23.舞台裏の悪意
ええい、忌々しい!
半月ほどから燻り続けている苛立ちのまま叩きつけるように部屋のドアを閉めた。
「おい、やつはどうしている!」
「……そんなに怒鳴らなくても聞こえてますよ」
こちらの気も知らぬ気だるげな声で答えると、ソファに身を沈めている男が眠たそうに両目を開ける。
クソ、いつも通りやる気のない奴め。
「今日も姿を現さないのか?」
「ええ、ずっと屋敷の中ですね。今も動きはありませんよ」
「いつまで引きこもっているつもりだ!」
対面に座り、やる気のない男トルトを睨み付ける。しかし、俺の視線など気にした風もなく面倒くさそうに溜息を吐く。
「いや、俺に聞かれても困りますって」
なんだその態度は。俺を侮っているのか?
トルトの態度に苛立ちはさらに大きくなる。
「お前の仕事はあの男を殺すことだろう! いつまで手間取っているつもりだ!?」
「そう言われましても、ねぇ。まあ、落ち着てくださいよ、ヴァーカムさん」
どうどう、と宥めようとしてくるが、俺を馬と同じ扱いをしようとは。
本当に、どいつもこいつも気に入らん。
俺を誰だと思っている! モルバーグ子爵家の長子、ヴァーカム・フォン・モルバーグだぞ!
事の起こりは二週間ほど前のことだった。
もうすぐ開かれる誕生祭。王都が一体となって一週間ほど騒ぐのだが、その時に王城でパーティーが催される。
モルバーグ家の嫡男として第二王子を祝うパーティーに出ないわけにはいかない。
だというのに、初め父上は俺を領地に置いていくつもりだった。
冗談ではない。必死に説得し何とか連れて行ってもらえることになったが、その時の父上の表情は渋々といった感じだった。
まったく、何が不満なのだ。
そうしてやって来たのは初めての王都。
領地のどの町よりも煌びやかなその景色に興奮せずにはいられなかった。十五にもなってようやく来ることができた王都を俺は存分に楽しむつもりだった。
父上は大人しくしていろと言われたが、せっかくの来た王都で屋敷に引きこもってなどいられるものか。
俺は父上が外出しているうちに王都を探索することにした。
使用人たちが何人か止めてきたが、嫡子である俺が強く言えばやつらは引き下がるしかない。
そう、俺はモルバーグ家の嫡子なのだ。この家を継ぐ、貴族の男児であり尊き存在。
領地では俺に逆らう者はいなかった。
ましてや、手を上げるものなど!
思い出しただけでも腹の底が煮えくり返る。あの男から受けた屈辱は一生忘れないだろう。
馬車に乗って王都を見て回っていると、一人の女が目に留まった。
銀色の髪をした活発そうな女だ。店の前を掃除していたので、そのパン屋の娘か従業員だったのだろう。
一目見て欲しいと思った。
俺は馬車を止めて、いつものように女を連れて帰ろうとした。
しかし、どういうわけか拒否された。領地では俯いて大人しくついてくると言うのに。
王都の女はがめついのかと考え金銭を提示したが、それでも女は首を縦に振らなかった。
何度も説得したが、袖にし続ける女。
下手に出ていればつけあがりやがって。頭にきた俺は腕を掴み強引に連れ帰ることにした。
女は嫌がったが、男に力で敵うはずがない。それに周囲の者も止めようとはせず傍観するだけだった。
ほら見ろ、俺の方が正しい。涙目になって抵抗しているが無駄だ。大人しく言うことを聞いていれば痛い思いをせずに済んだものを。
散々馬鹿にしたこの女に後でどんな目に合わせてやろうかと想像していたところ、
ゴキッ
頬に強烈な衝撃が走り、いつの間にか俺は宙に浮いていた。
視界の端に拳を振りぬいた格好の男の姿を捉え、自分がそいつに殴り飛ばされたのだと理解するのと、地面に頭から着陸して気を失ったのは同時だった。
「トルト! すぐさま屋敷に乗り込んであの男を殺して来い!」
そう、あの日から何もかもが上手くいかない。
