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プロローグ

台所の流し台の上の窓辺リにおいてあるコップの中から、歯磨き粉をとりだす。

チューブをひねり歯ブラシに載せる。

口にくわえおもむろに歯磨きを始める。口の中いっぱいに清涼感が広がる。

寝る前のリラックスタイム。


今年で27歳になる彼は、目を細め疲れた体が弛緩していくのを感じる。


青田浩一。彼の名前である。

めんどくさいので、彼のことをコウと略しておこう。


「なんだかなぁ~」


と歯磨きを終えたコウはぼやく。今日のことを思い出した彼は、疲れたがどっと増すのを感じる。新しい職場で働き始めてから1ヶ月、仕事にも慣れてきて順調なはずなのだが・・・


コウの職場はいわゆるコールセンターである。

家電メーカーのセンターであるため、修理依頼や苦情、操作問い合わせが主な内容であり、外から架かってきた電話を取るのが仕事のため、売込みなどの発信型コールセンターと異なり、それなりに忙しくはあるが暇なときは暇なため、のんびりした空気が流れている。


コウは大学を卒業してしばらくバイトをしていたが、めでたく先月、家電メーカーに正社員として採用された。

そして、コールセンター勤務を命じられた。今後センターの管理業務を担当するのが決まっている。

業務内容を把握する一環として、研修としての電話を取る業務、オペレーター業務を三ヶ月間行うことになっており、今、ちょうど一ヶ月あまりが過ぎ去ろうとしていた。


さて、なぜぼやいていたのか・・・そう、彼はいじられやすかったのだ。


「青田くーん、エリ立ってるよ?」

「あ、ありがとうございます。」

「だめじゃん!しっかりしなきゃ」

「・・・」


「メモ帳、おちてるよ?」

「あ、すいません」

「ごめ、それ私のだった。でも、落ちたのは青田君のせいね!」

「・・・」


「今日、電車遅れちゃった」

「ご愁傷さまです。」

「きっと青田君のせいね!」

「なんですとぉ~」


と、こんな具合で同僚の女性オペレーターにいじられていたのだ。

コウの職場は仕事がらほとんどが女性であり、コウのデスクの前、横、斜め前すべて女性である。

彼女らに他意はなく、逆に好意の目で見ており彼女らに言わせれば「かわいがっている」つもりなのだ。なにを言われても怒る事のないコウに隙あらば絡んでくる。

コウが悪友によれば、「うらやまけしからん!」とのことであるが、コウにとってはたまったものではない。


今日は朝からできるだけ女性陣と会話をしないように、口を開かないようにしていたのだが・・・


「青田君、どうしたの?具合わるいの?」

「風邪ひいたの?薬あげよっか?」

「休憩室で膝枕してあげるよ?」


と逆に心配されてしまう始末。処置なしである。


コウは身長167センチ、太ってもおらず、やせてもいない。

だが小学3年生のころより実家近くの道場に通い剣道を習っており、中学、高校では剣道部副主将を務め、大学では同好会所属、大会でもそこそこの成績をおさめてきた。

今でも一人暮らしのアパートの駐車場で毎日、素振りをするのが日課で筋肉質な体つきである。

顔つきは鼻筋が通っているが、一重まぶたで目尻はさがっておりイケメンではないものの、どことなく愛嬌のある顔をしており童顔である。

周りの女性にとっては母性本能をくすぐられるタイプといえるのかもしれない。


(考えてもしょうがないか!)

立ち直りが早いのも彼の性格である。



・・・閑話休題(それはさておき)




今は12月。エアコンの設定温度もそんなに高くないはずだが、急に室内は汗ばむほどの暑さになってきた。


(今日はあついなぁ~)

コウは空気を入れ替えようと、窓のカーテンを開けた。

とたん、コウの体が固まり、その目は大きく見開かれた。


アパート二階の窓から見えるはずのいつもの見慣れた風景は見えなかった。

窓の中には、燃え上がる炎を背景に苦悶の表情を浮かべる初老の男の姿が映っている。

コウの背筋を冷たいものが走った。

(ゆ、幽霊???)


コウは思わず後ずさろうとした。しかし、体は動かなかった。

(これって金縛り???)

それどころか、体が窓のほうへ吸い寄せられるように近づいていく。

抗うこともできず、ゆっくりと。咄嗟の事に頭も回らず、どうしていいのかわからないまま・・・


体が窓に触れると同時に、本来であれば、感じるはずの平坦な硬質の感覚はなかった。

まるで水に沈んでいくように、コウの体は窓に飲み込まれていった。


そして、6畳1kのアパートからは誰もいなくなった。


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