代理ミュンヒハウゼン症候群
欧米でその症例が報告されてから、日本でもわが子をわざと病気にさせ、けなげな母親を演じた人が逮捕された事例がある、精神病の一種である。
たまたまTVを見ていて、この出演者のだめ息子は、母親のおもちゃだな、と思った。と同時に、これは形を変えた「代理ミュンヒハウゼン症候群であはあるまいか?」とも思った。
内容的にはうだつの上がらない独身息子、40歳がラーメン修行をする話であるが、要所要所で60歳を超えた母親が出てくる、つまりは今、この国に多く見られる一見過保護な親子関係なんだが、、
私はこの(多くは父親不在の)奇妙な関係を、前から過保護とは考えていない。親が子供のことを考え過ぎているのではなく、子供が親のおもちゃになっているだけだと考えている。
「馬鹿な子ほど可愛い」という視点で、いつまでたっても子供が親離れできないように、要所要所で、親離れを阻止するように教育、画策する。それをほぼ自然に(本人も意識していないかもしれない)行ってしまうのである。
例えば、そのためには、育て方で対立する父親と離婚もし、子供の結婚も許さない。それを巧妙に、甘い言葉で、自分が被害者で、なしとげる。子供はまさか、横暴な父親から守ってくれたやさしい母親が、自分が一人前の人間になることを望んでいないとか、将来、結婚なんかさせない、などと考えているなんて知らない。親からの善意を疑わない。
いつまでも一人前にならない子供は、いつまでも自分を必要とする子共である、、そして、その関係は親が死ぬことにより突然打ち切られる。いつまでも一人前になり得なかった子供は、その先、どう生きていけばいいのか?
代理ミュンヒハウゼン症候群がそうであるように、形を変えた過保護に見える一種の奇行、それは子供の一生を自分のための「おもちゃ」として使う、なんとも酷い話。紛れも無い「虐待」なのである。
個人的に見るところ、多くの世帯がこの病の脅威にさらせれている。いつまでも成長しない子供たちを前に、居心地が良いのは子供では無く、親である。親は自分の死後のことには興味が無い。だから実は、自分の「おもちゃ」としての子供は存在するが、独り立ちした子供の人生なんて、初めから興味がないのである。
人間というものの複雑さ、滑稽さは一筋縄ではいかない。




