99.兄妹
「・・・・・・それで、アンナは今までどうしてたんだ?」
再会を果たした俺たち兄妹が泣き止んだところで、アリーシャ様が気を利かせて別室へと通して二人きりにしてくれた。人目も憚らずに大泣きしてしまったことに若干の羞恥を覚えるも、死んだと思っていた妹と生きてまた出会えたのだから些細なことだろう。
俺とアンナはソファーに横並びになって座り、互いにこれまで自分の身にあったことを話していた。
先に俺がアンナを探しに故郷を飛び出して冒険者となり、それから旅しながら体験した様々な出来事や、アリーシャ様に仕えることになった経緯などを語って聞かせていた。
多少話を盛ったり面白おかしく脚色したのは許して欲しい。妹も喜んでくれたし、兄としてちょっとは格好つけたいのだ。
健康になった上に歳月を経た妹は、当然のことながら記憶のある姿とはかけ離れていた。身体も大きくなり、痩せ細っていたのが嘘のように年頃の娘らしくふっくらとして、とても可愛らしくなった。
それでも冒険譚に目を輝かせる無邪気さや、軽くぼかした失敗談に本気で心配してくれる優しさなど、妹の性根は幼い頃より変わっていないようで嬉しかった。
しかし、山あり谷ありの三年間だったが、俺が空回りしつつ無茶をやっていた時にアンナがどうしていたのかが気になった。
「俺は、お前が死んだと思ってた。どういう経緯でクレア殿下のメイドなんてやることになったんだ?」
「うんと、今でも信じられないんだけどね」
両親に売り払われ、行商に近くの街まで連れて行かれると、アンナはすぐに奴隷商へと卸されたらしい。
貧村で子供が売られることは珍しいことではなく、村へ訪れた行商に買い取って貰い金に換える。しかし、行商もいつ売れるかもわからない奴隷を連れて旅をするわけにもいかない。そのため、買い取った奴隷はすぐ近くの街の奴隷商へと持って行き売り払う。
これに関しては俺も調べたので知っていた。
実際にここまではアンナの跡を追うのは簡単だった。
「私は身体も小さかったし病気がちだったから、田舎じゃ買い手がつかないって判断されて、人の多い地域に連れて行かれることになったの」
当時のパーティーメンバーに妹のことを相談すると、需要のある領都か王都の方へと移送されたのではないかと答えが返ってきた。
奴隷の需要は田舎であれば力仕事や人手のいる単純作業。都会に行けば金持ちが増え、個人的な趣味として子供の奴隷を欲する者もいるだろう、と。
・・・・・・あの時も揉めたなぁ。
人の話もちゃんと聞かず、禄に考えもせずに動こうとする過去の自分を思い出して頭を振る。
「それで?」
「私もどこに連れて行かれたのかあまり覚えてないの。移動の途中で体調を崩しちゃって、新しい奴隷商についた頃には意識も朧気だったから」
無理もない。荷馬車に乗せられていたとはいえ、大人でもきつい旅は子供には負担も大きいし、身体の弱かったアンナには耐えられなかったのだろう。
「その奴隷商で覚えてるのは、寝込んでる私を見て「粗悪品が混ざってるじゃねぇか!」って怒ってる店主の顔くらいかなぁ。それで次に目が覚めたら路地で寝ててね。その時は、「あ、次に起きたら天国かな」って私も思っちゃったよ。あはは」
「いや、それ、お兄ちゃんとしてはまったく笑えないんだけど?」
うちの妹を粗悪品呼びした奴隷商、どこのどいつだ。
病気で死にかけの売れそうにない子供。置いておいても維持費は掛るし、薬代も馬鹿にならないため治そうとも思わない。病気が他の奴隷にうつる可能性も考慮すれば・・・・・・損切りとして廃棄することへとあっさりと天秤は傾くだろう。
割と、というかかなり過酷な思い出を話してくれる我が妹は、顔を引きつらせている兄とは対照的に気楽な様子で笑っていた。
