スーパーナンキンマン
これは、チープな「半魚人」の姿で戦う、不器用な男たちの物語。
下町でパンク修理に汗を流す、気のいい自転車屋。
深夜のオフィスでPCと睨み合う、平凡なサラリーマン。
そして、誰からも見下される、底辺のティッシュ配りの男。
なんの変哲もない冴えない男たちは、それぞれの「守りたい日常」のために変身する。
どれだけ世界を救う強大な力があっても、「俺なんか」と自分を卑下し続けてきた最強のヒーロー。
彼が泥だらけになりながら『真のヒーロー』になるまでの、熱く、不器用で、どこまでも泥臭い軌跡。
ダサくて、弱くて、だからこそ最高にかっこいい3人のヒーローがここにいる!
【プロローグ:三つの閃光、それぞれの戦場】
■ イエロー:身近な平和を軽快に守る、下町のヒーロー
のどかな空気が流れる下町の商店街。古びた「鈴木自転車店」の店先で、気のいい青年は油まみれのツナギを着て、パンク修理に汗を流していた。
そこへ、「お兄ちゃん! た、大変だ!」と泣きじゃくる近所の小学生、タカシが飛び込んできた。裏山の公園で、不良たちが秘密基地を壊しているという。
「ちょっと待ってて!」
青年は店の奥の薄暗い倉庫へと駆け込み、誰にも見られないよう息を整え、ベルトのバックルに手を当てる。
「イエロー、出動!」
まばゆい黄色の光が弾け、彼を包み込む。現れたのは、頭から背中にかけての鋭いヒレ、隆起した大胸筋、全身を覆う硬質でツヤのあるウロコ。「黄色い半魚人」の姿をした、スーパーナンキンマン イエローの誕生だ。
裏山に到着したイエローは、金属バットを振り回す不良たちの前にふわりと着地する。
「なんだこのコスプレ野郎!」
フルスイングされるバットを、イエローは硬質な片手でガシッと掴み、飴細工のようにグニャリとへし折った。そして、マッシブな見た目からは想像もつかない軽快なステップで、目にも止まらぬ「イエロー・トルネード・キック」を放つ。
「危ない物は没収だよ」
腰を抜かして逃げ出す不良たちを見送り、彼はポンポンと手を払った。彼にとっての正義とは、この手の届く範囲の笑顔を守ることなのだ。
■ グリーン:知略とスピードで制圧する、都会の掃除屋
高層ビルが立ち並ぶ大都会。中堅商社の営業部で、平凡なサラリーマンの男はエクセルデータと格闘していた。ふと、胸ポケットの専用端末が警察無線の傍受を知らせる。
『緊急事態! 中央通りの第3銀行に、武装強盗グループ4名が立てこもりました!』
「……少し厄介な事件ですね。トイレに行ってきます」
個室トイレで鋭い目つきに変わった男は、低く呟く。
「グリーン、出動!」
緑色の光と共に「緑の半魚人」と化したグリーンは、隣のビルの屋上から銀行の天窓を音もなく外し、内部へ侵入した。
彼は梁の上から状況を瞬時に計算し、緑色のエネルギー弾で監視カメラと照明を同時に破壊。暗闇とパニックの中、天井から舞い降りる。
「暗視ゴーグルはお持ちでないようで」
乱射される銃弾を残像を残す超高速移動で全て回避し、手首から放つ光のムチ(グリーン・バインド)で犯人たちを一瞬にして亀甲縛りにした。
突入からわずか10秒。人質に指一本触れさせることなく、グリーンは静かにネクタイの乱れを直した。
■ ブルー:絶対的な絶望を打ち砕く、最強の神
冷たい風が吹き抜ける駅前の広場。ボロボロの服を着て寒さに震えながらティッシュを配る「しょぼい男」。彼こそが、3人の中で最強の力を持つ「スーパーナンキンマン ブルー」だ。
突如、空がドス黒い雲に覆われ、全長50メートルの「超絶魔獣・ゴルゴザウル」と、空を埋め尽くす悪の巨大組織「デス・シンジケート」の戦闘艇が出現した。
逃げ惑う人々の中、男は路地裏のゴミ箱の陰へと身を潜める。
「……ブルー、出動」
街全体を飲み込むほどの青い爆発的な閃光。そこには、神々しいオーラを放つ「青色の半魚人」が浮かび上がっていた。
戦闘艇100機から数千発のミサイルが直撃するが、煙が晴れた後には、傷一つないブルーが腕を組んで浮いている。
「……邪魔だ」
軽く右手を払うだけで放たれた青い衝撃波が、全戦闘艇を一瞬でスクラップに変える。そして、魔獣の数万トンの圧力が込められた拳を、ブルーは「右手の人差し指1本」で完全に受け止めた。
「終わりだ。奥義・ブルー・ゴッド・インパクト」
極太の青い閃光が魔獣の巨体を貫通し、光の粒子へと変える。
たった1分。絶対的な絶望は、無骨な半魚人の姿をした最強の神によって無傷で鎮圧されたのだった。
