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16.逆鱗を狙え

「バッッッッカじゃあねぇのかああああぁぁっ、お前ええええぇっっ!!」


 起き上がった俺の第一声は、まずそれだった。


 叫ばずにいられるか。


 人対竜の戦い? 英雄譚の再演?

 そんなものはフィクションだ。本の中のお話だ。実在の人物・団体・事件とは一切関係がないわけではないが、それを実際にやろうとするなんて究極の馬鹿だ。


「殺す気か! マジで殺す気か!」


「いや、これは殺し合いなのだが……」


「どこが対等の殺し合いだっ! 竜相手に普通の人間が勝負になるかっ! ア・ホ・か、お前はああああああっ!」


 殴られたところは滅茶苦茶痛いし、逆にこっちの攻撃は蚊ほども効いていない。メイスを使っても、ダメージを与えるどころか手が痺れる始末だ。


「……この状態の我の拳を受けて、ここまで元気にしているのが普通の人間だと? 普通の人間は、普通に死ぬぞ? 貴様の普通は常識のものとは違うのではないか?」


「お前が常識語んなっ!」


 俺はこの理不尽な状況に耐え切れなくなり、溜まりに溜まっていた怒りをぶちまける。

 ディーがちょっと引いているが、今は気にすることではない。


 人と竜との戦いを本気で再現しようとするこの脳筋バカ野郎にも腹が立つが、もっと殴ってやりたいやつが他にいた。


 魔剣なんて必要ない(キリッ)。

 とか口走っていたやつだ。


 ――――――つまり過去の俺である。

 変な意地で、魔剣を置いてきた俺である。


「ああああああ、くっそ。こんなことになるってわかってたら絶対に魔剣持ってきてたのにっ!」


 あれならば竜相手にも通用する。

 一太刀でこの馬鹿竜を薙ぎ払ってくれたはずだ。


「けど、過ぎたことは仕方がない」


 頭を掻きむしっていた手を止めて、こちらの様子を窺っている巨竜の姿を見据える。

 こいつを倒すにはどうすればいいか。それだけを考えろ。


 勝目は薄いが、勝算がないわけではない。


「カッカッ、愚痴愚痴と文句を垂れながらも、瞳はまったく戦意を衰えさせていない。我は貴様のそういうところが気に入っておるぞ」


 うっさい。男に好かれてもちっとも嬉しかねぇよ。

 それに、お前が殺しに来ている以上、生き残るには勝つしかないだろうが。


 状況を整理しよう。

 ずっと格下としか戦ってこなかったであろうディーならば身体能力を補い、毒の対策をすれば十中八九勝てると踏んでいた。

 持ち出してくるであろう魔道具も、魔法を跳ね返す盾があれば対処できると考えていたのだが……完全竜化するとは予想外だった。


 俺の装備は身体強化の腕輪、魔法と毒を無効化する盾、そして魔力不足を補うために用意してもらった魔力を回復する指輪だ。あとは革製の防具とメイスのみ。

 竜に挑むには心もとない。本気で魔剣を持ってこなかったのが悔やまれる。


 だが、これでやるしかないわけで。

 そして戦闘中、敵は呑気に待ってはくれない。


「流石に首と胴を切り離せば死んでくれるか?」


「死ぬわ!」


 振り下ろされた爪撃を横跳びで回避する。立止まったらあの世行きだ。走りながら思考を続ける。


 強力無比な存在ではあるが、竜にも弱点はある。

 問題はどうやってその弱点である逆鱗を叩くかだ。


 さっきから攻撃を躱しながら逆鱗の位置を探っていたのだが、聞いた通り喉元に他とは色と形が違う鱗が一枚あった。

 あの逆鱗に一撃入れることができれば、人間でいう金的くらいのダメージが期待できる。


 でも、場所がなぁ……。

 キリンくらい首が長いこいつの喉元に、どうやってたどり着こう。


「ええい、ちょこまかと。これならばどうだ!」


 爪による攻撃をやめて息を吸い込むディー。

 またブレスか?


