20.覚悟の提示
「なんで、そんなこと言うんだよ……」
「死んだらそこで終わりだから、生きていた方がいい。死んでもいいことなんてない。とかいうつもり?」
ディーは俺が言うであろう言葉を推測して、鼻で笑う。
「生きてたっていいことなんてないし、終わりたいから死にたいんだよ。第一、命を大事にしろなんて、冒険者やってたあんたに言われたくない」
攻撃的な声音。死に損なったのではなく、妨害されたのだと確信を持った今では死を望んでいた彼女が俺に敵意を持っても不思議ではない。
その八つ当たりじみた態度に苛立つ。
「じゃあ、なんで俺に殺されようとしたんだよ。死にたいんなら勝手に一人で死ねばいいだろ」
「自殺じゃあダメなのよ」
「ダメ……?」
「ダメと言うよりは、自殺じゃあ嫌なのよ」
意味が分からない。
生きたくなくて、死にたいくせに自殺はしたくないなんて。
困惑する俺をよそに、ディーは体を倒しひと眠りつくように瞳を閉じる。
「おい、まだ話の途中だぞ」
「わかってるわよ。馬鹿みたいに頑丈なあんたと違って私は怪我人なのよ。療養中なんだから大人しく休ませてよ。話くらい横になっててもできるでしょ」
平気そうに見えても、やはり痛みや疲れがあるのか。さっきもしんどいとは言っていたし。
横になりたかっただけで、まだ話す気はあるようだ。
「……私はね、故郷では邪竜って呼ばれてたの」
「邪竜って、人類の敵対者として討伐対象にされる竜のことか?」
竜は高い知性を持ち、言葉を話すことができる。
信仰の対象や守護者として人類と共存する個体がいる一方で、その強大な力で暴虐の限りを尽くす者もいる。
そういった、害をなす竜のことを指して人は邪竜と言う。
「竜人にとって邪竜というのは、道を踏み外した者、一族の面汚し、竜の血を穢す恥さらし。人間でいう重犯罪人とか極悪人かしら。軽蔑の対象であり、竜人を最も愚弄する言葉よ」
「……何したんだよ、お前」
「毒を盛ったのよ。私の力を忘れたの?」
自嘲気味に笑うが、俺はどうしても彼女がそんなようなことをする人物には思えなかった。
「……なんで嫌な顔ひとつしないのよ」
「俺も犯罪奴隷にされるような極悪人でな。理由を聞かない限りは、人を勝手に悪人だとは決めつけないようにしてるのさ」
女の子を助けるために馬鹿な貴族を殴って極悪人扱いされることもあるのだ。
邪悪でもないのに、邪竜と呼ばれる竜人だっているかもしれない。
「随分とお人好しの悪人がいたものね」
「俺はお前を同類だと思っているところだけど?」
「私は……違うわよ。あんたのはどうせ冤罪でしょうけど、私は違う」
違う、って否定するくせになんでそんな辛そうな顔をするんだよ。
「竜の力ってね生まれつき使えるわけじゃないの」
「らしいな」
その辺りはジョーさんから聞いたことがある。
ある程度の年齢に達するとある日から竜化や特殊な能力を扱えるようになるそうだ。個人差はあるがだいたい十歳くらいだったか。
おそらく、そのころに何かあったのだろう。
「……その日は、いつもと同じようにみんなと森で遊んでいたわ。森に入って熊や猪を追いかけたり、川で水遊びしたり。森にはいろんな植物が自生していて、木の実を取って食べるのが子供たちの楽しみだったの」
一部竜人らしいアグレッシブな遊びだな、と感心しているとそこで表情が曇り、口調が重たくなる。
「でもその何も問題のないはずの木の実を食べた子供たちが泡を吹いて倒れたの。無事だった子がすぐに大人たちを呼び行ったおかげで大事には至らなかったけど、それでも結構な騒ぎにはなったわ。なにせ、倒れた原因が毒によるものだって診断されたんだから」
毒のないはずの木の実を食べて、毒の症状が出る。