それぞれの街で、それぞれのスケールの戦いを終え、守るべきものを守り抜いた3人のヒーロー。
激闘の熱が引き、夕日が巨大な都市を燃えるような赤に染め上げる頃。
静寂を取り戻した超高層ビルの屋上のヘリポートに、圧倒的なオーラを放つ最強のブルーが、風を真正面から受けて静かに立っていた。神々しい青いオーラが、まるで幻のマントのように彼の背中で揺らめいている。
そこへ、空から二つの影が軽やかに舞い降りた。
ヤンキーたちを余裕で返り討ちにし、子供たちの小さな秘密基地と笑顔を守り抜いた「イエロー」。
そして、武装強盗から人質を完璧に救出し、警察に犯人を引き渡してきた「グリーン」だ。
頭頂部のヒレ、隆起した筋肉、全身を覆うゴツゴツとした硬質なウロコ。
チープなおもちゃのような、どこか懐かしくも奇妙な半魚人の姿をした3人が、遂に1箇所に揃った。
夕日を背にして、中央に立つのは圧倒的な最強の力を持つブルー。
その右には、知略とスピードで戦場を支配する、スマートで頼れるグリーン。
その左には、誰よりも泥臭く、親しみやすく熱い闘志を持つイエロー。
3人の半魚人は横一列に並び立ち、眼下に広がる、自分たちが守り抜いた平和な街並みを見下ろした。
無言のまま、お互いの存在を確かめ合うように視線を交わす。
彼らの間には、言葉などなくても通じ合う、強固な絆が確かに存在していた。
ブルーが、その強靭な右の拳を力強く握り込む。
グリーンが、眼鏡を押し上げるような仕草でスタイリッシュに構える。
イエローが、満面の笑みを浮かべるように元気よく腕を空へと突き上げた。
3人は同時に息を深く吸い込み、燃えるような夕暮れの空に向かって、腹の底から大音声を響き渡らせた。
「「「3人揃って、スーパーナンキンマン スリー!!!」」」
【第1章:嘲笑の世界と、たった一つの傘】
――物語は、今から半年前へと遡る。
ブルーとして覚醒して間もない頃。男は自らの強大すぎる力と、現実の自分のあまりの惨めさのギャップにひどく苦しんでいた。
「はい、どうぞ……よろしくお願いします……」
12月の凍てつくような冷たい風が吹く、駅前広場。
色あせてヨレヨレになった薄いジャンパーを着た男が、身を縮めながら通行人にポケットティッシュを差し出していた。
「うわっ、キモっ!」
通りがかった高校生のグループの一人が、あからさまに顔をしかめ、男が差し出したティッシュの束を平手で勢いよく払い落とした。
バサバサと冷たいアスファルトに散らばるティッシュ。
「触んなよ底辺! ニオイ移るだろ!」
「マジでウケる。生きてて恥ずかしくないの? ゴミじゃん!」
腹を抱えて爆笑する若者たち。男は何も言い返せず、ただ怯えたように縮こまり、「すみません、すみません……」と何度も頭を下げながら、散らばったティッシュを泥だらけの地面から這いつくばって拾い集めた。
そこへ、舌打ちをしながら恰幅の良い元締めが歩み寄ってくる。
「チンタラすんじゃねえ! このノロマが! お前みたいな社会の底辺、どこに行っても通用しねぇんだから、せめて手足ぐらい死ぬ気で動かせ!」
ガンッ、と容赦なく脛を蹴り飛ばされ、男は泥水の中に転がった。
誰も助けない。誰も彼を見ない。行き交う人々は皆、彼を「道端の汚い石コロ」でも見るかのような冷ややかな視線を向け、足早に通り過ぎていく。
それが、男の生きる日常だった。絶対無敵の「神の力」を持っていようと、現実の彼は誰からも見下され、唾を吐きかけられるだけの惨めな存在だった。
その日の夜。
冷たい土砂降りの雨が、街を容赦なく打ち据えていた。
生花店「フラワー・ハナ」の裏にある薄暗い路地裏で、男はゴミ箱の横にうずくまっていた。真冬に近い寒さの中、彼はなぜかボロボロの半袖シャツ一枚という姿で、ガタガタと激しく全身を震わせ、唇を紫色にしていた。
彼が覗き込んでいる小さな段ボール箱の中には、雨に濡れて震える「捨てられた子犬」がいた。
男は昼間、自分が着ていた唯一の防寒着である薄汚れたジャンパーを脱ぎ、子犬を何重にも包み込んで温めていたのだ。
自分が凍え死にそうになりながら、泥だらけの手で子犬を優しく撫でる。
「……ごめんな、こんな臭い服で。でも、冷たいよりはマシだろ……」
男は自嘲するように、弱々しく笑った。
「俺みたいな、誰からも必要とされてない底辺のゴミが凍えて死んでも、世の中の誰も気にしないけどさ。……お前は、生きてりゃきっと、誰かに可愛がってもらえるから。俺なんかの命より、お前の方がずっと価値があるんだよ……」
