14.拳で語ろうぜ?
竜人の身体能力は高い。竜化していない状態でも普通の人族を上回る。竜化すればその差はさらに開く。
身体能力の差を技量で覆す、なんてことは技量において隔絶していなければ成立しない。
技術で多少上回っていたところで、力と捷さが格段に劣っていれば話にならない。格闘家でも猛獣に勝てないのと同じだ。素の状態であれば、俺がディーに勝つことは難しい。
それが俺とディーの間にある種族の差だ。
「ぐっ」
メイスの先端がディーの肩を掠める。彼には竜燐という自前の鎧があるため、ローブ以外に防具の類を身に着けていない。身軽であるため何度攻めても機敏な動きで決定打を躱されてしまう。
「まさか、これほどとはな」
ディーは一旦距離を取ると、悔しそうに吐き捨てる。
徒手格闘のディーは懐に入ろうと画策するが、俺がそれを許さなかった。ディーに合わせて動きやすいように防具は革製のもので、一発貰えば大ダメージは必至だ。
メイスでリーチには分があるため、その優位を生かして間合いの内側には侵入させない。開始から素手のディーは攻めあぐねていた。
「まあ、これは武器の差だな」
リーチが違えばそれだけで戦闘や有利。剣と槍では槍の方が強いと言われるのはこのためだ。これを卑怯だとは思わない。やり方次第でまだ覆せる差だ。魔剣のような、喧嘩にミサイルを引っ張ってくるものを卑怯というのだ。
「それだけ負けているとなると、些か腕に自信がなくなるわ」
「問題はそこじゃねぇよ」
「なに?」
「経験が足りないんだよ。自分と身体能力が同じ相手と戦ったことがほとんどないだろ、お前」
竜人の身体能力は多種族に比べて突出している。真っ向から肉弾戦ができるのなんて獣人くらいだろう。ここでの戦歴を調べた限りでは、ディーは闘技場で人族と魔物としか戦っていない。それ以前のことは知らないが、この感じだと経験は乏しそうだ。
魔物なら身体能力で並ぶか上回ることもあるだろうが、奴らは知能が低いし姿形が違うためそのまま対人戦に経験を適用することは簡単にできない。
一方で、俺は人族のため同等以上の身体能力の相手と戦うなんてのはしょっちゅうだ。能力差で勝ってきたディーとは下地が違う。
魔力を籠めると身体能力を上げてくれる腕輪のおかげで、俺とディートの差は埋まっている。魔力を節約するため常時能力を向上させてはいないが、それで十分だ。
「武芸の技量なら、俺の方が上だ」
道具により種族の能力差が消えた今、勝負を決めるのは技や駆け引き、経験、勘、精神力や運だ。
「カッカッ」
ディーが身を屈めて疾駆する。獲物を狙う肉食獣めいた速度だ。
腕輪に魔力を流し込み、迎え撃つ。
「らあっ!」
横なぎにメイスを振るう。
ディーはそれを跳んで躱し、勢いをそのままに蹴りを放つ。が、そこは予想通りだ。
左腕の盾で蹴りを受け止めて後ろに跳んで衝撃を逃がす。
着地したディーはその隙をついて間合いに踏み込もうとする。再び接近してきたところを殴りつける。
メイスが頭部に当たる瞬間、間に腕が入り込みガードされる。
しかし、これで片腕を潰した。と気を緩めることはできない。
「チッ!」
攻撃を防いだディーはそのままメイスを掴み、俺の武器が封じられる。ここから先は徒手格闘の間合いだ。彼の表情が凶悪に歪む。
逆側の自由な拳が飛んでくるのを盾で防ぎ、次いで放たれた蹴りを脚でガード。
なんとか手を振りほどこうとするが、奴はメイスから手を放すつもりはない様だ。
何度目かの蹴りが来たところで、俺はメイスから手を放して躱す。ずっと防がれていた攻撃を躱されたため、一瞬体勢を崩す。そこを逃さず盾で顔面を強打。
「ガッ!?」
怯んだところで手首に手刀で殴りつけメイスを叩き落す。
腹に膝蹴りを見舞おうとしたがそれは避けられる。
「オラァッ!」
「ガアァァッ!」
そこからは拳打の応酬だ。
