ヒーローと魔法少女
青年――青葉勇人は怒っていた。
自分たちが平和に暮らしている街を、今まさに、下劣な怪人が我が物顔で踏み荒らしているのだ。正義感が強い勇人には、それがどうしても我慢ならなかった。
抵抗も許されずに襲われる、善良な市民――彼らを守るために、勇人は立ち上がった。
「はぁぁああああっ! 変身ッ!!」
雄々しい叫びと共に、勇人は自分の首に掛けられたペンダントの小石を、ギュッと握る。すると次の瞬間、淡い青色の小石から強烈な白い光が発せられ、その光が勇人の体を包み込んだ。
光の中で、勇人の体には様々な変化が起こっていく。彼が着ていたカジュアルな装いの服は、一瞬にして頭部以外の全身を覆う、青色と金色を基調としたラバースーツに変化。そして剥き出しになったままの頭は、突如出現したフルフェイス型の蒼いヘルメットによって包まれる。
その姿は、誰もが一度は憧れる存在――変身ヒーローそのものであった。
「そこまでだ、怪人!」
変身が完了し、眩い光も消えたところで、勇人は勢いよく怪人の前に躍り出た。
「むっ? げげっ! お、お前は……!?」
鎌のように鋭く尖った両腕がどこか昆虫のカマキリを思わせる怪人は、勇人の姿を見付けると、大袈裟なくらいに驚いてみせる。
そして勇人は、たじろいでいる怪人の前で、いつもの『アレ』を行った。
「お前達の悪魔が如き所業……たとえ神が許しても、この俺の勇ましき心は許さない! 正義の戦士エクスブレイバー、参上!!」
腕を大きく広げ、勇人――いや、エクスブレイバーはポーズをとった。その雄々しき姿は、見る者全てが魅了されてしまうほどに、キマっていた。
「くっ。出たな、エクスブレイバー……。だが、今日こそ貴様に引導を渡してやる! 行けぇい!!」
怪人の一声で、どこからともなく黒の全身スーツに身を包んだ戦闘員達が現れる。その数、ざっと二十。彼らは臆する素振りも見せずに、一斉にエクスブレイバー目掛けて攻撃を仕掛けていった。
パンチ、キック、さらには鉄の棍棒のようなものを用いた凶器攻撃――総勢二十名の集中攻撃が、エクスブレイバーを襲う。しかしエクスブレイバーはそれを華麗に避けると、そのアクロバティックな動きで、逆に敵を翻弄した。
「お前達に構ってる暇はないっ!」
まるで木の葉を散らすように、エクスブレイバーは次々に雑魚を打ち倒していく。五人、十人と、戦闘員達はあたかも積み上げられるように、地面に伏していった。
と、その時――最後の一体の顔をハイキックで蹴り上げたところで、ふとエクスブレイバーは殺気を感じた。全てを切り裂く、冷たさを帯びた殺気だ。
咄嗟にエクスブレイバーは首をすぼめ、体をかがめた。すると次の瞬間、鋭利な鎌が、つい一瞬前まで彼がいた空間を引き裂いた。
「くっ! 外したか!」
エクスブレイバーの背後――その自慢の腕を斜めに振り下ろした体勢で、怪人は悔しそうに言った。そんな怪人の腹を、エクスブレイバーの強烈なバックキックが抉る。怪人は苦しそうに腹部を庇いながら、数歩後ろに下がった。
「俺が……エクスブレイバーが! お前達のような悪に、負けるかぁああッ!!」
辺り一帯に轟く、熱きヒーローの咆哮。その刹那、エクスブレイバーの右拳が鮮烈な青い炎に包まれた。
「うぉぉおおぉおおおおっ! 必殺!! ブレイブ・ナックルッッッ!!!」
渾身の力を込めた右ストレートが、怪人の顔面に突き刺さる。するとそのまま後方に吹き飛んだ怪人は断末魔の叫びを上げながら悶え、爆発。
そしてヒーローは、悠然と炎に背を向け、その場を去るようにして歩き出した。
☆★☆★☆
首都圏から程近いところにある街。その繁華街の一角に、人を寄せ付けないほどにボロい一棟の雑居ビルがあった。店もなく、もはやテナントの募集すら行っていない、ほとんど廃墟と化した所だ。
そんなボロビルに入る、ひとつの影があった。今しがた悪を討ち倒してきたばかりの勇人である。
勇人はコッソリと誰にも見つからないように入口の扉をくぐると、埃だらけの狭い通路を真っすぐに進んでいき、その突き当たり――もはや動く気配すら見せないエレベーターの前で立ち止った。
「えっと……カードは、っと……」
自身のズボンのポケットをまさぐり、勇人はそこから一枚の銀に輝くカードを取り出す。そしてそれを、エレベーターの横に隠れるようにして設置されている読み取り機に、スッと通した。
チンッ! 小気味良い音と共に、動きそうになかったエレベーターの扉が左右に分かれる。その中は、意外にも綺麗に清掃され、明るい電灯が内壁を白く照らしていた。
勇人は素早くそこに踏み入ると、扉横にあるボタンのうち、一番下にあるものを押した。その途端に扉は閉まり、外から見た限りでは、エレベーターは再び動きを止めた無用の長物へと成り果てる。しかしその実、それは勇人を内包したままで、ビルのさらに下――地下に向かって動き出していた。
チンッ! 目的の階に着いたエレベーターは、その口を開けて、勇人を解放する。
目の前には、清潔感の溢れる真白い廊下が広がっていた。その見栄えは、ビルの外観からは想像もできないほどに美しい。さらにその先には、素人目には何に使用するのかも分からないような機械類が乱立している研究室や、効果的に体を鍛えるためのトレーニングルームなど、様々な部屋が存在していた。
しかし、何故このような廃墟同然のビルの下に、このような施設があるのか? そもそも、ここは一体何なのか?