その時、店の裏口のドアが開いた。
ゴミ出しに出ようと、ビニール傘を差した店員の女性――ハナが姿を現した。
男はビクッと肩を震わせ、怯えたように頭を抱え、泥水に額をこすりつけて土下座の姿勢になった。いつも通り「汚い!」「あっちへ行け!」と怒鳴られ、見下されると思ったのだ。
「あ、す、すみませんっ!! すぐどきますから! 俺みたいな汚い底辺が店の裏にいて、ごめんなさい! ほんとにすみません!!」
惨めに震える男。しかし、ハナは逃げも、怒鳴りもしなかった。彼女は静かに歩み寄り、男のすぐ横でしゃがみ込んだ。
そして、ジャンパーに包まれて眠る子犬と、寒さで限界を迎えている半袖姿の男をじっと見つめた。
「……自分の服を脱いで、この子を温めてたんですか?」
ハナの静かな問いかけに、男は顔を上げられないまま、震える声で答える。
「俺は……どうせ誰も見向きもしない、価値のないゴミですから……。こんな俺が風邪ひいて死んでも、社会のゴミが一つ減るだけなんで……っ」
その卑屈で、あまりにも悲しい言葉を聞いた瞬間。
ハナは持っていた自分の傘を、男と子犬の頭上へとスッと差し出した。
傘を男に向けたことで、ハナ自身の肩が冷たい雨に濡れ始める。
男が驚いて顔を上げると、ハナは泥だらけの男の顔を見て、とても優しく、温かい微笑みを浮かべていた。
「……そんなことないです」
雨音の中でも、彼女の凛とした声は男の胸の奥に真っ直ぐに届いた。
「世間の人がどう言おうと、自分の身を削って、こんなに小さな命を助けようとする人が……価値のないゴミなわけないじゃないですか」
男の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「私には……」
ハナは、男の泥だらけの手に、自分の手をそっと重ねた。
「あなたが、とっても立派で、誰よりも優しい『スーパーヒーロー』のように見えますよ」
スーパーナンキンマン ブルーとしての「最強の力」なんかなくても。
この人は、俺の本当の優しさを見つけてくれた。俺のしょぼくて惨めな人生を、初めて肯定してくれたのだ。
ハナは男に傘を持たせると、ポケットから少し傷のついた一輪のヒマワリを取り出し、子犬の箱の横にそっと置いた。
「明日のお昼、またこの裏口に来てください。温かいスープ、作って待ってますから」
誰からも嘲笑され続けてきた絶望の底で、男の止まっていた時間は、静かに、そして確かに動き始めたのだった。
【第2章:黄金の盾と、翡翠の知略】
ハナとの出会いから数週間後。街にはデス・シンジケートの怪人たちが頻繁に出没し始めていた。
最強の力を持つブルーは、孤独に戦い続けていた。しかし、彼の力はあまりにも強大すぎた。魔獣を倒すたびに周囲の被害も大きくなり、彼は「力を加減すること」の難しさに苦悩していた。
ある日、下町の商店街に暴走した中型怪人が現れた。
ブルーが駆けつけた時、そこにはすでに先客がいた。「スーパーナンキンマン イエロー」だ。
イエローは怪人の強烈な打撃を何度も浴び、スーツをボロボロにしながらも、背後にいる逃げ遅れた老人や子供たちを庇い続けていた。
「逃げろ! ここは僕が食い止める!」
泥だらけになりながら、絶対に倒れないイエローの姿。ブルーは衝撃を受けた。自分なら一撃で倒せる敵だ。だが、イエローのように「自分を盾にして誰かを守り抜く」という発想が、最強の神である自分には欠けていた。
ブルーが一瞬で怪人を粉砕した後、変身を解いた2人は路地裏で顔を合わせた。
「助かったよ、青い人! 君、すっごく強いんだね!」
血まみれの顔でニカッと笑う自転車屋の青年に、男は言葉を失った。
「なぜ……あんな無茶を。死ぬところだったぞ」
「だって、僕の街の人たちだもん。力が弱くたって、身体を張れば数秒は稼げる。その数秒があれば、誰かが逃げられるからさ!」
その泥臭いド根性に、男は初めて「他者を尊敬する」という感情を抱いた。
さらにその数日後。
工業地帯での戦闘中、ブルーとイエローは、姿を消す能力を持つ透明怪人に苦戦していた。ブルーの破壊力も、イエローの防御力も、見えない敵には当たらない。
そこへ、一筋の緑の閃光が走った。「スーパーナンキンマン グリーン」である。
彼は上空から怪人の足跡、風の動き、熱源を瞬時に計算し、緑色のペイント弾をピンポイントで投げつけた。怪人の姿が露わになった瞬間を狙い、グリーンが叫ぶ。
