その16
ミカエルの話もしなければならない。
少し時間をさかのぼる。時空が再接近する五日前だから、ラナとメルビル、メィファが再会する数日前になる。もっと前に説明すべき状況かもしれなかったが、物語の構成上この辺りに置くのが一番混乱しないのでご容赦願いたい。
そのころエルフの森では緊急連絡が飛び交っていた。トロールが偽装を突破して森に向かっている、と。
すぐに陽動のための部隊が編成され、あわただしく森を後にした。ミカエルは物見なのでその部隊に加わることはなかったが、彼らが陽動に失敗した場合、森の防衛線を死守することになる。
とにかく森に近づけてはいけない。あの知能の低い荒くれどもは森の価値など何も分からず野放図に破壊を繰り返す。エルフの住む森はただの森ではない。精霊力に満たされた神秘的な呼吸をしている場所であり、その息吹は数千年にわたってようやく形成されるものであった。
だから森に棲む者たちはたとえその身が朽ち果てようとも森を護らなければならない。人は子を生せばまた増える。だが、一度失われた森は再生まで膨大な時間を要し、エルフたちはその長い間、息を止めたようにして生きながらえねばならなくなってしまう。
人間の感覚からは想像もつかないかもしれないが、とにかくエルフにとって森は、エルフたちの人命よりも優先されるべきものであった。
陽動部隊は森とはまったく別の角度まで回り込んでから直線的にトロールたちを攻撃する。するとトロールはそちらに集落があると勘違いするわけだ。弓兵がつつき彼らを怒らせ引っ張り上げ、後に控える精霊使いたちによる待ち伏せによって強力な精霊術を浴びせてさらに誘導を続け、動線を捻じ曲げることが作戦の概容であった。
ミカエルにとっての厄介はもちろん森の危機もあるが、もし陽動部隊が突破されると、防衛戦が予測される時期と時空の再接近の時刻が重なることだ。彼は索敵情報からトロールの予想進路を計算しつつ、心が落ち着かない。
そしてそのことばかりに気をとられたことで、彼は今回のトロールの移動について、重大な性質の違いがあることを見逃していた。
すなわち、このトロールの進軍は、何者かに煽動されている。
陽動にもブレず進軍を続けるトロールたち。明日や明後日には防衛線に張り巡らされた糸に触れることになる。現在の時間を時空の再接近との時間に照らし合わせば、ヴェンドゥルヴォーチェ再召喚まで十数時間前といったところか。
森の玄関口には地形と木々を利用した砦があり、ミカエルも含めて戦闘可能なエルフのほとんどがそこへ詰めた。
「どうした?」
彼の同僚であるユムという男が、時間ばかりを気にしているミカエルを不思議そうな顔で覗き込む。
「いや……」
彼はかぶりを振り、索敵の記録を難しい顔で見つめなおしていた。
……彼にもようやく今回のトロールの動きが異様であることに気づいたらしい。
数日前に気づけたはずの違和感であり、であれば陽動部隊の運用が根本から変わるはずであった。
明らかに、自分のミスである。
「直接偵察したい」
とにかく状況を打開するにはまず正確な情報を知る必要があった。
ミカエルの進言は受け入れられ、彼の姿は数分の後には砦から消える。
クレミィという足の速い鳥類の背中でそれを巧みに操作しながら、彼は森を抜けた草原地帯を腰を低くして駆けた。この物語中、まだ一度も見せたことはない軍人の顔をしている彼は前方に目を光らせながら、数時間後、あるところで茂みの裏へ滑り込む。
敵はすぐそこにいる。数々の索敵結果からの試算だが、彼がそういう計算を違えたことはない。
風は森のほうへ吹いており、トロールのにおいを運んでくる。間違いはない。蛮族どもはこの前を通る。
ミカエルはクレミィに多めのえさをやりおとなしくさせると、蛮族の動線からやや外れたところに繋ぎ、自分は枝の多い木によじ登った。
「森の主ゴリアテよ。我は森と同化せし者なり。その息吹を共有せん」
