王都へ(5)
「戦闘魔術は生活魔術の延長にあるといってもいいでしょう。イメージセンテンスとマジックワードの組み合わせで行います。戦闘魔術は魔素を大量に消費しますから、平均的な人で1発から2発しか打てません。魔法使いクラスの人で5から10発くらいでしょうか。10発も打てれば大魔術師ですね。」
ミオが説明する。コウの体は基本はコウネリウスの体だ。
「コウネリウスはどのくらい打てたの?」
「そうですねえ・・・たしかニ発位は打てたかと・・・」
「ミオさんはどのくらい打てるの?」
「私は少し魔素多目なので、3発か4発くらいいけますよ。標準的な戦闘魔術用の法具なら。」
人間は平均的なところで1~2発程度だが個人によるばらつきが大きいらしい。亜人の中でも獣人族は種族により多少の差があるが平均して人間よりは多い。また猫人族の中でも【黒の一族】の系統、つまり黒猫は魔力が多少多目なのだそうだ。亜人ではエルフが一番魔素蓄積量が多く、その次がドワーフらしいが、そのニ種族はある種の魔法に特化しているとのことだ。
エルフは弓に魔力を乗せて打ち出す破魔矢や警戒能力の魔法に特化しており、ドワーフは鍛冶や建築など製造系の土魔法特化だそうだ。
(ファンタジーそんまんまだなー)とコウは感心した。
「獣人や亜人は魔素量にそんなにばらつきはないので、魔術師と呼ばれるのは人間族の魔力の飛びぬけて多い人ですね。」
なるほど、職業として魔術師が成立するのは人間族だけらしい。魔素の体内への蓄積量の順番はおおむね次のようなものらしい。
人間の魔術師クラス>エルフ>ドワーフ>獣人>普通の人間。
ミオは馬車に戻ると葛篭の中から長さ40センチくらいの棒を取り出した。棒の先には魔五徳についていた魔石の直径が二倍くらいの魔石が取り付けられている。
ミオは魔石がついていない端の方をにぎると、斜め上に掲げて唱えた。
「火の神よ、その粒子を集め我が手に炎の矢を」
空中に火の粉が舞い棒の先50センチほどの高さに集束し始めた。棒の先に長さ1メートル、直径10センチほどの先端の尖った火の矢が出現した。
「【フレイムアロー】!」
ミオが棒を振り下ろすと、火の矢が前方に発射された。そして50メートルほど先に着弾すると、ぼうっと燃え上がり、キノコ型の火煙がたちあがり周囲三メートルほどが火の海に包まれた。着弾した辺りには直径一メートルほどの穴がうがたれている。
「今のが火の矢をイメージした攻撃魔法ですよ。」
ミオがにっこりしながら、棒を手渡してきた。
「結構、思ったより威力あるんやね。」
コウがびっくりしたように言うと、ミオが肩をすくめながら言った。
「でも、私の場合、二発か三発で魔力切れですから、緊急時用ですけどね。」
コウは手渡された棒を見た。棒は木製だが持つ部分が少しくびれており、その持ち柄の表面部分にだけ金属が貼られている。その金属部分から幅五ミリくらいの金属製の筋のようなものが魔石の部分へと繋がっている。金属を通って魔石に魔力が伝わるのだろう。
「短杖ですよ。緊急用のものですので、打撃には使えませんけど。」
魔法杖には通常の魔法杖と比較的短い短杖があるのだそうだ。長さはスタッフが120センチ以上、平均して160センチくらい、ショートスタッフが120センチメートル以内のものを言うらしい。先端には魔石がついており、比較的長いものには逆側が金属製で攻撃も出来るようになっているのだそうだ。
コウはおもむろに、手渡されたショートスタッフをおもむろに掲げると、唱えてみた。
「大気の内の水滴を集め硬く凍らせ矢となさん。【アイスアロー】!」
ショートスタッフの先に先ほどの火の矢と同じくらいの大きさの氷の矢が、出現した。コウが思い切りショートスタッフを振り下ろすと、氷の矢が しゅん っと音を立てて飛んでいく。
