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12.刺客と思惑

「あ、失敗した」


 路地裏の奥の気配に気を取られている隙に、通りに出られる方向にも道を塞ぐように人影が現れる。逃げ道を塞がれた上に、挟み撃ちだ。やらかした。


「うーん、ちょっと鈍ってるな……」


「いいではないか。追い詰められておるのだぞ? 不利になっておるのだぞ? 楽しいではないか」


「黙らっしゃい」


 あんた戦闘狂っていうかただのマゾなんじゃないの?


 隣で獰猛な笑みを浮かべ舌なめずりまでしている竜人にM疑惑が浮上したところで、頭上から仮面の集団が襲い掛かってきた。

 前後に注意を払わせたところで、本命は頭上からの強襲。相手さんは本気で殺しに来ているようだ。


「よっ!」


 前方へと転がり落ちてくる刃を回避する。上空では身動きが取れないからわかっていれば避けるのは難しくない。着地した瞬間を狙い、一番近いやつに突進。


「――――――」


「もーらい!」


 仮面の男が怯んだ一瞬をついて手に持っていた剣を奪い取る。

 犯罪奴隷である俺は武器の携帯を許されていない。手ぶらでこの人数を相手にするのは無理なので武器の調達は必須だ。


 男はそのまま吹っ飛び仲間の一人を巻き添えにする。こんな狭い空間では集団戦は向かないということだ。

 仮面に黒いローブを纏った集団は奥からも姿を現し、包囲した俺たちを武器を構えて油断なく見据えている。


「それにしても、見るからに胡散臭い連中よのう」


 ごもっとも。

 取り囲んでいるのは総勢二十人くらいだろうか。全員が黒いローブを纏い仮面で顔を隠しているのだが、どうも仮面は統一していないようだ。顔を隠せればいいのか拘りがないのか、屋台で見かけたことのあるような面だ。何人か被ってるし。


「ファッションセンス壊滅的過ぎるだろ」


 煽ってみるが、誰もピクリとも反応しない。やっぱり怪しい格好しただけのゴロツキじゃあないよな。


「で、お主の客か?」


「たぶん、さっきの連中の御礼参りかなんかだと思うんだけど……」


 ただの不良冒険者たちの集まりだと思ってたんだが、この感じだと結構大きい組織が後ろについてそうだな。末端の喧嘩に過剰戦力を送り込んでくんなって言いたい。人的資源の無駄だ。


「こんだけ数がいるとなぁ……面倒くさいなぁ……」


 そこそこの手練れだが、単体としてはケイトさんやヨハンどころかブルーオーガ以下の戦力だろう。だが、数や連携というのは個人での戦力の差を埋めてしまう厄介な代物だ。

 警備の兵士たちが来るまで生き残れるだろうか……。


「それなら我が代わりに相手をしてやろうか?」


 さてはてどうしたものかと悲嘆に暮れていると、まるで目の前にご馳走を並べられている時の犬のようにディーは目を輝かせていた。

 端から後ろの敵は任せるつもりでいたけど、もしかして全員相手取る気か?


 それは流石に無茶無謀と言うものだ……と、そこでふとディーとは別の竜人の姿を思い出した。四方八方を魔物の群れに囲まれながらも笑いながら全てを薙ぎ倒し、悠々と戻ってきた竜人の姿を。

 ……まあ、本人も乗り気だしいいか。


「お好きにどうぞ」


「――――――!」


 言い終わると同時に、近くにいた敵が宙を舞った。フライング気味に駆けたディーの拳が見事に相手の鳩尾に突き刺さったのを何とか捉えた。


「カッカッ」


 展開は一方的だった。


 数の差を嘲笑うかのように敵の攻撃を掻い潜り、自慢の拳による一撃で相手を沈めていく。

 仮面軍団も連携を図るが掠りもしない。

 数の優位、集団による連携。そんなものは無意味とばかりに暴虐を振るう強力な個だ。


「怖っ」


 集団に囲まれて余裕でいられたのは、ディーと言う戦力が隣にいたからに他ならない。俺単独なら何とか隙をついて逃げる相手だが、毒の竜人であるディーいるなら麻痺毒でも撒いてもらって終わりだろうという打算があった。

 しかし、予想を超えてディーは強かった。

 能力を使わずとも、身体能力と竜人族特有の格闘術を駆使して群がる敵を殲滅していく。


 その光景からわかるのは、毒だけ何とかすれば勝てるということは全くない、という恐ろしい事実である。


 今の状況は戦闘狂には美味しいに違いない。サンドバッグには事欠かないのだから。

 そう思ってディーの表情を窺ってみると、予想に反して彼はつまらなさそうな顔で敵を殴っていた。それは先日のスライムとの試合のときにも見せていた表情で、どうやら手ごたえがなさ過ぎたのかもしれない。

 戦闘狂の思考はよくわからないが、何となくその表情が気にかかった。


 俺にも向かってくる奴はいるが、ほとんどの戦力はディーに集中しており、脅威となる人数ではない。何人かを相手しながらも、俺の意識は猛威を振るう竜人へと向いていた。

 それがダメだったのだろう。


 さくっ。


「ぎゃあっ、刺さった!」


「よそ見などしておるからだ、馬鹿者!」


 余裕ぶっこいてたら相手の剣が肩に刺さっていた。

 刺してきた奴を蹴り飛ばすと同時に剣も抜ける。痛い。

 いかんいかん。ディーの能力を分析したいところだが、先に目の前のやつらを片付けないと。

 傷の手当は後回しだ。


 ディーに戦力が集中しているため、俺に相対するのはたったの三人。

 あれ、俺が狙いじゃなかったのか?


