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バーミリオンに溺れたサンセットの如く、曖昧に 揺らぐ、

作者: 千都

「幸せって何かしら、」

そう呟く声がなぜか無性に空虚に響いた。

殺風景すぎるのではないかと思うほどに何もない彼女の部屋は、とても静かで。

セミダブルのベッドにテーブルと本棚兼箪笥しかないその空間は、とても寂しげだった。

床に直接置かれたコンポはクラシカルな音色しか奏でず、同じく床に置かれたノートパソコンたち(彼女の部屋にはなぜか5台もある)は、それぞれが仕事の為と一生懸命に稼働していた。

「ねぇ、君にとっての幸せって、何かしら、」

パソコンから視線を外すことなく彼女が問う。

方胡坐で立てた膝に頬を押しつけるように座る姿が、少し淋しげに見えた。

「私は、このままでも十二分に幸せなのよ。したいことが仕事として出来てる、欲しいものは自分で手に入れられる、見たいものは自力で見に行ける」

それだけで、十二分に幸せなのよ、と訥々と彼女は語る。

「傍に居てほしいとか、そういう風に思ったことはないの、失礼かもしれないけど。そういう仕事をしている人に惹かれて、そういう仕事をしてることに誇りを持ってる姿が好きだから、そのままでいてくれれば好いと思ってる」

パソコンを器用に操りながら、やはり視線を上げることなく彼女は続ける。そして、ふと視線を上げたかと思うと窓の外を見て続けた。

「だから、ふとした時にとても気になるのよ」

と、そこで漸く彼女は、子どものようにまっさらな目で真っ直ぐに此方を見た。

「どうして此処に来るのかしらって、気になるのよ」

純粋に純朴に、疑問を疑問として問う無邪気な子どものような声だった。

何の陰りもない目は真っ直ぐに此方の目を見据えて逸らされることはない。

何時だって何も言わずに好きなことをさせてくれる彼女に、疑問を抱いたことがないと言えば嘘になる。否、何時でもどこかで疑っていたのだ。だからこそ、そのまっさらな目で見られることがとても痛かった。

「私は来るもの拒まずだし、去る者も追わないから、便利だなってだけならそれはそれでいいと思うの。誰だって息抜きがしたくなる瞬間があるはずだから。でも、それに甘えてたらずっと幸せにはなれないでしょう?だから、気になるの」

何時まで経っても何も言わない此方に、彼女は考えるように小首を傾げて外を見て、暫くしてそう謂った。

人とは少しずれた思考をする彼女は、時折言葉を探すのに時間がかかることがある。一度こぼれた言葉は撤回できないから、例え傍から見てそう見えなくても、彼女は今、必死に言葉を探しながら言葉を紡いでいるのだろう。

そして、何かに納得したのだろう軽く頷くと再び此方を見て微笑った。

「幸せは十人十色で千差万別だけれど、今という瞬間に傍にいてくれて私はとても嬉しいわ。そういう風に貴方が思っていてくれれば幸いだし、それが例え僅かでも、貴方の幸せになっていれば嬉しいと思う」

その言葉を聞いて、彼女の、人とは僅かにずれた思考が、また自己完結したのが分かった。そう、こう云う事は何も今日が初めてではないのだ。

謂うだけ云って満足し、視線をパソコンに戻した彼女に、苦笑が漏れた。

彼女の興味が仕事へと移ってしまった以上、きっともう彼女がこの会話を続けることはないだろう。

不可思議な彼女は、今日も迷うことなく自分の路を歩いているらしい。

しかし、そんな彼女の作る空気が堪らなく好きだと思う自分がいる。

朝も昼も夜も、例えそれが真夜中であろうとも、訪れた自分を彼女は笑顔で迎え入れてくれるのだ。そして、温かな食事とかお風呂とかそういう持て成しを忘れずにしてくれて、最後には一緒の布団でただ眠ってくれる。

荒れた心を"なんとなく"で察して、時間を気にせずにメールをくれるのは彼女だけだったし、時間を気にせずに送ったメールに優しく返してくれるのも彼女だけだった。

「なぁ、」

そう思って声をかければ、ん?と首をかしげて此方を見る目は、やはりまっさらだった。

「好きや」

真っ直ぐにその目を見つめて告げれば、夕日に晒されて朱味を帯びた彼女が、少し目を見開いた後、子どものように微笑った。

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