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18.彼女の野望と俺のお仕事

「ご苦労様。昨日は見事な戦いぶりだったわ」


 目を覚まして朝一にアリーシャ様の執務室に呼び出されると、最初に掛けられたのは労いの言葉だった。

 椅子に腰かけたアリーシャ様に執務机を挟んで立っていた俺は、言葉をかけられるまで気をつけの姿勢で緊張しっぱなしだった。

 偉い人に呼び出されると大抵叱られた記憶しかないので、何を言われるのかずっとびくびくしていたのだが、彼女の言葉を聞いた途端、胸中から嬉しさがこみ上げ自然と頬が緩んだ。


「い、いえ。自分としてはあまり胸を張れる内容ではありませんでした。ずっと必死で記憶が曖昧ですし。それに、ほとんどアリーシャ様に貸していただいた魔道具のおかげで勝てたようなものです」


 褒められて反射的に謙遜を口走ってしまうのは前世の記憶を引きずっているからだろうか。

 まあ、嘘ではないが。

 後半はほぼ逃げ回っていただけだし、逆転できたのも彼女の魔道具とアドバイスのおかげだ。前半で優位に立てたのも、借りた魔道具ありきでの話だ。

 俺の実力で成しえた勝利。と胸を張れるほど面の皮は厚くない。


 でも、この世界では褒められたときは謙遜より素直に喜ぶ方が正しい。ちょっちミスった。

 ほら、控えてるメイドさんの目がなんか怖いんだもの。


「竜を倒したことが胸を張れる内容ではないなんて、なかなか楽しみなことを言ってくれるのね」


「いや、その……」


 おたおたと口籠っている俺の姿を見て、彼女の瞳に嗜虐の色が灯る。顔がものすごく楽しそうだ。

 怒ってはいないみたいだけどからかう気満々ですよ、この人。


「そ、そんなことより、俺はこれから何をすればいいんですか? 犯罪奴隷から解放したのも任せたい仕事があるからって言ってましたよね?」


 正確には俺はまだ犯罪奴隷だ。奴隷商人が扱う一般奴隷や借金奴隷であれば主が勝手に開放しても問題はないのだが、犯罪奴隷の場合は国に派遣された術師に奴隷紋を解除してもらわないといけないのだ。

 なので、術師が派遣されてくるあと数日の間は俺はまだ犯罪者扱いなのだ。


 仕事はその後になる。事前に仕事の内容を聞いておかなければ、こちらも心構えなど準備ができない。

 そもそも、このお嬢様が俺なんかに任せたい仕事と言うのが前から気になっていた。


「ああ、そういえばまだ話していなかったわね。やってもらいたいのは、未開地の開拓よ」


「……それは」


 奴隷にやらせる仕事では、と口にしかけてやめる。

 この世界には未だ手つかずの未開の土地が多く存在する。魔物なんていう危険生物が跋扈しているだけに、地球よりも難易度が格段に高いのだ。

 そんな未開地を開拓するのは大変な危険が伴う。なんせ一切の情報が不明な未確認の魔物が出現して高ランクの冒険者が死亡する、なんてこともあるくらいだ。


 そういう危険な仕事には、奴隷紋により言うことを聞かせられかつ死んでも問題ない犯罪奴隷が使われる。

 しかし、アリーシャ様は犯罪奴隷から解放してからその仕事を任せようとしている。


 肉壁や特攻まがいの死亡前提の仕事ではない。もっと別の、大きなものだ。


「貴方も知っている通り、未開地の開拓は大変危険な仕事よ。けれど、同時に私たち人類の生活圏を広げる偉大な仕事でもある。私の領地にある未開地の探索と調査、素材の収集に魔物の討伐を頼みたいの」


「つまり、開拓部隊に入れ、と」


「入るだけじゃなくて中核として組み込むわ」


「わお」


 マジで?

 未開地の開拓部隊というのは、領主の精鋭部隊で組織され、その地域の地理や生態を調査する部隊のことだ。

 これはただの探索部隊とはわけが違う。地図もなくどんな魔物が生息しているかわからない地域を探索するのだ。それはつまり、そこがどれだけ危険なのかもわからないということである。


 森を開拓したり平野を開墾したりする肉体作業が犯罪奴隷の仕事だが、これは一段階前の仕事だ。


「私の領地は人手不足でね。ケイトとヨハンには別の仕事をしてもらっていて開拓まで回ってもらうリソースがないのよ。けど、未開地に入って生還できる人材なんて滅多にいないし」


 未開地の開拓で一番厄介なのが魔物の排除だ。王都周辺の森などは冒険者や騎士団のおかげでかなり間引かれているが、滅多に人の来ない未開地では数も質も段違いだ。

 ゴブリンと同じ確率でブルーオーガくらいの魔物と遭遇するなんて話も聞いたことがある。

 冒険者だった俺なら、探索能力や戦闘能力も申し分ない。


「でも、それならギルドに頼めばよかったんじゃ?」


「ダメよ。部外者である冒険者だと所詮他人事だから真剣味が足りないし、人を選べないから能力が低い輩がくる可能性もある。それに、自身の領地の開拓なのに他所の冒険者だけを頼るなんて外聞が悪いから、自領からも人を派遣するのは絶対条件よ」