そう――何を隠そう、ここは正義のヒーローである勇人が普段の生活を営んでいる、言わば秘密基地であった。彼は日夜この秘密基地で訓練を重ね、いざという時のために備えているのだ。
「ふぅわぁあ~」
いくつか並んでいる部屋のうちのひとつ。大きなテーブルと、それを囲むように置かれたソファ――ついでに冷蔵庫や電子レンジといった家電製品が置かれたリラックスルームで、勇人はソファにドカッと腰を下ろしながら大きな欠伸をつく。
と、その時、長身で白衣に身を包み、縁の黒い眼鏡をかけた男が部屋に入って来た。
「勇人、御苦労さま」
男は小さく微笑むと、勇人に対して労いの言葉をかけた。
「おぅ。ただいま、知樹」
勇人は軽く手を上げて、知樹と呼んだ男の声に返した。
朱坂知樹は、勇人の友人であり、俗に言う天才科学者である。彼はこの秘密基地で勇人と寝食を共にし、研究室にて日々、勇人の手助けとなるものを発明しているのだ。ちなみに、勇人がエクスブレイバーに変身するために必要なペンダントが、彼の代表作に当たる。
「ところで、勇人。疲れているところ悪いが、僕の話を聞いてくれないか?」
「へ? 何だよ、話って?」
いきなり声のトーンを落とした知樹に少し驚きながら、勇人は思わず姿勢を正した。一方、知樹はゆったりとした足取りで、勇人の向かいに腰を下ろす。
「まず……その変身用のペンダントを、ちょっと貸してくれ」
知樹に言われ、勇人は素直に自分の首にかけられたペンダントを外し、それを目の前の頼れる仲間に手渡した。知樹はそれを確認すると、白衣のポケットから何かを取り出し、その取りだした何かを代わりに勇人に手渡した。
それは、ハート型をしたピンクの宝石の先に金色の鍵が取りつけられた、いかにもファンシーな物体だった。まるで少女向けの玩具かアクセサリーのようで、大人の男が持つには、絶望的に不自然かつ似合わなかった。
「……何だ、これ?」
勇人がもっともな疑問を口にする。だが知樹は、それに答えようとはせずに、静かに語り始めた。
「知っているか、勇人? 最近、世の中が不況であることを」
「え? あ、あぁ、一応は……」
勇人は普段、新聞やテレビのニュースを見ない。そのせいで、彼は世の中の情勢などに疎いところがあった。しかしそんな彼でも、今が世界的に不況であるということは知っていた。もっとも、その原因は知らなかったが――。
「その影響でね、ここも資金繰りが大変なんだよ。来る日も来る日も赤字。なんせ怪人を倒したところで、ゲームのようにお金を落としてくれるわけではないからね」
知樹は自嘲気味に笑った。しかし、昔からテレビゲームにも興味がなかった勇人には、知樹が何を言っているのかが、よく分からなかった。
「言わば僕達は、慈善事業だ。見返りを求めない仕事。だが、慈善事業をするにもお金がいる……」
「……知樹? 一体、何の話を?」
「……簡単に言おう、勇人。僕達がこれ以上活動をするには、お金が必要なんだ。そのお金を稼ぐために、キミにやってほしいことがある」
次の瞬間、知樹はいきなり立ち上がった。そして右腕をスーッと頭上高くまで持ち上げると、それを一気に振り下ろし、その人差し指を勇人の鼻先に突きつけた。
「勇人。キミには今から、エクスブレイバー改め『魔法少女マジカル☆リイカ』として戦ってもらう!!」
「……は?」
勇人は気の抜けたような声と共に、目をパチクリとさせた。彼には、知樹の言っていることの意味が理解できないでいた。だがしかし、自分のアイデンティティーに何か危機が迫っているということだけは、辛うじて本能で感じ取ったようであった。
「何……ど、どういうことだよ? 何で俺が、その……魔法少女として戦わなくちゃいけないんだ!?」
知樹同様立ち上がり、掴みかかるようにしてその細い肩に手を置いて、勇人は口を開いた。その顔は完全に紅くなっており、かなり興奮しているらしいことが分かる。
「まぁ、落ち着け。とにかくまずは、僕の話を全部聞き終わってからにしてくれ」
そんな勇人を、知樹はヨシヨシとなだめた。そしてようやく興奮が治まってきた勇人を再びソファに座らせると、次は自分が腰を下ろし、そのまま話の続きを始めた。
「キミには理解しにくいかもしれないが、最近、巷では『燃』よりも『萌』なんだ。熱いヒーローよりも、可憐な魔法少女の方が人気があるんだよ」
「なっ……!? そ、その魔法少女というものより、ヒーローの方が劣っているというのか!?」
「それは違う。そもそも優劣の話じゃないんだ。ただ単純に、流行――ブームの問題だ」
再び声を荒らげそうになる勇人を抑えつけ、知樹は言葉を続ける。
「やはり資金を稼ぐには、流行に乗る必要がある。魔法少女の方がグッズ展開もしやすいしね。それに何と言うか……エクスブレイバーは……地味なんだよな」
ポツッとこぼした知樹の言葉。それに、勇人は再び激昂した。
「じ、地味って……!? ヒーローが地味だっていうのか! いや、そもそも地味とか派手とかは関係なく、ヒーローというのは――」
「あ、いや、すまない。ただ、その……テレビの中のヒーローと比べると、どうしても……な。敵も巨大化しないし」