枝の上にいて幹に手をついたミカエルの気配が消えてゆく。そのさりげなさはまるで木の葉の一部のようで、よほど注視しなければ彼を見つけ出すことはかなうまい。
やがてミカエルはトロールたちを視界に収めた。大きいものになると四メートル近そうな巨人が、その数四、五十頭。一応は人型であり、原始的な毛皮に身を包んでいた。
分厚そうな皮膚はあまり痛みを感じないのか、恐らく陽動部隊が解き放ったのであろう矢が刺さったままの個体もある。それが重そうな身体をゆするように進んでくる。
陽動部隊は壊走したのだろうか。とっついている様子がない。トロールはまともに戦えば大損害を被る相手だから予想外の動きを受けて、作戦の立て直しを行っているのかもしれなかった。
それよりも索敵結果から感じた違和感。何者かに操られているかのようにブレない行動はどこから来ているのか。……ミカエルは彼らよりもはるかに遠視の効く目を凝らす。
「!!」
原因はすぐに知れた。先頭のトロールの肩にひっそりと座る影……あれは悪巧みの妖精に他ならない。
さらにいえば、間違いなくマムールであった。
ミカエルは顔をしかめるどころの騒ぎではない。レプラコンの執念深さには虫唾が走る。そして原因の一端は自分が作ったことに大いなる苛立ちを覚えた。
「音の使者ウィルミヘナよ。ティーチェルと共に我に協力せよ」
トロールたちに気づかれず、マムールにだけ声を届けるためには細工がいる。物見である彼は伝令の仕事も自然と付随しているから、こういうことはお手の物だった。
「ミカエルだ。分かるか? 少し話がある」
……数秒の後、マムールのずるがしこそうな顔がこちらを向き、その姿を消した。
「よぉ、久しぶり」
ミカエルのいる木は目星が付いたらしいが気配を見つけられない。マムールも奇襲に備えて木の陰にその姿を潜めるとそういう挨拶をした。
「しかしフェアじゃないょ。とっとと出てこいょ」
「上にいる」
ゴリアテの力を解き放ち、するすると降りてくるエルフの男。その間も巨人の群れは森へと向かっている。二人のやり取りにはまったく気づいていないようだ。
「まずアレをとめろ」
「ワイの意思で動いてるんじゃない」
「嘘をつくな」
「いやほんとだぜ。ちと膳立てはしたけどょ、基本的にはヤツラの意思で動いているんだぜ」
それはそうかもしれない……ミカエルはそれを反論しなかった。知能が高くないとはいえ他種族の意思で簡単に操作できるものなら、彼らはもっと戦略的に利用されてきただろう。
「しかし撒き餌や陽動部隊を無視できたのはやはりお前がいたからだろう」
「まぁ、そうだょ」
「なぜそんなことをする?」
「なぜって? 復讐を兼ねて、ワイからのプレゼントだょ」
「復讐だと!?」
「初めはもっと別の方法を考えたんだがょ。用意してたらたまたまトロールの群れに出くわしたんだょ」
もともと森の方面へ向かっていたこともそうだが、ためしにレプラコンの術にかけてみたら思った以上に煽動に乗ってしまったため、これ幸いとこの蛮族たちをいざなった。
あとは、この集中力のかけらもない巨人たちにレプラコンお得意の幻影術を見せては、逸れる道をただして歩かせた。
「ワイなんざハエがたかってる程度にしか思わない鈍感な奴らだょ。肩に乗ってても誰も気づきもしねぇ」
「どうして!!」
ミカエルが世間話じみたマムールの声を制すような大声を上げた。
「森まで傷つけようとする!! 復讐なら他にも方法があるだろ!!」
「さっきワイは復讐も兼ねてといったょ」
「兼ねて?」
「そうだょ。大きくは金のためだぜ」
以前述べたが、スレッドを操っていたこの妖精自身もマフィアと交わした朱の契約書に縛られている。スレッドの監視役としてでなくても、彼が解放されるには資金が要った。
スレッドとの一件で、ここに確実にエルフの森があることは分かった。メィファという望みが絶たれたのなら代わりを見つけるしかない。
トロールが引き起こす混乱は確実に森に隙を作る。その中から獲物を釣り上げることはこの男のノウハウから造作もないことだ。
