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三章 試験の真相 上

「犬野家の長男は代々、大名様の厩ノ長の役につく。そして、この時期だけ、『犬野』ではなく『狗野』と名乗るんだ」

 武丸は狂ってなどいなかった。少なくとも今、小夜の前にいる武丸はいつものやさしい男に戻っている。ただし普段の元気や威厳はなく、しょんぼりとうなだれていた。

「コックリは、狐狗狸と書く。だから、コックリは狐、狸、狗の三人だけだ。俺はコックリの狗。犬野の家に生まれたときから決まったことだったんだが、俺はそんなもの、何も知らなかった。知ったのは、お前にムチを投げた日の前日だよ。大名さまじきじきのお呼び出しを受けて、聞かされた」

 小梅は五重塔の中へ狐に連れられ行ってしまった。ほかの少女たちも帰ってしまい、今は、武丸と小夜のふたりきりで馬場の柵に腰かけている。

「さっきの試験、なにがどうなっていたの? 小梅さん、近づいてきたのが翻羽だってわかったから、受かったの?」

 小夜は、小梅に負けた気がしていた。馬への愛情なら誰にも、小梅にも武丸にも負けないと今まで自負していたのだ。

「いや。それだったらほかの娘たちには勝ち目がなくなってしまう。一番はじめに馬の体に触れた子が、合格者だったんだ」

 ふぅんとうなずいてから、小夜は、ちょっと首をかしげた。

「だから犬にぃ、馬が私を嫌いになるようにしむけたの?」

 武丸が深々と頭をさげる。

「小梅か小夜、どちらかが選ばれることは最初からわかっていたんだ。馬もやっぱり、今までよくしてくれた人のほうへ行きたがるからな」

「説明してくれたらよかったのに」

「本当にすまなかった。小夜、俺が嫌いになったか?」

「今でもちょっと怖い。だって犬にぃ、ものすごい剣幕だったから」

「二度とあんなことはしない。約束する。今の俺はいつもの『犬にぃ』だ」

 武丸がぎこちない笑みを浮かべた。小夜は、その武丸のそでをつかむ。

「ね、犬にぃ。小梅さん、これからどうなるの? 今までの様子からすると、今の、受かっちゃいけない試験なんでしょう?」

 すぅっと武丸の目が暗くなった。

「わかった、話そう。小梅、いや、小梅姫と呼んだほうがいい。あいつはもう、俺の妹じゃない。山の神にささげられる、雨乞いの巫女だ」

 小夜はごくりと息をのむ。武丸は一拍をおき、語り始めた。


 今まで黙っていて本当にすまなかった。話せるものなら話してやりたかったんだが、こればっかりはどうしようもない。

 お前、「山の神の儀式」って知ってるか? 知らないよな、念には念をいれて隠されてるんだから。このことを話せるのは今だけ、巫女が正式に決まってから儀式がとどこおりなく終わるまでの間だけだ。それ以外の時、巫女が決まる前や将来の巫女に聞かれるおそれのある時期に話されるのは禁じられている。この掟を破った者は、税がこの先の二十四年間、二割増になるんだ。二十四年間だぞ。

 かわいそうに、あのさるすべり村の女の子の家はこれからずっと貧乏だ。でも、やっぱりそれでも娘がかわいかったんだろうな。貴族さまや武士さまも税の割り増しで娘の安全を買ったんだ。だから姫さまは誰も試験を受けに塔へ行かなかったろう。

 ああ、山の神の話だったな。話をもどすぞ。

 山の神は俺たちの安全を守ってくれる神様で、北の聖山の主だ。この神様がいてくださるから、俺たちは地震におびえなくてもいい。山火事も起きない。雷も落ちない。小夜、お前は不思議に思わないかもしれないな。だが、相馬大名の領地を少し出たとたん、毎年雷は落ちる、数年に一度は地震が起こって家が崩れる。それがむしろ普通らしいぞ。