キッと眉の端を上げてヒーローについての熱弁を振るう勇人。そんな勇人を落ち着かせようとする知樹。そんな知樹の説得が効いてきたのか、次第に勇人の心に落ち着きが戻ってきた頃――不意に、それは二人の耳に飛び込んできた。
ファンファンファンと、けたたましく自分の存在を主張する警報――それは、街に怪人が現れたことを知らせる音だ。同時に、二人の間にあるテーブルに電子地図が広がり、怪人が出現した場所を示す。
「勇人、怪人だ! 至急現場に向かってくれ!」
勢いよく腰を上げ、大声で指示を飛ばす知樹。しかしそれに反して、勇人の腰は重かった。
「……どうしたんだ、勇人? いつもなら真っ先に飛び出すというのに?」
「えっ、いや、その……」
怪人の出現――そんな緊急の状況で、勇人は初めて自分が一体どうすればいいのかを悩んでいた。もちろん、人々を守りたいという気持ちは変わっていない。彼を珍しく躊躇させている要因は唯一つ、勇人の手に握られた可愛らしい『鍵』だけだった。
「ほ……本当に、これで行くのか?」
「あぁ、もちろんだ」
知樹は真っ直ぐな瞳で答えた。
「だ、だが……魔法『少女』なんだよな? 俺は男だぞ!? 間違っても少女なんかじゃ……」
「そんなことはいいから、早く出るんだ、勇人! そうこうしているうちに、皆の命が危険に晒されているんだぞ!!」
「うっ……ぐぅ……」
次の瞬間、ギュッと手の中の『鍵』を握り締め、勇人は部屋を飛び出していった。一方、知樹は開け放たれたままの扉を見つめながら、ニッと口の端を持ち上げた。
☆★☆★☆
大勢の戦闘員を引き連れて、怪人『クラゲ男』は街の広場で暴れ回っていた。怪人共は目につくもの全てに対し、破壊の限りを尽くしていく。数分もすれば、そこは既に以前の面影などなくなっていた。
「くっそぉ……奴らめ……!」
怪人達から少し離れた位置にあるビル影から様子を窺い、勇人はギリッと歯を鳴らした。同時に、彼の目に炎が宿る。悪を決して許さない、正義の炎だ。
「魔法少女だか何だか知らないが……こうなったら仕方がない! うぉぉおおっ、行くぞ! 変身ッ!!」
勇人は咆哮をすると、『鍵』を握った手を自分の正面に持っていき、それをギュッと力強く握り締めた。このポーズこそが、勇人がいつもエクスブレイバーに変身するのに必要な動作なのだ。
だがしかし次の瞬間、勇人は自分の頭上に疑問符を浮かべた。いつもなら一瞬のうちに変身が完了しているはずなのに、今回は何も変わっていない。どれだけ時が経っても、青葉勇人のままなのである。
と、その時、ジーンズのポケットに入れていた携帯電話がピリリッと鳴った。勇人は慌ててそれを取り、自身の耳に当てる。
『勇人、無事か?』
電話の相手は知樹だった。
『すまん、言い忘れていた。実はいつもの方法では、魔法少女マジカル☆リイカには変身できないんだよ』
「な、何っ!? じゃあ、どうすればいいんだ!?」
勇人は携帯電話に向かって怒鳴った。
『僕が今から言う方法に従ってくれ。まずはキュアハートキーの宝石部分を持つんだ!』
「きゅ……きゅあはーときー?」
いきなり出てきた謎の単語に、勇人は思わず目を丸くした。そんな彼に知樹は、先程キミに渡した鍵のことだ、と説明する。
『その鍵の部分を自分の胸に押し入れて、捻ると、変身できるんだ。だが、それには呪文を唱えなければならない』
「呪文?」
『あぁ、そうだ。それを大きな声で叫ばなければならない。出来るか、勇人?』
「……任せろッ! 呪文だか何だか知らないが、叫ぶのは得意だっ!」
グッと、勇人はキュアハートキーを持っていない方の手を力強く握り締めた。その気合いが、電波を通して知樹にも伝わる。知樹は電話の向こうで、大きく頷いた。
『よし、頼んだぞ、勇人。呪文は、【マジカル・リリカル・ハートフルチェンジ】だ!!』
「……え?」
ピキッ――勇人はそのままの姿勢で固まった。自分の予想の遥か上を行くその呪文に――そして、それを言わなくてはいけない自分自身を思うと、自然と脳がフリーズを起こしてしまったのだ。
『どうした、勇人? まさか、何かあったのか!?』
「あ、いや……と、知樹……それは、絶対に言わなくちゃ駄目なのか?」
『あぁ、駄目だ! 僕がそう設計した!!』
勇人は頭を抱えた。友人が一体何を考えているのか――彼には理解できなかった。
『……勇人、我慢してくれ。変身のシーンも含み、魔法少女は魅力的なんだ。ヒーローだって同じだろ? これは、必要なことなんだ!』
「し、しかし……」
勇人が渋る理由は簡単だった。彼はただ単純に、恥ずかしいのである。あのような可愛らしい呪文を叫んでいる自分の姿を想像するだけで、顔から火が――いや、業火が出るほどに恥ずかしかったのだ。
だがその時、彼の耳に遠くからの悲鳴が微かに飛び込んできた。逃げ遅れた市民だろうか。それはとても悲痛で、心から助けを呼んでいる――そんな悲鳴だった。
そしてその悲鳴を聞いた瞬間、勇人の心から迷いが吹き飛んだ。
「……分かった。今から変身する」
勇人はポツリと呟くと、電話の回線を切り、それを再びポケットに入れた。