そして50メートルほどの先の黒い溶岩原の上に3分の1ほどを残して深々と突き刺さった。火の矢は爆発系、榴弾みたいなもので、氷の矢は貫徹系のようなものなのだろう。
「なかなか、うまいですね。最初からこれだけ出来るって・・・水系が好みなんですか?」
尋ねるミオにコウが、うーん と呻きながら答えた。
「いや、ミオさんが火だから違う方がいいかなと思って・・・」
「そうですか。人によっては得意不得意があるみたいで。まあ、イメージの人それぞれのイメージのし易さなんでしょうけど。」
(普通に考えて、中世程度の技術レベルだとしたら、こっちのほうが、自然科学の知識は上だから正確なイメージが出しやすいのかも・・・)そう思いながら、コウは試してみた。
「大気の内の水の粒子を震わせ、いかずちとなし、その光にて撃て【サンダーボルト】!」
コウがショートスタッフを指し示すように向けた50メートルほどの先のあたりの空中がチカチカと光を発して瞬き、一筋の雷光が発生し ズザン と音を立て地を撃った。撃たれた地面からは煙が一筋立ち上がっている。
「若、すごいです!雷の魔法なんて聞いたことも見たこともありません!」
ミオが尊敬のまなざしでコウを見ている。この間ずっと足蹴にされてきたコウはちょっといい気分だった。
「やれば、出来る子 な・ん・だ・ぞ。」
と図にのって人差し指を立てながらコウが言った。
「・・・それを自分でいいますか・・・」
ミオは今度はあきれたようにコウを見ている。そんなミオから目をそらし、コウは唱えた。
「大気の内の水の粒子を震わせ、あまたのいかずちとなし、その光を降らせよ【サンダーフレア】!」
「若!それ以上はいけません!」
「あ?え?う?」
容赦なくスタッフの指し示す先の空中がチカチカと点滅し、行く筋もの稲光が現れ、複数の雷が地を撃った。
ズガン!
雷の落ちるときの音だ。
平然と立っているコウの方を、ミオが目を丸くして見ながら声を掛けた。
「若、なんともありませんか?」
「いや、なんともないけど・・・」
コウネリウスは戦闘魔術は二発程度打てばそれで魔力切れだった。魔力が切れるとかなりな疲労感を感じる事になり、へたりこむか、最悪の場合は気を失うなどの体への反動となって現れる。しかし、先ほどの強化術の訓練で魔力を使い、今、戦闘魔術を三回使用したにもかかわらず、コウは平然としている。以前のコウネリウスの体であれば、既に気絶していてもおかしくないくらいの魔力を消費しているはずなのだが。
ミオは腕を組み、右手をあごにあてながら少し考え込み、言った。
「ニーナちゃん、魔法撃てる?」
「できるよー」
それまで、コウとミオのやり取りや魔法を撃っているのを興味深げに見ていたニーナが答えた。
コウはニーナにショートスタッフを渡した。
「みずたま、ぷっくん!」
直径20センチほどの水の玉が5、6個、掲げたショートスタッフの先に浮かんだ。
「【とりゃー】!」
ニーナの呪文を聞いてコウはもうなんだか、どうでもいい気がした。要はそのものをイメージ出来れば良いということだろう。雷は多分、実体がなんなのかイメージできる人が居なかっただけの話なのだ。
ニーナが飛び上がり思い切りショートスタッフを振り切ると、水玉がものすごい勢いで飛んでいき着弾した。その辺りが土煙をあげている。
煙が晴れると、5、6個のクレーターのような穴が開いていた。それぞれが直径一メートルほどもあるだろうか。かなりな威力である。
「ニーナちゃん、続けて。」
「【とりゃー】!」
ニーナは、続けて二発、三発と続けた。が、三発目で終わった。
