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下書き  作者: 矢久 勝基
第一節 運命の出会い
1/18

その1

 運命の出会いはあります!("ま"を強調)

 メィファという名の少女の頭の中を、どこかで聞いたようなフレーズがよぎった。脳がはちきれるくらい好みの男が自分を見下ろして立っている。ただ、その男の表情は涼しげではなくやや苦悶に彩られていたが。

「大丈夫?」

 それでも彼は倒れている彼女に手を差し伸べた。真ん中で分けられたライトブラウンの髪がかがむ動きに合わせてさらさらとこちらへ流れてきて、単なる錯覚なのに良いにおいがしてくるようにすら感じる。

 男のすっと通った鼻、やや大きな二重まぶたの瞳、エルフ特有の長い耳、愛嬌のある口元が、先ほどから少女のことを心配して動いていた。

 メィファには免疫がない。そんな目で見つめられたらどうしたらいいのかわからず、乙女心が弾けてつい大声になった。

「ってえやろ!!! ワレェェ!!!」

「ぇ……?」

 彼女の整った顔つきから、このような言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。男は声にならない驚きを飲み込んで、呆然と立ち尽くした。

「いいから早く手ぇ貸さんかぃ!! みめよい乙女を倒しときながらなにやってんじゃい!!」

「あ、あ、ごめん、この手に掴まっていいと思ってるんだけど……」

「あ……」

 今さらながらに彼女は差し出されていた手に気づき、小さな声を上げる。顔しか見てなかった。

 彼女は、エサを差し出されて、それでも相手が怖いノラ猫のように、おそるおそる手を伸ばしてみる。しかしそれが届く前に、先んじて男の大きな手のひらがメィファの手を包み込むと、一瞬、彼の血液が手を通して自分に流れてきたような刺激を覚え、心臓が張り裂けそうになった。

「血管破れるだろがぁぁ!!!! 優しく扱わんかいーー!!!」

「……ご、ごめん……」

 大慌てで男の手を払いのけ、結局自分で立ち上がるメィファ。数度深呼吸をし、そしてもう一度夢の中の王子様のような男のほうへ向く。

「えっと……」

 落ち着いてきた。ひどく取り乱していた気がする。落ち着いて……落ち着いて、この運命の出会いに悪い印象を与えてはいけない。

 メィファはとびっきりの笑みを浮かべ、ペコリと頭をさげた。

「助けてくれてありがとうございます」

「ぇ……?」

 言葉を失うエルフの青年。二つの意味でだ。

 ひとつは、平静に戻った彼女が、目を見張るほどに美しかったこと。もうひとつはその豹変振りだ。まるで別人である。

 そもそも助けたわけじゃない。下を見ながら走ってきた彼女が自分の存在に気づかないまま、1km/hも減速せずに胸に突き刺さってきたのだ。長身でたくましい体躯を持つ彼は、小柄な身体に押されてよろけはしたものの、はじかれるように転がったのは彼女だけだった。

「怪我はない?」

「はい、丈夫ですから」

 わかる気がする。

「急いでるの?」

「ああああああーーーー!!!! そうだったぁぁぁぁ!!!!」

 再び険しい表情を浮かべた彼女は今、遅刻しそうな上に道に迷っている。前を見ないで走っていたのは地図をガン見していたためだ。

「九と四の三番地はどこじゃぁぁ!!」

「道に迷ってるのか……」

「しょーーーがねーーだろぉ!!! さっきこの街に到着したばかりじゃぁ!!」

 彼女は気持ちが高ぶった中でも名案を思いついた。

「あ、ちょうどいいや、お前、ちょっと案内しろ」

「ぇ……?」

「こんなぴちぴちのおなごが困ってんだ! とっととしねえと分別ゴミにしばき入れんぞ!」

「お、オッケオッケ、案内するよ」

「させてくださいだろがーーー!!!!」

「させてください!」

「声が小さぁぁい!!」

「案内させてください!!!」

「うむ」

 そこまできて、メィファはハッとする。

(ひょっとして少しやりすぎただろうか……)

 彼女が黙って静かになった街は、今日もよく晴れている。


 その街は、森と同化していた。

 人間の街を思い浮かべてはいけない。草木生い茂る緑を風景に、クレミィというダチョウのような飛べない鳥が、荷駄を背にして歩いてゆく。そんな彼らのための細い獣道が、網の目状に通っているような秘境である。

