その6
戦場に、ぶすぶすと煙をくすぶらせながら少女が転がり込んできたのはその一瞬後だった。
……などという一行を気軽に並べ立てると、『この物語は破綻している』という声が聞こえてきそうだ。だが事実を描けと言われたらそう描くしかない。
彼女は、水の力を得たとはいえ全身の皮膚が焼けただれてもおかしくないだけの分厚い炎の壁を、軽いやけどのみで突っ切って戦場に突入してきた。
見ればダメージを抱えて岩肌に張り付いたまま、体勢を低く剣を構えて追撃を阻止しようとしているメルビルと、身体をよじって彼の方向へ振り向きながら突撃体制に入っている巨大なトカゲの姿が見える。
「ペィキュリー!!」
メィファはすでに自分が九死に一生を得て突入してきたことを忘れて男のほうへと駆け寄った。背中では彼女の呼びかけでまばゆいばかりの光がはじけて、バジリスクの目を焼いている。それは照明弾のようにとどまり、しばらくの間の二人の自由を保障していた。
「大丈夫!?」
「う、あぁ……」
メルビルにしてみてもメィファは逆光であり、その華奢な身体は黒い影のようにしか見えない。というより目もまともに開けていられないほどの光量の中で、彼は彼女の腕を取った。
「あ……」
そのまま身体を引き寄せられ脇に抱かれる。メィファはまたどうしたらいいのかわからず彼の鎖骨の辺りに噛み付いていたが、メルビルはやや顔をしかめたまま「そのまま離すなよ」とだけいい、閃光とは逆の方向へ走り出すと、大地を蹴った。
「ティーチェル!!」
彼の身体が風をはらんで地面をはるか遠くに見せるほどに飛翔する。バルカンの火柱を飛び越えて空中操作を行った彼は、二~三十メートルもの高低差を浮かび上がり、岩壁の上へと降り立った。メィファはそのジェットコースターのような軌道に悲鳴を上げながら、充血するくらい硬く目をつむって、安定してからしばらくたっても男の胸板にしがみついていた。
そんな自分にはっと気がつき、ばっと突き放すように離れると彼は再びふらつきうなだれる。
「わぁ!! 大丈夫かや!?」
メィファの声の先でメルビルはそのまま岩を背にもたれこみ力なく腰を下ろした。さきほどバジリスクに叩きつけられたショックでアバラでもいためたか……呼吸をするたびに彼は顔をしかめている。
「どうして来た……」
その険しい表情に、メィファははっとなった。どうしていいかわからない。
「ついてきちゃダメだと言ったろ? いだだだだだだだ!!」
とりあえず肩口に噛み付いてみたが、メルビルはそのあごをひっぺがすと「今はまじめな話をしてるんだよ」と睨みつける。ばつが悪そうに目を背けた彼女の口がぼそぼそと動いた。
「……なんでついていっちゃいけんのじゃ……」
そのすねたような伏し目がかわいらしく彼の表情は一瞬やわらいでしまったが、すぐに顔を険しくして、
「さっきの化け物みたろ」
かすっただけで吹っ飛ばされてこのザマだ……彼はその痛みを憎むような声で言った。
「帰ってくれ。君がいると迷惑なんだ」
「……め……」
彼に迷惑といわれることがどれだけ自分にとって痛いか……。本気でその意味をたどれば、今日だって卒倒してしまいそうだった。
「め……」
が、からくも両目をつむることによって一命を取り留めたメィファは、ありったけの声で叫ぶ。
「迷惑でもついてく!!」
「え……」
意外な返答にメルビルがたじろぐ。その心の中に芽生えたほのかなうれしさが憎たらしい。
「あ……足手まといになるんだ!!!」
「足手まといでもついていく!!!!」
「な……」
メィファはどこまでも突っ走ることを決めている。すでに、覚悟が違っていた。
「デスペラードなんてやめろ」
「は……?」
「お前が死んだらワタシが悲しむじゃろが!! やめろ!!!」
「……」
……なんだろう。メルビルは今、なぜか懐かしいものを感じている。デジャヴーのようなものなのだろうか……。この、胸がすくような娘のパワーを以前も感じたことがあるような気がするのだ。
それはまた心地よい感覚ではあったが、埋没していくことが怖い。
「僕を惑わせるな……」
彼は、思い出を作りたくない男だった。