「だって、当時のことってあんまり現実感ないんだもん。目が覚めたら本当に天国にいたし」
「は?」
「襤褸を着て薄汚い路地で寝てたのに、起きたら天蓋付きのふかふかのベッドの上。身体は綺麗になってるし服は上質な寝間着に変わってて全身から良い匂いもする。それで隣に天使みたいな可愛い女の子がいて「起きた?」って聞いてくるの。「私はいつ死んだんですか?」って言ったらお腹抱えて笑い転げちゃったけど」
過去の出来事を思い返すように話す妹は、その光景を思い出しているのか楽しげに頬を緩めていた。
「そりゃあ、現実味がないな」
「でしょ?」
死にかけていた奴隷の娘が、起きたら国のお姫様に介抱されていたのだ。夢か何かだと思うだろうな。
「国王陛下の視察についてきてたクレア様が、勝手に抜け出して街を散策してる時に私を拾ったんだって」
・・・・・・一国の王女が何をしているんだとつっこみたいが、その結果俺の妹がこうして生き延びることに繋がったのだから何とも言い辛い。
あの人らしいといえばあの人らしいが。
俺との邂逅も、変装して出歩いていた彼女とぶつかったのが発端だし。
思い出し、そこで脳裏に引っかかりを感じた。そういえば、その直前にあいつに・・・・・・。
「お薬も用意してくれて、私は何も返せるものがないから不安になってたの。そしたら、今度は「恩返しがしたいなら、私のメイドになって返しなさい」って言うんだよ? 無茶苦茶だよねぇ、周りの人たちもすごく困った顔してたし」
「・・・・・・そっか」
楽しげに、クレア殿下との思い出を語るアンナ。口では殿下に振り回されて困った、とは言っているが、表情はまるで逆。
「殿下とは友達なんだな」
「・・・・・・うん。親友なの。人前ではちゃんとしてるんだよ? 二人きりの時だけ」
こっそりと内緒事を明かすように恥ずかし気に頬を赤くする。
身体が弱くて、禄に外に出ることも出来なかった妹。当然ながら友達もいるはずなく、極潰したと家族からも疎ましく思われていた。
そんな妹が嬉しそうに、自慢の親友について話す姿を見て、胸が熱くなるのと共に寂寥感が襲う。
「アンナ」
「なあに?」
小首を傾げて見上げてくる可愛い妹の頭を撫でる。うん、やっぱり大きくなった。
「俺はお前を捨てた家族を、捨てた。もう戻るつもりはない。お前もそうか?」
「・・・・・・うん。恨んではいないよ? でも、正直に言って家族と思えるのお兄ちゃんだけだったから」
「ありがとよ」
可愛いこと言ってくれるぜ、まったく。
「俺は今、アリーシャ様のところで働いている」
「そう言ってたね、さっき」
「――――また、俺と一緒に暮らすつもりはないか?」
借金こそあるものの、妹を一人養っていくことくらいはできる。
再会したらアンナと共に暮らしていくことを考えていた。
現実には、今の今まで死んだと思っていたし。再会した妹の環境も想像とはかけ離れた者だった。
だから、これは念押し。最終確認だ。
「あくまでも、これは選択肢の一つだ」
立派に成長した妹の口から、直接彼女の意思を聞きたかった。
「これから、お前はどうしたい?」
結果は予想済みだ。
嬉しそうな、けど少しだけ困った様子の顔を見ればわかる。
「・・・・・・あのね、お兄ちゃん。私――」
そして、自分の意思を話してくれた妹を、もう一度だけ抱きしめる。
ちょっと苦しそうだったけれどアンナもまた抱擁を返してくれた。
「大人になったなぁ・・・・・・」
「えへへ、でも、お兄ちゃんのことは大好きだからね!」
「俺もだよ」
そろそろ俺も妹離れしないとなぁ。
とっくに兄離れして大人になった妹の成長を感じながら、しみじみとそう思った。