なんとなく、話の先が見えてくる。
しかし、それはあまりにも救われない話ではないだろうか。
「犯人が見つかるのは早かったわ。なにせ倒れた子たちには共通点があったからね。全員、私が手渡した木の実を食べた子供っていう共通点が」
「毒を盛ったのには、なにか理由があったのか? 虐められていたとか」
意味のない質問だ。
理由などないとわかっている。理由がある方が、まだマシだっただろうと思いたい俺の願望だ。
案の定、ディーは首を横に振った。
「理由なんてないよ。だって、わざとじゃないもん」
里の子供たちを苦しめた彼女には悪意も害意も存在しなかった。
事件の真相は、目覚めたばかりだった彼女の能力の暴走というどうしようもない理由なのだから。
「竜化より能力が先に発現したのは個人差なんだろうね。本当に唐突だったわ。自分でも能力に目覚めたなんて気づいてなかったくらいだし。無意識に発動した毒竜の力が毒を作って、それが持っていた木の実に付着したっていうのがことの成り行き」
「そんなの事故じゃないか。悪気だってどこにもない」
「悪気はなくても、私が悪いのよ。悪気がない事故だったとしても、私が加害者であることには変わりないもの」
庇おうとしたが、彼女はそれを払いのける。
「それに、子供たちはあんたみたいには思わなかったみたいよ。私が殺しかけた子供たちを中心に私を排斥し始めたわ。大人たちは一応隠そうとしてくれていたみたいだけど、大人の会合を盗み聞きしていた子がいたみたいで、すぐに友達を傷つけた私の敵に回ったわ。里の子供たち、全員がね」
子供と言うのは純粋で無知だ。彼らの虐めと言うのは、大人が想像するよりも容赦がなく直接的だ。それで、相手がどれだけ傷つくかも知らずに、時に彼らは幼稚な正義を振りかざす。
「子供達にとって私は悪者だったのよ。邪竜なんていなくなれって、親に聞かされた昔話に感化されたのかみんながヒーロー気取りで石を投げてきたわ」
「大人はどうしたんだよ。失敗したけど庇おうとはしてくれてたんだろ」
所詮は子供の仕出かしたことだ。しかも、それが故意じゃかったことくらいわかっていたはずだ。
「能力の暴走には理解があったから、大人も子供を窘めはしたわ。でも、味方じゃなかったのよ」
「……どうして」
「大人たちが怖がったのよ、私を。能力の暴走で、悪気も害意もない事故だったことも知っている。でも、私が毒を盛ったの。毒竜であることに変わりわないの。また能力が暴走して子供たちが、もしくは自分が被害に遭うんじゃないかって、大人たちは恐れたの。だから、私に井戸の使用を制限したり、狩りや採取の手伝いをさせなくなった。触れそうになった時は咄嗟に躱すようになったわ」
悪意だとか害意だとか、彼女の意識が問題ではなかった。
彼女の能力が、彼女の存在に問題があった。
「そんな大人たちを見て、子供はこう判断するわけよ。やっぱりこいつは悪い存在なんだって。そして、邪竜退治だって私を棒で殴って来たわ。変よね。怖がって遠巻きに罵るか、石を投げてくるだけだったのに、私がより悪く見られるようになると逆に近づいてきたのよ。殴るためだったけど。度胸試しのつもりだったのかしらね。ふふふ」
「……笑い事じゃ、ないだろ」
「笑うしかないわよ。それで防衛本能が働いて、毒竜の力が発動したんだもの。私を殴ろうとした子たちは全員毒霧の餌食よ? そうしてまた、悪評が高まったわ」
「……」
「そんなことが繰り返されているうちに、ついには大人にも私を厳しい目を向ける人が現れ始めた。ようやくそこで気づいたの――――――ああ、私は許されない存在なんだ。ここにはどこにも居場所なんてないんだって」
「家族がいただろ。家族が守って」
家族が守る?