殴った男はすでに捕らえられていたが、それでも俺の気は収まらなかった。殴られた顔は歯が何本も折れ、骨にもひびが入っていた。高位の治癒師に来てもらわなければこうして元通りにはならなかっただろう。
当然、あの男の死刑を主張した。貴族である俺に大けがを負わせたのだ。死んで当然だ。
しかし、それも父上によって止められた。
なんでも俺が王都の住民に手を出したのが不味かったらしい。貴族に関わって死刑になればその件が陛下の耳に入る可能性があり、この時期に王都の治安を乱すようなことをしたとして厳しい叱責を受けるのだという。
息子よりも自分の身が可愛いというのか。
愚鈍な父を冷ややかな目で見つつも、渋々ながら大人しく引き下がることにした。
結果、やつは死刑まではいかなかったが犯罪奴隷落ちとなり、俺は歓喜した。
犯罪奴隷は殺しても罪にはならない、ならば見つけ次第適当な理由で殺してしまおう。奴隷の首輪をしている限り抵抗できないのだから容易だろうと考えていた。
しかし、いつになっても奴を殺すことはできなかった。
「無理ですね。あそこの警備はアホみたいに厳重なんですよ? 俺よりも凄腕の殺し屋が簡単に捕まるくらい。失敗するのが目に見えてます」
失敗の原因はやつを買い上げた女にあった。
最初は俺が買って殺してやろうと思ったのだが一足遅かった。
屋敷の守りもそうだが、あの女が俺の邪魔をする。
顔も見たことがないが、奴隷商の者によると『人間収集家』とかいう王都では有名な貴族の女らしい。名前は聞き出せなかったが、屋敷の大きさからして家格は我が家よりも低い男爵辺りと見た。
商人は口が堅く金をいくら握らせても顧客の情報を漏らさなかったが、奴を闘技場に出場させるために買ったという情報だけなんとか聞き出せた。
そうして、さっそく凄腕の剣闘士を雇い、出場しているやつを殺してくるように命令した。
試合での死亡なら誰も文句は言えまい。
そう考えていたのだが、計画はあっさりと失敗した。
雇った剣闘士が奴と当たる前にスライムごときに負けてしまったのだ。口が大きいだけの雑魚を雇ってしまったらしい。
死んだパッソだかピッソだか言ったやつのことを罵りながら、俺は次の計画に移った。
それがトルトを使っての暗殺だ。
しかし、こいつに任せても言い訳を並べるだけで全く仕事を果たそうとしない。
「というか、諦めましょうよ。拘る必要ってあります?」
あまつさえ、そんな提案をしてくる始末だ。
「ふざけるな! 貴族が面子を潰されたままでいいはずがないだろう!」
「……あのですね、流れ者だった俺を雇ってくれた恩がありますからやってますけど、俺は殺し屋じゃあないんですよ?」
「お前の『人形術』があればできるはずだ!」
トルトの人形術はすごい。魔法には詳しくない俺でも知っている固有魔法というもので、作り出した人形を命令通りに動かせるというものだ。人形の力は人間の大人よりも強く、集団で襲われれば一溜まりもないはずだ。
「それはこの間失敗したじゃないですか。護衛の騎士が離れた千載一遇のチャンスでしたけど、一緒にいた竜人が強すぎましたね。初めて見ましたけど、竜人って化け物ですよ」
「その話は聞いている。だが、ちゃんと剣で切りつけたのだろう?」
「ちゃんと毒は塗ってたはずなんですけどねぇ?」
こいつの話では狙いの男を毒剣で切りつけることに成功したらしい。即効性のものですぐに動けなくなり、呼吸困難に陥って死ぬというものを使ったそうだ。
だというのに、あいつは平然としたままだったというのだ。
「彼自身も手強かったですし、竜人がいた以上直接殺すのは無理。騎士が戻ってくる前に撤退するのが当然の選択ってもんでしょう?」
「だから今度は直接屋敷に乗り込めと言っているんだ!」
「本職が無理なのに俺なんかができるわけありませんよ。物量任せにしようにも、そんな何百体も人形を操れませんからね?」
口にしようとしていた作戦が先にくぎを刺され口籠る。
ええい、臆病者めが!
男爵風情がそれほど強力な警備敷けるはずがないだろう!