「……僕には太古にかけられた神の禁呪が施されてる。親父も、爺さんもそのまた上もずっと上も同じ瞬間に死んだ」
はるか祖先、まだエルフが神々の使いだったころに精霊術にてタブーを犯し、以来醒めることのない緊縛が彼らの家系を子々孫々までがんじがらめにしている、といわれている。
「僕にかかわっても無意味だ。どうせ生きられない」
代々、共通した日を持って死が訪れる。その寿命はエルフにとっては決して長い年月ではない。
そして、メルビルにももうその時が刻々と迫っていた。
「僕はこの世界を憎みたい。楽しいことなんか一つもないと思いたい!」
この娘がいるとそれが揺らぐ。怖い。
死が怖くなるのが、怖いのだ。
「だから、もう僕にかかわるな」
守るものが多いほど、人は弱くなる。
人の心に残るほど、別れはつらくなる。
だから、無でいたかった。誰のことをも知らず、誰にも知られなければいなくなっても誰も何も苦しまない。
……だが、そんな湿っぽい雰囲気にはおおよそふさわしくない大声が飛び、彼はまた仰天する。
「お前は話を聞いてるのかぁぁ!!」
「え……?」
「お前が死んだらワタシが悲しむから死ぬなって言ってんだろがぁぁ!! たまには耳掃除でもして乙女の声がよく聞こえるように……」
「君こそ話を聞いてるのか!? 僕は呪いでどうせもういくらも生きられないと……」
「そんなの知るかぁぁ!!! いますぐ死ぬのを停止しろぉぉ!!!」
「……」
再び、男が黙る。彼女の啖呵には昨日から驚かされっぱなしだ。
「君って……」
「な、何……?」
彼にまじまじと見られ、メィファは乗り出していた身体をややも引いた。それにかぶさる男の声。
「ひょっとして……馬鹿なのか……?」
「ば!!!」
まともに動揺しすぎてヒキツケを起こしそうになるメィファ。
「ば……馬鹿かもしれないけど!! そんなことないぞ!! "一問一答ヘンデル君なぞなぞ"とか、百問中九十三問も当たるんだぞっっっ!!」
それはすごい。すごいが、この際頭の良さとは関係ない。
「とにかく、僕に余計な未練を残させないでくれ」
「わかった。未練は残させん」
「ありがとう」
「でもついてく」
「君は馬鹿なのか!!」
「馬鹿じゃないわぃ!!!」
どうもメィファには彼がこの世に未練を残すことと自分が彼についていくことがリンクしないらしい。そもそも太古の呪いなどという言葉がピンときていない節がある。
「その呪いとやら、解けるようにすればええじゃろが! ワタシも手伝ってやるわ!」
「……治せるもんなら……」
デスペラードなどやってはいない。
彼はどうせ死ぬのならせめて役に立つことをしようとは思った。彼が他のデスペラードたちでも嫌がる死や呪いのモンスター達に進んで対峙するのも、命を投げ捨てた者の潔さが働いている。
自分の終わりが呪いの終わりなのだから、いつ死んでもよかった。
いつ死んでもいいように、未練を残してこなかった。だから、
「とにかく死ぬなったら死ぬな!」
この気持ちがまぶしすぎる。
彼らの長い耳が同時に動いたのはその時だった。
「まずい!」
はるか向こうの一点に目を向けたメルビルが短く叫ぶ。
眼下ではすでにバルカンの炎は尽き、灰色の岩場が日没の空と共に黒く染まりつつある中で、あれは確かにミカエルの悲鳴だった。そしてその原因は再び動き始めたバジリスクによるもので間違いはない。
「あいつら危ないところでぼぉっとしやがって!!」
「君が連れてきたんだろ!」
勝手についてきたんじゃ!……言おうとしたが、メルビルが立ち上がり、飛び出そうとしているのを見て別の言葉に変わる。
「行くのかや!?」
「行かなきゃ」
「だって怪我……!!」
メィファから見てもわかるくらい、今の彼の身体は重い。それはもちろんメルビル自身も自覚している。
「大丈夫だよ」
おそらくアバラの何本かにはヒビが入っているだろう。呼吸を、特に息を吸うと痛いからこの感じは恐らくそうだ。肩もあの化け物にハネられた影響で痛い。捻挫か一度関節が外れたりしたかもしれない。両手剣は左手を軸に力を生み出す。はたしてあのバケモノを二つに分けることができるか……保証はない。
「何が大丈夫なもんかぃ!!」