 敵が本末転倒していようがどうでもいいのでさっさ切り捨てようと一歩踏み出すと、なぜか敵も後退してしまう。


「む?」


 ディーに向かっていた敵も途端に距離を取り、攻めてくる気配が消失する。

 互いに出方を探るように睨み合うが、それも長くは続かなかった。仮面の集団が一斉に懐に手を突っ込み、取り出したものを地面に投げつけると大量の煙が路地を瞬く間に埋め尽くした。


「煙幕か、くそっ」


 視界を封じて死角から攻撃してくるつもりか?

 仕事柄、視界の悪い環境でも気配を頼りに戦うことはできるのでこの手の戦法は残念ながら効果は薄い。

 カウンターを決めてくれてやる。


 そう意気込んでいたのだが、しかしなぜか敵が襲い掛かってくる気配がない。

 逆に遠ざかっていってるような……。


 …………え、逃げた?


 相手の意図に気づいたころにはすでに手遅れで、煙幕が晴れるとそこには俺とディー以外誰もいなかった。


「仲間も武器も全部回収されてるや」


 残った証拠品は俺が奪った剣くらいだ。鮮やかな逃走である。

 感心する一方、舌打ちしてる竜人はとても苛立たし気だ。


「戦いの途中で逃げ出すとは、つまらん」


「妥当な判断だと思うけどね」


 人数では勝っていたが、戦力はディー一人に完全に覆されていた。負ければ警邏に突き出されるので臭い飯を食いたくなければ逃げるのは当然だ。


 にしても、あいつら何者だったんだろ。

 新人狩りの裏組織、とするには釈然としないものがある。


「それよりも、怪我の手当はせんのか?」


「ああ、そうだな」


 本格的な治療は無理だが止血くらいはして置かないと。

 ハンカチを取り出して傷口に当てようとしたら、横からディーにひったくられる。


「貸せ、我がやってやる。その位置だと自分ではやりにくいだろう」


「お、おうっ、悪いな」


「全く、我との試合前だというのに怪我をするとは何事だ。十全な殺し合いができないではないか」


 ……一瞬、良い奴だなとか思っちゃったじゃん。結局それかよ。


 この男は何故そこまで殺し合いを望むのだろうか。

 命を懸け、互いに鎬を削る。

 そんな闘争は、なるほど確かに武人としては心惹かれるものがあるのだろう。


「なあ、お前は何のために戦うんだ?」


「そんなの決まっている」


 傷口を縛ったディーは顔を上げ、俺の瞳を見据えて言う。


「誇りのためだよ」


 誇り。

 そうか、誇りか。


 その瞬間、俺の中で何かが固まった気がした。



   ◇



 それから時間を置かずにヨハンが戻ってきたのは、盛大に立ち上った煙幕が原因だろう。しっかりと少女を頼れる冒険者のところに預けてきた彼は、あの煙幕を見て慌てて戻ってきたようだ。


 互いに別れてからのことを話し合い、情報を共有する。襲撃してきたやつらのことを探ってみるとのことで、何かの手がかりになるのではないかと強奪した剣を預けた。

 少女の方は、ギルドについたときに丁度目当ての人物たちがいたのでスムーズにことは進んだそうだ。返答は快いものだったが、紹介状を見て眉をひそめていたそうな。


 まあ、最近全然顔出してないもんなぁ。そのうち挨拶に行くとしよう。


 屋敷に戻った俺はすぐに彼女の元へと訪れた。

 ドアを開けた人物が虫を見るような目をしていたが、いつものことなのでスルー。もう慣れた。


「おかえりなさい。大変だったみたいね」


 悠然と椅子に腰かける少女は、相も変らぬ美貌。

 魂まで見透かすという色違いの青い瞳と真正面から向かい合う。


「頼みがあるんだ」


「いいわよ」


 内容を伝える前の快諾。まるで、俺の頼みごとを最初から知っていたのかと言いたくなる。

 了承は貰えたが、筋として頼みごとをきちん口にして伝える。

 けれど、彼女の返事は変わらなかった。


 ……断られると思ってたんだけどなぁ。


「別にそれは私が口出しすることじゃあないもの。それで、他には?」


「ディーの資料が欲しい。これまでの試合の戦いぶりとかが書いてある……ないか?」


「あるわよ。戦いにおいて敵を知ることは定石よ。用意してあるわ」


 それはまた、準備がよろしいことで。

 けれど、おそらくその資料は俺が頼まなければ差し出されることはなかっただろう。


 アリーシャは要求すればどんな支援でもしてくれるだろう。あの武器だってそうだ。

 逆に何も言わなければ何も手出ししない。それが彼女のやり方なのだろう。


「貴方の本気が見られると、期待してもいいのかしら?」


「……そんな期待するようなもんじゃないよ」


 彼女が何も言わなくてもくれるのは、期待とプレッシャーくらいか。


 それに応えられるよう、精々励むとしよう。


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