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10.見る目

 視線。

 大通りを歩く俺に無数の視線が突き刺さる。

 なぜなら、


「――――これが、モテ期かっ!」


「思ったより余裕あるね、君」


 違うんすよヨハンさん。気を紛らわしていないと辛いんですよ。だからそんなジト目で見ないで。


 俺は今歩いているだけで多くの視線を集めている。

 これが尊敬だとか、女の子の熱いものだったなら気分は浮かれただろうが、現実は全くの逆である。

 怯えや嫌悪、侮蔑を向けられて喜ぶような性癖は生憎と持ち合わせてはいない。


「帰るかい?」


 犯罪奴隷である俺は一人で市街地を出歩くことはできない。野暮用に付き添ってくれているヨハンが心配そうに聞いてくる。

 深く考えもせず外をうろつこうとした俺が悪い。自業自得だ。


 犯罪奴隷の証である二重の茨。控室でもそうだったが、思ったよりもこいつが視線を集めてしまう。

 隠せられればすぐに解決するのだが、残念ながら法で犯罪奴隷が首の紋章を隠すことは禁止されているのだ

 これは自分が重罪犯ですよー、と主張するものである。街行く普通の人々が怯えるのは当然だ。


 そんな視線を浴びるのは、結構辛い。

 彼の言葉にすぐに頷いてしまいそうなくらいに。


「いや」


 それでも俺が首を縦に振らないのは、どうしても確かめたいことがあるからだ。

 あと、辛い思いをしたのになんもしないまま帰るのも嫌だというのもある。


「あのパン屋がどうなったのか知りたい」


 俺が勝手に出しゃばった結果、余計にあそこの人たちに迷惑が掛かっていないか。

 それがずっと気になっていた。


 ディーとの試合が一週間後に決まり、僅かに余暇が生まれた。

 懸念していた他の魔物や対戦相手との試合は設定されなかった。主であるアリーシャ様がその試合以外に参加を許可しなかったのだ。


 奴隷は主の所有物。つまり俺はアリーシャ様のモノだ。

 闘技場側に勝手に試合を組まれなかったのは、貴族の所有物を勝手に危険な目に合わせられないからである。闘技場の奴隷なら話は別らしいが。


 とにかく、そういうわけでようやく好きに動ける時間ができたので、この機会を逃すまいと様子を見に行くことにしたのだ。

 ヨハンが同行しているからわかる通り、アリーシャ様からもちゃんと許可はいただいている。


 一緒に行くなら女の子がよかった、なんてことは言わない。ついてくることになる女の子が怖いメイドさんになるからだ。

 それなら苦労人のヨハンのほうが百倍マシだ。


「付き合わせて悪いな」


 彼も俺と一緒にいて気分がいいわけではないだろうに。本当に苦労を掛ける。


「気にしないでよ。それと、僕に対してはもっと気を楽にしていい。いずれ同僚になるわけだし」


「俺、犯罪奴隷だぜ?」


「別に胸糞悪いサイコな殺人鬼とかじゃないだろう。それに、身分で蔑んだりしないよ」


「嬉しいこと言ってくれるなぁ。イケメンの上人間ができてるとか無敵じゃん」


「あはは……無敵かどうかはともかく、お嬢様に仕える者として恥ずかしくないように努力しているだけさ」


 あ、やっぱりこいつもアリーシャ大好き人だった。

 人望あるよなー、あのお嬢様。


『あの、なんでそんなに俺を信用できるですか?』


 ふと浮かび上がったのは先日の記憶。

 強力な装備を揃えられるとはいえ、大して知りもしない俺で自分の将来をチップにした賭けを受けたのかどうしても気になり、つい聞いてしまったのだ。


『えっ、信用できる人間だと思ったからだけど』


『だから、どこをどうして俺を信用したんですか?』


 当事者として納得できる理由を聞きたかった。いつの間にか身代以上のものを背負わされていたのだから、どこにそんな信頼できる要素があったのか教えてほしいと目を瞬かせていた彼女に迫った。


『だって、レイドなら勝つってわかってることだし』


『だから、なんでそんなことわかるんですか。あれですか、その目は魂以外に未来も見えるんですか?』


『そうじゃないけど……これで納得してもらえるかなぁ?』


『なんですか?』


『正確に言うなら、私は貴方のことを全然信頼していないわ。私が信頼しているのは自分の『眼』よ。私の『眼』がレイドならあの竜人に勝てるって判断したから、それを信じているだけに過ぎないわ』