家族が守ってくれなかったのだから、今こうして彼女がここにいるんじゃないのか。
それに、家族に愛想を尽かして家を出たのは自分だというのに、どの口が言うのだ。
「両親はいなかったけど、家族がいたわ。育て親だったその人だけは、最後まで私の味方だった。でも、その人しかもう味方はいなかった」
どうやら彼女は俺とは違い、ちゃんと愛してくれる親がいたようだ。
両親がいないというのが引っかかったが、今は掘り下げる内容ではないと聞き流す。
「育て親だった里長以外、もう誰も私の存在を許してくれなかった。だから、私は里を出ることにしたの。里長の立場をあれ以上危うくさせるのも嫌だったし」
彼女に残された選択はそれしかなかったのだろう。
自分が傷つけられるだけでなく、最後まで自分を守ろうとしてくれた大切な人にまで被害が及びそうになった。
留まり、戦うことなんてできるはずがない。
そんな現実に耐えられるはずがない。だから、彼女は逃げるしかなかった。
「里から出て、安心した。もうこれで傷つくことも傷つけることもないって」
能力を制御できていなかった彼女にとって、里を去ることが唯一出来る償いで、救いだったのではないだろうか。
存在を否定され、追放と変わらぬ出奔。幼い少女が迎えるには、酷すぎる結末だ。
「――――――でも、それで終わりじゃなかった」
だが、それでもまだ彼女の物語は終わらない。
「外にも希望も救いも、居場所もなかった」
それは始まりで、きっかけに過ぎない。
「里を出て色んなところを回った。人の来ないような山の奥地や魔物の救う密林。時には人の村に紛れて生活してたこともあったよ。……でもね、全部ダメだったんだ」
山の中で隠れ住んでいれば、誰も傷つけない。
――麓の村で痢病が流行り、調査に来た兵士に追われた。毒が利用していた水源から川を汚染していたのだ。
密林に潜めば、誰かに傷つけられることはない。
――やってくる密猟者や悪質な冒険者に捕まりそうになった。返り討ちにしていたら、知らず人を襲う悪しき竜人と噂され、討伐対象にされていた。
人に紛れもう一度やり直そうと考えた。居場所が欲しかった。
――ある日、毒を使う竜人であることが露呈した。その時には、能力を完全に制御できるようになっていたけれど、村人の向ける視線は里の者たちと同じだった。村を守るために魔物と戦ったのに、怯え恐れられた。あまつさえ、騙していたのか、と罵られた。
「――――ふざけるなっ!!」
語り終えると同時に、怒鳴り声を上げてベッドを殴りつけた。拳はそのまま、強く、強くシーツを握りしめる。
「私の力が、私の存在がそんなにいけないものなの? 未熟さから人を傷つけたことは反省して謝っても許されないことなの? ただ危険な能力だから、邪竜なんて呼ばれるの? そんな汚名を投げつけられるほどのこと? 違う、絶対に違う! 竜の力は我らの誇りだって教わり続けてきたのに、私の力だけ例外のはずがない。同じ誇り高き竜の力よ。人を傷つけたことはあったけど、そんな下賤なものと一緒にしないでよ! 毒竜の力は邪悪なんかじゃない。私は、邪竜なんかじゃない!」
溜まった膿を吐き出すように、ディーは叫び続ける。
竜の血を引く人間、または竜の眷属の子孫とされているのが竜人という種族だ。
彼らは竜を称え尊ぶ。その身に流れる血を、宿る力を何よりも誇りに思っている。
だからこそ、彼女は元凶である毒竜の力を否定しない。己の一部であり、どんなものであっても貶めることのあってはならない尊厳なのだ。
だから、それを忌み嫌う邪竜のものと同一視されることが、ディーはなによりも我慢ならない。
「でもね」
ふっと彼女の顔から怨嗟や憤怒などの激情が消え失せる。しかし、シーツを握る拳だけはそのままでギリギリと震えていた。
「私がどれだけ恨み辛みを叫んでも、理不尽に涙を流しても、認めてほしくて、居場所がほしくて訴えても、誰も私を受け入れてくれない。肯定してくれない」
「……」
「だから私は諦めた。認めてもらうことも、受け入れてもらうことも、肯定してもらうことも、全部。いくら否定しても、私は他の人にとっては有害で危険な存在なの。この世界にとって、私は必要ない。むしろ、邪魔で排除すべき害悪なのよ」
「……」
「理不尽なんだよ。そんな理不尽ばかりのこの世界が私は嫌い。大嫌い。感情のまま気が済むまで暴れてやろうかと思った時もあるけど、それこそ本当に邪竜になっちゃう。違うってずっと否定してきた、一番なりたくない存在になるくらいなら、みんな私がいなくなることを望んでいるなら、死んでやる。でも、死ぬなら竜人として死んでやる」