「……それだけの理由で……」
この絶望の源流が一人の小人の私利私欲であることに、ミカエルはしばらく呼吸をすることすら忘れていた。
「アレをすぐに止めろ……」
彼の声は震えている。恐怖ではない。彼自身が体験もしたことのない怒りが、彼を震わせていた。もし今、己の指の爪を噛んだらそれを引きちぎってしまいそうなほどの激しい感情が彼を支配している。
そのまま、胸にペンダントのようにかけていた精霊石の紐を引きちぎると
「戦乙女の戦槍よ! 今ここに刃となって……」
「やめとけゃ」
不意に、マムールの声が耳元でした。彼得意の瞬き移動でミカエルの肩に腰を下ろしていたのである。
「その無駄遣いはあいつらにするべきだぜ」
すっかり背中が見えるようになったトロールの群れを顎でしゃくるマムール。
「おりろ!!!」
その様を振り払うかのように手をばたつかせるミカエルだが、小男は当然のように予測していたようだ。彼の手が届くころには姿を消していた。
そして、トロールたちと森のエルフたちが正面からぶつかったのが、ちょうどメィファがラナに対して牙を剥いた頃であった。日は落ちかかり、長く伸びてゆく木々の影を背中にして、エルフの戦いが始まった。
森の玄関口にある砦の場所はやや小高くなっており、木や櫓に登れば侵入者を打ち下ろしにすることができる。もちろん偶然ではなくそういうところに防衛線を張っているわけだが、攻撃は突如沸いたように姿を現したエルフ軍団の弓の斉射から始まった。
それと時を同じくして姿を現したのが風の精霊ティーチェルの上位に位置する『アクラ』である。近いといえば孔雀が近いか。大型の鳥類のようであり、顔はイタチのようにも見える。それが長い尾を美しく七色にたなびかせながら、空の色を吸ったような鮮やかな水色の身体をしなやかに舞わせて上空を旋回すると、エルフたちがばら撒いた矢の雨が方向を変えてすべて一点に集中された。おかげで標的になった巨人のひとつがみるみるうちに針山のようになってゆく。
「撃ち続けろ!!」
誰かが叫ぶ。それだけ多くの矢を浴びながら、トロールはまだ倒れようとはしないのだ。
不意に斉射を行う彼らの木が大きく揺れた。原因は皆知っている。あの怪物どもが低い部分から平然と、人間やエルフでは到底抱えられないほどの大きさの岩を投げつけてきているのだ。
それが時に正確に降り注ぎ、轟音や悲鳴と共に弓のいくつかを沈黙させた。
斉射は続き、とうとう一体がその膝を地面につけた。大地の精霊タムタムに噛まれて動きを止めた者もいる。しかし、撃ち下ろしである利点はトロールの馬鹿力のためにほとんどなく、投石器と化している怪物たちの前に、被害は次第に深刻なものになっていった。
一進一退ではない。トロールたちはその猛攻の中で確実に防衛線に向けて、一歩一歩迫っている。
エルフの弱みは決定的な破壊の力が使えないところにある。
破壊の力は森へもその爪痕を残す。地震を起こせば地殻変動が起きるし、火を使えば草木を傷つけることにもなる。人命よりも森を第一に考える彼らにとって、この戦いは制約が多かった。
対するトロールにそのような制約がない。彼らは気の赴くままに地形を荒らしながら進んでくる。若木は根元から折られ投石とともに投擲用の武器となり、エルフの栽培するさまざまな農作物の畑はその端から踏み荒らされた。
「左翼! 陽動部隊が見えます!!」
しかしそのうちトロールの吊り上げに失敗した先発隊が加わり、状況は五分となる。
彼らはマムールという異分子が蛮族に混じっていることを知らず、その幻術によって完全に裏をかかれてしまった。要するに大した交戦すらできなかったわけだが、それだけに部隊はまるまる温存されていた。この森の中でも特に精鋭たちの揃う彼らの到着にトロールたちは無視ができず、二方面を攻撃するために一時その足は完全に停止する。
この先発隊の中にソルダートという名の戦士がいる。通常の三倍もの丈を持つ巨大な弓を持つこの長身の男は、風の力を得て空高くに飛翔するとその身体いっぱいに弦を引き絞った。