躱し、防ぎ、掠め、凌ぎ、外し、避け、意表を突き、互いに決定打を逃す。
拳だけでなく、蹴りや頭突きが混じり始めるが、どちらも引こうとはしない。
両者の右拳が、互いの左手に捕まれて防がれる。
視界の端をあるものが掠め、蹴り飛ばそうとするが足で防御される。側面から衝撃が襲い俺は体ごと吹っ飛んだ。
「クッソ!」
すぐさま受け身を取って立ち上がる。視線の先には俺を殴り飛ばした尾が揺れていた。
「カッカッ、ようやくやり返せたと思ったが……効いておらんか」
「無茶苦茶痛いぞコンチクショウ」
尾の存在はずっと警戒していたが、さっきのは防ぎようがなかった。尾を脚でガードすれば逆に蹴りが飛んできたはずだ。
蹴りか尾なら、尾を受けるのがベターというのがとある人のアドバイスだ。咄嗟の尾の攻撃より蹴りの方が重いらしい。どっちにしろ痛いけどな。
「竜人との闘いに慣れているように感じるぞ」
「ああ、昔、散々世話になったよ」
あの人に会ったのは冒険者になりたてだったころだ。パーティに加入したり弟子入りしたりはしなかったが、半年ほどついて回っていた。あくまでも冒険者の先輩と後輩と言う立ち位置で、冒険者としての基礎を数多く教えてもらった。
組手なんかもよくしたが、ついぞ一度も勝てなかった。今やっても勝てる気がしない。
だが、竜人の戦い方というのはよく身に染みている。さっきはへましたが、竜族の格闘術への対応策はいくつも引き出しがある。
「俺の知っている竜人はお前よりずっと強かったよ」
「……そうか」
あの人に比べるとディーの戦い方は未熟。老獪さを感じない。直線的なところが多く、粗削りな印象を受ける。竜化しているため判別がつきにくいが、ディーはかなり若そうだ。
「我の手の内は知られているということか。技量も貴様の方が上だと認めよう。だが、それでも勝つのは我だ」
「あ?」
「魔道具でいくら身体能力を上げようが、貴様の拳では我が鎧の防御を超えることはできん」
ディーの言う通り、さっきの格闘戦で何発か入れることはできたがほとんどダメージがないのだ。入れた攻撃の数は俺の方が多かったが、より多くのダメージを与えたのはディーだ。
下手な鎧より余程硬いからな、あの鱗。殴った手の方が痛い。
何というか、竜人という種族は色々とずるい。
まあ、その差を埋めるための武器だ。
「その左腕は大丈夫そうじゃないけどな」
メイスによる一撃を受けた奴の左腕は鱗が砕け、血が滲んでいた。俺の攻撃の全部か通らないわけではないという証だ。
「なに、こんなものは掠り傷だ。唾をつけておけば治る」
お前の唾って猛毒なんじゃねぇの?
「それに、その武器も今は貴様の手にはない」
足元に転がっていたメイスを蹴りあげて、宙でその柄を掴む。拾い上げたそれを手で弄びながらしげしげと眺める。
「ふむ、頑丈ではあるがこれはただの武器か」
あのメイスは何の効力も持たないただの武器だ。相手の手に渡っても驚異的な力を発揮することはない。
盾と腕輪のどちらかが奪われたら即詰みだが。
現状、俺がディーに攻撃を通すにはあのメイスを使うしかない。唯一の有効な攻撃手段を取りあげたことで優位に立ったと思っているのだろう。
「魔道具には興味があったのだがな。しかし、これで貴様に攻撃する術はなくなった。これでどうやって我に勝つつもりだ?」
そんなもん、やり方次第だ。
俺はメイスを担ぐディーに向かって突貫する。破れかぶれではなく、策は俺の手の中にある。
迎い討つディーはメイスで打ち払うつもりのようだ。見え見えのモーションだが、躱したところでお得意の体術で仕留めるのが本命だろう。
お前の思い通りに行くと思うなよ。
接触する寸前、俺は顔面目掛けてそれを放つ。
「ぐっ!?」
意表を突いたおかげで、一瞬だけ隙が生まれる。そこ逃さずメイスを持っている右手首を掴み、素早く捻りあげる。
背後を取って、そのまま関節をきめる。