「大丈夫だよ。僕は"命知らず(デスペラード)"だから……」
「だから心配なんじゃろがぁぁぁ!!」
「ふっ……」
メルビルは、微笑した。
「おもしろいなぁ、君は……」
メィファの首の裏に左の手を回す。抱き寄せるわけではなく、乱暴に分断された髪の毛の先をいとおしそうになでた。
「髪の毛ゴメンな」
「……」
顔が近い。メィファはどうしていいのかわからない。
だが同時に、やはりこの青年との出会いが運命であることを再度実感していた。
昨日気絶した後、窓を探して首をひねった時ミカエルとこのような距離になったが、こんなふうにこめかみの辺りが熱くなって、瞳を白黒させながら気を失いそうになることはなかった。
しつこいがこれはやはり運命の出会いなのだ。二人は、絶対に離れてはいけない。
「あ……」
「行かせん」
不敵な笑みを浮かべるメィファの右手が彼の背中に回っていた。その手が、まるで大汗をかいたように湿っていく中で、メルビルは短い声を上げて彼女が何をしたのかを理解した。
「なんて無茶なことをするんだ……」
彼女は今、自分の体内の精霊力を一部破壊して彼の背中に貼り付けたのだ。接着に扱われるにかわは動物性たんぱく質から作られる。メィファは要するに、精霊の力を借りて自分の身体からにかわを作り出したわけだ。しかも肉体を形成している精霊がもともとそうであったように結合したわけだからにかわ程度の強度ではない。
だがその代償に彼女の手のひらは硫酸がかかったように焼けただれたはずだった。それを彼は無茶……といった。
「解除してくれ。言っとくけど……」
彼だけはメィファの後ろ髪を触っていた手を戻すと言った。
「こんなことされても僕は行くよ。命が惜しかったら黙ってここにいてくれ」
「心配すんなや。ワタシは死なない」
「ふぅん……」
メルビルは一瞬、血が沸騰するような感覚を覚える。
「じゃあいいや」
言うなり、彼女を左腕に抱きしめた。
「な!!!」
まともに動揺するメィファを抱えて、彼はもう一度眼下を睨みつけ、
「覚悟しとけよ」
「まさかワレ!! ほげぇぇぇぇぇ!!!!!!」
そして、目に映った石化トカゲの胴体めがけて、暗くなりつつある大地を蹴った。
娘を小脇に抱えたまま戦うつもりでいる。
太陽の光だけを浴びて育ってきたその瞳をめちゃくちゃにしてやりたい気分だった。
昨日から彼女に抱いてきた感情……思えば、うらやましさもあったのかもしれない。愛すること憎むこと、羨望と嫉妬……相反するそれら感情は、実はすぐ隣にあるものであり、触れ幅が大きいほど、逆への振れ幅も大きくなる。
一時的なものだとしても、今、彼はこのかわいい小妖精が憎い。
メルビルは何十メートルも飛び降りた先で風の力を借りて乱暴にホバリングして軟着陸するとまた飛び上がり、オオトカゲの背中に再びの突撃をかけた。
一瞬で到達する二人の身体がバジリスクを傷つけ奇声を強要する。遅ればせで起毛した背中の毛針が二人を襲ったものの、そのときにはすでに剣士の姿はなかった。
「ほげぇぇぇぇ!!!!」
「君は死なないんだろ? 黙ってなよ」
「メルビルさん!!」
ミカエルもようやくなにが起きたかを知って叫んだが、メルビルが意を介した様子はない。悲鳴を上げるメィファに対して、まるであざけるように飛び回りながら乱暴な攻撃を繰り返している。
バジリスクはたまらずミカエルやスレッドたちを標的にするのをやめ、まるで鷹の狩りのような突撃をしてくるメルビルを仰いだ。
しかし、この巨大トカゲを取り巻く環境が先ほどとは違っている。
昼夜の端境期で循環している血の流れが悪い。頭頂眼も光を見分けるだけの目なので、宵の時間、標的を見分けるのが困難となっていた。
夜の風を自在に操りながら動きの鈍いバジリスクの背中背中に回り、無数の刺し傷を残してはまた闇に消えるメルビル。圧倒的有利のようだが、それでも幾度となく悪い足場に態を崩し、一撃が二人の身体をかすめていく。そのたびにメィファは世界が終わってしまうかのような絶叫を上げた。
標的から外れた三人は、それでもそれぞれの思惑から、完全に引いてしまうことができず、岩陰から様子を伺っている。