 でもな、この神様に守っていただくためには、ささげものが必要なんだ。

 一年目はクマ、二年目はネズミ、三年目はヘビ。そんな具合に毎年ささげられる獣は決まっていて、その年になると勝手に、山からその獣が一匹残らず消えるらしい。狸さまの試験で言わされたのはこの動物だ。二十二年で二十二種類の動物が山の神にささげられる。

 ただ、問題が二十四年目だ。二十三年目は何もささげられない。二十四年目にささげられるのが、二種類の動物だからな。

 馬と、人間の娘だよ。

 二十四年目は神聖な年だ。獣が勝手に消える二十二年と違って、二十四年目だけは、山の神がはっきりとその姿をあらわす。そして、日照りの年には雨を、豪雨の年は晴れ間をもたらしてくださるんだ。今年がどちらかをあらわすために日照りなら青毛馬、豪雨の葦毛馬をささげる。……だから、今年は絶影だ。

 山の神の正体はわからない。はっきり姿を現すのだから、二十四年前に物心ついてた人なら知っているはずなんだが、巫女の時と同じで、話すのは禁じられているそうだ。

 でも、山の神の正体を知っている人はいても、巫女と馬の行方は誰にもわからない。山の神に食われてしまうのだとか、嫁になるのだとか、いろいろ噂だけは聞いたが、たしかなことは誰も知らない。知っているのはただ一人。前回の儀式を行った狸さまだけだ。儀式の何もかも、全てを知っているのは狸さま一人だけなんだ。

 儀式は、稲の葉がぐんぐん伸びる初夏。決められた日どりまであと十日もない。お前は桑の世話ばかりだからわからんと思うが、稲作のさかんな村は、この日照りでは稲がみんな枯れてしまうと、悲鳴をあげている。どうにか、雨を……。


 武丸がうつむいたまま、ゆっくりとかぶりを振る。巨大な化け物に食べられてしまう小梅と絶影を想像し、小夜は思わず身震いした。

「そんな! 小梅さんがそんな目にあっちゃうなんて、私、いやよ! 犬にぃ、選ぶ立場にいるんだったら、どうにかして避けられたでしょ? どうして何もしてくれなかったの! それに、絶影……絶影は。いや、絶対にいやよ」

 小梅は狐に手をとられ、耳まで真っ赤になって、はずかしそうに笑いながら五重塔へ入っていったのだ。小梅はまだこのことを知らない。知らないまま絶影ともどもおそろしい山の神の餌食になってしまう。小梅の笑顔と絶影のやさしい顔つきを思い浮かべ、小夜は震えた。

「何か逃れるすべがあるなら、とっくにやっている。そうできないように仕組まれてるんだ」

「でも」

「小梅は、選ばれたんだ。絶影も、そのために育てられてきた」

「でも、犬にぃ!」

 小夜の声を振り払うように、武丸が激しくかぶりを振った。

「言うな、小夜。これは名誉なことなんだ」

「小梅さんが巫女にならなくていい道は、あるの?」

「あるにはあるが、小梅が巫女にならなかったら、必ず誰か、別の娘が巫女になる。小梅を救ったら、第二候補の小夜、お前が巫女になるんだぞ。お前も救ったら、また別の娘に順送りにされる。それで結局巫女が決まらなくて、雨が降らず、たくさんの人が死んだ年もあると、狸さまから聞いた」

 小夜は思わず唇を噛んだ。

「絶影は」

「絶影は、何があろうと逃れられない。これから数日のうちに、すべての草木の根を腐らすほどの大雨でも降らないかぎり。たとえそうなったところで選ばれるのが翻羽に変わるだけだ」

 武丸は、ぶるっと身を震わせ、小夜から悲しげに目をそむけた。

「小夜、そろそろ家へ帰ったらどうだ。母様が心配しているぞ」

 低い、しぼりだすような武丸の声に、小夜はのろのろとうなずいた。



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