そしてキュアハートキーの先端を自分の胸部に押し当てると、スーッと息を吸い込み――彼は、叫んだ。
「マジカル! リリカル! ハァァトフル!! チェェエエエエンジッ!!」
次の瞬間、鍵の部分が勇人の胸に飲み込まれる。そして彼が捻りを加えた刹那、キュアハートキーの宝石部分から強烈な白い光が発せられ、それはたちまちに勇人の全身を包み込んだ。
光の中で、勇人の体には様々な変化が起こっていく。
その光が治まり、消えた時――勇人は、目の前のビルのショーウインドウに映った自分自身の姿を見て、思わず驚愕した。
そこにいたのは、あどけない顔立ちの少女であった。
背丈は小学生程で、白と青を基調とした服を着用している。上下の繋がったワンピースタイプの衣服で、各所にフリルが付いており、スカートにいたっては不自然なほどにフンワリと仕上がっていた。ロリータファッションというやつだろうか。ちなみに白のニーソックスに、これまた白いブーツを履いている。
また、その少女の髪も奇抜だった。色は綺麗な蒼色で、それぞれ側頭部のところで左右対称に結われている。所謂ツインテールだ。現実にこのような髪をしている者は、まずいない。
そしてそんな少女の手には、彼女の身長と同じくらいの高さを誇る、巨大な杖が握られていた。その先端部分は湾曲を描いており、そこに水色の球体が嵌まっている。見る者を思わず吸い込ませるような、不思議な輝きを持った球だ。
「こ……これが俺、か……?」
勇人は目を瞬きながら、か細く呟いた。その声の高さは、少女としての見た目相応なものであった。
「か、下半身がスースーする……。こんな……こんな恰好で、こんな体で、戦えというのか……?」
今まで、ずっとエクスブレイバーとして戦ってきた勇人だからこそ分かることがあった。それは、毎度現れる怪人達は決して弱くはないということだ。強敵揃いの怪人達――その相手をするのに、目の前の少女は明らかに力不足だと言う他なかった。
しかし次の瞬間、そんな勇人の考えを否定する声が上がった。
『大丈夫だ、リイカ! キミには、エクスブレイバーにも負けない強い力がある!』
「え……あっ……!?」
勇人――いや、リイカは驚きのあまり辺りを見回した。何故なら、秘密基地にいるはずの知樹の声が急に聞こえてきたからである。しかも今は、先程と違い電話も使っていない。
『そう驚くな、リイカ。キミの耳に付けられたイヤリングは通信機器兼カメラになっているんだ。もちろん、そっちの音声もこちらに届いているよ』
その言葉で、リイカは自分の両耳に星型のイヤリングが付けられていることに気が付いた。
『これを使って、僕が色々と指示を送る。リイカ、今日のところはそれに従ってくれ』
「あ……あぁ、分かった。よし、それじゃあ行くぜ!」
言うやいなや、リイカはギュッと杖を握り、勢い良く怪人の前に躍り出ようとした。
だが、それを咄嗟に知樹が制止する。
『待つんだ! 交戦する前に、キミにはリイカでいる間は絶対に守ってほしい事項を伝えなければいけない』
その口調は、まさに真面目の一言だった。
よほど重要なことなのか――そう感じたリイカは、ハッと足を止め、イヤリングから聞こえてくる知樹の言葉に耳を傾けた。意図せず体には力が入り、その表情はグッと硬くなる。
だがしかし、その緊張した顔自体をたしなめられてしまうとは、彼女は思ってもいなかった。
『いいか、魔法少女は笑顔でなければいけない。もちろん、悪を許せないという気持ちを表に出すのは悪いことではないが、基本は笑顔だ。キミの笑顔が、傷ついた人々を癒すんだ!』
「そ、そんなこと言われても……!? 怪人と戦っている最中に笑顔なんて、俺は作れないぞ!」
リイカの言っていることは、もっともだった。敵にまみえている時に明るい笑いを浮かべるなど、普通なら出来るはずもなかった。
『……ふむ、それもそうか。分かった。なら、今日のところは笑顔でなくていい。だが、出来る限り眉間に皺は寄せないでくれ』
「り、了解した……」
知樹に聞かれないように、リイカは小さく溜息をついた。
「よ、よし! じゃあ今度こそ!!」
リイカは気を取り直すと、グッと全身に力を入れた。そして、今度こそ怪人の前に躍り出ようと――
『ちょっと待て、リイカ! まだ話は終わっていないぞ!!』
しかし再び知樹に制止され、リイカは思わず前につんのめった。その顔にはハッキリと、「まだ何かあるのか……」という思いが表れる。
そんなリイカに向かって、知樹は諭すように口を開いた。
『リイカ、キミはそんな言葉遣いで戦うつもりなのか?』
「言葉遣い? 俺は、いつもと同じつもりだが……?」
『いつもと同じでは駄目だ! キミは今、魔法少女なんだぞ! もちろん、その口調も少女らしくするべきだろう!!』
急にリイカの頭が痛くなった。僅かに眉をひそめ、指先で自身のこめかみを押さえつける。
しかし、そんなことは全く意に関しないという感じで、知樹は言葉を続けた。