(このままでは勝てない)
しかし共通して、誰もがこの戦いをそう見ていた。
優勢に見えるメルビルの攻撃が実は見た目ほどの効果を発揮してはいないことと、メルビルのスタミナが早晩尽きるであろうこと。
(それはそうだろう)
ミカエルは思っている。
娘を一人抱えたまま戦うなど、何の意地なのかわからないが正気の沙汰ではない。彼はその大胆不敵な行動を軽蔑もした。
(やられてしまえばいい)
とまでは思わなかったが、少なくともメィファの命とあのデスペラードのそれを、同格の重さとしては見ていない。
「おい」
隣で人間の声がした。
「何で手伝ってやらねぇんだよ」
「……」
答えない。バジリスクに立ち向かう勇気も実力も、彼は持ち合わせてはいない。
スレッドはその無視をじれったく思いながらも、ミカエルが息を潜めるのはそのような理由だろうと思っていた。同時にイラついてもいる。
(俺は今まで何をやっていたんだろう)
無為に時間をすごしてきた。遊び遊び遊んで、時間をひたすら食い散らかしてきた。今この状況を指をくわえてみているしかないのは自分に積み重ねてきたものがないからで、それを、男気だけは一人前の男が今、やるせなく思っている。
「マムール。何とかできねぇのかよ」
「今考えてる」
マムールにしてみても、このようなくだらない戦いでメィファという金塊を失いたくない。その一心で真剣に脳を回転させていた。
「ふむ……」
そしてその頭脳は何かに行き着いたらしい。
「こういうのはどうだぃ?」
「死神を呼び出す……?」
怪訝な表情を浮かべるミカエルにマムールは指を差して言った。
「アンタ、できるだろぅ?」
「できるわけがない」
死の精霊は特別なのだ。
精霊の力を借りるというのは、その自然現象を増幅・減少させることである。怒りや悲しみなどをつかさどる精神精霊などもそれは例外ではないが"死"に関しては増幅も減少もない。死というのは運命そのものであり、不変のものなのだ。。
よって、精霊はいても呼び出すことはできない。
「ワワチェナック……」
「なに?」
「洞察力がないってことだょ」
レプラコン語を通訳したマムールは身を乗り出して続けた。
「堕ちた死神は生命力がエサなんだろぅ? わざわざ召喚しようなんて考えなくてもうろついてる奴がいるんだからそいつをおびき寄せればいい」
(なるほど……)
ミカエルにその発想はなかった。
要するに昨日、メィファにかけた類のものと似たような精霊術を自分たちに用いる。つまり、彼のエサとなる生命反応を高め、こちらに呼び込むというものだ。
メィファの生命反応が如何に強くてもバジリスクほどではあるまい。だから死神が姿を現せばこの戦いは人型の出る幕のない展開となるだろう。聞けばマムールも同じ発想をしていた。
だが……
「リスクが高すぎる」
ミカエルは首を横に振る。
憶測に過ぎない。乱入してきたデビルカースがメルビルたちに牙を向かないという保証はないのだ。
「やはり一度全員で撤退するべきだろう」
彼がバジリスクをひきつけていられる間にまず自分たち三人が安全なところまで引き、バジリスクよりも速度に勝る彼が離脱すれば皆無事にこの場所を切り抜けられるのではないか。
マムールはそれを鼻で笑った。尖ったあごで遠くを飛翔するメルビルを指し示し、
「アレに撤退の意思があればな」
と言う。
「女抱いたままあんなバケモンに突っかかっていくクレイジーが、撤退なんざ考えてると思うかぃ?」
「……」
確かに……相手は"命知らず(デスペラード)"なのだ。一般的理解を越えるその無鉄砲振りを揶揄するようにできた呼び名でもあるため、彼らの心理を自分たちの尺度で測ることはできないのも事実であった。
そして……ミカエルにはもう一つ、決着がつけられるものならつけてしまいたい理由もある。自分たちの森のことだ。
バジリスクを森の周辺で野放しにしておくことの脅威、現在たまたま周辺に出没している堕ちた死神という名の攻撃力。
あのデスペラードが決定的な打撃力にならないのなら、彼がひきつけて一つの場所に釘付けにしているこのチャンスに叩いてしまいたい。
「やろう」
