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21.君の名を

「怖い?」


 差し出された手を見下ろす俺に、ディーは囁く。その声は、俺の臆病さ笑うものではなく、仕方がないことだと諦めているように聞こえた。


「そうだよね。怖いよね。魔道具も身に着けていないみたいだし、いくら君でもただじゃすまない。一滴で骨まで溶かしちゃうような代物だからね。私が近くにいるってことは、これくらい危険な物がずっと隣にいるのと同じことなの。そんな危険物とともにいる覚悟が君にはある?」


 この手に触れ毒に侵されれば皮膚が爛れるだけでは済まないだろう。治癒術をかけて貰っても後遺症が残る可能性はある。魔法だって万能ではないのだから。


 それに彼女と共に過ごすということは、何かしらの原因で毒に侵される危険が常に付きまとうということだ。

 触れただけでも効果のある毒もある。気化した毒を吸ったり、飲食物に混入していて口にしてしまうかもしれない。

 しかも、その危険は俺だけではなく他の屋敷の者たちや、守るべき主にも及ぶ。

 アリーシャ様を守る義務のある俺は、彼女の周囲から危険を排除しなくてはならない。


「アリーシャっていう人を君は守らないといけないもんね。なら、私を引き入れるのはやめておいた方がいいんじゃない?」


 それは、彼女の甘言だ。逃げ道を、俺が引ける尤もらしい理由を並べていく。

 少女の声が耳朶に染み込んでいく。

 毒のように。


「今更断っても、責めたりはしないよ。最初から、私の居場所はなかったってことだし。それに、元々死ぬことは決めてたんだ。今回は失敗したけど、また強い人を探すだけ。そして今度こそ成功させるよ」


 揺らいだとはいえ彼女の意思は以前から固まっていた。イレギュラーはあったが、途中までは彼女の構想通りに進んでいた。

 彼女の計画はそれほど手の込んだものではない。自分より強い者に出会えば今度こそ目的を果たせるだろう。


「それでも、もう一度同じことが言える? 私の手に、触れられる?」


 彼女は確信しているのだ。

 俺には手を取ることができないと。




「――――馬鹿にするのも大概にしろよ、クソガキ」


 俺は乱暴な手つきで、少女の手を掴んだ。


「え?」


 こいつは、どれだけ俺を軽く見れば気が済むのだろうか?

 覚悟を見せろと言われて手を差し出された時に、腹が煮えくり返るほどの怒りを感じていた。


「今更、俺がお前を怖がる? 毒に臆する? 手を取ることを躊躇う?」


 本当に、馬鹿にしている。


「そんなわけねえだろうがっ!」


 こいつの言い分が気に入らない。配慮したつもりでいる態度が気に入らない。なにより、俺を見くびっているのが気に入らない。


「え……うそ……」


 こいつは本当に手を取られるなんて少しも考えていなかったようだ。

 心外にも甚だしい。毒のついた手を握れという簡単すぎるお題に呆けているうちに彼女の口にした言葉から、俺を舐めているのだと理解し怒りは頂点に達している。


「お前は、自分に勝った相手をその程度の人間だと思ってたのか? なんで今更負かした奴にびびるんだよ」


「そ、その……」


「お前の言う通り、その能力は危険性が高いし、アリーシャ様を守るなら近づけるべきじゃないだろうな。けど、そのアリーシャ様自身がお前を仲間にしたいって言ってるんだよ!」


「えっ……?」


「お前の心配事なんて全部杞憂なんだよ。こっちはお前を受け入れる準備なんてとっくにできてるんだ。あとは、お前次第だ」


「そんな、本当に……?」


 声は戸惑いに揺れ、呆然と握られている自身の手を見下ろす。


「本当に、怖くないの?」


「全然。短い付き合いだけど、ディーっていう竜人のことは多少なりとも理解してるつもりだからな。その証拠がこれだろ?」


 掴んだ彼女の手を少しだけ持ち上げる。

 少女の小さな手を覆う俺の手は、綺麗なままだった。

 焼け爛れたり、肉が崩れたりすることもなく、人の手の形を保っていた。


「なんで、毒がないってわかったの?」


「逆に聞くけど、仲間にしようって奴のことを信用しなくてどうするんだよ?」


「っ!? で、でも私は試してたんだよ?」


「さっきまでお前が長々と語ってたじゃねえか。能力で無暗に傷つけたくないって。そのために能力を制御できるようにしたってさ。それに、ディーなら脅しに見せるだけで、すぐに毒を引っ込めるだろうって思っただけ」


