13.試合おうか
ついにその日はやってきた。
試合場を囲む円形の観客席には先日よりも多くの人間が集まり、ガヤガヤと雑然とした話し声がここまで聞こえてくる。
熱気の籠った雑音に顔をしかめながら、地面の調子を確かめるために踏みつける。闘技場の地面は石畳ではなくむき出しになっている。石畳を敷いても戦闘で破壊され、試合ごとに交換していては修理費用が馬鹿にならない。しかし、土ならば安価で済み、魔法ですぐに元の状態に戻せる。
……これなら目つぶしもやりやすそうだな。
「カッカッ、やる気は十分のようだな」
数メートルの距離を開けて対峙しているディーが楽しそうに笑う。小細工の確認を準備運動かなんかだと勘違いしているようだ。
ちょっと気まずい。
「まあ、お前と違って俺は負けるわけにはいかないからな」
「我とて敗北にペナルティがないわけではないのだぞ? 屋敷を追い出されるのだからな」
生易しい。俺は怖いメイドさんに命を刈られるというのに。
「ペナルティでお前追い出すのか? せっかくの手駒を?」
竜人という戦力を負けたから追い出すというのがよくわからない。負けたからといってディーの強さが変わるわけではないのだから、むしろ扱き使うほうが普通だろう。
「事情は色々とあるが、一番は我が実質的に奴隷ではないからだよ」
「どゆこと?」
「魔法抵抗力の強い竜人にはこの首輪では力不足なのだ。強制命令も無視できるし、懲罰の激痛も効かん。名目上は奴隷だが、いつでも解除できるしこんなものはないに等しい」
つまり、ディーにはあの首輪は拘束力がまるでないということか。本当にこの闘技場に参加するためにだけにつけたペイントなのだ。
「主は『無敗』の選手になにやら拘りがあるようでな。黒星の一つでもついたらそこでお払い箱と言うわけだ。制御できぬ力など手に余るだけだからな」
どうやら込み入った事情があるのはあちらも同じらしい。
簡単にディーを追い出してしまうのはもったいない気がするが、俺には見えないデメリットがあるのかもしれない。
「我も追い出されると困るのでな。負けられぬのは一緒だ」
彼の目つきが鋭いものへと変わり、半身になって拳を構える。
「お主にも負けられぬ理由があるのなら、全身全霊をかけて掛かってくるがいい。我は我のために全力でそれを叩き潰す。――――楽しい殺し合いになりそうだ」
カッカッカッカッ、と歓笑を上げ全身から闘気が迸る。
「あの時から、我はこの日を待ちわびていたのだ。退屈だけはさせてくれるなよ」
そこまで期待してくれているとは。
はあ、なんでみんな俺にそんなに期待するのだろう。
俺は少し前までしがない中級冒険者でしかなかった。
プレッシャーが重すぎて胃が痛くなりそうだ。
客席のほうを見やれば、自慢のご主人様が楽しそうに口端を上げて手を振っていた。隣に控える従者たちの顔は無表情と微笑。
誰も俺を心配している様子はない。
当然勝つだろう、という空気が見て取れる。
ああ、胃が痛い。
「簡単に勝てる相手じゃねぇつーの」
悪態をつきながら俺も武器を構える。先日の怪我はすでに治った。治癒魔法まで使えるなんて彼のメイドは万能だ。
だから、こうして武器を振るっても全く支障はない。試合までの数日、素振りを欠かさなかったのでしっかりと手に馴染でいる。
その手に握っているのは、一帯の大気を掌握する魔剣。――――ではなく、何の効果もないメイスだ。
「主の話では魔剣を持ち出してくると聞いていたのだが、読みが外れたな」
「ああ、いらないからな」
言うと、見くびられたと思ったのかディーの表情が不快そうに歪む。
アリーシャ様が用意してくれた三つの魔道具からは、盾以外に持ってきていない。剣と鎧はこの戦いには過剰戦力だ。
「舐められたものだな」
「違うぜ。俺はお前と条件を揃える装備しか持ってきていない」