 外聞なんて気にしているから上手くいかないんじゃ? などと以前の俺なら思っていただろうが、前世のことを思い出し教養を得た今ではそれらがおいそれと無視することのできない要素であるとわかる。外聞や見栄などが貴族にとっての武器であり、生命線なのだ。


「評判が悪いと活動しづらいのは冒険者も同じですしね」


「そういうことよ。巷じゃ、『人間収集家』とか言われてるけど、雇った人や奴隷も農業とか警備兵に回しちゃってるし。ようやく地盤が固まってきたから開拓に乗り出そうってことになったの」


「なるほど、そうでした」


 結構奴隷を買い漁ってるはずなのだが、それでもまだ人手は足りないのか。

 どんだけ未開の地なんだ。


「あの、一つ聞いていいですか?」


「遠慮しなくても、もっと聞いていいわよ?」


 それは太っ腹なことで。

 だが、俺が今聞かなければいけないことは一つだ。


「アリーシャ様って、領主なんですか?」


 そう、これ大事だ。


「ええ、そうよ」


 十代半ばの金髪の少女はこともなげに頷く。そう、十代半ばの少女が、だ。


「あのー、大変失礼なことをお聞きしますけど、いまおいくつですか?」


「今年で十六になるわ」


 十六。

 俺よりも二つ年下の少女が領主でご主人様?

 数秒フリーズしてしまった俺を見てアリーシャ様はくつくつと笑う。


「びっくりした?」


「ええ、まあ。貴族ってそんな年から領地を任されるものなんですか?」


「次期当主になる可能性が高い長男次男は成人したら練習として小さな土地を任されることはあるわよ。当主候補でもなく女の私は完全なレアケースよ」


 なんとなく察していたが、アリーシャ様は貴族の中でも特殊な立ち位置にいるようだ。しかも、未開地があるってことは彼女の領地って結構広いのではないだろうか。


 それにしても、冒険者から転落して犯罪奴隷になったと思ったら、領地持ちの貴族のお抱えとは。すごい大出世だ。


「アリーシャ・フォン・リオネス。それが私の名前。リオネスという家名に聞き覚えはないかしら」


「……実は貴族様についてはあまり詳しくなくて」


 これまで貴族にかかわった回数など数えるくらいだ。護衛についた下級貴族や訪れた土地の領主くらいしか名前なんて覚えていない。

 リオネスと言うのも聞いたことがある気はするのだが、どういった家なのかさっぱり知らない。冒険者とはいえ、そう頻繁に貴族に関わることはなかったので興味が薄くあまり情報を仕入れていなかったというのもある。

 第一は、面倒そうなので極力避けるようにしていたのが原因だけど。


「そっか。リオネス家もまだまだ威光が足りないということね」


 実家を知らないと言われて機嫌を悪くするかと思ったが、逆に面白がっていた。

 あまり実家とは上手くいっていなかったのかな?