 渓流が街の中心を斜めに横切って、流れる水がさらさらと心地よい音を奏でている。その清流を見守るように生えている大小さまざまな木々に覆われたその街は、木漏れ日のやわらかいぬくもりに包まれて、人知れず、生きていた。

 樹木と草を編み上げて作られている建物は木をよけるようにして建っているため、街自身は整然としているわけではなく、よそ者が迷うのも無理はない。

 九と四の三番地は街の南東部に位置し、どちらかと言えば商業地区ではなく、軍事的拠点とされている。男はだから、木と建物の間を小走りにすり抜けながら、娘を見て疑問に思えた。

「九と四の三番地に行って何するの?」

「メルビル=プラムックという人に会いに行きます」

「は?」

「メルビル=プラムックって言ってんだろ耳は節穴かぁぁ!!!」

「ごめごめごめごめ」

 男は手を振りながら謝り、そのまま娘をまじまじと見直した。

 小柄で、尖った耳の先端がやや割れて二つに分かれているのは、エルフ族の中でもメルピアット地方に住む者の特徴だ。長い髪は根元が薄緑で、末端に行くほど青みがかってくる。これも地方種族の、さらに特有種の特徴であり、色素が大気に触れると変色する影響だそうで、見事なグラデーションを描いていた。

 ややあどけない顔立ちと、ルビーのように透き通った瞳は美しいが、どう記憶をひっくり返しても見覚えはない。

「君の名前は?」

「メィファです」

「苗字は?」

「オーフェン」

「メルビルに何の用なの?」

「職質かぁ? これは」

「あ、ごめごめごめごめ」

 どうもこの娘を扱うには、チョコレートを溶かさずに手の中で扱うくらい気を使わなければならないようだ。

 が、ひとまず質問を諦めた男の口元とは裏腹に、彼女は小走りのまま腰のポーチから一通の封書を取り出した。

「おかんに頼まれとるんじゃ。これ渡せって」

「……」

 それを聞いて、男が立ち止まる。メィファはそれにしばらく気付かない様子で走り続けていたが、やがてブレーキ音がするほどの急停車で旅用のサンダルをすり減らすと

「遅れるっていってんだろぉぉ!!! ワタシはこれを今日の十三時までに届けないといけないといけないんだぞ! とっとと走れぇぇ!!」

 やはり叫んだ。

「……」

 しかし、彼は先ほどに比べても明らかに鈍い。メィファをぼんやりと視界に映したまま、もう一言を重ねるために戻ってきた彼女にゆっくりと右手を差し出すと、やけにあらたまった表情をみせた。

「見せてその手紙」

「ハァ!? 職質かコラァ!」

「ミーシャ=オーフェン」

「……え……?」

「ひょっとして、君の母親?」

「は……はい……」

 すとんっ……と、音が鳴って操り人形の糸がすべて切れてしまったかのようにおとなしくなるメィファ。

「ならその手紙は僕宛だ」

「え」

「僕がメルビルだから」

「ええええーーーーーーー!!!!」


 運命の出会いはあります!("ま"を強調)

 その瞬間、森を行き交う小鳥のさえずりも聞こえなくなるほどに彼女の心は興奮した。

「寝言は寝てから言わんかいーーーー!!!」

「いや、ほんとだよ。ほら、一級戦士の免状」

 この世界にはそういうものがある。その免状の中央にエルフ語で書かれたサインは紛れもなく"メルビル=プラムック"であり、この長身の美男が遠くメルピアットから追い求めてきた男であることに間違いはなかった。

「……」

 運命の出会いはありますってば!!(以下略)

 ……心臓の音で耳がくらくらする中で、脳裏に再びあのフレーズが通り過ぎる。

「どうしたの?」

 とは、メルビルは聞かない。この娘に、余計なことは言うまいという知恵を、彼はすでに身につけている。

 しかし彼のほうも驚いてはいた。

 彼女の母、ミーシャ=オーフェンは彼が以前、力を貸したことのある占い師だ。

 ミーシャはその別れ際、自分の持つ呪われた運命を嘆き、「力になりたい」と言ってくれた。とはいえ、その後のお互い連絡は一切行っていないわけだから、今日、この街の九と四の三番地に、自分が存在していることは、彼女が自らの水晶から導き出したことになる。