『たしかに世には俺っ娘という属性があるし、ボーイッシュな魔法少女なども需要はあるだろう。しかし、それはあくまで一部に過ぎないんだ! 魔法少女を愛する多くの者は、やはり可愛らしく愛らしい正統派の魔法少女に一番の魅力を感じているんだよ! だが……それ故に、正統派の魔法少女などというものは市場に溢れかえっている。普通にやっただけでは、もはや他に勝てないのは明らかだ。……だがしかし、我々には武器がある。そう、他の魔法少女が未だ持ち得ていない、究極の武器が!!』
うんざりしながら聞いているリイカを余所に、知樹の熱い語りは続く。
『そうだ! 魔法少女マジカル☆リイカの究極の武器! それは、現実に存在しているということだ!! 三次元世界に生きる、本物の魔法少女であることなんだよ!! この要因は大きいぞ……究極のリアルという要因は、本当に大きい! これなら、平面世界の中だけで生きる他の魔法少女を圧倒することも可能! 資金も楽々調達!! そしてそのためにも、キミが少女の喋り方、振る舞いをするのは絶対的に必須なんだよ、リイカ!』
再び、リイカは溜息をついた。しかし今度は隠すような素振りも見せず、肺の中全てを吐き出すような、深い深い溜息だ。
「知樹……悪いが、俺には無理だ」
溜息を出し切ったところで、リイカはハッキリとした声で言った。その短い言葉には、この要望だけは決して受け入れられないという確固たる意思が秘められていた。
『……リイカ、何故だ?』
「何故も何もあるか! こうしている間にも、罪もない人々が怪人共によって苦しめられているんだぞ! もはや、こんな下らない話に時間を割いている暇はないんだ!!」
リイカの言葉に間違いはなかった。
ヒーローだろうと魔法少女だろうと、悪を倒し、その魔の手から人々を守ることに違いはない。逆に言えば、人々を救うことが出来るのであれば、ヒーローでも魔法少女でも、何でも良いのだ。重要なのは外見ではなく、中身。皆を守りたいという強い意思と、それを遂行できるだけの力だ。
そう思っているからこそ、リイカには今の時間が許せなかった。外見のことに関する指示ばかりを受けているこの無駄な時間が、どうしても許せなかったのだ。
『……キミの言いたいことはよく分かる。確かに、大事なのは表情や喋り方などではないな……』
「知樹……」
――分かってくれればいいんだ。いきなり怒鳴って悪かった。
リイカは、そう言葉を続けようとした。
だがしかし、それは次の瞬間に知樹が放った言葉によって、ものの見事に打ち砕かれてしまった。
『だが、これだけは譲れない。これは我々の今後のためにも、絶対的に必要な事なんだ』
「と、知樹っ!?」
その友人の言葉に、リイカは目を見開いた。
そもそも二人の考え方には僅かながらにも溝があったのだ。常に前線で戦うことだけを考えてきたリイカと、研究や資金繰りのことばかりを考えてきた知樹とでは、考え方の根本が違ったのである。
そしてそんな二人の間には、考え方の溝以外にも、明確な強弱関係が存在していた。
『リイカ……僕も、あまり言いたいことではないが……どうしても指示に従えないというのならば、特権を使わせてもらうぞ』
特権――その単語を耳にした途端、リイカは思わずビクッとなった。彼女には、知樹が何のことを言っているのかが理解出来ていた。
リイカには、知樹に対するとても大きな借りがあった。それはズバリ、『戦わせていただいている』ということだ。
いくら体を鍛えていても、勇人の状態では、ただの人間。それを知樹の発明品を使って、怪人と渡り合えるようにさせていただいているのである。だからリイカには、知樹に完全に逆らうことなど出来なかった。
だがそれは反対に、知樹にとっても借りであった。
『……安心しろ。僕も、キミに戦っていただいている身――そこまでのことをするつもりはないさ。しかしキミがこれ以上、少女としての立ち居振る舞いを拒むというのならば……次から、オプションとして猫耳を付けさせてもらう!』
「……はえ?」
この時、リイカは心底、知樹が何を言っているのかが分からなかった。
けれども、このままでは次に怪人とまみえる時、自分にかつてないほどの危機が訪れるだろうということだけは理解出来た。
『ふむ、犬耳でもいいな。もちろん、どちらの場合でも尻尾込みだ。それとも衣服自体を変更するか? うん、それがいい。体操服なんかどうだろう? やはりブルマは鉄板だからな。それともスクール水着か? だとすると、旧か新かも考えなければいけないな。……そうだ、いっそのこと最初から少しマニアック路線でも、いいかもしれないな! なんせこっちには究極の武器があるわけだし……何をやっても勝利は同然だ! となれば、白スクもイケるか……。いや、そんなものではまだ甘い。どうせやるなら徹底的に、だ! というわけでリイカ! キミには次回から、スク水の上に紺ブルマを着用して、さらに縞々ニーソを履き、キツネ耳にモフモフ尻尾! それでもって背中には、情熱の薔薇ように赤いランドセルを装備してもらおう!! ついでにロリ巨乳にもしてやろうかな! ハハハハハハッッッ!!!』
「すいませんごめんなさい知樹様わかりました喋ります少女の立ち振る舞いをあなた様の御指示の下で全うさせていただきますっっっ!!!」
