第四話
あたしたちは、人を避けるように町のはずれにある公園に向かった。
住宅地にある公園とは違い、広々とした芝生や木造のアスレチック、野球場やテニスコートもあり昼間はたくさんの人が遊んでいる。
すっかり夜の帳がおりた公園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
あたしたちは芝生の丘に向かって歩いた。
公園自体が少し高い場所にあるからか、この丘からは町が見渡せる。
丘のてっぺんに三人並んで座りこむ。
あたしが真ん中で右に司、左に大輔が座る。
ダンボールからそれぞれ一匹ずつ子猫を抱き上げる。
あたしは初めから一番気になっていた、白地に薄茶のブチが入ったメスの子猫を抱いた。
大輔が抱いたのは真っ白な子猫だった。
こんがり日に焼けた大輔は闇夜に紛れていたので、腕に抱かれた真っ白な子猫は宙に浮いているようだった。
「お嬢~!!」
大輔が子猫に向かって言う。
「お嬢って?」
意味がわからない大輔のセリフに思ったままを問う。
「この真っ白な感じ、お嬢様っぽくね?いいとこのお嬢!」
大輔は直観で名前を付けたようだ。
一匹は大輔の家にもらわれていくんだから、まぁいいけど。
「じゃあこの子はセイだな。」
今まで黙っていた司が口を開いた。
司の腕の中にいるのはおでこに金色の模様がある、それ以外はお嬢と同じく真っ白な子猫だった。
「セイ?どんな意味で?」
「おでこのこの模様、星みたいに見えない?」
確かに、おでこの模様はお星さまみたいだった。
「だから星って書いてセイって読むんだ。そのまま“ほし”じゃあ名前には向かないから。」
それが気に入ったとばかりに、子猫の小さな右手が司の唇を叩いた。
司は子猫を優しいまなざしで見つめながら抱きなおした。
「おーなんかいいな!おしゃれじゃん!」
足の間の芝生に仰向けに寝かせたお嬢のおなかをくすぐっていた大輔が、司の命名に同意した。
お嬢なのにおなか全開・・・大輔ひどい。
「で、綾女はなんてつけるんだ?」
大輔に聞かれた。
あたしは名前を付けるつもりなんてなかったから、戸惑ってしまった。
腕の中からあたしを見上げる小さな瞳が、暗闇の中でキラキラ輝いている。
「チェリー。」
瞳を見つめながら言った。
「さくらんぼ?」
司に聞かれる。
そう、さくらんぼ。
だってちょっと真ん中よりの目が、さくらんぼみたいに見えたんだもん。
「チェリーか。かわいいね。」
「いいんじゃね!かわいいじゃん。」
司も大輔もそう言ってくれた。
チェリー、と呼びかけながら子猫を見つめるとぺろりと鼻の頭を舐められた。
この子も気に入ってくれたみたいだ。
あたしたちはそのまま芝生に寝転がった。
見上げた夜空は雲一つなく、満点の星空が広がっていた。
今にも降ってきそうなたくさんの星。
あたしは、吸い込まれちゃいそうだと思った。
子猫たちはあたしたちの周りをよたよたと歩き回っている。
チェリーは時々あたしの顔を前足でてしてしと叩く。
あたしに似て、さびしがり屋なのかもしれない。
かまってと言っているようだ。
セイは司のそばで、司の指先を楽しそうに追っている。
お嬢は大輔のおなか攻撃が案外気に入ったようで、さっきからずっとじゃれあっている。
このままずっとここにいたい。
子猫たちはかわいいし大輔も司も優しい。
でもそんなの無理だ。
ずっとこのままなんてありえないし、時間だって過ぎる。
もうきっと夜中だ。
さすがに家に帰らなくちゃまずいことくらいわかっている。
「あ。」
司が右腕を頭上に掲げて声を出した。
「12時過ぎた。」
あぁ、司は時計してたんだ。
4年生で時計って、大人だなぁ。
なんて考えていると、司があたしの真上から顔を覗き込んできた。
「お誕生日おめでとう。」
だれが?なんてそんなことは聞かない。
間違いなくあたしだから。
なんで知ってるの?そんなことも聞かない。
あたしのクラスでは月の初めにその月の誕生日の子たちをみんなで祝う。
あたしは8月生まれだったから、夏休みが始まる前に祝ってもらった。
それよりも、司が覚えていてくれたことに驚いた。
「まじか!?綾女おめでと!!司よく覚えてたなぁ。てかもうそんな時間なんだな!」
誕生日当日におめでとうを言ってくれる人なんて、お父さんと大輔家族以外はいなかった。
それが子猫を拾うまで苦手だった司が一番に、だれよりも先におめでとうと言ってくれた。
「あ、ありがと。」
驚きのあまり、どもってしまった。
司のおめでとうはあたしの心をあったかくしてくれた。
心があったかいなぁなんて思っていると、なんかほっぺたもあったかかった。
「なんだ!?おまえ泣いてんのか!?」
大輔に言われて、自分が泣いていることに気が付いた。
人前で泣くなんて。
大輔の前だって泣くことはそうなかった。
でも止まらないの。
あったかいこころが涙になって溢れてくるみたいだった。
司は何も言わなかった。
何も言わなかったけど笑いもしなかった。
ただ黙って隣に座っていてくれた。
大輔はぼろぼろこぼれるあたしの涙をTシャツの裾で拭ってくれた。
しばらくそのまま、三人そろって何も話さなかった。
子猫たちはいつのまにか三匹丸まって眠ってしまったようだ。
「そろそろ帰るか。」
以外にも切り出したのは大輔だった。
最後まで粘るかと思っていたのに。
でも大輔が言わなくても、遅かれ早かれあたしか司が口にしていた。
家に帰ろう。
そう決めたあたしたちは、子猫たちをダンボールに入れ家に向かって歩き出した。