「お母さんは元気にされてる?」

「はい。でも、足を悪くしまして、代わりにわたしが来ました」

「でも、何でそんなに急いでるの?」

「鳳年一八三日の十三時にこの街を出てしまうからそれまでに必ずといわれました」

「ははっ」

「なにがおかしいんじゃい!!」

「あ、ごめごめごめごめ」

 本当にすごい。ミーシャは自分が旅立つ日までを正確に言い当てている。メルピアットからの道のりを考えれば、すべてを計算ずくで彼女を旅立たせたことになる。彼女の占いを信じてなかったわけではなかったが、その正確さに改めて舌を巻いた。

「確かに、もう十三時前だもんな」

 彼は太陽を見て言った。

「はい、もう本当に時間がなくて泣きそうでした」

 顔筋の柔軟性が雑技団なのかと思えるほどにやわらかく表情を変え、美しくもなれば怖くもなるこの少女に、メルビルは苦笑いを浮かべた。

「今日が一八三日ならな」

「ハァ? 一八三日じゃろが」

「今日は一八二日だ」

「ハァァァ!?」

「いやほんと、一八二日」

「……」

「だから、君はもう急がなくていい」

「……」

 …………

 ……

「……ごめんなさい」

「先に謝んなーーー!!!」

 身の危険を感じあらかじめ謝ったメルビルだったが、やっぱり怒られてしまう。

「とにかく、お使いありがとう。僕がメルビルだよ。よろしく」

 そして右手を……握手を求めた。舞い上がるメィファ。

「おなごの肌を気安く触ろうとしやがってぇ!!」

 言いつつ、恐る恐るその手に答える。

 先ほどもそうだったが、男の手は暖かい。その暖かくて大きな右手から発せられた彼女にしかわからない電流が彼女の心臓を脈動させ、メィファはとたんに目の前が真っ赤になってわけがわからなくなった。

「いだだだだだだだだ!!!!!!」

 気が付けばメルビルのたくましい腕に噛み付いてるメィファがいる。


 手紙の内容は彼を驚かせ、また喜ばせる内容であったが、メィファにとってはどうでもいい。

 彼が手紙を読んでいる間、傍らでじっとしているこの少女はこの運命の出会いがこのまま、「じゃ、おつかれ!」という別れにならないためにはどうしたらいいかばかりを考えている。自分はかなり控えめに、ぎこちなくても笑顔をたやさず話をしていたはずだから、第一印象は決して悪くないはずだと思……

「ありがと。じゃ、おつかれ」

「またんかぃ!!!」

 手紙を丁寧に折りたたんで懐にしまったメルビルが早々に立ち去ろうとするのをメィファがすかさず止めた。

「お前こんなにみめよいおなごが前にいて用件だけ聞いたら何も言わずに立ち去ろうとするってどういう了見じゃい!!」

「あ、だから、おつかれって……」

「何か言えばいいってワケじゃなぁぁぁい!!!」

「わぁ! ごめごめごめごめ!」

 その目玉はらんらんと血走っている。この男はなんと鈍いのだろう。こんなに誘えオーラを出しているというのにまったく気づかないとか、自分の魅力を疑ってしまうじゃないか……といわんばかりの血マナコだ。

 一方でその"誘えオーラ"とやらが殺気にしか感じないメルビルにとっては、ここを如何に穏便に切り抜けるかを神経を張り巡らせなければならない。ある意味で、石化蛇女メデューサと対峙しているような緊張感さえ、ここにはあった。