『……それって、俺を見ただけで信頼したってことじゃ』


『そうよ。だって私の『眼』に狂いはないもの』


 俺には理解できない理屈だった。

 それ以上は取り合ってもらえず、ケイトさんに睨まれてすごすごと引き下がるしかなかった。


「いくら魔眼で見たからって、よく知らない男に自分の将来賭けるなんて理解できないんだけど」


「ご自身の眼に絶対の自信を持っているんだよ。僕もあの突飛な行動は慎んでほしいんだけど、何というか住んでる世界が違うんだよね、お嬢様って」


「住んでるっていうか、見て感じてるものから違うだろあれは」


 根拠もなく信じられるのは嫌だが、その根拠が理解できないのもそれはそれで不安だ。

 よくわからないまま信用されるのがこんなにも怖いことだとは思わなかった。

 これだけ重たいもの背負わされると困惑を通り越して、ほんとに怖い。なんでそんなに信用できんだよ。

 いきなり会社の存亡のかかった企画を任された新入社員みたいなもんだぞ、これ。


「あの人についていくのって大変じゃないのか?」


「そうだね、退屈はしない」


 苦笑するその横顔にこれまでの苦労がにじみ出ているような気がした。


「根無し草の冒険者だったからか、そういう誰か一人に心酔して仕えるって気持ちはよくわから……ん?」


 後ろからドタバタと近づいてくる足音。人の多い通りだというのに、複数人が迷惑にも全力で走っているようだ。


「一人だけ離れてる。追われてるのかな?」


「えっ、足音だけでわかんの!?」


 流石はあのケイトさんと肩を並べて行動しているだけはある。人並み優れた感覚だ。

 俺も耳を澄ませてみると、「どいてどいてー!」「待て、ゴラァ!」という声が聞こえてきた。確かに誰かが追われているようで、しかもこちらに向かって走ってきている。


「避けるか?」


「騎士として揉め事を見過ごすのはちょっと……」


 短いやり取りで俺たちの方針は決まった。俺はヨハンに従う身なので否はない。


 人ごみをかき分けるようにして現れたのは、冒険者らしい装備に身を固めた少女だった。

 後方を気にしながら走っていた彼女は、他の通行人とは違い進行方向を塞ぐように立ち止まっていたヨハンに気づいて声を張り上げる。


「ちょっ、お兄さんどくのです!」


「なにか事件ですか?」


「もしかして騎士様ですか? 助けてください!」


 ヨハンの格好を見て騎士と判断したのか、少女は隠れるように彼の背後に回り込む。

 遅れて少女を追うように現れたのは見るからにガラの悪そうな三人組の男たちだった。


「待てやクソガキィっ!」


「うひゃあっ!」


 男たちは怒り心頭と言った感じで怒鳴り、少女はヨハンの背中にさらに縮こまる。

 見た目は百パーセント向こうが悪者だが、この子が彼らに何かして怒らせてしまった可能性もある。事情を聴くべきだとヨハンも判断したようで、息を荒げている男たちに話しかけた。


「この子がなにかしたのかい?」


「あん? オメェにはかんけーねぇだろ」


 事情を素直に話さないあたり少し怪しいな、と思っていると背中から顔を出した少女が男たちに指をさす。


「この人たちがしつこくパーティに誘って来るのです! それをお断りしたら逆上して襲ってきたです!」


「先に手を出したのはそっちだろうが!」


「あたしのおっぱいを触ろうとしてきたのが悪いのです! それに出したのは手じゃなくて足なのです!」


 どっともどっちだが、先にセクハラしようとした男の方が悪い。

 ……てか、こんな板みたいなのを触ってどうするつもりだったのだろうか?


「はっ、なんか失礼な視線を感じるのですっ!」


「まったく、セクハラするようなやつは最低だな」


 今は人の趣味嗜好を考察している場合ではない。事態を収拾するのが先決だ。


 聞いた感じ、話からするとあの男たちも冒険者のようだけど……。

 冒険者同士の揉め事は珍しくないが、話の流れにどこか違和感がある。

 少女と男たちとを見比べながら、その装いの違いに気づく。彼らの装備は使い込まれているのに対し、少女はどこか装備に着られている感じがある。

 一見冒険者同士の諍いに見えるけど、もしかしてこれは。


「なあ、君って新人(ニュービー)か?」


「はい? そうですよ。成りたてほやほや一時間ってころなのです」


 防具が安い中古品ばっかだからそうかと思ったが、さっき登録したばかりだったみたいだ。冒険者になってすぐにあんなのに絡まれるなんてついていないが、珍しいことではない。