もはやプライドなどなかった。こうなっては、ただひたすら頭を下げるのみである。いや、何なら土下座も厭わない。
『分かればいいんだ、リイカ。……ふむ。しかし、少し残念な気も……』
「と、知樹っ! じ、じゃあもう行ってもいいか!?」
ポツリと呟かれた言葉を無理矢理掻き消すように、リイカは大声で指示を煽った。それに対し、知樹はイヤリングの向こうで首を縦に振りながら答える。
やっと、終わった……。心の中で深い溜息をつきながら、リイカは街を荒らす怪人を目指し、走りだした。
☆★☆★☆
「ぅわははははっ! もっとだ! もっと破壊しつくせぇ!!」
つい先程まで街の広場だった所の中央で、怪人クラゲ男は自身の身体から生える透明な触手を揺らしながら叫んだ。それに応えるように、戦闘員達はその手に持った武器で周りの建物を破壊していく。それはまさに地獄絵図。人々は怪人共に怯えて、逃げ出すことしか出来なかった。
「ふははっ! 人間共が恐怖する姿は最高だなっ! ほれほれ、もっと怯えろぉおっっ!!」
すっかり荒廃した街に、クラゲ男の高笑いが響く。
しかし次の瞬間、
「そ、そこまでよっ!」
どこからともなく聞こえてくる、うら若き少女の声。その声に驚き、それが一体どこから飛んできたものなのかと、クラゲ男は首を右へ左へと忙しなく向ける。と、戦闘員がキーッというような奇声を上げながら、近くにあった建物の屋上部分を指差した。
二階建ての公民館のような建造物。その屋上に、一人の少女の姿があった。
「あ、あなた達の悪魔が如き所業! たとえ神様が許しても、おれ……あたしが絶対に許さない! あ、愛と正義の魔法少女マジカル☆リイカ、参上!!」
手に持った杖をクルクルと回して、ビシッ! と、決めポーズ。それが終わると、リイカはその場から飛び降り、スタッという軽い音と共に地面に着地した。
「な、なんだぁ? おい! 我らが宿敵、エクスブレイバーはどうした?」
クラゲ男がリイカに尋ねる。
「あ、あなた達の相手なんて、あたしだけで十分よっ! いいから掛かってきなさい!」
ピクッ。リイカの安い挑発で、クラゲ男のこめかみらしき所がヒクついた。どう見てもただの少女にしか見えないリイカの発言が、怪人としての彼のプライドを刺激してしまったのである。
クラゲ男はゆっくりと、触手でリイカを指差した。そして一言、
「あのガキを痛い目に遭わせてやれぇぇえいッ!!」
それと同時に、彼の周りにいた戦闘員達が一斉にリイカを向かって駆け出した。その数は、十や二十なんてものではない。三十、四十……五十はいる。
リイカの顔が思わず引き攣った。如何せん数が多すぎる。今までの戦いでも、ここまで多くの敵と一度に戦うことなどはなかった。いや、それでも数時間前までなら何とかなっただろうが……。
だがその刹那、そんなリイカの不安を全て分かっているような口振りで、彼女の相棒が言った。
『大丈夫だ、リイカ。これくらいはピンチでも何でもない』
「と、知樹っ! しかし……」
『自分を信じろ、リイカっ!!』
リイカの目の前に一番乗りをした戦闘員が、その手を振り上げる。それに持つは、刃先の鋭いサーベルだ。当たれば血を流すことは必至。もとい、普通なら死も覚悟しなければならない状態だ。そして、戦闘員がその手を振り下ろした。
「っっ!?」
リイカの表情が一瞬強張る。しかし気が付くと、彼女の身には信じられないことが起こっていた。
「……え?」
いつの間にか戦闘員の攻撃を避けていたリイカは、その硬く握り締められた右手で、敵の横っ面を殴り飛ばしていた。戦闘員は地面に転がり、そのまま動かなくなる。
リイカは自身の右拳を見つめながら目を見開いた。驚きだった。自分の意思とは関係なく身体が動いていたのである。いや、それはまだいい。条件反射だということにすれば、これまで幾つもの戦いを経験してきた彼女になら有り得る。むしろ驚きだったのは、その条件反射にこの少女の身体がついてこられたということだった。
『だから言っただろう? キミには、強い力があるって』
イヤリングから知樹の誇らしげな声が聞こえる。
「す……すごい……。これなら、この身体でも勝てるぜ!」
『勝てる、わ! だろ?』
「か、勝てるわ……」
イヤリングの向こうからギロッと睨まれたような気がして、リイカは思わずシュンとなった。
『しかし、素手で戦うのは魔法少女として不自然だ。そこでリイカ、杖の一番上にあるボタンを押してみろ』
「ボタン……?」
知樹に言われるがまま、リイカは左手に持っていた杖の柄の部分を見た。するとその下のところには、プッシュ式の小さなボタンが幾つか付いていた。ポチっと、その一番上のボタンを押してみる。
すると次の瞬間、杖の先に付いた水色の球に変化が起こった。カチャカチャという機械的な音と共にその形容はどんどん変化していき、そして最終的に、杖は巨大なハンマーへと形を変えたのである。
驚きが、またもやリイカを襲った。
『さぁ行け、リイカ! 華麗に舞って、敵を倒せぇっっっ!!』
「てっ……てやぁああぁあああぁッッッ!!」