「砂かけとは子供じみた真似を!」
「武器なんてのは案外どこにでも転がってるもんなんだよ」
目つぶしなんてよくある手だ。
これなら鱗の硬さなんて関係ない。
「しかし、こんなものすぐに抜け出してっ」
「おいおい、今の俺相手に力技で抜けられるわけないだろ?」
普段の相手なら関節技をかけられたとしても筋力の差でごり押しで抜け出せるかもしれないが、今の俺は魔道具で身体能力を上げている。疲労していて万全な状態ではないし、そう簡単には抜け出せまい。
そして、空いた片腕で首を絞めてやれば、勝利は時間の問題だ。
「チィッ!」
必死に暴れているが逃すものか。
尻尾による攻撃もこう密着していては十分な威力が発揮できない。竜人は尾をあまり器用に操れず、攻撃するときも勢いをつけなくてはならず、締め付ける力も強くない。
むしろ注意しなければならないのは足元だ。足を踏み砕かれてはたまらない。
「ならば、これはどうだっ!」
暴れるディーと背後を取って押さえつけようとする俺の密着状態での攻防が続くと、追い込まれ始めたディーが打開のための手を切る。
突然湿り気を感じると同時に、凶悪な異臭が鼻を刺す。前世の理科の実験で嗅いだような匂いだが、記憶のモノよりも数倍は強烈だ。
その原因は彼の毒だとすぐに思い至る。
彼の全身からあふれ出たその毒は、触れたものを溶かすようで彼の装備が白い煙を上げながらボロボロと崩れていく。
これが直接肌に触れればただでは済まないだろう。出来の悪いスプラッタ画像のようなぐずぐずの肉塊が数秒で完成だ。
本当に、相手にしたくない厄介な能力ばかりだ。
だけど、こっちだって対策済みなんだよ!
「やはり、毒を無効化する魔道具を持ち込んでおるか!」
「ったりめぇだ!」
身体能力よりも警戒したのはこちらの方なのだ。
筋力に差があったとしても、やり方次第では勝負できる。だが、これは何の対策もしなければあっと言う間に天国行き決定だ。
真っ向勝負に持ち込むためにも、毒対策は万全なのだ。
盾の加護により、肌はおろか身に着けている衣服さえ奴の毒は溶かすことができていない。
「……ここまでか」
毒の対策は打たれているだろうと予測はしていたのだろう。でなければ、試合中にもっと積極に使用してきたはずだ。今のこれも追い詰められた末の悪あがきに過ぎない。
打つ手が尽きたのか、悔しそうな声を漏らし顔を伏せる。
「ああ、悪いがここまでだ」
さっさと試合を終わらせてもらおう。ディーの意識を落とすため、首に回した腕にぐっと力を籠める。
「今の我には、ここが限界か」
ぼそりとこぼした独白は、自身の技量不足を悔いていながらも、敗者が口にするにしては諦観を一切含んでいないように感じた。
その違和感に眉を顰めていると、腕を振りほどこうとしていた左腕をディーはボロボロになった外套の内側に突っ込んだ。
その行動に、悪寒が走る。
何をする気だ、こいつ。
それはたき落そうとしたが遅く、彼は取り出した何かを口の中に放り込んだ。
飲み込ませてたまるか。
頭の奥で警鐘が鳴りやまない。
あれは、飲み込ませてはいけない代物だ。
首を折るくらいに腕に力を籠めた。
「てめっ、なに飲みやがったっ!?」
「まだ口に含んだだけよ。胃の腑に落とすためにも、その腕を少し除けてもらおうか」
首に回していた俺の腕を、ディーが掴む。
鋭い爪が食い込み、肉が裂ける。激痛が走るが、離してたまるものか。
「ぐっおおおおおおおおっ!?」
嘘だろ。
腕が僅かに首から離れる。
こっちは魔道具で力を倍加してんだぞ!
いくら竜人でも敵うはずがない。そう考えたところで、ある可能性にたどり着く。
魔道具によって俺の身体能力は飛躍的に上昇している。その魔道具の燃料となるのは、俺の魔力だ。
俺は魔術師ではない。魔力の扱いはお世辞にも上手いとは言えないだろう。
そんな俺が、さっきからどのくらい魔道具を稼働させている?