「えーっと、ありがとうございます」

「うむ」

「お母さんによろしくお伝えください」

「はい」

「では、さようなら」

「またんかい!!!」

 もう一度背を向けるメルビルをもう一度呼び止めて、同じようなやりとりを何度か繰り返す二人。

 間違ってはいけないのは、彼がこのやりとりを嫌がっていたというわけではないというところだ。むしろ楽しい。

 彼のこういう態度はメィファだから……というわけではないのだ。できるだけ人とかかわりたくない理由が、このエルフの戦士にはある。

「悪いけど急いでるんだよ。明日の支度をしなきゃいけない」

「ハァ? 乙女との用事以上に重要な支度なんかあるかぃ!」

「あ、ごめごめごめごめ、用事あるのか。まだミーシャさん、何か言ってた?」

「……」

 メィファは、今までとはやや異質の目で一瞬メルビルを睨みつけた。その視線はすぐに下へ……。

「(別に用事なんてないよ。わたしを見て何かないの……?)」

 恋愛の始まりに脈絡などはない。はじめに「この人アリだ」と思えばアリなのだ。逆に、「コイツはない」という印象をもつとひっくり返すのは一筋縄ではないかない。

 自分は、これを運命の出会いだと思った。いや、絶対にそうだ。今までどの男を見てもこのように体内の血液が弾けまわったことはなかった。顔がドストライクなのもそうだが、それ以上に、なにか……言葉にできない「これだ!」がある。

 そうなれば当然、向こうにもその電撃が……自分ほどでないにせよ、何かがあってくれなければ困る。困るのだ。

 しかしこの場合、困る以上に、ここで別れるのは困る。

 困り困ったメィファは視線を下にしたまま、消え入るような声で言った。

「…………しろ……」

「え?」

「……あんない……しろ……」

「え? え?」

「お前、ちょうどいいからこの街をちょっと案内しろ!!」

「ええええ!?」

「ワタシゃこの街来たばっかで右も左もわからんのじゃ!!」

「あ……」

「いいよね?」

「あの……」

「い・い・よ・ね・?」

「案内します」

(やったぁ!)

 繋がった。

 ……メィファは喜びつつも、初めての"運命の出会い"にこんなに積極的になれる自分に驚いてもいる。


 エルフの住む森というところは不思議なところだ。

 もともと半妖精の彼らに人間の常識を当てはめてみても栓のないことなのだが、風に揺らめく葉の間を縫って降り注ぐ日の光から、ピンポン玉のような光の塊が生まれては八方へ浮遊していく様や、時折「こりとん、こりとん」などと、乾いた音を発する木々の様子など、やはり一般の森とはかけ離れている。

 ところどころに鏡面仕上げされた水色のクリスタルが浮いており、彼らが望めばその姿を映した瞬間に、遠く離れた別のクリスタルの場所まで移動ができた。

 彼らによれば、それらはすべて精霊の加護であり、このような森を形成するには気が遠くなるほどの年月が必要なのだそうだ。

 ともあれうっそうとした森の中のわりには光のピンポン玉のおかげで明るく、やわらかく途切れない風のおかげで、さわやかな空気が頬をなでている。

 そんな澄み渡った森の道を、第三者から見れば一組のカップルが楽しそうに歩いていた。

 メルビルが街の一角で自然発生している列を指差している。

「あそこの食べ物屋はうまいよ。すごい人気だから食べたいなら並ばないとな」

「食べたいときは蹴倒すから構わんバイ」

 この、二重が目を大きく見せている男は道案内こそするがあまり口の多いほうではない。メィファが何か聞けば朗らかに答えてくれるものの、ひとたび黙れば二人は沈黙に包まれた。

 彼女にとってはその沈黙に間が持たない。自然、口数が増えた。

「メルビルさんは明日森を出て行くって言ってたけど、何で出て行くんですか?」

「ん? 徒歩で」

「交通手段聞いてるんじゃねーんだよぉ!!」

「いだだだだだだ! ごめんごめん!」

 メィファも打ち解けたのか?すっかり腕を噛むようになってしまった。一度かまれるとすっぽんのようで、ちょっと振ったくらいでは離れない。

「どうして出て行くのかって意味じゃぃ!!」

 エルフというのは元来保守的な種族である。特に森の中と外では精霊の加護がまったく違うということもあり、理由もなしに森から姿を消すことはない。

「気まぐれ」

「んなわけあるか馬鹿!」

 母親と関わりがあるということは、少なくともメルピアットの森にも訪れているわけで、これが初めての旅立ちというわけでもなさそうだ。メィファは思いつくことを言ってみることにした。