「……」
「ただ自殺するのはさ、なんか癪だったんだよね。みんなに嫌われて、なにもかも上手くいかないし、いいことなんてなかった。それでも、一つくらいは私の思い通りになってもいいじゃない」
「それが、自分の最期。死様ってことか?」
「そうだよ。竜人にとって全霊を尽くした戦いの末に迎える死より最高の終わり方なんてない。それが竜人なんだよ。家族に囲まれて大往生したいって言ってたあんたにはわからないだろうけど」
「そうでもない」
一度、不本意な死に方をしている身だ。
一つの命を救えたとはいえ、満足できる死ではなかった。やはり、犬と自分の命ではつり合いが取れない。今でも、なんであの時飛び出したのかと疑問に思うくらいだ。全然納得などしていない。
どうせ死ぬんならもっとまともな死に方が良かったと考える時がある。庇うのがせめて犬ではなく人間だったら、と想像したりしてしまう。天寿を全うするというのもそのうちの一つだ。
だから竜人族の考えも共感はできないけど理解はできる。
「ふぅん。ならとどめを刺してくれればよかったのに」
手を止める寸前まで、これはきっとこいつにとって最高のシチュエーションなんだろうと思っていた。
完全竜化したのだって、隠し玉まで使い本当にすべてを出し切った戦いをしたかったのだろう。
それか本人が言っていたように、人と竜の戦いなんていう英雄譚の一場面を再現したかっただけなのかもしれない。
「私の最後の望みを邪魔したあんたを、私は許さない」
「許さなくていいよ。謝る気もないし」
ディーの放つ殺気が一段と鋭くなる。しかし、いくら殺気を籠めようとも、動くこともできないやつなど怖くない。
「言っただろ。お前の自殺の手伝いなんてごめんだ。俺を勝手に巻き込むな」
「あっそう。なら次の機会を待つだけよ。勝手に巻き込んで悪かったわね」
いうと、興味が失せたのか俺に向けられていた殺気が霧散する。もう話すことはないとでも言う風に、ベッドの中に潜り込む。
自分勝手というよりは、自棄になっている感じだ。
「………………はあ。面倒くせえガキだなぁ」
「……あ?」
俺の呟きを聞き取ったディーが飛び出し、美少女らしからぬ形相で睨み付けてきた。
怖さよりも、女の子がそんな顔と声出しちゃダメでしょという感想が先に来る。
「今、なんて言った?」
「ガキっつたんだよ。クソガキ」
こいつの話に耳を傾けていて確信した。こいつは子供だ。間違いなくガキだ。
竜人はエルフに並ぶ長寿の種族なので見かけと実年齢が一致しないが、ディーはほぼ間違いなく見た目通りの年齢だと思う。十代後半……いや、十代半ばか? だとすると俺より年下かもしれない。
だからこうやって挑発すれば、すぐに噛みついてくると踏んだ。
俺はお前の懺悔を聞きに来たんじゃない。話し合いをして、引き込みにやってきたのだ。
こんなところでふて寝されては困る。
「お前の悩みなんて、年頃なら誰でも抱えてる程度のもんだ」
俺だって前世では自殺を考えるような時期もあった。
過去を後悔して、現実が嫌になって、未来に不安を感じて人生から逃げたくなった。
まあ、漫画の続きが気になってやめて、寝て起きたら忘れてる程度の悩みだったが。
今世? 記憶が蘇るまでの俺は前世より能天気だったから、自殺なんて考えたことなかったよ。
――でも、こいつはそんなのと比べ物にならないくらい悩んで、苦しんだんだろうな。
彼女が味わった地獄を、そこら辺の物と同列に語られて黙っていられるわけがない。
「そんなものと、一緒にするなっ!」
案の定、彼女は感情を露わにする。
自分のこれまでの苦悩をありきたりのものだと一蹴されたディーが、顔を真っ赤にして一番手近なところにあった枕を投げつける。
この距離で彼女が外すわけもなく、また座った状態では中心に向かってくる枕を躱すこともできず、俺にぶつかった枕は衝撃で中身の羽毛をまき散らした。
「私が安易にこの道を選んだと思ったのかっ! そんなわけないでしょ! 苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて、苦しくて、でも! 悩んだんだ! いっぱい考えた! それでもどうしようもなかったんだ! だって、私にはどうすることもできないじゃない! ダメなところや直せるところは直したよ! また同じことが起こらないように能力だって制御できるようにした! それでも、私を認めて、受け入れて、肯定して、許してくれるのは他人なんだ! 他人次第なんだよ! そんなの自分だけじゃどうすることもできないだろっ!」