通常よりもやはりはるかに大型の矢が打ち下ろしの力も得てうなりを上げる。それが巨人の胸に到達すれば、この戦ではじめてのトロールによる悲鳴が上がった。
「よし! 効くぞ!」
他のエルフたちもそれに勇気を得る。陽動部隊であった先発隊には他にも強力な精霊使いが数名控えており、彼らの放つ術が、ソルダートの弓に続いて森の玄関口で猛威を振るいはじめた。
ミカエルももちろんこの戦線に参加している。ただし彼は物見であり任務は伝令である。周囲の状況を正確に伝えるための兵だから、直接弓を取っているわけではなかった。
彼は風と音を駆使して情報を伝えつつも、木と木の間を見え隠れしながら絶えず走っている。先ほど左翼に陽動部隊が見える旨を伝えたのも彼だった。エルフの戦いは基本が遠隔攻撃なので、息が合わないと同士討ちを起こしてしまう。その辺り、部隊の統制に見事に貢献している彼は今、苛立たしげに周辺に目を光らせていた。
(どこだ……!)
この戦局を左右しかねない小悪党がどこかにいる。彼はともすればすぐ脇に大岩が落ちてくるのを死に物狂いで回避しながら何度も木を上り下りして、高所からレプラコンの所在を追った。
マムールを感じたのは視覚ではなく嗅覚だった。
(なんだこの匂いは)
戦塵ではない。明らかにそれとは異質な匂いが砦に立ち込めはじめたのにミカエルは気づいた。
(油!!)
ミカエルは弾かれたように駆け出す。森の、ゴリアテの悲鳴が聞こえたのだ。
視界の先に黒煙が立ちのぼり、森が悪巧みの妖精の姦計にかかりつつあることを知った彼の表情はゆがんでいる。火の手が上がった場所に到達した頃には奴はすでに別のところへ移動して森を脅かすのだろう。分かっていながら有用な手が思いつかない。
「ティーチェル! ゴリアテ! 悪巧みの妖精をなんとしても探せ!!」
わめきながら息を切らせて走るミカエルの先で、森が燃えていた。
「精霊石よ!!」
解き放った精霊石には水の子ェクフィーユの力が込められていて、たちまち一帯を占拠していた炎の精霊リンドラとの縄張り争いとなる。ミカエルの試算ではそれに打ち勝つだけの精霊石は開放させていた。
(どこだ!)
なのでこの火事には目もくれず、彼は空を仰ぐ。風と木がマムールを見つけるまで、とりあえずはどこで盛るか分からない煙と炎を追わなければならない。
(くそ!!)
そして次々と立ち上る新たな烽火に、彼は振り回され続けることになる。
いくつの火を消しただろうか。ェクフィーユを込めた精霊石は底をついた。自身の身体も疲労の色が濃く塗り重ねられて、なにかにのしかかられているかのようだ。
しかし黒煙は今も数方向から上がっていて、さらに増えていくようにも見える。
……レプラコンは一人じゃないのか……?
この一対一であるはずのいたちごっこには明らかな劣勢を感じる。一つ一つの出火の規模と新たな出火までの時間を考えると、相手はまるで疲れを知らぬ機械のように方々を相当の高速で飛び回っていることになる。それほどエルフとレプラコンのポテンシャルは違うものか。でなければ相手が複数いるのか。
分からないがなににせよこの小悪党だけは絶対に自分で決着をつけなければいけない。
今、新たな火元は南西に向けて等距離で発生している。火を追うのではなく、先回りをすることによってマムール自身を止めよう。
……身体に鞭打って走り出そうとしたミカエルはしかし、大地を蹴った二三歩先でその足をもつれさせて派手に転倒した。森は地面が入り組んでいるから、転んだ先で木の根元に胸をしたたかに打ちつけてしまう。
疲れではない。大型の蜂に刺されたような激痛が突如右足に走り、一瞬で筋肉を麻痺させたのである。
肋骨がきしんで思うように息もできず、はじめこそそちらのほうがミカエルを悶絶させたが、それが緩和されるにしたがってその足の痛みが異常であることに気づいた。見ればふくらはぎになにかが食い込んでいる。
(吹き矢?)
