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17.決着

「やったか?」


 渾身の一撃に思わず口端が上がった瞬間、体をトラックに轢かれた時と同じくらいの衝撃が襲う。


「へぶっ!?」


 急所を間違いなく捉えた俺だったが、近づきすぎたため激痛に悶え苦しむディーの苦し紛れの攻撃を食らってしまったようだ。

 だが、身体強化をしていたため前世のように即死することはなかった。上下がどちらかわからなくなるくらいの勢いで転がり、試合場の壁にぶつかることでようやく静止した。


「おえぇ、気持ち悪っ」


 強化のおかげで五体満足で骨折すらしなかったが、三半規管が高速でシェイクされたため吐きそうだ。吐き気以外には少し血が出たくらいで他に外傷はない。

 すげぇな、この腕輪。


 素晴らしい魔道具を貸し与えてくれたアリーシャ様に最大級の感謝を捧げ終えると、全身から毒煙を吹き出しながら小さくなっていく毒竜の姿を見据える。


 薬の効果が切れた、というよりは魔力を制御できなくなって変身を維持できなくなったと考えるべきだろう。

 荒々しくも一応は収束していた膨大な魔力が、今や完全に制御を失い嵐のように彼の体から吹きこぼれて行っている。

 全身から吹き出ている毒霧がそれだ。よく見れば、赤紫の鱗がドロドロに溶けて剥がれ落ちていく。本来なら効果のない自身の毒に蝕まれているのだ。

 完全竜化を維持するのはとてつもない集中力と繊細な制御によって成り立っていたのだろう。その力は確かに強大だったが、今は完全に暴走している。


「竜人の最大の弱点である逆鱗をぶん殴られたのなら当然か」


 竜人にとって逆鱗とはとても重要な機関であると、あの人に聞いたのだがどういうものか詳しくは教えてもらえなかった。


 ただ、「お前で例えるなら金的をくらわされる様なもの」「ちなみに、万が一にもオレのを触ったら生まれてきたことを後悔させてやるぞ。そんでぶち殺すからな」と脅しを混ぜて教えてくれた。


 この世界にも「逆鱗に触れる」という慣用句は存在する。

 そういえば、あの時感じた殺気は本物だった。


「それをメイスで思いっきり殴っちゃったけど……大丈夫かな?」


 試合が終わったあとで、回復したディーに復讐されてしまわないだろうか。


「まあ、後のことは後で考えよう。今回は、アリーシャ様と竜人について教えてくれたジョウさんに感謝だな」


 なんにせよ、これで義務は果たしたと言えるだろう。

 俺が勝利したことで、相手の貴族に好きな要求をできる。それは直接は俺に関係ないが、アリーシャ様の利益につながるものだ。


 そして、俺は犯罪奴隷からの解放だ。


 これであの不躾な視線や制限された不自由な暮らしとおさらばだ。

 アリーシャ様からの仕事があるが、貴族のお抱えと言うのは普通の冒険者よりも快適な暮らしが約束される。

 その内容は命がけで今回のようなハードなものも含まれるだろうが、冒険者なら日常茶飯事だ。過酷な土地での強制労働より何千倍もマシだ。


 これから忙しくなるな。

 けど、その前に行くところがある。

 結局、この間は途中で帰っちゃったからな。


 早く試合終了の銅鑼は鳴らないだろうか。


 そんなことを呑気に考えていた俺の眼前に、瓦礫が出現した。


「っ!?」


 間一髪のところで首を傾ける。瓦礫は頬を掠めて、背後の壁を撃ち砕く。


「……マジで?」


 誰が投擲してきたのかは考えるまでもない。

 紫煙の中から現れたのは、全身の至る所の鱗が剥がれ落ち、自らの毒で肉を焼き焦がしているディー。その姿は咄嗟に目を背けたくなるほど痛ましかったが、その金の瞳だけは憎悪と殺気に染まり、宿る力をまるで衰えさせていなかった。


「貴様は、貴様は貴様は貴様はキサマはキサマハァッ! 竜人の逆鱗に触れるということがどういうことか分かっているのかぁあああああァッ」


 見事にブチ切れておられるディー。

 やべぇ、殺気が今までの比じゃないんですけど!


