第三話
あたしは子猫の入ったダンボールを抱え、大輔と司とならんで歩いた。
出会う人みんなに声をかけていく。
あたしたちが住んでいるのはそう大きな町ではなかったけれど、周辺の大きな街への交通の便がいいことや環境のよさから住宅地が多くあった。
たくさんの人に声をかけたが、子猫をもらってくれる人はいなかった。
それよりも変な子供、という目で見られているようだった。
「なんだよ!みんな冷たいな!!」
大輔はイライラしながら言った。
すぐ前に声をかけた大人に、子供は早く家に帰りなさいと言われた。
その前に声を変えたガラの悪い人には、保健所に預ければ始末してくれるよなんてと言われたりもした。
その言葉に血の気が引いた。
こんな小さな命を始末なんて・・・考えられなかった。
それでも時間は過ぎていく。
大輔の家を出たときは5時前だったが、気が付けばもうあたりは暗くなっていた。
夏の夜は日が長いから、これだけ暗いということはもう子供だけでうろつく時間ではなさそうだ。
「どうしよう。」
あたしは切なくなって、今日何度目かのどうしようを呟いた
あんなにたくさんの人に声をかけたのに、だれももらってくれないなんて。
家の外にいる身近な大人はみんな優しかったのに、知らない人はこんなにも無常なのか。
一番そばにいる親という存在でさえ無常なんだから、それもしかたないのかもしれない。
同時に、いつ“もう帰ろう”と言われるかとびくびくしていた。
大輔はきっと最後まで付き合ってくれる。
物心ついたころからずっとそばにいた大輔には、何も言わなくてもあたしの気持ちをわかってくれて支えてくれるという絶対的な信頼があった。
でも司はわからない。
きっともう家に帰りたがっている。
一緒にさまよいだしてからほとんど口を開かない司が、いつ終わりを告げる言葉を口にするのか、あたしはそれにおびえていた。
「おい司ぁ。お前頭いいんだから、なんかいい考えないのかよ!」
なんて無茶ぶりを大輔が司に投げる。
やめてよ!内心そう思ったが、口にはできなかった。
司はもう家に帰りたいんだろうから、やめようって言うに決まっている。
この子猫の命は風前の灯なのに。
でも司から出た言葉はそんなあたしの考えを吹き飛ばすものだった。
「この時間なら、繁華街に行けば人がいっぱいいるんじゃないかな。」
繁華街。
飲み屋や飲食店が多く立ち並ぶ、駅前通りのことだ。
確かにあそこなら多くの人が繰り出しているだろうけど・・・
「どうして?もう帰りたいんじゃないの?」
驚きのあまり、思ったことがそのまま口から出てしまった。
家に帰りたいはずの司がこれから繁華街に行こうだなんて・・・なんで?
「え?帰りたいって誰が?」
司はあたしの言葉に驚いているようだった。
「それいいな!繁華街か!よしっ、行こうぜ!」
大輔はあたしたちの驚きのやり取りを全く気にせず、繁華街行きがナイスアイデアと意気込んでいる。
「ほら行くぞ!」
さらにはあたしたちを置いて、サクサク歩き出してしまった。
「とりあえず、歩こう?」
司に言われ、大輔の後を追うように歩き始めた。
「帰ろうなんて思ってないよ。」
黙って歩くあたしの隣で司が言った。
さっきの続きを話すつもりらしい。
「もう飽きちゃったんだと思った。」
素直な思いを口にした。
ずっとなにも言わなかった司が何を考えているかなんて、わかるはずもないんだから。
「この子達は小さくても一生懸命生きている命なんだ。飽きるなんてそんな無責任なこと絶対にないよ。」
司の言葉はあたしの心をあたたかくした。
最後まで見捨てない、ずっとそばにいる。
そう言われた気がした。
「うん、ありがとう。」
あたしの中の司という人が、どんどん変わっていく。
口数が少ないだけで嫌な奴なんかじゃない。
心無い大人とは違う、優しさを持った人だ。
ついた繁華街は、思ったとおり人がたくさんいた。
このころにはすっかり夜も更け、ますます子供だけで歩き回るような時間ではなかった。
あたしたちは華やかな町の明かりの中で、自分が少し大人になったような気持ちでいた。
お酒の入った大人たちに声をかける。
相変わらず見向きもされなくったって、繁華街の陽気はあたしたちも包んでくれているようだった。
そんな時、声をかけてきた大人がいた。
「君たち、こんな時間に何をやっているんだい?」
警察官だった。
あたしたちが声をかけた誰かが、繁華街の交番に子供がうろうろしていると言ったため見回りしていたのだ。
「げっ!!」
大輔は警察官の出現におおげさに驚いてみせた。
司はまずいというった風に、眉間に皺をよせた。
「とりあえず、交番に来なさい。こんな時間に子供だけでうろうろしていたら危ないよ。」
あたしは子猫を奪われるかもしれないという恐怖で足がすくんでしまった。
その時、大輔が司とあたしに囁いた。
「このまま交番に捕まったら子猫が危ない。逃げるぞ。」
えっ?と思った時にはもう、あたしが抱えていたダンボールを奪った大輔が行くぞ!!っと走り出していた。
司はあたしの手を握り、大輔の後を追うようにあたしを連れて走り出した。
後ろから警察官の声が聞こえて来るけど止まるわけにはいかなかった。
そのまま振り返らずに、全速力で繁華街を抜ける。
一本裏道に入っただけで、さっきまでの喧騒がうそのように静かだった。
もう警察官の声は聞こえなかったけど、あたしたちはそのまま繁華街からはなれた。
「いやーびびったな!」
ダンボールを抱えて先頭を走っていた大輔が、笑いながら言う。
「びびったじゃないよ!警察官なんてちょー怖かったぁ!」
「ぼくも。でもあそこで捕まるわけにはいかなかったし。しかたないか。」
司も怖かったんだなんて、ちょっとびっくりしたりした。