その三角錐状の針は、確かに人工的なものであった。細長い筒にそれを納めて口で息を吹く力によって推進力を得るという原始的な武器だ。
「だれだ!!」
「誰かわからないならめでてぇな」
痛みをこらえて吼えてみれば、その視線の先にいつの間にか憎むべき顔が笑っていた。その右手には吹き矢用の筒が納められている。
「おもしれえ物を見せてやるょ」
マムールはその小さな右手を頭の上に挙げるとパチンと鳴らした。すると今まで方々を黒く煙らせていた空が美しい夕日に変わる。
「……」
呆気にとられるミカエル。今まで森を焦がしていたのは幻だったとでもいうのか。
「幻だょ」
その心を読んだかのように小男は笑い、そして哀れみの表情を浮かべた。
「なーんでも自分ひとりで解決しようとするのは若さか、それとも自分が賢いと思いすぎかだぜ。おかげでお前は貴重な時間を無駄にしたょ」
「なんだと……!?」
「ワイの身体を見ろょ。レプラコンが亜空間に倉庫を持つとはいえそんなに何十箇所も煙に巻くような油を持てるわけがないだろぅ?」
広げた両腕を計ったとしても五十センチはあるまい。
「お前がワイを躍起になって探すのはわかってたょ。一発目から本物の火事を起こしても無駄になるしこの森の中で長く一つ所にいればお前は必ずワイを見つけるだろぅ。そこで」
再び右手をパチンと鳴らす。辺りは途端に業火に包まれた。
「お前の足が鈍くなるまで踊ってもらったってわけだょ」
レプラコンの術は現実を伴わないものが多い。その小さな身体をして他の人型と対等に渡り合うためにさまざまな偽物を見せる術に長けている。それはたとえ相手が人でなくても……この物語中でも死の精霊デビルカースを一瞬でもたばかったほどであったことは描いた。
「焦りすぎたなぁ、若造」
詐欺と同じで、思い込みを激しくすればするほどこの手の幻術にはかかりやすいものなのだ。
「そして……」
もう一度指を鳴らした。落ちかけた夕日に照らされた森と、
「!!」
一箇所、その夕日の色を作り出しているような巨大な炎が黒煙と共に見えた。
「アレが本物の火だょ」
あの辺りはトロールを迎え撃っている砦に程近い。あのような場所で炎が上がれば当然前線の兵たちも気づくし、気づけば意識は分散するし、分散すればトロールを相手に前線を維持することはできまい。
「ここまできたらお前なんざ放っといても良かったんだがょ。……ま、これがワイの面目を潰したおかえしだょ」
「くっ……」
痛みをこらえ立ち上がり、精霊石をわしづかみにするミカエル。しかしその機先を制してマムールの衝撃波に再び転ばされた。
「やめとけょ。お前がどれだけ強くても今じゃワイにすら勝てないぜ。それに……」
彼はミカエルの足を指差した。
「その吹き矢には毒が塗ってあるぜ。早く何とかしないと死ぬょ」
マムールはもう笑っていない。その姿……小さな身体を見上げる程の低さに這いつくばされて、ミカエルは屈辱よりも敗北感で目がかすんだ。
「……なぜここまでする……」
「言ったろぅ? ワイも尻に火がついてる」
メィファを逃した穴を別のもので埋める必要があるのだ。
なんと利己的な戦いなのか。しかし本来弱肉強食の世界とはそういうものなのかもしれない。
「そろそろさよならだぜ。殺さないでやるからこの森の最期を見守るといいょ」
「待て!!」
……しかしその"待て"は、声にもならなかった。