俺とディーの間には毒と身体能力というどうしようもない大きな差がある。
それさえどうにかできれば、魔剣なんてものは必要ない。
「こっちは道具込みだが、ハンデはなくなる。これはお前の望む勝負にはならないか?」
「別に我はどんな道具を持ち出して来ても文句を言うつもりはなかった。その選択を後悔するでないぞ?」
「しねーよ」
俺がこの試合に望まれているのは二つ。
ディーからは全力。アリーシャ様からは勝利。ではない。
初めて会った時にあの人は言っていた。好きにしろと。
彼女が求めているのは、唯々諾々と命令に従事する人形ではなく、己の意思で決断できる人材だ。
買われてから、彼女が俺をずっと試すような目で見ていたのが気にかかっていた。
俺はこの試合で見定められている。
あのまま自分の意思を曲げて言われた通りに装備を固めて試合に臨めば、例え勝ったとしても、おれらくそれは失格だ。
彼女の瞳は他人の感情を読むことができる。彼女の言動から察するに間違いないだろう。魂を見る能力なんてものの定番だしな。
予想では、これは俺が俺の想う通りにやって結果を出させる試験。武器に頼った勝利ではなく、俺の能力で勝利を得なければならない。
本当に確実に勝利しなければいけないのなら、魔剣ではなくメイスを使いたいという願い出は却下されたはずだ。嬉しそうに許可を出したあの時の顔からして、俺の考えは外れていないだろう。
それに仮に負けたとしても、お嬢様が結婚するということはないとも思っている。
どれくらいかは定かではないが、側近の二人やあれだけの装備を揃えられる財力から見てもあの人はかなりの力を持った貴族のはずだ。そして、あの人は色恋なんかよりも自分の趣味ややりたいことを優先するタイプに見える。
俺が負けて結婚を迫られても、それに応えることはないだろう。約束事なんて当てにならないのが貴族だ。
何やら野望を抱くあの姫君は、それを叶えるまで止まることはないだろう。
俺が負けても、結婚という要求は絶対に叩き潰される。だから、死なないように負ければお終い。なんてことはない。
これは試験だ。今後の俺の立場に関わる。
彼女の近くで働こうと、力になろうと思えば全力でアピールしなければならない。犯罪奴隷になって地獄の一歩手前から救い出してくれたお嬢様に恩を返す。そのためには、俺の力でこの試合に勝たなければならない。
「ディー」
「なんだ」
「俺は俺のやり方で、お前に勝たなくちゃならない」
結局のところ、これは俺のための闘いなんだ。
絶対に勝つように、と言われればこいつの相手にするのは面倒な仕事だ。
義務なんてものは重りでしかない。
だが、俺は好きにすればいいと言われた。
目的は勝つことに変わりはない。けれど、動機が違う。
勝たなければいけないから勝つから、勝ちたいから勝つに変わる。
動機が違えば、モチベーションが変わる。勝利と言う目標が与えられたものから、俺が定めたものへと入れ替わる。
ディーが誇りのために戦うのなら、俺は俺のために戦おう。
「魔剣なんて必要ない。俺は俺の実力で、お前を倒す」
俺だって冒険者だったんだ。己の技にそれなりの自負がある武芸者の一人だ。
腕の立つ相手と競ってみたいという欲望はある。
ディーの語った言葉の数々に共感しなかったと言えば嘘になる。彼ほど闘いに飢えているわけではないが、柵のない決闘に血潮が高ぶる。
ああ、やっぱり俺も人のことは言えないな。
「カッカッ、やはり貴様は我の見込んだ通りの男だ」
互いに待つのは開戦の合図。
壮絶な笑みを浮かべ、睨みあう。
早く腕を競いたい。
鼓動が高鳴り全身を熱くする。
「さあ、死合おうか」
銅鑼の音が会場に轟く。
開始の合図と共に、俺たちは駆けた。
戦闘まで行けなかったorz
入れると長くなるので分けました