ディーは激情のまま胸倉に掴みかかり、額同士が触れそうな距離で唾がかかる勢いで猛然と言葉を吐き出す。
眼前には目を真っ赤にして泣きはらす寸前の少女の顔があった。視界の端で、飛散した羽毛が雪のように舞う。
「お前の気持ちがわかるだなんて言わねえよ。お前が味わってきた苦痛も悲嘆も絶望も知らないからな。ただ、俺の想像以上に苦しんで生きてきたんだろうなとしか言えない」
「なら知ったような口を利くなっ!」
「だから知らねえって言ってるだろ。まだ聞きたいことが残ってるのに、勝手に逃げるから煽っただけだしな」
「聞きたい、こと?」
「ああ、そうさ。ついでに言ってやりたいこともいっぱいあるぜ?」
挑発に乗って飛び出してきたディーの細い肩を掴む。これでもう、目線を逸らしたり引きこもったりできない。
やっぱり話し合いは目見てやらないと。それにこれだけ感情的になってた方が腹を割った会話もできるだろう。
「ディー、お前さ本当に生きる希望が欠片もなかったのか? 言葉を飾って、気持ちを隠してないか?」
「ないわよ、そんなもの。とっくの昔に覚悟は決めてたもの」
即答する彼女の言葉を、俺は信じることができなかった。
「なら聞くけど――――――どうしてあの時、俺に話しかけてきたんだ?」
「……え?」
触れている少女体は一瞬で強張り、小さな唇からは戸惑いが漏れる。
「殺し合いの末の死を望むなら、別に俺に話しかける必要なんてないよな? 互いに情なんてない方が思う存分殺し合えるわけだし」
「それは、その、言わなかったっけ。ただの暇つぶしよ。あと、あんたの特徴はゴーシュさんから聞いてし、武人同士で戦う前に語り合ってみるってのも悪くないでしょ? あんたの言い分も一理あるけど、どんな相手と戦うのか知りたいって気持ちもあるわよ」
随分と言い訳臭いが、それでも彼女の言っているのはすべて本音だろう。けれど、それがすべての本音ではないと直感が告げている。
俺が思うにこいつは、
「本当は、ただ話したかっただけじゃないのか?」
「え?」
「お前は俺を見て、いや俺の周りを見て、俺のことを同類だと思ったんじゃないのか?」
俺と彼女が初めてであったのは闘技場の控室だ。あそこにいた他の選手が俺に向ける視線は恐怖や軽蔑だった。
その視線に含まれていた感情は、彼女が里で向けられていたものとあまりにも似ている。
「自分と同じような境遇にいる俺を見て、つい話しかけてきただけじゃないのか?」
「そ、そんなつもりじゃない!」
動揺したディーが逃げようと暴れ出すが、俺は掴んだ肩を離さない。
この様子からして無意識の行動だったのだろうか?
なら一層のこと彼女の本心がって力強っ!?
え、この華奢な身体つきで抑えるのが精一杯ってどんだけだよ! 竜化状態より格段に力は落ちているはずだし、戦いの後遺症でまだ万全じゃないのにこれかよ!?
やっぱ、竜人ってずるい!
「こら、逃げようとすんな!」
傍から見たら、俺がか弱い少女を襲おうとしているように見えるのではないだろうか。ぶっちゃけ腕輪のない今の俺より、弱ってるこいつのほうが強いと思うけど。
しかし、これは見られたらアウトな光景だろう。
今この瞬間、誰も入ってきませんように!
折れてしまいそうな細い肩を掴み、逃げようともがくこの少女が目を逸らそうとしていた本音を突きつける。
「お前はまだ諦めてなかったんだろ。諦めきれなかったんだろ。居場所がほしかったんだろ。同類を見つけて、希望が湧いたんじゃないのか」
「そんなことない! そんなことあるはずないもん!」
「なら、どうして路地で俺と一緒にいてくれたんだよ? なんで励ましたんだよ? 襲われたとき見捨てなかったのはなんでだ? 薬以外に魔道具を持ち込まなかったのは傲慢からか? 完全竜化したときに本当はすぐに俺を殺せたんじゃないのか? あの時、戦いに満足して笑ってたのか? 自分を嗤ってたんじゃないのか?」
「違う、違う、違うっ!」
「本当は違う結末が見たかったんじゃないのか?」
「違うっ!!」
「怖がってたのはお前の方じゃないのか? お前が、俺を、俺に否定されるのを怖がってたんじゃないのかよ?」
部屋に再び沈黙が降りる。
一変してディーは動きを止め、黙り込む。顔を俯けて唇を噛みしめて。