きゅうーん、とニーナがかわいいうなり声を上げると、へなへなとその場に座り込んでしまったからだ。
ミオはニーナのほうに駆け寄り、準備してあったのだろう、回復薬を飲ませながら、コウに言った。
「こんなふうに、魔素切れになると、しばらく動けなくなるんですよ。」
「回復薬だと、どのくらい回復するの?」
「魔素の回復はわずかですね。普通に動けるくらいにはなりますが、攻撃魔法クラスだともう撃てません。」
「魔素が全回復するには、どのくらい時間がかかるの?」
「魔素の濃い地域だと半日くらいですが、普通の場所では一日くらいかかりますね。」
ということは、早々連続して使えない事になる。意外と使い勝手は悪いようである。
「若もどれくらい撃てるか試してみてください。」
ミオの言葉に、コウはいろいろと試してみる事にした。火の矢や火の玉、水の鞭状のもの、氷の矢を複数にしたものや、おびただしい数の小さな弾丸をイメージしたものなどだ。ついでに岩の壁とか作ってみたりした。家作りとかには役に立ちそうだ。しかし、10回くらい使ったところで、いくら唱えても魔法が発動しなくなった。
「かなり、いい魔石なんですが・・・これくらいが限界でしたか・・・」
ミオの話だと、魔石はその質により一日に発動できる回数=使用できる魔力が定まっているのだそうだ。
質はおおむね色の濃さに現れ、濃い方が使用回数の限界が多い魔石なのだという。
たしかに血濡れの瞳ほどではないが、ミオのショートスタッフの魔石は濃い赤い色をしていた。
しかし、含有魔素の少なくなったせいだろうか、今は薄い赤い色をしている。魔石もだいたい一日で魔素は元に戻り、当然ながら色も元に戻るそうだ。
魔術を発動させるには、魔石に蓄積されている魔素と、人間自体の魔素が必要となという。法具側の魔素の限界で使えなくなる状況は、いわゆるバッテリー切れと同じなのだろう。魔石は使用をするたびに魔素の戻りが少しづつ少なくなり使用回数も減り、毎日使用を続けた場合、短いもので使いはじめから半年、長いもので10年ほどで完全に使えなくなるそうだ。もちろん使用頻度にもよるから、使用していなければ使えなくなる事はない。
「若、ブラッディアイを使用してみては?」
ミオが言った。通常の法具としても使用できるのだという。召魂の術式は特定の呪文を唱えない限り
「ただし、一回に発動する魔術の大きさが大きすぎるので、イメージでコントロールしてくださいね。」
血濡れの瞳クラスの魔石になると、発動できる魔術規模は膨大なものだから、大きさもイメージでコントロールするしかないのだという。ミオの説明にしたがい、コウは胸元から血濡れの瞳を取り出すと、魔石を握り締め手を肩の辺りにかかげ呪文のを唱えた。
「我が手に大きなる火炎の玉を与えたまえ。」
コウは大きな火の玉をイメージした。すると、コウの頭上にどこから現れたのか赤い火の粉が集まりはじめ、直径30メートルほどの巨大な火の玉が発生した。コウのイメージどおりの大きさだが、やはり実物はかなり大きく感じる。昼間だというのに、辺りが赤く照らされており肌も、じんわりと熱さを感じる。
ミオはあっけにとられて、それを見ている。コウは掲げた手を振り下ろした。
「【ファイアーボール】!」
ごうっと音を立てて火の玉が飛んでいく。そして200メートル先に着弾すると、一瞬直径50メートルほどの範囲が火で多い尽くされ、ずん!という衝撃の元、きのこ雲状の赤い炎が吹き上がるのが見えた。
コウは相変わらず平然と立っている。
「もう、やめましょう。若が大魔術師クラスを超える魔術師なのは明白ですから。」
「そんなすごいの?」
「あんな大きな火の玉を出して、平然と立っていられる魔術師は私の知る限りではいません。」