メルビルの隣の娘の顔がちらつく。彼女にも危険が降りかかることにもなるが、総合して、これ以上の手が思いつかない。
激しい息遣いに混じってメルビルの舌打ちが聞こえた。
怒り、というか血の沸騰に任せてペースも考えずに突撃をしたが、すでに息切れをしている。バケモノを屠るには勘定が合わないことを知った上での舌打ちだった。
一方でその舌打ちの原因が自分であることをメィファは知っている。唇をかみ締めた。が、なおさら、彼に掴まる手を強くした。
(離すもんか……)
呪いがどうとか別にして、この王子様は何かを病んでる。この手を少しでも緩めたらきっと霧の中でも夢の中でも消えてしまうだろう。
……そんな彼らの前に死の使いがその姿を現し、その研ぎ澄まされた大鎌を振り上げたのはまもなくであった。
音もなく浮遊し、恐るべき速度で戦場を横切ったかと思うと、その刃はメルビルを襲う。
「うぁ!」
突撃中であった彼は驚愕の声と共に空中でその方向を変え、一撃をかわすと予期した場所とは別の場所に降り立った。
そこへ、バジリスクの口から発せられた体液が降りかかる。
「ェクフィーユ! 水膜ぅぅ!!」
メィファの声が日も落ちた岩場にこだまして、酸の液がゲル状の壁に阻まれて飛散した。
「あれがデビルカースか」
誰にいわれなくてもその容姿を見れば死神だとわかる。彼にしてみれば予期もしない絶望の乱入が、逆に心を静かにさせた。
(これ以上続けても彼女を殺すことにしかならない)
メルビルは剣を突き出して、二体に増えた化け物を威嚇しながら、岩場の端で少女の顔を見た。
「わかったろう? 僕についてきても怖いことしかない」
「わ……ワタシがいつ怖いって言ったんじゃ!!」
「さっきからずっと悲鳴を上げっぱなしじゃないか!」
おかげで相手の攻撃よりも先に自分の鼓膜を心配しなければならない。
「それに、地面に立ってるときは自分の力で立ってほしい」
彼女は今、彼に抱きかかえられてないと自立できない人形のようになっていた。
「だってそれゎ膝が笑っちゃって……」
「やっぱり怖いんじゃないか!」
「こ、怖くない!!」
「……」
彼女のまっすぐに透き通ったような瞳が目に飛び込んできて、彼は今、自分の弱さを痛感していた。
「……僕なんかに何を求めてる?」
守りきれない。自分のあと残りわずかの体力と、目の前の敵の強大さ。……自分に何かを求めているこの純粋な目を、その期待を、守りきることができそうにない自分が歯がゆい。
彼は重い身体に鞭を打って、あえて死神と石化トカゲを縫うようにして回避運動を続けた。どうも死神のほうは自分たちを狙っているらしい、が、バジリスクのほうは近くに動くものすべてが標的のようであるため、滑稽なことにデビルカースを誘導すればバジリスクが一瞬の時間をくれる。
その合間に、メィファの真意を探ろうとしていた。
「もういいだろう? 離れてくれないか?」
「絶対に離れん」
「どうして!?」
「お前はワタシがいなければ死のうとするじゃろが!」
「僕はどうせ死ぬんだよ!」
「なんでじゃ! こんなに死ぬなって言ってるみめよい乙女が隣にいるっていうのに」
「君は本当に話を聞いてたのか!? 僕には呪いが……」
「そんなことは関係なぁぁい!! 死ぬなったら死ぬなったら死ぬな!! 生きてるうちは生きようとしろ!!」
「……」
本当に、真意がわからない。
なぜこの娘は自分のためにこんなに一生懸命になれるのだ。自分が一体何をしたというのだ。
「とにかくワタシが殺させん!! お前は私が守る!!」
「……」
自分が……一体、この娘になにをしてやったというのだろう。
「とりあえず、いいから立ち止まってるときは自分の力で立ってくれないかな」
「しょうがなかろ!! 腰が抜けとるんじゃい!!」
「ぷっ……」
メルビルは、とうとう吹き出した。
「なにがおかしいんじゃぁぁ!!!」
「いや……」
今、一瞬、死にたくないと思ったのだ。
おかしくてたまらない。
腰を抜かして悲鳴を上げて……自分で立つこともできない娘が「自分を守る」と……。……おかしくていられない。
「笑いすぎじゃ」
「ごめごめごめごめ」
メルビルは殴られながら謝った。