「どうかした?」


「あいつら、たぶん新人狩りの連中だな」


 こういう初々しい子たちを狙って、なかなか昇格できない下位の冒険者が強請や憂さ晴らしの標的にするやつらのことだ。

 男たちの装備の質と使い込み具合からして、長年下位か中の下を彷徨っている連中だ。まっとうな連中だと自分の食い扶持を稼ぐのに精一杯で、足手まといの新人なんて邪魔なのでパーティには誘わない。

 今回の場合だと、パーティを組んだら依頼報酬の大半を持っていかれたり、下手したら途中で身ぐるみ剥がされて碌でもない目に合わされただろう。


 一般人にやると犯罪だが、手の早い者の冒険者同士の諍いは珍しくないので見逃されることが多い。そういうところをついてくるのが実にせせこましい。


「一番面倒なのが規則に抵触していないってところだな。強引な勧誘や軽いセクハラくらいじゃあっても精々厳重注意だな」


「はっ、証拠もねぇのに俺たちが新人狩りだなんて言いがかりはよせよ」


「へぇ、でも街中で騒ぎを起こしたんだから詰め所まで連れていくことはできるよ?」


「くっ」


 確かに現状では推測でしかないが、捜査すれば証拠の一つくらいは出てくるだろう。

 連行されたくなかったら大人しく引き下がれ、と遠回しにヨハンが言うと男たちは苦虫を噛み潰したような顔をし、地面に唾を吐きかけて引き返し始めた。


「……覚えてろよ」


 そんな捨て台詞が微かに聞こえたが、たぶんすぐに忘れてしまうだろう。

 連中くらいの実力だと、仲間を連れてきても俺とヨハンだと相手にならん。後日狙われたとしても、当分俺は外をうろつかないし、ヨハンなら返り討ちだ。

 問題はこの子なんだけど。


「あ、あの、助けてくれてありがとうです」


 男たちが去っていくのを確認すると、少女はヨハンの背中から離れペコペコと頭を下げてくる。言葉遣いは変だが、礼儀正しい子だ。


「気にしなくていいよ。……でも、あいつらがまたちょっかいかけてくるかもしれない」


「あう……」


 ヨハンの推測は正しい。

 どうやら彼女はあいつらに蹴りを入れてしまったらしいので、何らかの報復があるのは間違いないだろう。しかし、首を突っ込んでしまったが、俺たちも四六時中一緒にいることはできない。


「冒険者は自分の身くらい自分で守れ、っていう暗黙の了解があるからなぁ」


 そういうわけで、冒険者同士の諍いは見逃されがちだ。アウトローな組織だし、街の外でなら犯罪も見つかりにくい。まあ、悪質と判断されると賞金首にされるが、被害を受ける側はどうしても後手に回る。


「ああ、あたしの冒険者人生が早くも崖っぷちなのです……」


 悲嘆にくれて顔を俯かせる姿を見ていると、元冒険者として同情心が芽生えてくる。俺も新人の頃は苦労したが、冒険者を続けている間に掛け替えのない経験を何度もしたものだ。それを味わうことなく冒険者の道を閉ざされるのは、とても勿体ない。


「……俺の知り合いに面倒を見てくれそうなやつが何人かいるから、誰か紹介してやろうか?」


「ほ、本当ですか!?」


 自分面倒は自分で見ろ、というのが冒険者のスタイルだが、中には面倒見のいいやつらだって当然いる。そんなお節介な連中なら、この子が半人前くらいになるまでは庇護してくれるだろう。


「ありがとうござますです!」


「ですは余計だな」


 諦めかけたところに光明が見えたためか、少女は感激したように俺の手を取った。

 うん、年下の女の子の役に立つのは悪くない気分だ。


「えっ」


 その時、彼女の瞳が俺の首に向いた。びくり、と少女の肩が跳ねる。


「は、犯罪奴隷っ!?」


 叫ぶと同時に掴んでいた小さな手に突き飛ばされる。

 転んだりはしなかったが、突然のことで数歩後ろによろめいてしまう。


 何が起こったか理解しないまま見据えた少女の瞳には、先ほどまであった安堵と感謝の色は消え、通りで向けられたものと同じ怯えを孕んでいた。

 ずきりと胸が痛むと視界が揺れ、音が遠のく。


 そうか。


 ――――これが犯罪奴隷になるということか。


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