「お前はまだ居場所が欲しかったんだろ? 俺を見て僅かな可能性を感じて、覚悟が揺らいだんじゃないのか? それでも、また拒絶されるのが怖くて目を逸らしたんじゃないのか?」
「……そう、かもしれない」
ようやく彼女が口にしたのは、中途半端な肯定だった。
「あんたの疑問は、私自身にもよくわかんない。あんたの言う通りかもしれないし、やっぱり違う様な気もする。けど、あんたを怖がって逃げたのは、正しい、と思う」
目元を拭い、顔を上げた彼女の瞳は赤く周りは少し濡れていた。
「多分、私はあんたに期待してた。けど、傷つきたくなくて……」
この子は今までどれほど苦しんできたのだろう。
「……もう嫌だよぅ」
彼女が求めているのは人との関わりだ。忌み嫌われてきた能力ごと受け入れてくれる人との関係。
関わりなんてものは、所詮巡り合わせだ。
巡り合わせが悪かったとしか言えない。
「大丈夫だって」
俺には女の子の涙を止めるような優しい言葉を知らない。
安心させ、慰める方法がわからない。
だから、俺は打算を働かせつつ彼女の悩みを和らげる提案をするだけだ。
「俺はお前を否定しない。もう勝手に友達くらいには思ってるし」
「……?」
「それにお前が毒竜だって知っても普通に接してくれそうな人は他にも知ってるぜ?」
この屋敷でなら彼女を受け入れてくれる人間は結構いると思う。
俺はもちろん、アリーシャ様は犯罪奴隷を近くに囲うくらいの度量があるし、ヨハンは普通に受け入れてくれるだろう。ケイトさんが物怖じする様子など思い浮かばない。
最低でも、四人は彼女を受け入れてくれる人間がいる。
「そこで提案だ。一緒にこの屋敷で働かないか? ここにはお前の居場所があると思うんだ」
悪くない提案だと思う。
彼女は自分を受け入れてくれる環境を手に入れ、こちらは竜人と言う戦力が手に入る。アリーシャ様の目的を知った今、彼女の力はなんとしても欲しい。
……それに、この子には救われてほしい。すでにそう思うくらいの情は芽生えている
「そっか……そう言ってくれるんだ」
涙を拭いディーは顔を上げる。
目元は赤いが、それでも表情は幾ら晴れやかだった。
「でも、その提案は受けられないよ」
一瞬、何を言われたか理解できなかった。
断られるとは、少しも想像していなかったのだから。
「な、んで?」
やっと口にできたのは、そんな投げかけだけ。
「君の言葉は、正直嬉しかったよ? それが例え、同情や何か打算からのものでも」
見透かされていた。
彼女の口から指摘されたことで、ひどく自分が浅ましく思えた。
「でも、私はそんな言葉を聞いたのは初めてじゃないの。同情からでも、竜の力が目当てでも、言ってくれた人はいた。私を利用しようとする人って結構いるからね。別に私はそれを怒るつもりはないよ。ゴーシュさんともそれなりに上手くはやってたし」
ああ、そうだ。彼女の力を目当てに近づく者がいないはずがない。
毒竜の力は確かに恐ろしい。それでも、力なんて所詮は使い方次第だ。いくらでも有益に利用できる。
毒も適量であれば薬になるし、貴族なんかは暗殺のために欲しがるだろう。
「でもそれで生まれるのは上辺だけ。表情は友好的に取り繕ってるけど、内心では怯えや嘲りがある。そんなのが私が望むものじゃないのはわかるよね?」
「……ああ。だけど」
同情はあった。打算もあった。
「ここが、お前の望む居場所だと俺は思う」
でも、嘘は一つもない。
救われてほしいという気持ちは、本物だ。
「ごめん。いくら言葉を尽くしても、私はそれを信じられない。もっと真摯に、誠実で、綺麗な言葉を並べられたこともあったけど、全部裏切られたから。もう、言葉だけじゃ信用できない」
なら、どうすれば……。
「だから、覚悟を見せて?」
「覚悟?」
「私に信用してほしいのなら、君が本当に私を恐れていないかどうかを見せて?」
何をするのかと困惑している俺の目の前に、彼女はその細く白い手を差し出した。
「今、この手は猛毒で覆われているわ。触れたら何でも溶かしてしまう強力な毒」
証拠を示すように、落ちていた羽毛を手のひらに乗せる。白い羽は肌に触れた瞬間、ジュウと音を立てて跡形もなく消え去った。
彼女は問うているのだ。語るその言葉に偽りがないのなら、この手に触れる覚悟があるのかと。
信用が欲しければ、言葉だけでなく行動で示せと。
「さあ、私の手を取って? その覚悟があるのなら」
長くなりました。
そして終わらないという……。
もう少しお付き合いください。