警戒は必要だが、こいつのはただ尻込みしているに過ぎない。
舌打ちを一つして、これからのことを考える。
トルトは臆病者だが、こいつの人形術で屋敷はずっと監視している。この間のように外に出てくればすぐにわかる。
領地に戻るまで時間はまだある。それはつまり、機会は多く残っているということだ。
「絶対に殺してやる。それが終われば、あの銀髪の娘だ。父上にもう近づくなとは言われているが、隙を見て攫ってやる。俺の邪魔をした男爵の女も一緒に犯してやるのも一興か」
「……こういうのを捕らぬ狸のって言うんだろうなぁ」
トルトがまた失礼なことを言っているので睨み付けてやる。すると、慌てて窓の外へと逃げていく。
いつもならどこ吹く風と平然としているのに。
疑問はすぐに聞こえてきた足音により氷解する。先に気づいたトルトが身を隠したのだ。父上の息のかかっていない手駒が欲しかったのでトルトを雇っていることは秘密にしているのだ。
「ヴァーカム!」
「父上?」
ノックもせずに入ってきた父の顔は真っ青だった。
普段の冷静な姿からは想像がつかないほどの動揺ぶりだ。
「先ほど使者が来た。お前、アリーシャ様の奴隷を害そうとしたそうだな!」
「アリーシャ様?」
怒鳴る父の様子から俺がその人物に迷惑をかけたのは察せられたが、思い当たる人物がいないため首を傾げるしかない。
「父上、人違いではありませんか? アリーシャなどと言う人物を私は知りませんよ」
「ならば言い方を変えよう。先日、お前を殴った冒険者に手下をけしかけただろう」
そう言われて、やっと誰のことを言っているのか理解できた。
件の男爵の女か。
なんだ、それなら慌てる必要などないではないか。
「なにをそんなに慌てているのかと思えば……。相手は男爵家でしょう? それなら文句など簡単に跳ねのけてしまえばよいではないですか」
子爵の方が男爵よりも位は上だ。それにモルバーグ家は子爵の中でも力のある家。男爵家の言い分など聞き入れる必要などない。
やれやれ、父は早くも耄碌してしまわれたのか。
「男爵? お前こそ何を言っているのだ!?」
「アリーシャ様はリオネス家のお方だぞ!」
「……は?」
父の発言に俺は凍り付いた。
リオネス?
――――リオネスだと!?
「まさか、公爵の……?」
「そうだ!」
リオネス公爵家。
一度も領地から出たことがなかったとはいえ、自国の公爵の家名を知らないわけがない。
「うそでしょう!? ありえない! 公爵家の者がなぜあんな小さな屋敷に住んでいるはずがないでしょう!」
「何を言っているのだ。屋敷に招かれたことがあるが、この屋敷より立派な建物だったわ」
「はあ? なら私が見たものはいったい……」
「それよりもヴァーカム」
困惑する俺の耳に、冷え切った父の声が突き刺さる。十年以上付き合ってきた家族だけあって、そこに籠った感情を察するのは容易だった。
「先日まで目をつぶっていたが王都にいる間、お前は屋敷から出さぬ。領地に帰すことも考えたが、それではまた好き勝手して反省せんからな」
「なっ、私を軟禁するつもりですか!?」
「当たり前だ! むしろそれだけだとでも思っているのか? お家騒動などで水を差せば王族に不興を買うやもしれん。誕生祭が終わり次第厳しい処分を言い渡す。それまで大人しくしていろ」
「そ、そんな、父上っ!」
「ヴァーカム。最近のお前の行動はあまりにも目に余る。処分は相応に厳しいものとなると覚悟しておけ!」
目の前が暗くなっていく。
父上が後始末や尻拭いがどうと言って部屋を早足で出て行ったが、詳細までは呆然としていた俺の耳には届かなかった。
まずい、マズイ、不味いっ……!
どうにかしなくては。しかし、どうすればいい!?
現状を打開する方法が思い浮かばない。心臓の鼓動が煩いほど鳴り、視界が揺れて足取りもおぼつかない。
なんとかしなければ。だが、俺一人ではどうすることも、
「そうだ! トルト! 来てくれ、トルト」
一人では思い浮かばなくても二人なら何とかなるかもしれん。トルトがいればまだ何とかなるはずだ。最悪、父上を討つこともできる。
「……トルト?」
いくら呼び掛けてもトルトは姿を見せない。隠れていても普段なら呼べばすぐに出てくるはずなのに。
「トルト! おい、トルト! 俺を助けてくれ!」
どれだけ叫ぼうとも奴は姿を見せない。
これ以降、トルトが俺の前に現れることは二度となかった。