(とうとう来たか!チート能力ゲットだぜ!!!)これまでの生々しい異世界の現実と異なり、一般的な異世界ライフの基本といえる膨大な魔力を持っていることを知り、コウは有頂天になるのだった。
ニヤニヤと笑っているコウにミオがなぜか、にがにがしそうな顔をしながら言った。
「若、なにいい気になってるんです?次は、強化術の続きです!」
「えええええっ。魔力あるんだからいいじゃん。もうやんなくても・・・」
「駄目です!いざというときには強化術は重宝します!さっき教えてないこともありますから。」
という感じで、コウ達は強化術の訓練に再び戻った。
「若、そこの石を持ち上げてみてください。」
そこには直径60センチほどの石が地面に埋まっている。
「いや、無理でしょ。」
そういいながら、コウは石を持ち上げようとしたが、ビクともしない。
「にーながやるー」
にーながそう言うと、おもむろに両手を伸ばし石を抱えた。結構腕がいっぱいいっぱいに伸ばされ石をつかんでいる。
「よいっしょ!」
掛け声とともに、石がずうーんと持ち上がった。驚いた事に土中には石の半分以上が埋まっていた。かなり大きな石だ。
コウはニーナが持ち上げられた事に衝撃を受けた。
「ニーナちゃんは自然と強化術が使えるので、あれでも持ち上げられるんですよ。」
とミオが説明した。
「それっ!」
ニーナの掛け声とともに、抱えていた石が放り投げられ、五メートルほど先の地面にズドンと音をたてて落ちた。
「さっき教えたのは部分強化でしたが、ニーナちゃんが使ったのが全身強化です。全身強化でないと全身の筋肉を使いますから、怪我します。」
「全身強化ってどうやるの?」
「強化術の時に感じた異物のようなものをおなかの辺りにこめて、中から全身に広げるような形で押し出すんです。」
コウがやってみると、全身の筋肉が張り詰めるような感じになった。ミオは棍棒でこつこつとコウの腕を叩いた。
「どんな感じです?」
「なんか、さっきは甲羅の上から叩かれてるような感じだったけど、そうだなあ、今のは厚い布の上から叩かれたみたいな感じかなあ?」
コウはミオから叩かれたとき、剣道の防具の小手の部分のぶあつい布の上から叩かれているような感覚を感じていた。ミオは頷きながら説明してくれた。
「全身強化は部分強化より全身への意識を向けるため、防御力が小さくなってしまいます。部分強化では間に合わない攻撃を受けたときに緊急に使う場合とか、力を込めた攻撃や仕事が必要なときに使うものなのです。」
ミオは続けて、さっきニーナが持ち上げた石を見ながら言った。
「全身強化を使って、石を持ち上げてください。」
コウは言われたとおり、全身に魔力をいきわたらせ、石を持ち上げた。
「おおおっ!」
今度はすんなりと石が持ち上がった。そんなに重くはない。コウは石を放り投げたが、石はニメートルほどしか飛ばなかった。
「もともとの筋肉の強さが、強化の強さにもなりますから、今はまあ、そんなものでしょう。」
今はミオが石を抱え放り投げた。10メートルほど離れた辺りに石は土煙を上げながら落ちた。
コウは今さらながらに、ミオの強さに目を見張るのだった。
それからは部分強化と全身強化を混ぜた訓練に移った。ミオに棍棒で体のあちこちを叩かれ、部分強化で防ぎ、間に合わない場合は全身強化を行うといった感じだ。
かなり完璧に防げるようになった。
「これくらいにしておきましょう。これくらいできれば、とりあえず安全です。反射神経はコウネリウス様よりもかなり優秀ですね。コウ様は。」
にっこりと微笑み、ミオは言った。コウはどうやら及第点をもらえたようだ。
三人はジークを馬車につないで乗り込むと、一路エルビルに向かうのだった。