「今です! イエローが足止めを、ブルーがトドメを!」
完璧な連携。3人の力が噛み合った瞬間、かつてないほどの鮮やかな勝利が生まれた。
戦闘後、ビルの屋上で変身を解いた3人。少しヨレたスーツのサラリーマンが、眼鏡を押し上げながら言った。
「ブルーの圧倒的な武力、イエローの強靭な盾。そして私の戦術。我々が組めば、この街の被害は最小限に抑えられるはずです」
【第3章:3人揃って、スーパーナンキンマン!】
ある夜、ガード下にある古くて狭い、赤提灯の焼き鳥屋。
煙が立ち込めるカウンター席に、3人の男が肩を並べて座っていた。ツナギを着た自転車屋の青年、スーツ姿のサラリーマン、そしてボロボロの服を着たティッシュ配りの男。
お互いの素性を打ち明け合った彼らは、安いウーロン茶と焼き鳥でささやかな宴を開いていた。
「いやー、しかし驚いたよ。ブルーの正体がこんなに……その、庶民的だとは」
イエローが笑いながら言うと、ブルーは苦笑いしてししとうの串をかじった。
「俺なんか、普段は誰からも見下される底辺のゴミだからな。でも……ハナさんっていう花屋の女の人だけは、こんな俺に傘を差してくれたんだ」
「素敵な方ですね。守るべき日常があるからこそ、我々は戦える」
グリーンが静かに微笑む。
孤独だった3人の「普通の男たち」の間に、確かな絆が結ばれた夜だった。
「なぁ、せっかく3人集まったんだ。チーム名とか決めないか?」
イエローが目を輝かせて提案する。
「いや、いいよそういうのは恥ずかしい……」
と照れるブルーをよそに、グリーンが真面目な顔で頷く。
「悪くありません。敵に我々の連帯を示す心理的効果もあります。我々は3人とも、どこかあの南京虫……いや、半魚人のような不思議な姿。ならば……」
数分後。
夜の街角で、酔っ払った(お茶だが)3人の男たちが、腹を抱えて笑い合っていた。
「ダサい! ダサすぎるだろその名前!」
「いいじゃないか! 分かりやすくて! よーし、じゃあ練習するぞ! せーのっ!」
路地裏に、冴えない男たちの楽しげな声が響き渡った。
「3人揃って、スーパーナンキンマン スリー!」
【第4章:三つの日常、それぞれの『守りたい笑顔』】
巨大浮遊要塞の撃墜から数日が過ぎ、街には表面上の平和が戻っていた。世界中が「スーパーナンキンマン スリー」の話題で持ちきりになる中、3人の男たちはそれぞれの「冴えない、けれど愛おしい日常」を生きていた。
■ イエロー:下町のパンの匂いと、絆創膏
「鈴木自転車店」の青年は、今日も油まみれのツナギを着て汗を流していた。
「おーい、直ったよ!」
彼が声をかけると、向かいのパン屋から、エプロン姿の看板娘・ムギが小走りでやってきた。彼女はいつも明るく、商店街のアイドル的存在だ。
「ありがとう! 配達用の自転車、チェーンが外れやすくて困ってたの」
「古い型だからね。でも、部品を少し調整したからもう大丈夫だよ」
青年がニカッと笑うと、彼の頬に黒い油汚れがついているのを見て、ムギはクスッと笑った。彼女はポケットから絆創膏を取り出し、青年の頬にペタッと貼る。
「怪我、してるじゃない。昨日も商店街の裏で転んだんでしょ? ドジなんだから」
昨日の怪人は強敵だったな、と思い出しながら、青年は「あはは、ちょっとね」と誤魔化した。ムギは「はい、修理代のおまけ!」と、まだ温かい焼きたてのメロンパンを青年に手渡した。
「いつも無茶ばっかりしてるけど……怪我だけはしないでね」
少しだけ心配そうに伏せられた彼女の瞳。青年はメロンパンの温もりを両手で包み込みながら、力強く頷いた。
(……僕が絶対に、この商店街と、君の笑顔を守るからね)
彼にとってのヒーローの理由は、この甘いパンの匂いと、彼女の笑顔の中にある。
■ グリーン:深夜のオフィスと、微糖の缶コーヒー
都会の高層ビル群。時刻は午後10時を回っていた。
薄暗くなった営業部のフロアで、サラリーマンの男は一人、パソコンの画面と向き合っていた。そこへ、「まだ残ってたの?」と声がかかる。
振り返ると、一つ年上の優秀な先輩OL・アヤノが立っていた。彼女はいつも凛としていて隙がないが、今は少し疲れたように肩を落としている。
「先輩こそ。明日のプレゼン資料ですか?」
「ええ。データが集まらなくて……少し行き詰まっちゃって」
「……少し、見せていただけますか?」