 毒の息吹を警戒していた俺に向かって、奴の口から紫色の液体が吐き出された。


「いっ!?」


 水流のレーザーのように放たれた種類の異なるブレスを躱すが、余波を受けて地面を転がる。

 起き上がる、さっきまで俺がいた場所は抉れ、紫色の液体がジュージューと音を立てて地面を溶かしていた。


「また厄介な。今度はゲロかよ」


「ゲロではないわっ!」


 俺のゲロ発言に怒ったディーがまたも溶解液を吐き出してくる。

 盾のおかげで溶けはしないだろうけど、この水圧だと当たったら多分アウトだ。


 当たるまいと必死に足を動かす。

 あいつがでっかくなってから逃げてばっかだな。

 でも、反撃の糸口が掴めないのではどうしようもない。


 幸い、奴の攻撃は単調で避けやすい。どこか焦っているように感じる。

 多分、変身に制限時間があるのだろう。ドーピングで得た仮初の力が、それほど長く続くとは思えない。

 しかし、それが数分なのか数時間なのかはわからない。この様子だと一日ということはないだろうが、一時間以上持つとなるとスタミナと魔力が持たない。


 向こうは持久戦を嫌がっているが、それはこちらも同じだ。

 そろそろ決着をつけたい。


「てか、詰んでねえかこれ」


 持久戦は望めず、決着をつけようにも相手の防御を抜けない。弱点の逆鱗も警戒されているから容易には狙えないし、まず高すぎて届かない。


 取ついて登ろうにも、絶対途中で降り落とされるだろうし。

 さっきの目つぶしみたいに隙を作ろうにも、こう相手がデカいと小細工なんてそうそう通じない。


 ……無理じゃん!


「どうすりゃいいだか……ん?」


 打つ手がなくなり挫けそうになると同時に、客席の方から覚えのある視線を感じた。

 見上げると二色の青い瞳と目が合う。


 そうだ、アリーシャ様に見られているんだ。あまり情けない姿は晒せない。


 鈍くなりつつあった足に再び力も戻る。もうちょっと頑張ってみるか。


 ……てか、隣のオッサン誰だ?


 見覚えのない顔に首を傾げつつ、襲い来る溶解液のブレスを躱す。よそ見をしていると、体がバラバラになりそうだ。

 視線をディーへと戻しかけたところで、アリーシャ様が手を振っている姿を捉える。何となくその動作が引っかかり、後方を警戒しながらも視線を彼女の方へ戻す。


 あれ? 手を振ってるんじゃないな。左手?


 その動作の示す左手には彼女から授けられた盾が握られている。

 これでどうにかしろってことか?


「つってもなあ。盾、盾、たてぇ……」


 盾の使い方って、防御と鈍器以外になんかあったか?

 この盾の能力って毒を防ぐくらい……。


 いや、他にも何かあったな。


「――そういうことか」


 彼女の伝えたかったことを理解し、振り返って迎え撃つように立ち止まる。

 こいつには魔法を跳ね返す機能があると言っていた。

 肉弾戦を得意とすることから失念していたが、竜人も魔力量の多い種族なのだ。

 彼らは一般的な魔法を使わない。そのため気づくのが遅れたが、しかしよく考えてみればこいつはこれだけの量の毒をどうやって生み出しているのかわかるというもの。


「お前のブレスも魔法の一種ってことかよ!」


 襲い来る毒液のブレスを盾を掲げて真正面から受け止める。

 あるはずの衝撃が一切ない。体に衝撃が来ないということは、盾が機能を発動したということだ。


「返すぜ」


 受け止めたブレスを、ディーの脚に向けて打ち返す。

 狙い通りに跳ね返された毒液の水流はその威力を発揮して、硬質な鱗を打ち抜き右脚の肉も削り取る。


「グアッ! なんだと!?」


 想定外の反撃にバランスを崩し、巨竜の体がくずおれる。

 首よ、降りてこい。


 勝機は一瞬。


 魔力をすべてつぎ込み限界まで体を強化し、すぐさまディーの首元へと潜り込む。

 他とは違う、緋色に輝く鱗を見つけるのは容易かった。


「デカくなったからって、調子に乗ってんじゃ、ねえええええええええっ!」


 逆鱗目掛けて、全身全霊の一撃を叩き込んだ。


 直後、悲痛な竜の咆哮が轟いた。


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