俺がこの魔道具を断続的に使用していたのは、魔力の節約以外にも長時間安定して使用できないという理由がある。
三十秒。それが俺がこの魔道具を最高のパフォーマンスで利用できるおおよその時間だ。
しかし、こいつと組みあってからどれだけ時間が経過しただろうか。勝負を焦って時間管理を疎かにした俺のミスだ。
竜人の底力と言うのもあるが、現状では俺の強化率は格段に落ちている。
もはや、抑え込んでおくことは不可能だ。
「クッソォオオオオオオオオッ!」
失敗を悟った俺はすぐさま別の行動に映る。いつまでも同じ策にこだわっていては破滅するだけだ。
体を離し、その背中を蹴り飛ばす。口の中のものを吐き出してくれと願いながら。
追撃に、ディーが取り落としたメイスを拾い振りかぶる。
振り返ったディーの喉が嚥下する。
間に合わなかった。
腕を掲げて咄嗟にガードしようとするが、俺はそれを掻い潜ってメイスの先端を胴体にぶち当てる。
文句なしのクリティカルヒット。ディーの体が会場の端まで飛んでいく。
「ハアッ、ハアッ……」
「カッカッ、カッカッカッカッ!」
一方は苦痛に顔を歪め息を乱し、一方は地面に転がりながら哄笑を上げる。
両者の状況と表情は傍から見たらあべこべに映っていることだろう。
「ああっ、やはり良いぞ貴様はッ! これこそ我が望んでいた闘争だ! これこそ我が悲願! 貴様こそが相応しい! 勇気、知恵、力、武具、経験、直感、技術、幸運、あらゆるものを駆使し、全霊を尽くして見せよ!」
「なにを……」
叫び終えたディーはむくりと何事もなかったかのように立ち上がる。
メイスの当たった場所は鱗が剥がれ、肉が拉げて血が溢れだしている。重症だ。
だが、そんなものはないものとディーは凶悪に笑う。気高い狂戦死のその笑みはどこか妖艶にも感じる。
「我がこの試合に持ち込んだ魔道具はただの一つのみ。名は神龍の秘薬」
冷や汗が頬を伝う。それはまた嫌な感じのする名前だ。
彼も魔道具を持ち込んでくることは想定してたが、想像以上に危険な代物を持ち込んできてくれたみたいだ。
秘薬を飲んでから、彼の中に流れる魔力の様子がおかしい。魔力に疎い俺でも感じ取れるほどの異常だ。
いや、異常は魔力だけに留まらない。
「その効果はただ一つ」
背中から天を突く様に生え出たのは一対の翼。
見た目こそ鳥類ではなく蝙蝠にものに似てはいるが、その質はまるで別次元にあると理解させる雄々しさを放つ。
肉体もその巨大な翼に合わせるように変化し、膨張していく。異形が徐々に姿を現し、その中に人の形は溶けて消える。
「竜人を、正真正銘の『竜』へと押し上げる」
大地を踏み砕く大きな四肢。
漆黒の鬣を靡かせ、鋭い牙が覗く咢からは紫色の呼気が漏れ出る。
首が長く、尾までの長さを含めれば十メートルを超えるだろう。
こちらを見下ろす金色の瞳は爛々と輝く。
一目で理解する。
これは人間が相手する存在ではない。
顕現したのは巨大な竜――ドラゴン。
赤紫色の鱗を纏う毒竜は、調子を確かめるように翼を羽ばたかせる。その軽い動作だけで、全身を暴力的な風がこの身を襲う。
「まるで英雄譚の一幕のようだとは思わんか。舞台が些か品に欠けるが、我らで再現してみるのも悪くはなかろう」
怪物が、嗤う。
「さあ、ここからが本番ぞ」
強大な怪物を前に、俺は震えていた。
矮小な人間が、たった一人で立ち向かう存在ではない。
これが彼の奥の手なのだろう。
なるほど、確かに強力だ。
しかし、これだけは言っておきたい。
俺は肺から空気を振り絞り、たった一言だけ声を張り上げた。
「ずっるぅっ!!」
これは反則だろう……!