男はアヤノの隣に立ち、キーボードを鮮やかな手付きで叩き始めた。彼本来の『知略と計算能力』にかかれば、複雑なデータ分析など数分の作業だった。
「すごい……。あなた、本当はすごく優秀なのに、どうしていつも昼間は窓際でぼーっとしてるの?」
驚くアヤノに、男は「たまたまですよ」と眼鏡を押し上げてはぐらかした。
アヤノは小さく微笑むと、買ってきた微糖の缶コーヒーを彼のデスクにコトッと置いた。
「ありがとう。あなたって……いざという時、本当に頼りになるわね」
窓の外には、都会の冷たいネオンが輝いている。しかし、並んで飲む缶コーヒーの味は、男にとって何よりも温かく、甘かった。
(……この静かな夜と、あなたの穏やかな時間を、私が計算の全てを懸けて死守します)
それが、スマートな掃除屋の密かな誓いだった。
■ ブルー:容赦なき嘲笑と、届かない光
一方で、ブルーの正体である男は、仲間たちとは対極の、人生のどん底に叩き落とされていた。
「クビだ!! 二度とツラ見せるなこのゴミクズ!!」
顔面に丸めたティッシュの束を力いっぱい投げつけられ、男は路上に転がった。数日前、巨大要塞を破壊しに行くために持ち場を離れたことが原因で、ティッシュ配りのバイトをクビになったのだ。
「お願いです、家賃が払えなくて……!」
すがりつく男の胸ぐらを掴み、元締めは冷酷に言い放つ。
「お前みたいな薄汚い社会の底辺に払う金は一円もねぇ! さっさと消えろ、この役立たず!」
元締めが去った後、男はフラフラと立ち上がり、重い足取りで歩き出した。
すれ違うカップルが、男を見て露骨に鼻をつまむ。
「ねぇ、今の見た? あの人ヤバくない? ニオイ移りそう」
「ああいう負け組にはなりたくないねえ。どうせ努力もせずに生きてきた底辺だろ」
クスクスという嘲笑が、ナイフのように胸に突き刺さる。
その時だった。けたたましいエンジン音と共に、猛スピードで走ってきたピカピカの黒い高級車が、道路の大きな水たまりを思い切り跳ね上げた。
バシャァァッ!!
「うわっ……!」
男は頭から泥水をかぶり、勢いでアスファルトに無様に転倒してしまった。
全身ずぶ濡れになり、顔に泥がべっとりと張り付く。通りすがりの若者たちが、その無惨な姿を見てスマートフォンを向け、ゲラゲラと笑い声を上げた。
「うわっ、あの人超ウケるんだけど! 泥水かぶって這いつくばってんぞ!」
「写真撮っとこ! 『駅前の泥水底辺男』ってタグ付けしてアップしよーぜ!」
誰も手を差し伸べない。誰も彼を人間扱いしない。
フラッシュの光を浴びながら、男は泥水にまみれた両手をじっと見つめ、ガタガタと震えていた。
昨日、俺はこの手で世界を救ったはずだった。だが、今の俺は、道端の虫けら以下だ。ブルーの力があろうがなかろうが、俺という人間の価値は、底辺のゴミクズなのだ。
男は嘲笑の嵐から逃げるように、フラフラと裏路地を歩き続けた。
気がつくと、無意識のうちに生花店「フラワー・ハナ」の近くまで来ていた。こんな泥だらけの惨めな姿は見せられない。でも、遠くから少しだけハナの笑顔を見れば、この絶望もマシになるかもしれない。
男が電柱の陰からそっと店頭を覗き込んだ時、信じられない光景が目に入った。
ハナが、一人の客と話していた。その客は、先ほど男に泥水を引っ掛けた高級車から降りてきた、パリッとした高価なスーツを着た、とても背が高くハンサムなエリートサラリーマンだった。
彼は大きなバラの花束を買いながら、ハナに爽やかな笑顔で話しかけている。
「ハナさん、今度の日曜日、僕と食事に行きませんか? 素敵なフレンチの店を予約したんです」
高価なスーツ、眩しいほどのルックス、社会的地位、そして高級車。普通の人間として持つべき「全て」を持っているその男と、そいつの車に泥水を掛けられ、嘲笑されて震えている無職の自分。
強烈な劣等感で息が詰まる。俺なんかが太刀打ちできる相手じゃない。
しかし、ハナは困ったように、でも真っ直ぐにエリートの男の目を見て、静かに首を振った。
「……お誘い、ありがとうございます。でも、私……心から好きだと思っている人がいるんです」
「えっ……? 僕よりも、ずっと素敵な男性なんでしょうね」
「はい」
ハナは、冷たい風が吹く駅前の広場の方へ――いつも、あのボロボロの服を着た男が、人から馬鹿にされながら立っている方へと視線を向けた。