 戦いでならともかく、不用意に他人を傷つけるのを一番怖がってるやつが万が一のことも考えないわけがない。

 どれだけ言い繕ってもこいつは心の片隅では手を取ってほしいと願っているのだから。


「……私の考え、見抜かれてたんだね」


「違うな。信用してたんだよ、お前のこと」


 自嘲気味に息を吐く彼女の目を見据える。


「俺はお前のことを信用してんだ。だから、お前も少しは信用してくれよ」


 自分でも臭いなぁとは思う。でも、これが俺の本音なんだから仕方がない。


「ふぇ?」


「あのな、これでも冒険者の端くれだったんだ。手合わせしたやつがどういうかはなんとなくわかるし、一緒に肩を並べた相手となりゃもっとだ」


 拳で語り合う、みたいな脳筋理論に聞こえるが、この感覚が案外馬鹿にできない。

 盗賊や賞金首と戦う機会があるが、剣を交えてみると根っからの悪人か、理由があって悪事に身を落としてしまったやつとでは意気込みや気迫が違うのだ。


 仲間にしても、出し抜こうとしていたり、友好的に見えて内心では侮っているやつは動きや仕草にでるのかそういう空気を感じる。

 以前にも、違和感を覚えたメンバーを注意していたら、報酬を独占しようと戦闘後の隙をついて仲間を背後から切りつけようとしたのだ。なんとか無事に切り抜けられたが、それ以来その感覚は信用するようにしている。


 これは俺に限ったことではなく、長く冒険者をしていたり勘の鋭いやつも同じようなものを感じられるんだとか。

 その勘がこいつは大丈夫だと告げているのだ。なら信じるだけだ。


「本当に、本当にいいの?」


「くどい。本気の拳を交えた相手のことがわからねえようなやつがお前の言う本物の武人か? なら、お前は少し戦えるだけの、理想に憧れてるただのガキだ。ガキはガキらしく甘えてりゃいいんだよ」


「……ガキガキって、そんなに年変わんないでしょ」


 拗ねたように唇を尖らせた後、フッと柔らかな微笑に形を変える。


「でも……そっかぁ。本当に、いいんだ」


 嬉しそうに口元は笑みを浮かべ、安心したように瞳からは涙が溢れていた。


「私ね、どうせ死ぬなら誇り高い竜人の一人として死にたいって思ってた。邪竜として討伐されるんじゃなくて、竜人として戦いの末に死ねれば私にしては上出来な最期だって」


 抱え込むようにして手を胸に当てる。


「でも、やっぱりそれじゃあダメなんだよね。意志も誇りもない。あれじゃあ崇高な戦いなんて言えない。勝者も敗者も胸を張れない。君の言う通り、人を巻き込んだただの自殺」


「……あ、ああ。あんなまね二度とするなよ」


「うん。ちゃんと生きたまま誇れる竜人になるよ。ここで(・・・)