リイカはハンマーの柄をギュッと握ると、それを次々に向かってくる戦闘員目掛けて振り回した。振り上げ! 振り下ろし! そしてフルスイング!! 戦闘員達は、まるで木の葉を散らすかのように飛んでいく。
あっという間に、リイカは大量の敵を全て片付けた。地面が黒スーツで埋め尽くされる。リイカは息を切らすこともなく、その中で一人、悠然とした構えで立っていた。
否、一人ではなかった。途端に、彼女の後ろから何かが近づいてくる。それはリイカが気付くよりも早く彼女に接近してくると、その細い腕、足、そして腰に巻きついてきたのである。
「なっ、何これ!?」
ヌメヌメとした嫌な感触が、リイカの全身を襲う。それは触手だった。透明で滑りのある何本もの触手が、まるで蔓のように、リイカの体に絡みついているのである。
直後、下劣な笑い声がリイカに耳に飛び込んできた。
「ぐははっ! 確かに、なかなかやるようだな……。だがしかし、この俺様は戦闘員共のような雑魚とは違うぞぉ!」
触手の根元をグニグニと揺らめかせながら、クラゲ男は笑う。
「くっ!? 放せ……じゃなくて、放しなさいよっ!」
「放せと言われて放す馬鹿がいるか! 貴様が何者かは知らんが、存分に痛めつけた後にその首を掻っ切って、エクスブレイバーに見せつけてくれるわぁ!!」
『ふむ、リョナか……。それはそれで需要が……』
ボソッと耳の近くから聞こえてくる呟きを無視し、リイカは両手に力を入れた。こんな触手、引き千切ってやる! そんな思いで、ハンマーを持っていない右手で、左腕に絡みつく触手に掴みかかる。グニュグニャとした柔らかい感触が手の平に伝わると共に、この程度の締め付けならば容易に解くことが出来るという確信が生まれる。
ところが、いざ千切ってやろうとしたところで、知樹がそれを制止した。
『待て、リイカ。まだ触手に巻きつかれたままでいるんだ』
「何を言ってるんだ、知樹!? そんなことをして何の意味がある!?」
怪人には聞こえないように、リイカは小声で言葉を返す。
『意味ならあるさ。重大な意味が……』
「重大な意味? それは、一体……?」
数瞬の間。それを知樹が、若干高揚した声で打ち破った。
『これは触手プレイのチャンスだ、リイカっ! これを逃す手はないぞ!』
「は……はぁあっ!?」
リイカには、知樹が言っていることの意味がやはりよく分からなかった。だが、きっとまた戦いとは関係のない、とんでもないことを言っているのだろう――それだけは理解出来た。
そんなリイカに構わず、知樹は興奮したような口調で言葉を続けた。その息は、心なしか荒い。
『触手プレイ……幼さを残したあどけない少女が、ヌルヌルの触手に翻弄される……その様は実に官能的! 元来よりロリコン、触手好きとされる日本男児には、まさに夢のような光景だっ!! さぁ、リイカ! 徹底的に弄ばれろ! 抗うな! いや、少しだけ抗え! その時の苦悶とした表情が、また皆をそそらせるんだぁあっっ!!』
リイカの頭が痛くなった。そして何故だか、涙が出てきた。
と、その時、クラゲ男から伸びた一本の触手が、リイカの左手にあるハンマーを絡め取った。あっ、と思った時は既に遅く、ハンマーはリイカの手から離れると、そのまま数メートル先に放り投げられてしまった。
「わはは! これでもう抵抗できまい! 武器さえ取り上げてしまえば、貴様などただのガキだろう!」
どうやらクラゲ男は、先程リイカが戦闘員を直接殴り飛ばしていたところを見ていなかったらしい。それにしても、あんな巨大なものを振り回していれば、それなりに腕力があるだろうと予測できそうなものだが……。おそらく、頭は悪い方なのだろう。
「こ、こんな触手くらい、素手で……」
『駄目だ、リイカ!! まだ触手プレイは始まってもいないぞっ!』
敵が二人いるような気分だった。ますますもってリイカの頭が痛くなる。
次の瞬間、そんな彼女の体に電流が走った。決して比喩ではない。触手から痺れるような痛みが流れ込み、リイカの身体を頭から足先まで貫いたのだ。
「い、つっ、くぁあああぁあぁあああっっっ!?」
『リイカ? 大丈夫か、リイカ!?』
心配するような知樹の声。しかし痛みは止まらない。そのビリビリとした激しい痛みに、リイカは立ったままで全身を痙攣させた。
「だぁーはっはっはっ! どうだぁ? これこそ俺の必殺技、電気ショックだ!」
今までで一番の高笑いが広場に響き渡る。それと同時に、リイカの耳には知樹の怒りに震えた声が入ってきた。
『しっかりしろ、リイカぁ! 今すぐその触手を引き千切るんだ!』
「ぐぐっ……い、いいのか、知樹……? その、ぷ、プレイとやらは……?」
『もはや必要ない。……電流だと? 触手の前に電流だとぉ!? 奴は順番を間違えている! 触手でひとしきりめちゃくちゃにした後に、調教プレイに移行して服従させるからこそ、興奮するんだ! これでは、ただの拷問だぁ! それが分からない奴に、もはや用などないっっ!!』
内容はともかく、相棒からの正式なゴーサインがリイカの両手に力を込めさせた。全身を貫く痛みを感じながらも、それぞれの手を交差させ、両腕に絡みつく触手をガシッと掴む。そしてそれを、力いっぱいに引き千切った。