「世間の人から見たら、全然立派じゃないかもしれないし、いつもボロボロの服を着て、しょぼく見える人なんですけど……。でも、自分の身を削ってでも小さな命を助けようとする人なんです。私にとっては、誰よりも優しくて、強くて……世界で一番素敵な、私のスーパーヒーローなんです」
電柱の陰で、男は泥水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き崩れた。
俺なんかが。そう卑下し、世間の嘲笑に押し潰されていた自分の魂を、彼女だけは真っ直ぐに見つめ、愛してくれていたのだ。
社会の最底辺を這いつくばるしょぼい男の心に、決して消えることのない、強く温かい光が灯った瞬間だった。
【第5章:陽だまりの告白と、忍び寄る悪意】
その翌日の昼下がり。
生花店「フラワー・ハナ」の裏口の路地裏に、必死に泥汚れを落としたボロボロの服の男の姿があった。
ドアが開き、エプロン姿のハナが顔を出す。彼女は小さく深呼吸をすると、男の正面に立ち、その顔を真っ直ぐに見つめた。
「あの……私、ずっと言いたかったことがあるんです。私……あなたのことが、好きです」
はっきりと告げられた、真っ直ぐな言葉。
男の目から、ブワッと涙が込み上げてくる。
「本当に……俺なんかで、いいの……?」
お金もない。社会的地位もない。世間からは底辺のゴミだと馬鹿にされる男だ。
その言葉を聞いた瞬間、ハナは少し悲しそうに眉を下げ、男の手をギュッと強く握り返した。
「『俺なんか』って……もう言わないで。私が選んだのは、あなたなんです」
その真っ直ぐで力強い言葉に、男の心にずっとまとわりついていた真っ黒な劣等感の塊が、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
陽だまりのような温かい路地裏で、2人は手を取り合い、ただ静かに微笑み合った。
しかし、その美しく尊い光景を、上空からデス・シンジケートの超小型ドローンが監視していた。
地下基地でモニターを見つめる幹部は、不気味に笑う。
「見つけたぞ。無敵の神の、あまりにも脆い『弱点』を。そして……あの黄色と緑の小蠅どもも、それぞれ大事なものを抱え込んでいるようだな」
幹部の背後で、巨大なカプセルの中で禍々しい黒いオーラを放つ「何か」が脈動し始める。
「奴らを物理的に破壊することは不可能だ。ならば……奴らの魂そのものである『愛する者』を徹底的に痛めつけ、絶望のどん底に叩き落としてやればいい。同時に襲撃を仕掛け、分断しろ!」
【第6章:引き裂かれた日常と、飛来する真の絶望】
「明日、お昼休みに一緒にご飯を食べよう」。そう約束して路地裏を後にした男の足取りは、羽が生えたように軽かった。
彼の手には、ハナが「お守り」と言って持たせてくれた、一輪の小さな白い花が握られていた。
(……俺はもう、自分を卑下しない。ハナさんを守れるような、胸を張れる男になるんだ)
彼が決意した、まさにその瞬間だった。
――ピキッ、ピキキキキッ……!!
青空に巨大な「亀裂」が走り、空が真っ黒に反転した。
上空から姿を現したのは、漆黒のオーラを纏った超巨大な「黒い巨神」。
それと同時に、下町の商店街には強襲型の怪人の群れが、高層のオフィスビルには重武装のテロ部隊が、一斉に降下を開始した。
3人のヒーローが最も大切にしている「日常の場所」を、同時に狙い撃ちにしたのだ。
「キャアアアッ!」
オフィスビルで銃弾が飛び交う中、グリーンはネクタイを外し、超高速移動で先輩OL・アヤノを抱え上げ、地下シェルターへと走っていた。
商店街では、イエローが炎の中で看板娘・ムギを背後にかばい、絶え間なく襲い来る怪人たちの打撃をその身で受け止め続けていた。
そして、駅前広場。
黒い巨神は、生花店「フラワー・ハナ」の真上へと真っ直ぐに降下し、店舗を踏み潰した。
「ハナさんッ!!」
全速力で駆けつけた男が見上げた先には、上空に浮かぶ幹部と、漆黒のエネルギー檻に囚われて気を失っているハナの姿があった。
『姿を現すがいい! スーパーナンキンマン ブルー!』
男は一切の躊躇なく叫んだ。
「ハナさんを離せぇぇぇっ!!」
青い閃光が弾け、最強の神・ブルーが姿を現す。
しかし、幹部は冷酷に笑った。
『打ってみろ。この巨神はお前の「青いエネルギー」を100%吸収・反射し……真っ先にその檻の中の花屋の女をミンチにするぞ』
ブルーの拳が空中でピタリと止まる。最強の力が、愛する者を盾に取られ完全に封じられたのだ。
『どうした? ならばこちらから行くぞ!』
ドゴォォォォォンッ!!
