の書類に目を落とせば、そこにはケイトさんのいう現実が記されていた。受け止め難い現実が。


「これが、本当に俺の」


 2000000ゼス。


 書類に記された数字はいくら見ても変化することはない。


「この金額がマジで俺のものだってのか?」



   ◇



 ――――遡ること約二時間程前。


 ウルシが一緒に暮らすことを決めてから三日が経った。

 天気は快晴。俺の心を映したかのような空は、外で運動をするにはもってこいだ。


 中庭の芝生で俺とヨハンは相対しながら剣を振るっていた。金属のぶつかり合う音が辺りに連続して響く。

 今日は心待ちにしていた日でもあるため、とても気分がいい。同時に、剣の調子も精神状態に影響されてか絶好調だ。


 それでもヨハンの体勢を崩すことすら敵わない。


「おらっ!」


 自分の中でも最高の一撃。

 しかし、その剣はいとも容易く受け止められ、逆に衝撃が手に痺れとなって伝わる。

 岩盤でも殴ったみたいだ。微動だにしない。


「今日は随分と機嫌がいいね」


「あったりめーだ!」


 痺れを無視して剣を振るう。しかし、何度攻撃しようともヨハンの防御を抜けることはない。

 途中で体術を混ぜても簡単に対応される。

 反応速度や瞬発力が圧倒的に負けているのだ。


「レイドはもう少し振りを小さくした方がいいね。そうすれば隙が減る」


「ご忠告どうも!」


 意識して動きをコンパクトにしてみるが、それでもヨハンには通用しない。涼やかに微笑さえ浮かべているイケメンの顔面に何としても攻撃を当てたくなる。


「なんか殺気が籠ってきたんだけど?」


「模擬戦だぜ? 多少の殺気は出るだろ」


「そうかな?」


 ヨハンは首を傾げつつ、攻撃を振り払うように一閃。

 そこから一瞬にして攻守が逆転する。


 俺のものとは比べ物にならない重みと速さを伴った剣。それを連続で放ち、尚且つ防ぎにくい箇所ばかり正確に狙ってくる。


「ぐっ、がっ!」


 烈風のような連撃の前に、俺は数合と持たずに叩き伏せられる。これが刃を潰した訓練用の剣でなければ俺はなます切りにされていただろう。


「おー、すごーい!」


 息を整えて立ち上がると、離れて観戦していたウルシが興奮気味に駆けよってきた。


 白いワンピース姿なのでその整った容姿もあって非常に絵になるのだが、感化されたのか瞳の中の燃えるような闘志が台無しにしている。


「私も模擬戦したいなぁ!」


 言うと思った。

 すぐに日常生活は送れるようになったが、激しい運動は制限されていたのでここのところ欲求不満なのだろう。今も暴れたくてうずうずしている。


「大丈夫なのか? ヨハンは強いぞ? なにしたらそんなに強くなるのかわからんくらい強い」


「努力しただけだよ」


 才能とか努力って便利な回答だと思う。


「レイドもすっごく強いよ!」


「えっ、あ、そ、そう?」


「竜を倒しちゃうくらいだしね」


 なに、この褒め殺し。気恥ずかしいんだけど。


「ヨハンさんは強いけど、レイドも負けてないよ」


「さっき負けたとこだぞ?」


「それでも弱いわけじゃないよ!」


 ……ここ最近、こうしてウルシからよいしょされることが多い。

 真剣勝負で俺が勝ったからだと思う。竜人にとっては強さこそ尊敬すべきものだからな。

 勝利者である俺に対してこんな態度をウルシが取るのもわからないではないが…………とてもこそばゆい。


 称賛されて嬉しいのは確かだが、それでも実力以上に過分に褒められるのは心地が悪い。

 強さを信奉する竜人に強い強いと褒められるのは悪いことではないとは思うが、実力があまり高くないという自覚があるためどうしても戸惑ってしまう。

 ウルシの場合、なんか友達補正とかフィルターがかかってそうだし。


「まあ、軽くなら良いんじゃないのか?」


 ヨハンの実力なら病み上がりのウルシが暴走しすぎないように加減もできるだろうし。

 それに、少しくらい運動しないと鬱憤も溜まってくる。マイナス思考なところがあるからストレスは発散させたほうがいい。

 そう思って促すと、ウルシは目を輝かせて頷く。


「うん、私もやりたい! レイドと!」


「ちょっと待て、なんでこっちだ!?」


 案の定参加を表明してきたが、なぜ俺を選ぶ。戦うならさっき勝ったヨハンだろ。


「もちろんリベンジに決まってるじゃん!」


「何、お前。さっきボロクソに負けた俺に、さらに『一度勝った相手』プラス『年下の女の子』に負けろって言うのか? 傷口にどんだけ塩塗りたくるつもりだ」


 朝から絶好調の気分なのが地獄に叩きつけられるぞ、それ。軽く心折れるわ。


「強化の腕輪もないし、俺に勝ち目がない」


「勝ち目がなくても、男には挑まなくちゃいけない戦いがあるんだよ?」


「それは今じゃない絶対」


 宣言通り翌日から動けるようになったウルシは、激しい運動を禁じられていたというのにしつこく再戦を誘って来る。

 誘うならもっと色気のあるものにしてほしい。デートとか。


「むぅ……ならレイドも身体強化習得してよ。そしたらいいでしょ?」


「なにがいいのそれ?」


 ウルシと模擬戦するために身体強化覚えるとかどんな無茶ぶりだ。


「人間にとって身体強化がどんだけ難度の高い技か知ってるか? 魔力適性の高い竜人と違って相当難しいんだぞ」


「そうなの?」


「レイドの言う通りだよ。瞬間的な強化は訓練すればできるようになるけど、常時強化し続けるのは高度な技術なんだ」


 首を傾げるウルシに、ヨハンが補足を入れてくれる。

 俺だって身体強化くらいはできる。しかし、数秒しか保たないのだ。


「でも、ヨハンはできるよな?」


「三日は持つかな」


 おおぅ。桁が違った。

 自身失くすな……。


「ほら、ヨハンなら身体強化もできるし俺よりも強いぞ? ヨハンに相手してもらえよ」


「私はレイドがいいの」


 嬉しいことを言ってくれる。

 話の内容が模擬戦の相手でなければな!

 残念な奴め……。


「ウルさんもこう言ってるわけだし、レイドも相手してあげればいいじゃないか」


「俺はいくら可愛くても『サンドバッグになってください!』という女の子のお願いに喜んで頷けるような高尚な趣味は持ち合わせていないので」


 身体強化ができなければ秒殺だ。フルボッコにされる未来しかない。


「……問題はレイドが身体強化ができないことだよね。なら、練習してみるかい?」


「お前も俺とウルを戦わせたいのか」


「違う違う。レイドのこれからのことを考えると身に着けておいた方がいいからさ」


 ……確かにそうかもしれない。


 俺がアリーシャ様から任せられている未開地の調査。強力な魔物との戦いを想定すると身に着けておいた方がいい技術だ。


 武器や魔道具を貸し出して貰えるかもしれないが、それでも地力を上げておいて損はない。いざという時に頼りになるのは自分自身なのだから。


「これもいい機会だと思うよ。今なら僕も指導してあげられるし」


「……そうだな。いつまでもできないままじゃいけないよな」


「じゃあ、私が練習相手になるよ!」


 こうして、急遽俺の身体強化訓練が始まってしまった。


 ……あれ、結局ウルシと戦うことになってないか?


拙い文章をここまでお読みいただきありがとうございます。

ブックマークしてくれた方、とても嬉しいです。

感想、指摘、誤字脱字報告があればよろしくお願いします。


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