最終話
大輔の店を出たあたしは、酔い冷ましもかねていつかの丘に来ていた。
ここはあの頃と同じだ。
町が見渡せるし空には満点の星空が広がっている。
芝生に腰を下ろし、旅をした夏を思い出して懐かしさを感じる。
あの夏から、あたしの誕生日には三人そろってこの丘に来ていた。
中学生までは親同伴で、高校生になってからは三人だけで星を眺めた。
ずっとずっと、日付が変わるときには大輔と司が一番そばにいてくれた。
でも今年は一人だ。
司が一緒にいられないなら、大輔と二人で過ごす気にもなれない。
こうやって離れていくんだろうか。
いや、もういい大人なのに今まで一緒だったのが奇跡なのかもしれない。
いつまでも子供のままじゃない。
友達だった司をいつしかあたしは好きになって付き合うようになったし、大輔だって結婚を約束した彼女がいる。
あの旅はあたしの中で今でもかけがえのない思い出だけど、だからって二人をこの日に縛り付けるわけにはいかない。
気持ちが一緒なら、場所やかたちが変わってくのもいいかもしれない。
「やっぱりここにいた。」
声と同時に、後ろからあたしを抱きしめる強い腕。
嘘だ。
ここにいるはずない。
仕事だって言ってたじゃない。
「どうして・・・」
「仕事片づけて、高速飛ばしてきた。」
あたしたちが働く街からここまで、高速で3時間はかかる。
仕事に疲れているのに、そんな長時間かけてきてくれたなんて。
あたしを包み込む大きな体に、これ以上ない愛おしさがこみあげてくる。
「疲れてるのに。」
「今日はここにいなきゃダメなんだ。お前いきなり電話切るし、電源まで切っただろ。夜中までには帰るって言おうと思ったのに。」
「あ・・・ごめん。」
あの電話の後、イライラのまま電源まで切ってしまったことを思い出したあたしはいたたまれなくなった。
「いいよ。ここにいるのはわかってたから。俺こそ一緒に帰れなくてごめん。」
司は優しい。
あの夏からずっと、今でも変わらずあたしを大切にしてくれている。
いつの間にこんなに大きくなったんだろう。
成長期が早かったあたしは、中学に入るまで三人の中で一番背が高かった。
年を重ねるごとに二人はどんどん大きくなり、いつのまにか追い越され今では見上げるほどだ。
司のこの腕は、あたしを守ってくれる。
ずっとずっと変わらない、あたしの中の絶対。
「いいの。今一緒にいられるだけでじゅうぶん。」
こころのままを言葉にした。
ほかには何もいらない。
あたしにはこの腕だけでいいんだ。
とてつもなく愛おしい、あたしの司。
振り向くとそこには、大人になった司がいる。
鼻筋はあいかわらずきれいで、薄い唇はどこか色気を帯びた。
黒目がちだった瞳は切れ長になって、あたしを見つめている。
「愛してる。誕生日おめでとう、綾女。」
あの夏と同じ星降る丘で、あたしは26回目の誕生日を迎えた。
「ありがと。あたしも愛してる。」
子供だったあたしたちは、愛を知った。
きっと来年の今日も再来年の今日も、この先ずっとあたしはこの腕の中にいる。
この話は私が子供のころの実体験をベースにしています。
私にとっても忘れられない大切な思い出です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。