巨神の数万トンの拳が、無抵抗のブルーを地上へと叩き伏せる。絶対無敵のはずのブルーが、アスファルトに沈み、苦痛に喘いだ。
【第7章:無敵を捨てた泥だらけの神】
『クハハハ! 傑作だな! 世界最強の神が、たった一人の女のために手も足も出ずサンドバッグになるとは!』
ブルーは立ち上がることもできず、ただ上空の檻の中にいるハナを見つめていた。
(……ごめん、ハナさん。俺……やっぱり、君を守る資格なんてない……)
絶望がブルーの心を黒く塗り潰そうとした、その時だった。
「諦めるな、ブルー!!」
空から二つの閃光が、巨神の腕に激突した。
黄色い弾丸のようなローリング・タックルと、緑色の無数のエネルギー手裏剣。
倒れ伏すブルーの前に降り立ったのは、泥だらけの黄色いスーツを着たイエローと、スーツが破れ息を切らせているグリーンだった。
2人は、それぞれの戦場で愛する者を安全な場所へと逃がし、満身創痍になりながらも、仲間の最大の危機に駆けつけたのだ。
「遅くなってごめん! でも、一番大事な時には絶対に駆けつけるって約束だろ!」
「ええ。あなたの『本当の優しさ』を愛してくれた大切な人を、こんな悪党どもに奪わせはしませんよ!」
イエローがブルーの手を力強く引っ張り、立ち上がらせる。
「ブルー! 奴の装甲はあなたの『青いエネルギー』にのみ絶対的な反射効果を持っています。エネルギーを使わなければいいんです!」
グリーンの叫びに、ブルーは覚悟を決めた。
彼は全身から噴き出す神々しい青いオーラを、完全に霧散させた。
光を失った彼の姿は、ただのチープなプラスチックのようなツヤを持つ半魚人。防御力も破壊力もない、ただの「生身の男」だ。
「行くぞ!!」
「グリーン・イリュージョン・ストーム!」
「イエロー・ド根性・ブロック!!」
グリーンが超高速で敵のセンサーを麻痺させ、イエローが巨神の足元に飛び込んでその巨大な質量をボロボロになりながら受け止める。
その死角を突き、ブルーは巨神の装甲に飛びつき、オーラを使わずに「自らの手足」だけで50メートルの鋼鉄の壁をよじ登り始めた。
『馬鹿め! ただの的だ!』
幹部が機銃掃射を放つ。オーラを持たないブルーの身体を銃弾が抉り、スーツがひび割れ鮮血が舞う。
「ぐあぁぁぁっ……!!」
指先から血を流し、泥臭く、無様に登っていく。
檻の中で目を覚ましたハナは、その光景を見て悲鳴を上げた。神のような力で敵を圧倒する姿ではない。血と泥にまみれ、必死に自分に手を伸ばす「不器用で、誰よりも優しい男」の姿。
「だめっ! それ以上登ったら、死んじゃう!」
「死なない……ッ!!」
ブルーは最後の力を振り絞り、漆黒の檻の目の前へと到達した。
「君が俺を……ヒーローだって言ってくれたから!!」
ただの「人間の男」としての渾身の力を込めた右拳が、檻の鍵に激突する。無敵のエネルギー反射を誇っていた檻は、純粋な物理的衝撃によって粉々に砕け散った。
空中に投げ出されたハナをブルーが抱きとめ、地上で待つグリーンへと優しく放り投げる。
「……ありがとう、お前ら」
空中にただ一人残されたブルーが、静かに顔を上げた。彼を縛る鎖は、もう何もない。
「――ここからは、容赦しねぇぞ」
【最終章:NANKINMAN TRINITY】
ブルーの全身から、天を突くような「超極大の青い閃光」が爆発的に噴き上がった。
反射・吸収の限界値すらも一瞬で凌駕する、神のオーラの完全解放。
地上へ降り立ったブルーの横に、傷だらけのイエローと、ネクタイを締め直したグリーンが並び立つ。
夕焼け空を背にして、3人のヒーローが横一列に並んだ。
ハナ、そして避難していた無数の人々が、固唾を飲んでその背中を見つめていた。
ブルーが力強く拳を天に突き上げ、グリーンがスマートに構え、イエローが元気よく腕を交差させる。
3人は深く息を吸い込み、腹の底から、あの夜の路地裏で笑い合いながら練習した名乗りを響き渡らせた。
「「「3人揃ってスーパーナンキンマン スリー!!!」」」
『やれ! アンチ・ブルー!!』
巨神が全エネルギーを込めた漆黒の破壊光線を放つ。
「行くぞ!!」