「な……何ぃッ!?」
少女の予想外の行動に、クラゲ男は驚きを隠せない。その隙に、リイカは自分に纏わりつく全ての触手を素手で千切り捨てた。
『リイカ、プリジョナリー・ステッキを取るんだ!』
「あ、う、うん!」
プリジョナリー・ステッキという名は初耳であったが、ステッキというからには例の巨大な杖のことであろう。リイカはダッと地面を蹴ると、飛びつくようにして少し先に転がるハンマーを拾い上げた。
『よし、リイカ! 一番下のボタンを押せ!』
「い、一番下!」
すかさず言われた通りに、柄に付けられているボタンのうち、一番下にあるものをポチっと押し込む。するとその瞬間、先端部分が再び水色の球体に戻ったかと思うと、その球が激しく発光し始めたのである。
「な、何なにっ!?」
『それこそブレイブ・ナックルに代わる、マジカル☆リイカの必殺技だ! 球体を相手に向けろ! そして、叫べぇええっっっ!!!』
「えぇぇええいぃっ!! トゥインクル・ディバインッッッ!!!」
刹那、ドォンッ! という衝撃音と同時に、敵目掛けて一直線に球体から光が放たれる。太い太い、レーザー光線のような光――。それはクラゲ男を包み込むと、奴の断末魔と一緒に、その身体を一瞬にして消滅……いや、浄化させたのであった。
☆★☆★☆
こうして、怪人クラゲ男との戦いは終わりを告げた。リイカは知樹の指示でその場から離れると、先程と同じ、人目のないビル影に隠れていた。
「……ふぅ」
疲れが一気に蘇ってきたような気がして、リイカは深く息を吐いた。それと同時に、つい先程自分が放った『必殺技』のことを思い出す。すごい技だった。見た目の派手さもそうだが、威力も申し分ない。これだけのパワーがあれば、もしかしたらエクスブレイバーよりも……。
『御苦労さま、リイカ。僕の予想以上の活躍だったよ。落ち着いたら、変身を解いて戻って来てくれ。変身を解く方法は、エクスブレイバーの時と同じだから』
「あ、あぁ……分かった」
力無く、コクリと首を振る。すると声のトーンでそれに気が付いたのか、知樹がリイカに向かって『どうかしたのか?』と尋ねた。
「いや……このままずっと、この姿なのかと思うと……。しかし、魔法少女として戦った方が強いというのなら、俺は――」
『……安心しろ。マジカル☆リイカは、あくまで資金稼ぎのための仮の姿さ。資金が入りさえすれば、すぐにキミの真の姿――ヒーロー、エクスブレイバーに戻すよ』
「知樹……」
その言葉を聞いた途端、リイカの心に活力が溢れだしてきた。そうだ、今しばらくの辛抱なのだ。もう少し頑張れば、元のヒーローに戻れる。それに資金さえあれば、きっと知樹もエクスブレイバーをさらに強化してくれるだろう。そう思っていると、自然とリイカは、力強く何かに頷いていた。
「よし! それじゃあ、今から帰還する!」
リイカはスッと目を閉じると、心の中で「変身解除」と唱えた。その直後、白い光が彼女を包む。それが治まると、そこに魔法少女マジカル☆リイカの姿はなかった。
「さてと、さっさと帰って一休み……うン?」
何だか違和感。声が高い。それに変身を解除したはずなのに、目線が変わっていない。
まさか……!? 心の奥底から不安がドッと湧き上がり、近くのビルのショーウインドウの前に飛び出していく。そしてそこに映った姿を見て、思わず気を失いそうになった。
その姿は、ほとんどリイカのままだった。少し恰好が変わっただけである。ツインテールだったのが、ストレートの長髪になり――ロリータファッション系のワンピースやブーツだったのが、ピンク、イエローを基調とした子供らしいTシャツとスカート、スニーカーに変化している。もちろんプリジョナリー・ステッキは消えていたが、その代わり、首に紐の通されたキュアハートキーが掛けられていた。
「なん……なっ……!?」
意味が分からない。どうしてこんなことが起こっているのかが理解できない。目の前の存在が、信じられない。
と、その時、スカートのポケットからピリリッという軽快な音が鳴った。驚いて見てみると、そこに入っていたのは携帯電話だった。よく見覚えのある、『青葉勇人』の携帯電話だ。その液晶には、知樹の名前が表示されていた。
「と、知樹ッ!」
慌てて着信に出る。この状況を説明出来るとすれば一人しかいない。
「一体、こ、これはどういうことだ!? 俺に戻ってないじゃないか!」
『あぁ、そのことを言い忘れていて電話したんだ。やはり怪人との戦いの時にだけ、男が魔法少女になるのでは不自然だからね。これからしばらく魔法少女として戦うからには、普段も少女でいてもらわないと……。というわけで、勇人。今からキミには青葉勇人改め、青柳梨香として生活してもらう!!』
「ふ……ふ、ふ、ふざけるなぁあぁあああああぁああぁあっっっ!!!」
顔を真っ赤にして、梨香は携帯電話に向かって叫んだ。それは、心からの叫びであった。
ちなみに作者はあまり魔法少女がどういうものか知らないので、何かおかしかったら御免なさい。