 迫力だけなら、以前牢屋で向けられたケイトさんの殺気と同レベルだ。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」


 どうしよう。呪詛まで唱え始めた。


「おいおい、お前その身体でまだやるつもりかよ。それでも動けるってどうゆう身体の造りしてんだ?」


「ほざくな下郎がァッ! その減らず口をすぐに叩けなくしてくれるわ!」


 下郎ときたか。

 どうやら逆鱗は竜人にとって本当に触れてはならないものだったらしい。

 獣のようにディーは走り出した。


「……そんな身体で、まだやるつもりかよ」


 ディーの姿は見るからにボロボロで、まさに満身創痍。

 外側だけではない。薬による強制的な完全竜化に、魔力暴走による強制終了。筋肉や骨、魔力回路が無事であるはずがない。

 やつの身体はすでに限界なのだ。いや、限界を超えている。


 内外共に損傷は甚大で、このまま無理を続ければ死ぬ恐れすらある。

 大人しく気絶していればいいものを。

 そうすればとっくに試合は終わっていた。


 主たちが降参を宣告しないのであれば、この戦いを終える方法は気絶させるか、殺すしかない。


「ガァルラアアアアッ!!」


 咆哮を上げながら駆けてくるその姿は、手負いの獣そのものだ。

 こういう状態の獣ほど手強く、油断できない。

 殺す気で行かなくては、逆に殺される。


 痛みを感じさせない動きで、すぐに俺との距離を埋めるディー。

 振るうのは拳ではなく鋭利な爪だ。

 喉笛を狙うその一撃は、先ほどまでと遜色ない速度で放たれる。


 くそっ、こっちも限界だってのに。


 残った搾りかすの魔力を腕輪に流し込み、肉体を強化する。

 それでも一撃目は躱しきれず、僅かに皮膚を掠め血が噴き出す。


 その勢いは猛獣のようだ。

 死の気配が近くを過ぎる。


 死ねない。

 運動能力が足りていない。ディーの動きを予測し、早めに動くことで二撃、三撃目を無傷で掻い潜る。

 四撃目が来る前に、ディーの懐に俺の蹴りが入る。


「ゴフォッ」


 鱗が剥がれ落ちた今、奴を守っていた鎧はもうない。その上、弱っているので武器を使わない攻撃でも通用する。

 体勢を崩し膝をつくと、大量の血が口からこぼれ出る。


「……もう、止めようぜ。頼むから、倒れてくれよ」


「殺す。貴様は、必ず殺す!」


 ダメだ。

 話が通じない。


 このまま徒手空拳で攻撃を加えても、頑丈な肉体を持つ竜人から意識を奪えるとは思えない。死にかけだが、死にかけであるがゆえにさじ加減も難しい。


「ゲホッ……はあ、はあ」


 ふらつきながらも、何とか立ち上がるがまたも吐血する。息も荒く、立っているのがやっとだろう。

 なんという執念だろうか。


 このまま放置すれば彼はやがて死ぬだろう。

 だが、そんな死に方は嫌だろう。


 武人らしく、死ぬなら戦った相手の手で。

 常々、彼が口にしていたことだ。


 俺は転がっていたメイスを拾い上げる。巨竜の最後の攻撃を受けた際に柄の部分が曲がってしまったが、武器としてはなんとかまだ使える。


「俺は結構、お前のこと気に入ってたんだけどな」


 死にたがりと思えるほどの、戦いへの熱意。

 実は共感することの多かった言葉の数々。

 隠していたが、お前が気遣ってくれたことも知っている。


「……おやすみ」


 メイスが頭部に当たる直前。


 満足そうに彼は笑った。


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