3人が同時に大地を蹴る。イエローの黄、グリーンの緑、ブルーの青。3つのオーラが螺旋を描くように融合していく。
彼らは知っていた。最強の力などなくても、泥だらけになって誰かを守り抜く心こそが、真のヒーローの条件なのだと。3人の心が一つになった時、それは無限の力へと進化する。
「究極奥義!! ナンキンマン・トリニティ・ストライク!!」
3人のオーラが完全に融合した純白の光の矢が、破壊光線を真っ二つに切り裂き、黒い巨神と幹部ごと、絶望の暗雲を完全に貫き、空の彼方へと吹き飛ばした。
【エピローグ:世界で一番のヒーロー】
カァァァァン……。
光の爆発の後、空には美しい夕焼けが戻っていた。
戦いが終わり、瓦礫だらけになった駅前広場。熱狂する群衆から逃れるように、変身を解いた男は広場の隅へと歩き出した。
激闘のダメージで、いつものヨレヨレの服は泥だらけで、血が滲んでいる。
しかし、その後ろ姿に向かって、真っ直ぐに駆け寄ってくる足音があった。
振り返ると、涙ぐみながらも満面の笑みを浮かべたハナが立っていた。
彼女は周囲の目など一切気にせず、泥だらけの男の胸に飛び込み、その背中に強く腕を回した。
「ありがとう……私を、助けてくれて」
「……俺なんか、泥だらけで、クサいのに……」
「また言った。……もう『俺なんか』って言わない約束でしょ?」
ハナが上目遣いで悪戯っぽく笑うと、男は照れくさそうに頭を掻き、そして、今度こそ心の底から優しく微笑み返した。
「……うん。約束するよ」
夕焼けに照らされた瓦礫の街で、ボロボロの服を着た冴えない男と、美しい花屋の女性が、強く抱きしめ合う。
世界中がどれだけ「神」の力を称賛しようとも、彼にとっての本当の勲章は、この腕の中にある小さな温もりだけだった。
遠くのビルの屋上から、それを見守っていた戦友たちがいた。
泥だらけのツナギを着た青年は、「かっこいいじゃん、ブルー」と笑いながら、自分の頬の絆創膏にそっと触れた。商店街で待つ、パンの匂いのする彼女の元へ帰るために。
少しヨレたスーツの男は、「やれやれ、残業代は出ませんね」と眼鏡を押し上げながら、静かに踵を返した。深夜のオフィスで缶コーヒーを用意して待っているであろう、彼女の元へ帰るために。
それぞれが守り抜いた「ささやかで愛おしい日常」へと、3人の男たちは帰っていく。
明日からまた、彼の「しょぼくて惨めな日常」が始まるかもしれない。しかし、彼の心はもう決して折れることはない。
なぜなら彼は、彼女にとっての「世界で一番のスーパーヒーロー」なのだから。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
作者のしょーでんです。
この『スーパーナンキンマン スリー』は、「もし自分がもっと恵まれない環境に生まれていたら、どうなっていただろう?」「そして、もしそんな自分がスーパーヒーローだったら?」という想像から生まれました。
物語に登場する少しチープで奇妙な半魚人のヒーローたちは、僕が子供の頃に遊んでいたおもちゃの記憶がモチーフになっています。大人になった今、当時のワクワクした記憶の欠片を集めて、一つの物語として形にしました。
作中のブルーのように、自分に自信が持てなくて、つい「俺なんか」と自分を卑下してしまう夜があるかもしれません。
でも、どんなに自信をなくして暗闇の中にいるように感じても、必ずどこかに「自分を大切に思ってくれる人」や、「心強い仲間になってくれる人」がいるはずです。どうか、そのことを忘れないでください。
実は、僕「しょーでん」自身も、発達障害を持って生まれてきました。
だからこそ、生きづらさや孤独を感じながらも、泥臭く誰かを守ろうとする不器用な主人公たちに、僕自身の強い祈りと願いを込めて執筆しました。
この物語を通して、「一人じゃないんだ」「自分の本当の価値を見てくれる人は必ずいるんだ」という思いが、読者の皆様に少しでも伝わっていたら、これほど嬉しいことはありません。
改めまして、最後までこの冴えない、けれど最高に熱いヒーローたちの物語にお付き合いいただき、ありがとうございました!
作者:しょーでん