 瞳のこともあるし、任された領地と言うのも家から追い出す口実とか嫌がらせの類なのだろうか。聞くからに大変そうな土地らしいし。


「リオネスってどんな家なんですか?」


「うーん? 歴史はあるけど冒険者にすら知られていない程度の家よ」


 あ、やっぱ実家と上手くいってないんだ。


「ま、古くて頭の中にまでカビの生えているような連中のことは置いておいて、私が治めているベイルラントの話をしましょうか」


 余程実家が嫌いなのか毒を吐くアリーシャ様の口から出た名前に、今度は聞き覚えがあった。


「ベイルラントって数年前に大規模なスタンピードが起こったところですよね。村や町が蹂躙されて、今も魔物に占領されてるって話を聞いたことがあります」


「冒険者だけあって魔物関係の話には詳しいのですね」


「いやぁ、それほどでも」


 なんか知らんが、唐突にケイトに褒められてしまった。普段褒められたに人に褒められると照れくさいものだ。


 アリーシャ様が親切にも「皮肉よ」と教えてくれたが、知ってます。

 たまにはちょっとくらい意趣返ししたいじゃないですか。あまり理不尽にやられっぱなしと言うのも面白くないしな。


「二人が仲良くなって私は嬉しいけど、じゃれ合うのは後にしてね」


「「じゃれてません」」


 互いに無言で睨みあい、火花を散らしているとアリーシャ様による仲裁が入る。

 俺としても美人とは仲良くしたいんだけどなぁ。現実は上手くいかない。


「ベイルラントは元々未開地の多い土地だったんだけど、四年前のスタンピードで人々の生活圏が大きく減少したわ。奪還と開拓による生活圏の増加が当面の目標よ」


 領地の繁栄を義務とする領主としては当然の目標だろう。

 だが、彼女の目的がそれだけに留まるとは思えなかった。


「それでは、当面ではない目標は何ですか?」


「ベイルラントのリオネス家からの独立よ」


 やはりか。


 彼女の秘めている志が預けられた土地を潤し、繁栄させる程度のものではないのは予測できていた。実家との確執を考えれば、たどり着くのはそう難しくない回答だ。


「あの地を復興させ、そして正真正銘私の物とする。そのために、貴方の力を貸してほしい」


 アリーシャ様は立ち上がり俺の前までやってくると、そっと美術品のような手を差し出した。


「お願いできるかしら、レイド」


「……それはもちろん。ですけど」


 彼女には救ってもらった恩がある。それに未開地への探索や領地の独立なんて面白いイベントには冒険者の馬鹿の血が騒ぐ。

 彼女に仕えることは前から決めていたことだ。躊躇う要素は一つもない。

 それでも彼女の手を取るのは、今の俺には難しかった。


 ……これってどうすれば正解なんだ!?


 これは恐らく忠義を立てる儀式とかなのはわかる。貴族ってそういうの好きだしね。

 でも、俺って礼儀作法とかって前世のしか知らないのだ。


 えっ、跪いて手の甲にキスとかするやつですか、これ?

 違ったら青いメイドさんに首落とされますよね確実に。さっきちょっと反抗的な態度取ったからお情けは期待できない。


 わからない。いや、わからない時は素直に人に聞こう。


「ど、どど、どうすればいいですかね?」


「跪いて手の甲に唇を落とせばいいのよ」


 マジですか。

 え、本当にいいの?

 青鬼さんから殺気出てるけど本当に大丈夫なんですかアリーシャ様っ!?


「アリーシャ様、ご冗談もほどほどにしてください。手を取って誓いを述べたら、手を額に当てるのです。万が一にもキスなどしようものなら……削ぎますよ?」


「あっ、はい」


 ケイトに威圧されながらも俺は言われた通りに誓いの儀式を遂行する。

 こういうのってもっと厳格な雰囲気でやると思ってたのに、殺気に怯えながらなんとかつっかえずに誓いを口にする従者と、目を光らせ続ける見届け人のメイド、そしてそれを悪戯を成功させた少女のように笑って見届ける主と傍から見てもグダグダだ。


「さて、まず最初の指示だけど」


 額を離し手をほどくと、彼女は振り返って椅子まで戻るとまた元のように腰を下ろす。ケイトが用意した紅茶を口にしながら命令する姿は、十六歳とは思えない貫禄がそこにはあった。


「仲間を集めてもらいたいの」


「仲間?」


「貴方を中心に探索隊を組むのなら、自分がやりやすいメンバーとがいいでしょ? もちろんこちらからも人は回すけど、合わないようなら別のところに回すなり別の隊を作ってそっちに入れたりするから。冒険者ってパーティは実力よりも連携を重視するって聞いて、それに合わせてみたんだけど、どうかしら?」


 冒険者がパーティにおいて連携を重視するのは事実だが、それは気に入らないやつと仕事がしたくなければすぐにパーティを抜けてしまうからだ。普通は嫌いな奴がいても仕事場を簡単に変えることはできないけど、その点冒険者は身軽だ。メンバーとそりが合わなければパーティを抜けるし、稼ぎが悪ければ土地を移動する。そうやって自由気ままな連中が多いため、自然とパーティは気の合う者同士で構成されるようになるのだ。


「ありがとうございます。助かります」


 俺もその自由気ままな連中の一人なので、彼女の提案はありがたい。もし自分に反抗的なやつと組まされて未開地に送り出されるなんて地獄だ。危険地帯に行くなら仲間は背中を預けられるようなやつがいいに決まっている。


 そして、俺が今すぐ何をすればいいのかはっきりした。


「まずは、あいつを仲間に引き入れろ、ということですね?」


「口説くのは得意でしょ?」


 ……別にそういうわけじゃないんだけどなあ。



   ◇



 執務室を後にして向かう先は客室だ。


 扉の前にたどり着きノックしようとして躊躇う。


 中にいる人物とは色々と顔を合わせ辛い。


 こんな結末は彼の望みではなかっただろうし、なにより逆鱗を思いっきり殴ってしまったのが不味い。

 あの時はあれしか活路はなかったが、それでもあの怒りようを見れば目があった瞬間にまた殺しにかかってくるかもわからない。


「でも、行かないわけにはいかないよな」


 恨まれるのはわかっていたことだ。

 それでもアリーシャ様の命令がある以上合わないわけにはいかない。

 俺はあいつのことを気に入ってるし、実力も問題ない。パーティのメンバーとしては望ましく、彼女も誘うようにと言外に言っていた。


 俺も覚悟をきめよう。

 男同士、腹を割って話し合おうじゃないか。


「おい、ディー。話があるだけど」


 勢いで扉を開き思い切ってそのまま部屋に入る。

 突然の来客に驚いたのか、ベッドの上にいた人物は目を丸くしている。


「え?」


 そして俺も驚いた。

 ビックリした。




 部屋にいたのは黒い髪をした可愛らしい女の子だったのだから。


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