 初めて年相応の輝くような笑顔浮かべるディー。

 この屋敷に留まることを決めてくれたのは純粋に嬉しい。

 嬉しいのだが……。


「……そろそろ手を放してくれるか?」


 彼女の胸に抱かれるようにずっと手を掴まれているのでは緊張で身を固くせずにはいられなかった。

 役得? 真っ平だったよ。

 むしろ、今の状態に気づいて手が握り潰されないかが心配だったわ。


「あっ、ごめんね! ずっと握っちゃって。嫌だったよね?」


「いや、最初に握ってから離さなかったのは俺だし」


 女の子に手を握られて嫌な気はしない。

 今言うと面倒くさいことになるから口にはしないけど。


「そ、そう?」


 不安そうに眉を下げるディー。羞恥心が見えないのは手が胸に当たっていたことに気づいていないのかもしれない。

 よかった。


「そんじゃあ、これからよろしくな。アリーシャ様呼んでくるけど、今からでも大丈夫か?」


「うん、平気。……アリーシャって君のご主人様だよね? 本当に私なんか受け入れてくれるのかな? 自分でいうのもなんだけど、私って近くに置くにはリスクが高すぎると思うんだけど」


「大丈夫だって。人を見る目は一級品だからお前を疑ったりしないよ。それにあの人は有用な人材を探してるから、御眼鏡に適ったやつを無碍に扱ったりしないさ」


「そうだね。君がそこまで言うだもん。大丈夫だよね」


「あ、そういえば」


 トラウマのせいかアリーシャ様に会うことに緊張しているディーに、ふと気になったことを告げる。


「ずっと気になってたんだけど、これから同僚になるんだし名前で呼んでくれないか? というか、名乗ってから全然名前で呼ばれことない気がするんだけど……」


 改めて思い返してみても、うん、貴様とか君とかって呼ばれ方はしてたけど、レイドって呼びかけられたこと一回もないな。

 なんだろ、また変にこじらせた理由でもあるのか?


「え? 名前で呼んでいいの?」


「逆に何でダメなの?」


「……だって、里では皆からお前みたいなやつが名前で呼ぶなって言われてたから」


 なんとも悲しい理由だった。

 そっか、竜人って自分の名前にすごい誇りを持ってる種族なんだよな。嫌われていたディーに名を呼ぶことを許すはずがない。


 小さいころに身に着けた常識と言うのはなかなか抜けないと聞いたことがある。外に出てからもコンプレックスとトラウマのせいで自然と人の名前を呼ぶのを避けるようにしていたのかもしれない。


「わ、私なんかが本当に名前で呼んでもいいの?」


 トラウマが原因なんだろうけど、こいつ結構ネガティブだよな。


「だから、いいって言ってるだろ」


「じゃ、じゃあ…………れ、レイド?」


「……」


 あ、やばい。

 美少女が恥ずかし気に名前を呼ぶのって反則だと思う。

 顔を赤くして上目遣いで、不安気に囁くような声で名を呼ばれてぐらっと意識を持っていかれそうになる。


「ご、ごめん! やっぱり名前で呼ばれるなって嫌だったよね!?」


「いや、そうじゃないけど。……やっぱお前ってずるいわ」


「えっと? ごめんなさい?」


 うん、たぶん自分の容姿についても自覚ないんだろうなぁ。


 なんか変に意識したせいで居心地が悪くなってしまった。

 芽生えかけているこの疚しい気持ちがこの子に感づかれるのは気が引けるため、ここはさっさと退散することにしよう。


「じゃあ、行ってくるわ」


「あっ、待って」


 退出しようと椅子から立ち上がると、何か思い出したように慌てて服を掴まれる。

 まだ用件は残っていただろうかと首を傾げる。


「名前のことなんだけど」


「だから、普通に呼んでいいって」


「ウルシ」


「はい?」


 突然かみ合わなくなったディーとの会話に困惑する。


「ディーは仮名。真名はウルシ。私も名前で呼んでくれると嬉しいな」


 竜人は認めた相手にしか自分の名を明かさないし、呼ばせない。

 つまり、これはディーに、いやウルシに認められたということか?

 かなり特別なことだというのは知っているのだが。いいのか?


「あ、他の人がいるところではウルって呼んでね?」


「ああ、わかったよ……ウルシ」


「……えへへ」


 俺が彼女の名前を呼ぶと、ウルシは幸せそうに笑った。




 部屋を出るまで持ちこたえてくれた理性に、俺は称賛を送らずにはいられなかった。


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