「生き別れになった親を探している」

「いや」

「伝説のアイテム、きゃりぱーよぷよぷを探している」

「全然」

「彼女にふられて傷心旅行」

「じゃあそれでいいや。……いだだだだだだだだだ!!」

「マジメに答えんかい!!!」

 がなるメィファに、一瞬目を細めるメルビル。口角が上がり、なぜかとても安らかな表情をした。

「笑ってごまかすな!」

「いやいや、ごめごめ」

 しかしその表情はほんの一瞬である。彼は、すっと真顔になると、言った。

「さぁ、道案内はこれくらいでいいだろう。もう帰りな」

「え……」

 メィファが急に見えない壁にぶつかったかのように立ち止まる。

「楽しくないですか……?」

 つい、そんな言葉が出た。

 数歩先で立ち止まるメルビルがその声に振り返る。

「いや、楽しいよ。だから、さよならだ」

「……」

 メィファにはわからない。わからないが、声を出そうにも、何も言葉が出てこない。……それだけ、圧倒的なさよならを言われて、メィファは全身の血がサァっと引いていくような感覚を覚えた。

 しばらくその透明感のある瞳を見入っていたメルビルだったが、やがてその視線を外し、どこを見るでもなく泳がせる。彼も、この感情過多の娘がどうしてこんな風になっているのかわからなかった。

 彼女は、立ち尽くしたまま、気が付けば大粒の涙をボロボロとこぼしていたのだ。


 運命の出会いではなかったのだろうか。

 メィファは一人、街をどこにいくでもなく歩いている。

 このような性格だから熱しやすい一面はあるにせよ、先ほども述べたとおり、目を見ただけであそこまで心が揺れたことはなかった。

 二人で少し歩いてみて、自分は楽しかったし、彼だって楽しいと言ってくれた。

そこまでが、彼女の中でぐるぐる回っている。

 それ以降に進めないのだ。

「楽しいよ。だから、さよならだ」

 ……わけがわからない。

 楽しいという言葉が嘘なのか。いや、少なくとも自分の態度に落ち度はなかったはずだ。きっと楽しかったに違いない。そうじゃなきゃイヤだ。

 ……悶々とするメィファの心が、あの言葉を境にまるで堤防にせき止められているかのようになっている。

 ただ、川の水が、せき止められたから進むのをやめるものではないように、彼女の心もわずかな逃げ道に活路を見い出そうとしていた。

(納得いかない……)

 言葉にすれば、そのような結論だった。


「メルビル=プラムッーーーーーーク!!!! でてこいやぁーーーーー!!!」

 すでに日も落ちかけた九と四の三番地。に、鳴り響く声。

 ここは森の中でも比較的開けた場所で、数々の建物が連なっている。武器庫であったり連絡所であったり食料庫であったり、この森の有事に備えた場所となっている。

 エルフの森とて侵略を受ける。それは必ずしも支配権の拡大としての意図ではなく、越冬のための食糧備蓄などの知恵を持たないトロールなどの暴力や、エルフの神秘を暴こうとする無法者たちに対するものでもある。

 また、森の住民だけではほとんど争いも起きないが、よそ者が森に入り込んだ際に面倒を起こすこともあり、そういうものたちに向けた警察権力としての機能も兼ねていた。

 具体的には、

「おらぁぁーーーーーー!!! 出てこんかぁーーーー!!」

 こういう輩を取り締まる機関が密集する場所である。

「何を騒いでるんだ」

 メィファはそういう役目を持った者三名に、程なく囲まれていた。いずれも青い地の軍服を着ており、エルフたちの一般的な格好とはかけ離れているために、いくらメィファがよそ者でも、ナンパのために声をかけてきたわけではないことはわかる。

 わかるはずだが

「どかんかぁ!! チョイ役どもは黙っとりゃぁ!!」

 メィファの勢いは収まらない。

「どうしたの? 迷子?」

 そんな様子に苦笑いを浮かべながらまるで子供をあやすような口調でなだめようとする三人。丸腰の小娘であることが彼らを安心させている。

 ちなみにこの世界ではいわゆる職質をかける際、魔力や精霊たちの力を抑える力場を作るのが慣習である。要するに魔法も精霊術もその力を低下させるためのものだ。

 対象が瞬き移動で逃げぬよう、もちろん公務を行っている者が攻撃をされないようにするための知恵でもあった。

 ……彼らが安心している理由はそういう手続きをおっていることにもある。

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